日本中東学会年報
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マフディー・アーミルによる宗派主義国家の理論
早川 英明
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2017 年 33 巻 2 号 p. 41-69

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抄録

本稿は、レバノンのマルクス主義思想家マフディー・アーミル(Mahdī ‘Āmil, 1936-1987)による宗派主義に関する理論を、アーミルがいかに国家というものを捉え、その宗派主義との関係を論じたかに特に注意しながら辿る。その上で、レバノンの左派における「世俗主義」の意味を巡る議論、およびアラブ知識人によるアラブ文化をめぐる議論の文脈に位置付けることで、新たな示唆を得ることを目指す。 アーミルはレバノン共産党の重要な知識人として主に1970-1980年代に活躍した。1975年にレバノン内戦が勃発し、共産党も宗派主義廃絶を掲げて参戦すると、アーミルは宗派主義や内戦について論じる著作を多く発表する。 アーミルは宗派主義を「ブルジョアジーが階級支配を実践する政治体制の特定の歴史的形態」、宗派を「従属諸階級と支配階級を結びつける政治的関係」と定義する。彼によれば、宗派主義はブルジョワ国家の体制であるから、宗派主義廃絶は社会主義への移行によってしかあり得ない。従って、内戦において宗派主義廃絶を掲げ戦った共産党の行動も、反ブルジョワ国家的行動と理解される。アーミルはまた、レバノンの資本主義の発展の遅れによって宗派主義が旧時代から残存したという見方を否定し、むしろ、資本主義的な社会構造において、ブルジョワ国家の体制としての機能を果たすことによって存在しているとした。旧時代の遅れた要素と考えられていた宗派主義が、実は近代ブルジョワ国家によって維持されていると主張したのである。 アーミルの宗派主義論を読むことで二つの示唆が得られる。第一に、レバノンの左派の「世俗主義」を、単なる「政治と宗教の分離」という主張ではなく、近代レバノン国家の再編成を目指すものとしても理解できる。これにより、レバノンの左派における「世俗主義」と「宗派主義」「近代」との複雑な関係も認識できるだろう。第二に、多くの現代アラブの思想家によってしばしば「後進的」と捉えられたアラブ地域の文化と、近代以降の国家との関係を批判的に再検討し、「近代」と「文化的遺産」を同時代の互いに絡み合ったものとして捉えるという、現代アラブ思想史におけるアーミルの位置付けを見出すことが出来るだろう。

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