アフリカレポート
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時事解説
2016年南アフリカ地方選挙――大都市自治体を巡る攻防――
佐藤 千鶴子
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2016 年 54 巻 p. 135-141

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2016年8月3日、南アフリカで民主化後5回目となる地方議会選挙(以下、地方選挙ないし地方選)が行われた1。地方選は国政選挙2とは時期をずらしてほぼ5年ごとに実施されている。南アフリカでは民主化後から一貫してアフリカ民族会議(African National Congress: ANC)が国政で与党の座にあるが、2004年をピークにANCの得票率は減少傾向にあり、前回の国政選挙(2014年)では最大野党の民主同盟(Democratic Alliance: DA)が20%を超える得票率を得るまでに至った。その2年後にあたる今回の地方選では、それまでANCが運営してきたハウテン州のツワネ3とジョハネスバーグ、そして東ケープ州のネルソン・マンデラ湾4の3つの大都市(metropolitan)自治体をDAが獲得する可能性が世論調査で示唆されるなど、これまでにないほど両政党間の関係が競合的なものとなった。投票率は57.97%で、前回(2011年)の地方選(57.64%)をわずかに上回った。

通常、地方選は、国政選挙と比べてそれほど大きな注目を集めることはなく、後述のように選挙制度が異なることもあり、今回の地方選の結果がそのまま3年後に予定されている次の国政選挙に反映されるとは考えにくい。だが、今回の地方選が、民主化後、圧倒的な得票率で国政与党の座に君臨してきたANCの凋落を示したことは事実である。さらに、選挙の結果誕生した複数の政党による議会での連立や過半数の議席を持たない少数与党による政権運営は、地方自治体に限らず、州政府や国政においても今後、常態化するとの見方もある。本稿では、地方選の結果を簡単に紹介した上で、どの政党も単独過半数を取れなかった大都市自治体における連立結成を巡る政党間の攻防とANCの支持率低下の背景について解説する。

1. 地方選挙の仕組みと2016年地方選の結果~大都市自治体を中心に~

南アフリカの地方選挙では、民主化後2回目の2000年選挙以降、8つの大都市自治体と205の地方(local)自治体からなる基礎自治体議会に関して、比例代表制と小選挙区制を併用する選挙制度が用いられている[牧野2016a5。大都市自治体の場合、有権者は、比例代表制の支持政党と小選挙区の候補者の両方に1票ずつ合計2票投票する。地方自治体の場合には、これら2票に加えて、複数の地方自治体を管轄する44の郡(district)自治体の郡議会議員を選出するための比例代表の投票用紙がもう一つ加わる。大都市自治体と地方自治体の議席は、比例代表と選挙区に等しい割合で配分されており、選挙区については、当該選挙区において得票数の最も多かった候補者が当選する。他方、比例代表については計算式を用いて配分議席が決められるが、重要なポイントとして比例代表への投票のみならず、選挙区の政党所属候補者への投票分も合わせてカウントされるという点が挙げられる[IEC 2016]。つまり、比例代表枠で当選する議員数を増やすためには、より多くの選挙区において候補者を擁立することが政党にとって重要となる。

基礎自治体の長である市長は、選挙後に最初に開催される市議会において議員間の互選により選出される6。それゆえ、南アフリカの地方選では、選挙区と比例代表をあわせて市議会の過半数の議席を獲得した政党が勝利政党とみなされる。全国で総数213に及ぶ大都市自治体と地方自治体の選挙結果を見ると、ANCが161の自治体において過半数の議席を獲得したのに対し、それ以外の政党ではDAが西ケープ州を中心に19自治体、クワズールー・ナタール(KZN)州北部に支持基盤を有するインカタ自由党(Inkatha Freedom Party: IFP)が6自治体で過半数の議席を獲得するにとどまった。2014年の国政選挙で国会第3党に躍り出た経済的自由戦士(Economic Freedom Fighters: EFF)が過半数を獲得した自治体は一つもなかった。また、27の自治体については、いずれの政党も過半数を超える票を獲得しなかったため、複数の政党が連立して自治体運営を担う連立政治の結成が模索されることになった。

