1 目的と問題の所在
本研究は,学校経営のために作成された資料を活用し,近現代に発生した災害による学校や学校所在地域への被害と災害対応を解明することを目的としている.
災害研究で学校資料を活用した例として,濃尾地震の研究(岐阜県歴史資料保存協会:1991)や奥山(2020)がある.
学校史の分野では,学校資料の保存と活用の可能性が模索されている(地方史研究協議会:2019).学校資料が保存・公開されている地域もあるが,学校の統廃合や文書保存期間の経過等により散逸してしまっている事例が多数ある.
近代に入ると,災害記録は増加するものの,よりローカルな被害や対応を把握するためには,多くの資料が必要となる.そこで本研究では,学校資料の資料的価値を提示するために,災害という視点で学校資料の調査を実施した.
2 研究対象地域
長野県安曇野市の文書館には,各小中学校の資料が収蔵されている.安曇野市は2005年に南安曇郡豊科町・穂高町・堀金村・三郷村・東筑摩郡明科町が合併して発足した.各町村にあった小学校(旧制も含む)と中学校の資料がある.年代のばらつきや欠落している資料もあるものの,同時期の資料が安曇野市全域で残されているため,広域で被害や対応を調査できる環境にある.
3 災害に関する記述
①関東大震災
長野県は,被害が甚大であった南関東からは離れており,篠ノ井駅等で避難者の対応を行っていた地域である(北原:2011).
『南穂高尋常高等小学校 大正十二年度学校日誌』に,被災地域への支援が以下のように行われたことが記載されている.
「9月1日 東京横濱等名古屋以東東海道筋強震及大火」と地震の情報が入ってきた.
「9月4日 東京地方罹災ニ付各戸児童ヨリ茄子徴集塩漬トシテ賑恤ノ旨通牒ニ付児童ヲ帰宅セシメ本日授業ヲ休ム 徴集ノ所、寺所神社 細萱組合 重柳集会所 踏入役場 右計一万五千個送附」と,食料の支援として茄子の塩漬けを徴集するため休校にしている.
「9月10日 震害義捐金トシテ各生一名弐銭以上據金ノ旨本朝通告」と,義捐金の募集を生徒に行っており,9月13日には廿九円五拾銭が集まった.
9月15日には,郡より古本寄贈の通知が来て,9月20日 には313冊が集まり郡に発送している.
このように発災後早い段階で,生徒へも働きかけ支援を行っていたことがわかる.
②第二室戸台風
1961(昭和36)年9月8日に発生した台風18号により,近畿地方および新潟県に大きな被害が発生した.
北穂高小学校では,「9月16日 颱風18号午後1時ごろよりけん内に入る.午後6時30分頃大風来たり.体育館北廊下ふきとばされる」(『北穂高小学校,昭和36年度学校日誌』)と,渡り廊下が風により吹き飛ばされる被害があった.
この被害に対して,国庫負担金による公立学校施設の災害復旧事業に申請を行っている.申請理由として,「本校の渡り廊下は屋内体操場と北校舎との主要通路となっており他に体育館への連絡がなく殊に当地は積雪寒冷地であり又雨天等通交にも児童の教育のうえにも甚しく支障をきたします」とし,申請書を提出している.この申請書を含め,工事設計書,図面,被害写真等が一綴りにされ残されている(『穂高町教育委員会 昭和36年度北穂高小学校災害関係綴』.
このように行政側に学校の災害に関する資料があることもあり,学校と行政の両資料を調査することで,学校の対応を把握することができる.
4 おわりに
対象地域の代表的な災害を中心に災害記録の調査を行い,学校内や地域の被害が記載されている資料を確認することができた.また,学校資料の資料的価値の一つの指標を提示することができた.
学校日誌を通覧することで,これまで明らかになっていない災害の情報を得ることができる可能性がある.近隣の地域では開智学校(松本市)の学校日誌があるため,被害や対応の違いを比較することができる.
今後も継続的な調査をし,行政資料と学校資料の両方から,地域の被害や対応の復元を行っていく必要がある.
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