アフリカレポート
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特集 TICAD VI と日本・アフリカ関係の現在
TICAD VIと日本の経済界
白戸 圭一
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2016 年 54 巻 p. 67-72

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はじめに

1993年以来5年に一度のペースで開催されてきたアフリカ開発会議(Tokyo International Conference on African Development : TICAD)が転機を迎えたのは、2008年のTICAD IVの時だった。アフリカ経済の成長という状況を受け、日本の政府と経済界はTICAD IVに臨むに当たり、それまで援助対象としてしか認識してこなかったアフリカを、初めて投資対象として捉えるようになった。この時から、日本企業のアフリカ投資を日本政府が後押しする「官民連携」が打ち出され、経済界の意向がTICADに反映されるようになった。2013年のTICAD Vでは「民間セクター主導の成長の促進」を盛り込んだ「横浜宣言2013」が採択され、日本のアフリカ外交の政策手段は「援助」から「投資」に大きくシフトした。

それから3年。TICAD VIが2016年8月27~28日に、ケニアのナイロビで開催される。今回も、アフリカの開発を支援しつつ、日本企業のアフリカ投資の促進を目指す方向性に大きな変化はないが、アフリカの経済情勢の変化は速く、TICADを取り巻く状況は3年前とは大きく変わっている。本来ならば、日本の政府・経済界は状況の変化に対応した会議づくりをしなければならない。この小論では、TICAD V開催後のアフリカ経済の変化を踏まえた上で、日本の経済界が来るTICAD VIに向けてどのような状況認識をもって臨もうとしているかを見てみたい。

1. 低成長時代に突入したアフリカ

TICAD V開催後に生じた最大の変化は、サブサハラ・アフリカ経済が2015年を境に低成長時代に突入したことである。

国際通貨基金(International Monetary Fund: IMF)によると、2003~2012年の10年間のサブサハラ・アフリカのGDP成長率は年平均5.9%だった。ところが、2013年、2014年こそ何とか5%台前半を維持したものの、2015年は3.4%にまで落ち込んだ。サブサハラ・アフリカのGDP成長率が4%を切ったのは、1999年の2.8%以来16年ぶりである[IMF 2016]。

IMFの2016年4月発表の「世界経済見通し」によると、サブサハラ・アフリカの2016年のGDP成長率は3%に終わると予想されている[IMF 2016]。こうした中、サブサハラ・アフリカの人口増加率は、毎年2.6~2.7%程度で推移している。つまり今後、サブサハラ・アフリカのGDP成長率が2.6%以下にまで落ち込むようなことがあれば、経済成長速度が人口増加速度を下回り、1人当たり所得水準の低下という深刻な事態を迎えることになる。

IMFはサブサハラ・アフリカの2017年のGDP成長率を4.0%、2018年を4.4%と予想し、穏やかに回復していくとみている。だが、予想成長率は、しばしば後に下方修正される。最終的に3.4%となった2015年の成長率も、2015年1月時点では4.5%と予想されていたのである[IMF 2015]。

サブサハラ・アフリカの成長が鈍化した大きな理由は、資源価格の下落である。2003年以降、1バレル100ドル台で推移してきた原油価格は、2014年下半期に急落し、2016年1月には1バレル20ドル台にまで下がった。サブサハラ・アフリカのGDP総額の約6割は、石油産業によって生産されているので、原油価格の下落は経済に大きな負の影響を与えるのである。

さらに、鉄鉱石、銅、ニッケル、石炭などサブサハラ・アフリカで採掘される資源の価格も軒並み低迷している。この結果、ナイジェリア、アンゴラ、南アフリカ、ザンビアなどサブサハラ・アフリカ経済の牽引役であった資源輸出国で、経常収支の悪化、通貨下落、消費の低迷などが複合的に進行している。これらアフリカ域内の経済的な核となる国々の不況が周辺国にじわじわと波及し、サブサハラ・アフリカ経済全体を冷え込ませている1

2. アフリカのニーズはどこにあるか?

