アフリカレポート
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資料紹介
五十嵐 元道 著 『支配する人道主義――植民地統治から平和構築まで――』 東京 岩波書店 2016年 vi+288+3 p.
牧野 久美子
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2016 年 54 巻 p. 86

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本書は、19世紀の植民地支配から第二次大戦後の開発援助、そして冷戦後の人道的介入・平和構築に至るまで、人道主義がいかにして国際社会における非対称な権力関係を生み出し、強化し続けてきたのかを歴史的・思想的に検証した労作である。

介入や統治を「する側」と「される側」のあいだの非対称な関係、またそのような介入・統治がおこなわれる場は、本書において「トラスティーシップ」として概念化されている。他者の痛みに共感し、その痛みに対処しようとする人道主義が、なぜトラスティーシップを正当化し、支えるものとなるのか。そのメカニズムとして提示されるのが、「病理化」と「処方箋」という言説パターンである。すなわち人道主義は、痛みの原因を対象社会の内部に見出し(=「病理化」)、痛みの除去のために外部からの介入や統治が不可欠であるとの「処方箋」を描くことによって、介入・統治をめぐる非対称な権力関係や、非民主的な統治体制を正当化するのである。

本書はアフリカ研究の書物として書かれたものではないが、本書がとりあげる「植民地」、「開発」、「平和構築」という3タイプのトラスティーシップのいずれにおいても、アフリカを舞台とする人道主義の言説が分析のなかで重要な位置づけを与えられている。善意をまとった介入の権力性や、それが現地の社会に与える否定的な影響といった指摘は目新しいものではないが、本書の独自性は、それを人道主義の言説に内在的な問題として提示し、人道主義の動機を前面に押し出してきた冷戦後の国際介入が不可避的にもつ政治性の起源を示した点にある。著者は、人道主義をまるごと否定することは避けつつ、人道主義的な言説のもつ潜在的な危険性を認識すべきであると指摘する。

トラスティーシップを構成する人道主義の言説パターンを分析し、その歴史的連続性を明らかにするという本書の射程を超えていることを承知であえていえば、本書において、介入・統治される側が徹底して受動的に描かれていることには不満が残る。トラスティーシップは、介入・統治する側と、される側のあいだの関係的な概念である。そうであるならば、トラスティーシップが、介入・統治される側からどのように支えられてきたのか、またどのように変質させられてきたのかを問うことは十分に意味のあることだろう。本書を参照枠として、アフリカ側から人道主義やトラスティーシップをとらえ返す研究が進展することを期待したい。

牧野 久美子(まきの・くみこ/アジア経済研究所)

 
© 2016 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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