アフリカレポート
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資料紹介
武内 進一・中山 智香子 編 『ブラック・ライヴズ・マターから学ぶ――アメリカからグローバル世界へ――』 東京 東京外国語大学出版会 2022年 381 p.
網中 昭世
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2022 年 60 巻 p. 42

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本書は、2020年から2021年にかけて9回にわたって東京外国語大学で行われた連続セミナー「BLM運動から学ぶこと:多文化共生サステイナビリティについて考えるために」をもとに編まれた著作である。本書の主題である「ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter: BLM)」運動が世界的に注目を浴びる契機となったのは、2020年5月にアフリカン・アメリカンのジョージ・フロイド氏が警察による暴力によって殺害された事件である。

BLMの世界的広がりからほどなくしてセミナーを主催した東京外国語大学は、以前から多文化共生という課題に意識的であったからこそ、この社会運動に対して積極的に向かい合う場を設けることができた。これを土台に編まれた本書は、執筆者総勢22人による17の章と2つのコラムから構成され、執筆陣の専門分野と視角は地域研究、思想史、文化研究、国際法学、教育学、ジェンダー史、国際経済学、文学、人類学、国際政治学、政治思想、言語学、アーティスト、学生と分野も立場も多岐にわたる。各人がBLMという主題を論じる各章は、コンパクトだが内容は濃い。

本書の内容は、不当な暴力に対する感情を論理的思考に変換する、「粘り強い思考」を促す序章で始まる。第一部「基本を押さえる」では、BLMの発祥地となったアメリカを起点として人種差別撤廃の運動を歴史的かつ国際関係論的な枠組みで示している。第二部では「アメリカ社会に踏み込む」と題して、運動が展開される社会に生きる多様な人びとの現実に目を向け、運動の盛り上がりだけでなく、それが孕む危うさや限界も指摘する。さらに本書を特徴づけているのが、第三部「自分の足もとを見つめる」である。ここでは、差別という問題を「単なる『教養』としてではなく、日常のなかで振り返りながら考え続けるべき問題」として向かい合うセミナーの臨場感を追体験することができる。最終の第四部では、第一部の歴史的事実をふまえ、再び世界に目を向ける。第三部で自らが帰属する社会の差別をめぐる現実を肌感覚で捉えたのちに見る世界は、それ以前に自分が見ていた世界とは異なって見えるはずである。

BLMから何を学ぶか。歴史的に構築され、時代ごとに社会経済的な要素を折り重ね、出現してきた差別が現在、存在する。今ここに生きる私たちがそれにどのように向かい合うべきなのか、答えは未だない。本書の読後感は爽やかさからは程遠いが、それこそが編著者らの意図するところである。読者はこの読後感を胸に、考え続ける機会を手にするだろう。

網中 昭世(あみなか・あきよ/アジア経済研究所)

 
© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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