経済成長下のサブサハラ・アフリカでは消費爆発が起きていた。問題は、消費される製品や農産物の多くがアフリカ域外からの輸入品であることだ。輸入の増大により、サブサハラ・アフリカの貿易収支は2009年以降、2011年を除いて赤字だ。経常収支は2009年にマイナス294億ドルを記録して以降、赤字が続いており、2016年はマイナス911億ドルにまで赤字幅が拡大すると予想されている[IMF April 2016]。

好況下で輸入が増大するのは、サブサハラ・アフリカの工業・農業の生産力がともに極めて脆弱だからだ。資源産業のほかに競争力を持った産業がほとんど存在しないので、内需を満たすには輸入増大が避けられない。労働人口の約6割が従事する農業の生産性は世界最低水準にあるため、メイズや米など主食穀物を自給できず、サブサハラ・アフリカの穀物輸入は増大の一途を辿っている。過度の輸入増大は経常収支を悪化させ、通貨の下落やインフレを引き起こし、やがては対外債務の返済に苦しむことになる。

筆者が見る限り、サブサハラ・アフリカ各国の政治指導者たちは、近年、こうした問題の構図を理解し、産業構造の多角化以外に抜本的な解決策はなく、製造業育成と農業近代化が急務だと考えはじめているようだ2。一例を挙げれば、サブサハラ・アフリカ最大のGDP規模を誇るナイジェリアのブハリ(Muhammadu Buhari)大統領は、2016年2月、エジプトで開かれた経済フォーラムで「自国の最優先課題は農業の近代化」と発言してメディアの注目を集めた[Leadership 20 February 2016]。ブハリ大統領はその後、中国を訪問し、農業分野への投資を引き出している。

資源価格下落による外貨収入の減少を機に、資源輸出国が産業構造の多角化を希求するのは自然な反応と言えるが、非資源輸出国の間でも同様の要求が高まっていると筆者はみている。近年のアフリカでそうした要求が強まっている理由については別途、精緻な議論が必要だが、各国の政治指導者が国内経済の強化と安定を通じて自らの政治基盤を強化したいと考えるのは、合理的な判断と言えるだろう。

2015年12月に南アフリカで開催された「第6回中国アフリカ協力フォーラム(Forum on China–Africa Cooperation VI: FOCAC VI)」で中国が表明したアフリカ支援策と、それに対するアフリカ側の反応を見ると、アフリカの多くの国が製造業育成と農業近代化を切望していることが鮮明に浮かび上がる。習近平(Xi Jinping)国家主席はFOCAC VIで、総額600億ドルのアフリカ向け支援を表明し、工業化など10分野への協力を約束した。中国がアフリカの工業化支援を前面に打ち出したのは初めてのことだ。FOCAC VIに合わせて実施された中国・南アフリカ首脳会談では、南アフリカの電力分野への融資や自動車工場設立に関する覚書など、26件、総額約65億8000万ドルの協定が結ばれた。この前日の中国・ジンバブエ首脳会談でも、発電所建設など、12件、総額40億ドルの協定が結ばれている[Reuters 4 December 2015]。

中国のアフリカ進出について、日本では「中国は資源を収奪し、雇用を奪うので歓迎されない」との見方がある。だが、FOCAC VIで表明された中国の支援内容をみると、中国のアフリカ外交は資源確保の段階を終え、インフラ建設、製造業移転、農業振興に進もうとしていることがうかがえる。

そして、重要なのは、アフリカ諸国の側がそのための「投資」をドナーや外国企業に望んでいると思われる点だ。中国の支援の方向性について、ケニアのケニヤッタ(Uhuru Kenyatta)大統領が「FOCACはアフリカ大陸の発展目標を達成する鍵を握っている」と発言していることには[Daily Nation 6 December 2015]、日本として注意が必要ではないだろうか。ケニアはTICAD VIの開催予定国だ。そのケニアの大統領までもが中国を称賛している事実が、アフリカ側のニーズが何であるかを端的にしていると思われるのである。

3. 経団連の提言を読み解く

アフリカ経済の減速という現実と、その現実に基づくアフリカ諸国のニーズについて、日本の経済界はどのように認識しているだろうか。

日本経済団体連合会(経団連)は2016年1月19日付で「アフリカの持続可能な成長に貢献するために~TICAD VIに向けた経済界のアフリカ戦略~」と題するA4版で計6ページの提言書を発表した[日本経済団体連合会 2016]。

同文書では、最初にアフリカの総人口が2050年に20億人を超えて中国、インドを追い抜くことなどを挙げ、アフリカの消費市場に対する日本企業の関心が高まっているとの認識を示し、日本企業がアフリカで活動するためには「平和と安定の確保が最優先の課題」と明言する。そのうえで、「これまでの日本政府とアフリカの発展に向けた取り組みは全体として高く評価できる」と日本政府を称賛する一方、「アフリカ自身の取り組みは十分に進んでいない」とアフリカ諸国を厳しく批判する。さらに、資源依存の経済構造やガバナンスの未整備、産業人材の不足などの課題について「取り組み自体に着手できていない国々が数多く見られる」として、アフリカ諸国に「進捗していない課題の解決が急務」と問題の解決を求めている。

