2022 年 60 巻 p. 28
本書は2019年に東京大学で開催されたシンポジウムをもとにしたテキストと、その後に行われた2度の座談会の記録から構成されている。編者を含む計6名の著者は、企業人と研究者という異なる立場から、アフリカの「アート」を日本に紹介してきた経歴をもつ。アートを通じたアフリカと他の社会、なかでも日本との関係性に焦点を当てていることが本書の特徴である。
第1部では、企業人としてアフリカのアートにかかわる小川弘と安齋晃史がそれぞれの仕事について語っている。ギャラリー経営者の小川は、1970年代からアフリカの仮面や民具などを蒐集してきた、日本におけるアフリカ美術界の草分け的存在である。安齋はカラフルな色彩が特徴的なタンザニアのティンガティンガ絵画を日本で展示・販売する企業に勤めている。第2部では4人の研究者がアフリカのアートやアーティストについて寄稿している。エル・アナツイ展をはじめ日本でいくつものアフリカ美術展を手がけてきた川口幸也は、アフリカ自らが「かたり」の主体となるアートの時代の到来を予見する。柳沢史明はダオメの真鍮製彫像を事例に、植民地状況下のアートの歴史を批判的に振り返りつつ、植民地支配を通じて導入された技法が造形表現の革新にもつながったことを指摘する。板久梓織は土産物として販売されるソープストーン彫刻の制作に携わるケニアの人びとを対象にしたフィールド調査の結果を報告している。緒方しらべはナイジェリアにおける生活に溶け込んだアートやアーティストのあり方を紹介し、西洋の価値観により規定されてきた「アート」概念を揺さぶってみせる。第3部は座談会の記録で、第1部・第2部の内容をふまえ、アフリカから日本にアートを「売り込む」プロセスの実際について、著者らがより深く語っている。美術展の企画や実現にあたり、外務省やアフリカ協会など「官」が果たした役割についての話が興味深い。
本書では繰り返し、植民地主義の圧倒的に不均衡な力関係のなかで「黒人芸術」や「アフリカンアート」といったカテゴリーが成立してきたという歴史的な問題点に触れられる。そうした旧来の価値観と異なる形で、いかにしてアフリカのアートについて語り、「売り込む」ことができるのか。それぞれの立場で真摯に答えを探ってきた著者らの言葉に耳を傾けることは、読者自身のアフリカとの関係を見つめ直すことにもつながるだろう。
牧野 久美子(まきの・くみこ/アジア経済研究所)