抄録
1.研究目的
インドのヒマラヤ山間地には植民地時代にイギリス人が開発した避暑地(Hill Station)を起源とするリゾートが点在する。ウッタラカンド州東部クマオン地方の中心都市ナイニタルもその一つである。この種のリゾートをここではヒル・リゾート(Hill Resort)と呼ぶ。Tyagi(1991)はヒル・リゾートの変遷をモデル化している。それによると、ヒル・リゾートは植民市時代にはイギリスおよびインドのエリートおよび軍人が保養を目的に長期滞在する場所であった。そのほかキリスト教系の教育機関が立地する場所でもあった。インド独立後、インド人中間層の上層階層が休日を利用してレクレーションを目的に短期間訪問する場所となった。さらに、1970年代には中間層の下位階層も短期訪問者に加わった。
ところで、1990年代のインドは経済自由化を契機にしてかつてない安定した経済成長を持続している。それに伴って、中間層が増大し、インドの消費市場を拡大させている。したがって、ヒル・リゾートにおいても、中間層の来訪者が増大し、リゾートに新たな変化をもたらしていると推察される。本報告はこのような認識に立ち、リゾートとしてのナイニタルの現状把握を試みたものである。調査は2007年9月に実施した。
2.ナイニタルにおける宿泊客数の推移
ナイニタルは、2001年現在人口38,630人と小規模であるが、ウッタラカンドの東部クマオン地方の行政の中心である。そのため、町役場のほかにDivisionおよびDistrictの行政機関が立地する。さらに、州の高等裁判所が立地している。ナイニタル市の行政域(12km2)は標高1938mの湖を2200から2600mの峰を持つ山地が取り囲む地形からなり、平坦地が地滑りなどで形成されたごく限られた面積しかない。住宅・ホテルのほとんどが斜面に立地する。
近年の宿泊客数は1996年19万人から2001年36万人、2006年56万人へと大幅に増加している。宿泊客の99%がインド人からなる。このデータから、観光客は1990年代以降大幅に増加しているとみてよい。また、2000-06年間の月別の宿泊客は、6月が年間宿泊客数の23%を占めて最も多いが、閑散期の2月にも4%の宿泊客があり、年間を通じて観光客があると言ってよい。
3. ホテルの状況
町役場に登録された2007年のホテル数は138を数える。部屋数は2,980室となっている。ホテルは低料金のものから高級なホテルまで揃っている。多様な旅行客に対応できる構成になっている。上記したように宿泊客の増加は著しいが、ホテル数は増えていない。地形の制約から、ホテルの新設に限らず建築規制は厳しい。そのため、繁忙期には収容能力を上回る宿泊客が来訪していると推察される。近年、周辺地域でリゾート開発が進みつつある。
上記の町役場に提出された資料に基づく従業員数は6,185人となっている。著者のサンプル調査から得られた従業者数と上記の資料の数値とでは大きな差があり、上記の数値には季節的雇用者も含まれていると推察される。そのことを考慮しても、都市の人口規模からして、ホテルは主要な雇用先になっていることは明らかである。また、いずれのホテルも野菜などは地元のマーケットから仕入れるなど波及効果も有している。
従業者の大半は自県および隣接県の出身者からなる。従業員のほとんどが男性である。マネジャーおよび受付担当者には大卒者が多い。従業員の募集は新聞広告と個人的接触により行われている。ホテルによっては、同郷者が大半を占めるところもある。
4. 観光客の特性
観光客のアンケート調査結果からすると、観光客は地元とともにウッタル・プラデーシュおよびデリー都市圏在住者が多い。過半が家族ずれの旅行者である。単身の旅行者は少ない。回答者の多くは大学卒もしくは専門学校卒で、ホワイトカワーである。滞在期間は1週間以内がほとんどである。その点では、Tyagi (1991)が指摘した傾向がより強まっていると言ってよい。旅行目的は観光にあり、保養は少ない。
参考文献
N. Tyagi(1991):Hill Resorts of U.P. Himalaya: A Geographical Study. Indus Publishing Company( New Delhi), 312p.