次に提言書は、「わが国のアフリカ戦略として、当面は、『援助』と『投資』を車の両輪として進めていく必要がある」と述べ、アフリカ全体に援助を投入するのは財政的に困難なため、「親日国であり日本企業による貿易投資促進に意欲的で、ビジネス環境整備に積極的な国」などを「戦略的重点国」に指定すべきと提案する。TICAD VIを機に日本の政府と経済界が取り組むべき施策としては、①農業やサービスなど非資源分野の経済活動に資する援助、②官民連携による質の高いインフラ整備、③アフリカ各国の税制や法制度の整備、規制緩和・撤廃や行政手続きの迅速化などを含むビジネス環境の整備、④持続可能な成長につながる人材育成の4つを課題に掲げている。

経団連は日本の主要企業で組織する団体だが、加盟企業は1329社あり、業種は多種多様で、アフリカとの関わりも企業によって異なる。また、経団連未加盟の民間企業が日本全国に膨大に存在することを思えば、経団連の提言書のみを日本経済界のアフリカ認識と見なすことはできない。

しかし、日本政府がTICAD VIに向けて企業の意向を集約する作業には、経団連が圧倒的な影響力を与えている。外務省がTICAD VIに向けて企業の考えを聴取するために2015年10月に設置した「官民円卓会議」が取り纏め中の文書(2016年7月上旬に公表予定)にも、経団連の提言書の内容がほぼそのまま反映されていることを、筆者は承知している。

したがって、経団連の提言書を日本経済界の代表的アフリカ認識として見なすならば、次のような3点の特質を指摘することが可能だろう。

第一に、日本企業がアフリカで活動するには「平和と安定の確保が最優先の課題」と明言し、その責任はアフリカ各国の政府にあるとの考えを強く打ち出している。治安維持が国家の義務である以上、日本の経済界の要求は当然と言える。2013年1月のアルジェリア南部の天然ガス施設襲撃事件で、邦人企業関係者10人が犠牲になった経験も、こうした要求を強く打ち出す背景となっているかもしれない。

第二に、農業、インフラ建設、産業人材育成など「経済活動に資する援助」が重要課題であると明記している点をみると、資源産業に過剰依存しているアフリカの経済構造を変革する必要性について、日本の経済界は認識している。

第三に、日本の経済界はそうした認識を持ちながらも、農業分野等の開発は日本政府による「援助」によって担われるべきとの姿勢を打ち出しており、民間企業自身による「投資」を通じた農業や製造業の育成に関する記述は提言書には見当たらない。企業がプレイヤーとなる「投資」については、もっぱらインフラ輸出に特化していると言っても過言ではない。

おわりに

日本を代表する企業で構成する経団連の提言書を見る限り、先に見たアフリカ側のニーズのうち、インフラ整備に関しては積極的に日本製インフラを売り込もうとする姿勢がみられるが、農業、製造業等の産業育成への投資について、経済界全体としてとして積極的に応える意思があるようには見えない。製造業の移転と農業振興を前面に打ち出し始めた中国のアフリカ支援と比較した場合、その違いは顕著である。経済界がインフラ輸出に注力する背景には、安倍政権が質の高いインフラの輸出を成長戦略の一つに掲げているという政治的背景もあるかもしれない。

しかし、近年のアフリカには、世界中から官民双方の様々な資金が流入しており、世界の企業にとってアフリカは商機獲得に向けた熾烈な競争の場と化している。いずれの開発資金をどのような分野に導入するかの選択権はアフリカ諸国の側にあり、アフリカ諸国のニーズを汲み取ることなく日本企業の都合だけで商機を得ることは容易ではないだろう。来るTICAD VIにおいては、会議主催者の日本政府が経済界の姿勢とアフリカ側のニーズの距離を縮めていけるかが、一つの焦点になると思われる。

本文の注
1  資源、特に原油に依存したサブサハラ・アフリカの経済構造について手際良くまとめた文献として[平野 2014]が参考になる。

2  国際協力機構(JICA)研究所長だった畝伊智朗(現:吉備国際大学教授)は在京のアフリカ大使4人に対して2016年1月にヒアリングを実施し、アフリカの経済構造等に関する現状認識を聞き出している。詳しくは[畝 2016]を参照。

参考文献
 
© 2016 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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