選挙に勝利した自治体数ではANCが依然として全国的に強い支持を得ているように見えるが、全国的な得票率ではANCは前回(2011年)の地方選(61.95%)から8ポイントも減少して53.91%にとどまった7。さらに、人口や経済規模からいって重要性の高い8つの大都市自治体についてみると、以前から国政野党DAが過半数を獲得し与党として自治体運営を担ってきたケープタウンに加え、ANCは今回の地方選において新たに4つの大都市自治体で過半数の票を獲得できなかった(下記の参照)。すなわち、ANCの得票率は、ジョハネスバーグで44.55%(前回の58.56%から14ポイント減)、ツワネで41.25%(同55.32%から14ポイント減)、エクルレニ8で48.64%(同61.63%から13ポイント減)、ネルソン・マンデラ湾で40.92%(同51.91%から11ポイント減)であった。ツワネとネルソン・マンデラ湾に至っては、ANCはDAに第1党の座を譲ることになった。ANCが過半数を超える得票率を維持したエテグウィニ、バッファロー・シティ、マンガウンにおいても、ANCの得票率は前回の地方選から5~11ポイント下がった9。ケープタウンでも巻き返しを図ることはできず、ANCの得票率は前回の32.80%からさらに減って24.36%となった。

(出所)南アフリカ選挙管理委員会ウェブサイト(http://www.elections.org.za/content/、2016年10月12日アクセス)の情報をもとに筆者作成。

(注) 得票率、獲得議席数ともに選挙区と比例代表を合わせた数字。

他方、大都市自治体におけるDAの得票率は、マンガウンを除く7つの大都市自治体において増加した。すなわち、DAの得票率は、ジョハネスバーグで38.37%(前回の34.62%から3ポイント増)、ツワネで43.15%(同38.65%から4ポイント増)、エクルレニで34.15%(同30.29%から4ポイント増)、ネルソン・マンデラ湾で46.71%(同40.13%から6.5ポイント増)、エテグウィニで26.92%(同21.02%から6ポイント増)、バッファロー・シティで23.40%(同20.48%から3ポイント増)、マンガウンで25.96%(同27.11%から1ポイント減)、ケープタウンで66.61%(同60.92%から5.7ポイント増)であった。

前回の地方選ではケープタウンを除く7つの大都市自治体でANCが単独過半数を獲得していたこと、今回の地方選ではすべての大都市自治体においてANCの得票率が下がった一方でDAの得票率がマンガウンを除き伸びたことを考えれば、ANCにとって今回の地方選の結果は「敗北」に等しいものだった。

2. 自治体の連立政治を巡るANC、DA、EFF間の攻防

地方選の結果が公式発表される前から、ジョハネスバーグ、ツワネ、ネルソン・マンデラ湾に関しては、ANCとDAの得票率に関して互角の選挙速報が出されていたため、連立政治の誕生は避けられないだろうとの見方が支配的であった。公式発表後には、上記にエクルレニを加えた4つの大都市自治体を中心に、ANCとDAのうち、どちらが連立を組織して各自治体で与党の座を手に入れるのか、という問題が連日の報道をにぎわせた。なかでも、両党の得票率が最も拮抗していたジョハネスバーグとツワネにおいて、第3党の地位にあったEFFが交渉のキングメーカーとなった。両自治体では、ANCもDAも、EFFを除くすべての少数政党と大連立を組んだとしても、獲得議席が過半数には届かなかったからである10

ANCにとってもDAにとっても、EFFとの連立結成は容易ではなかった。そもそもEFFは、ANC青年同盟元議長のマレマ(J. Malema)がANCから追い出されて2013年に結成した政党である。2014年国政選挙での当選後、EFF所属の国会議員は、ズマ(J. Zuma)大統領が答弁のために国会に出席する度に、KZN州ンガンドラにある大統領私邸の改築費を「返金せよ」とヤジを飛ばし、議長の制止を無視して退場させられたり、毎年2月に行われる大統領の施政方針演説を混乱させたり、といったように、ANCというよりはズマ個人を攻撃する言動を繰り返してきた11。今回の地方選挙結果の公式発表会場では、ズマが演説する番になると、若い女性数名が「クウェジを思い出せ12」などと書かれた紙を両手に持ち、最前列の招待客の前に立って大統領に対峙するという静かな抗議行動が行われたが、これらの女性もEFF関係者であった。結果の発表後、連立結成へ向けて各政党が本格的に動き出すと、ANCのハウテン州支部は積極的にEFFとの連立の可能性を模索した。だがマレマは「ズマが退任しない限り、ANCとの連立には応じない」と宣言し、ANCとEFFが連立を組む可能性は絶望的となった。

他方、反ズマ、反ANCでは共闘しえても、イデオロギーや政策面で正反対ともいえる位置にあるDAにとっても、EFFとの連立は簡単な話ではない。2015年に黒人のマイマネ(M. Maimane)を党首に選出し、「白人が主導権を握る政党」というイメージの払拭を図ってきたDAに対して、マレマはDAを白人支配の象徴とみなす発言を繰り返してきた。おそらくより深刻なのは、経済政策を巡り、両政党が真っ向から対立する立場にあることである。EFFは鉱山の国有化や白人農場主から無償で土地を取り上げ黒人に再配分する政策を公言しているが、海外からの投資家を驚愕させ、農場主からの激しい抵抗が予想されるこのような政策をDAが受け入れる余地はないだろう。

