日本中東学会年報
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スワヒリ海岸南部タンザニア・キルワ島におけるマングローブ資源の直接利用と環境利用
中村 亮
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2010 年 26 巻 1 号 p. 215-240

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抄録

東アフリカのスワヒリ海岸はアフリカでも有数のマングローブ面積を保有する地域である。ここのマングローブは、紀元前よりのインド洋交易をつうじて、木材資源が少ないアラブ・ペルシャ地域へ建築材として輸出されてきた歴史背景をもつ。スワヒリ海岸のなかでも、タンザニア南部のルフィジ川流域とキルワ沿岸部は、国内のマングローブ面積の64%(69,785ha)を保有する海資源の豊かな地域である[Wang et al. 2002]。本論文の目的は、タンザニア南部のキルワ島を事例に、住民によるマングローブ資源利用の現状について、「直接利用」と「環境利用」にわけてその多面的利用法を解明することと、居住空間と資源が限定されている海村社会(とくに島嶼部)におけるマングローブ資源の重要性を提示することである。キルワ島は中世のインド洋交易において金交易を独占することにより興隆した海洋イスラーム王国であったが、現在は1000人弱の住民が、マングローブとサンゴ礁に囲まれた海で主に半漁半農の生業形態でくらす小海村である。キルワ島は、島と大陸との間のマングローブに囲まれた内海と、インド洋に面してサンゴ礁が発達した外海という、自然環境が対照的な二つの海をもつ。その海環境は、生態海域1:マングローブ内海、生態海域2:サンゴ礁をもつ外海、生態海域1と2の自然条件を兼ね備えた生態海域3(境海)、の三生態海域に分かれる。生態海域1に面する場所に、キルワ王国時代(10C半)から居住空間が歴史的に形成されてきた。ここは北モンスーンの影響を受けて、暑気に涼しくマラリア蚊の少ないことより居住空間として適しているばかりではなく、キルワ王国にとっては、外海から奥まった遠浅の海に面しているので、外敵からの防衛という点でも適していた。また、キルワ島の半数近くの漁場が生態海域1に集中しており(30/66)、かつ、全漁法の半数以上が生態海域1でおこなわれることより(23/41)、マングローブ環境が生業空間としても適していることがわかる。キルワ島には8種類のマングローブが自生している。その利用は、マングローブを建築材や燃料などとして使用する「直接利用」と、マングローブが作り出す環境を漁場や塩田として使用する「環境利用」に大別される。七通りの直接利用(建築材、船材、漁具材、燃料、薬、飼料、玩具)と五通りの環境利用(漁場、航路、塩田、養蜂、防波風林)が確認された。この二つの利用法の関係は、微妙なバランスの上に成り立っているといえる。マングローブの過度な伐採はマングローブ環境を壊してしまうし、マングローブ環境の保全のために伐採を禁止してしまうと、マングローブの直接利用に依拠した住民生活に支障をきたしてしまうからである。しかし現在までのところ、人びとがマングローブの重要性を伝統的な知識をつうじて理解しており、また、この地域の人口密度が少ないこともあって、キルワ島周辺のマングローブ資源は良く保全されているといえる。キルワ島におけるマングローブは、材料や生業空間としの重要性だけではなく、キルワ沿岸部の地域社会を形成する媒介の場所としての重要性ももっている。マングローブ内海には住民が日常的に移動する航路が網の目のように張り巡らされており、このマングローブ内海を媒介としてキルワ島周辺地域には、親族関係、友人関係、近距離交易などをつうじた親密な地域関係が存在している。マングローブ資源が歴史的に果たしてきた役割、同時に、現在の住民によるマングローブ利用法をしっかりと認識することが、近年の沿岸部開発や観光化によって海環境への人的圧力が高まってきたタンザニア南部沿岸地域における、人と自然との持続可能な関係を模索するために必要不可欠である。

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