ANCとEFF、そしてDAとEFFの間での交渉に関して断片的な内容は報道されているものの、実際に何が話し合われたのかは当事者にしかわからない。EFFが出した結論は、どの政党とも連立は組まないが、単独過半数を得た政党が存在しない市議会においては、議長と市長の選出の際にはDA候補者に投票する、というものだった。さらに、議長と市長を選出した後の市議会における予算案などの採決の際には、提案内容により、政策ごとにどのように投票するかを決定する、とした。この結果、南アフリカの行政首都ツワネと最大の産業都市ジョハネスバーグにDA市長が誕生し、国政野党のDAが市議会における過半数の議席を持たないまま、少数与党として自治体運営を担っていくことが決定した。

EFFの決定を巡っては、市議会での採決の度に「与党」DAとEFFの間で合意形成が必要となるため、自治体の本来の任務である公共サービスの提供に関する政策の執行に支障が出る可能性が指摘されている。今回の地方選でEFFは一つの自治体も獲得しなかったが、党として将来的に国政での政権掌握を視野に入れるならば、連立を組んで大都市自治体の運営に参加することで、将来的な政権運営のための経験を積んでおくべきであった、という意見もある。他方、連立を組むことは少数派にとって多数派に吸収されかねないという危険をはらむため、EFFは最善の選択をしたとの見方もある。今回の決定が、支持率の拡大を含めて、EFFの政党としての将来にどのように影響していくのかはまだわからないが、連立交渉においてはポストの約束が重要な交渉点として報道されていたことを考えると、ポストよりも政策を重視する姿勢を明確にしたことは、EFFという政党のアイデンティティをより鮮明にしたと言える。

3. ANCの支持率低下の背景

今回の選挙を巡るもう一つの関心は、なぜANCが大都市自治体、とりわけジョハネスバーグとツワネを死守できなかったのか、という点にある。いくつかの要因が考えられるが、第一に思い浮かぶのは、これがANCの支持率低下という中長期的傾向に合致したものに過ぎない、という説明である。たとえば、国政選挙におけるANCの得票率をみると、2004年(69.69%)をピークに2009年(65.90%)→2014年(62.15%)と2000年代に入って着実に下がっている。国政選挙の2年後に実施される地方選でのANCの得票率も、ジョハネスバーグで62.29%(2006年)→58.56%(2011年)→44.55%(2016年)、ツワネで56.35%(2006年)→55.32%(2011年)→41.25%(2016年)となっており、やはり着実に低下している。だが同時に、前回の地方選(2011年)と今回の地方選(2016年)間の低下率が、それ以前と比べて格段に増していることにも目を見張る。また、第1節で確認したように、前回と今回の地方選間の各大都市自治体におけるANCの得票率の下げ幅(5~14ポイント減)は、同期間のDAの得票率の上げ幅(3~6.5ポイント増)をはるかに上回っている。

そこで、ANCが今回の地方選でジョハネスバーグとツワネを失った直接的な要因として、タウンシップ(旧黒人都市居住区)における投票率が郊外の居住区に比べて18%も低かったという指摘を紹介したい[Paton 2016]。前者にはANC支持者が多く住み、後者にはDA支持者が多く住むと考えられている。つまり、DAは票の取りこぼしがない、もしくは少なかった一方で、ANCは支持者や、ANCを積極的に支持するわけではないが、かといって他に支持政党も存在しないためにこれまではANCに投票してきた人びとを投票所に向かわせることができなかった。居住区ごとの投票率の差や変化について本稿ではこれ以上立ち入ることができないが、マレマ追放以降、青年同盟が弱体化し、ANCと同盟関係にある南アフリカ労働組合会議(Congress of South African Trade Unions: COSATU)も分裂状態にあることを考えると、ANCの集票組織が脆弱な状態にあることは明らかである。地方選前には、ツワネの市長候補の選出を巡り、ローカルなANCの内紛が暴力的な形で表面化するなど、組織としてのANCの一体性が弱まっていることを示す事例も多数ある。

さらに、ズマ大統領を取り巻く状況やズマ政権が導入した近年の政策も、ANCの支持率低下に一役買っている。ハウテン州では、COSATUやDAなどの反対を押し切って高速道路課金システム(通称E-toll)が導入され2013年末に利用が開始されたが、自動車利用者の間でこのシステムはいたく不人気である13。ズマにとって大統領就任後最大のスキャンダルとも言えるンガンドラ問題は、EFF国会議員により風化が妨げられてきた。2015年末にはズマによる財務大臣の解任をきっかけに大統領退任を求める抗議行動が起こり[牧野2016b]、その後、ズマに近いとされるビジネスマン一家の政治家への影響力がことさら問題視されるようになった。今回の地方選挙戦においてDAやEFFが反ズマを中心に据えたキャンペーンを行ったことからもうかがえるように、昨年来の現地の報道からは、ANCにとってズマが不良債権化しているという声が日増しに高まっているように感じられる。

おわりに

今回の地方選の結果、新たに3つの大都市自治体においてDA市長が誕生した。DAにとっては、これまでANCが過半数与党の座にあったこれらの都市で、単独過半数の議席を持たない少数与党として公共サービスを滞りなく提供していけるかどうかが今後の正念場となる。少数与党による自治体運営は不安定になりがちだとされ、実際、ツワネ市やネルソン・マンデラ湾市議会での混乱が報道されている。だが、ジョハネスバーグやツワネのような大都市自治体におけるDA勝利の鍵が、DAへの投票者の増加というよりも、人びとがANCへの投票を控えたことによるとするならば、今後5年間の自治体運営を通じて、DAが開拓可能な潜在的な支持者数は大きいことになる。そしてこれらの人びとは、地方選のみならず、いずれ国政選挙においてもDAに投票する可能性がある。他方、今回の地方選の結果がANCの目を覚まさせ、ANC復活の契機となる可能性も十分にある。いずれにせよ、都市部におけるANCの支持率低下を劇的な形で示し、ANCの多数派支配が崩壊したのちに繰り広げられるであろう連立を巡る政党間の交渉の方向性を垣間見せた今回の地方選は、南アフリカ政治の新たな幕開けを告げるものと言えよう。

本文の注
1  本稿の執筆にあたっては、南アフリカ選挙管理委員会ウェブサイト(http://www.elections.org.za/content/)、『ビジネス・デイ』紙(Business Day)ウェブ版、『メール・アンド・ガーディアン』紙(Mail & Guardian)ウェブ版、2016年8月に現地で購入した『プレトリア・ニュース』紙(Pretoria News)、『スター』紙(The Star)などを参照したが、紙幅の都合上、レファレンスは最小限にとどめた。また、本誌『アフリカレポート』49号と52号の南アフリカ選挙に関する解説も参照されたい。

2  実質的には、国会議員選挙と州議会議員選挙が同時に行われる。

3  プレトリアを中心とする地域の大都市自治体。

4  ポートエリザベスを中心とする地域の大都市自治体。

5  それに対して、国会・州議会選挙は比例代表制のみである。なお、自治体の統合などのため、大都市自治体と地方自治体の数は地方選の度に異なっており、ここで述べている数字は2016年地方選時のものである。

6  制度的には、自治体の行政権を市長が持つ場合と、自治体議会の議員数に比例する割合で政党や無所属の議員から執行部が選出される場合の2通りがあるが、実質的には多くの自治体が市長制を採用している。

7  郡自治体を除く基礎自治体の選挙区と比例代表への投票を合わせた得票率。

8  ジョハネスバーグ市の東部に位置する大都市自治体。

9  それぞれダーバン、イーストロンドン、ブルームフォンテインを中心とする地域の大都市自治体。これら3都市の前回の地方選でのANCの得票率は、エテグウィニが61.07%、バッファロー・シティが70.01%、マンガウンが66.27%であった。

10  ジョハネスバーグでは、DAとEFFの2党連立のみでは過半数に届かないため、他の少数政党も連立に加わる必要があるが、30議席を持つEFFがキングメーカーであることに変わりはない。また、ネルソン・マンデラ湾ではDAがEFF以外の複数の政党と連立を組むことに成功し、エクルレニではANCが4議席を獲得したアフリカ独立会議(African Independent Congress: AIC)他2政党と連立を結成した。

11  もともとマレマは、2007年に開かれた第52回ANC党大会の党首選でズマを当選させた際の立役者である。この党首選の結果、ムベキ大統領により2005年に副大統領職を解任されていたズマが政治の舞台への復帰を果たし、その後、2009年総選挙を経てズマ大統領が誕生した。

12  クウェジとは、ズマの知人の娘で、ズマからレイプされたとして裁判を起こした女性の仮名である。裁判においてズマは性行為があったことを認めたが、それは両者の合意の上であったと主張した。最終的に女性の主張の信憑性が疑われることになり、ズマは無罪放免となった。

13  実際、筆者が投票日前後に話したハウテン州のタクシー運転手のなかでは、ANCへの不満としてE-toll導入を挙げる人が複数いた。

参考文献
 
© 2016 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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