日本地理学会発表要旨集
最新号
選択された号の論文の343件中1~50を表示しています
  • 宇都宮共和大学まちまちサークルの事例から
    坂口 豪
    セッションID: P005
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     これまでの地理学や地理教育の研究では、学校教育や大学教育における「まち歩き」や巡検、あるいは地域活動への参画という意味での「まちづくり活動」の検討が進められてきた。また、大学の部・サークルとして「まちづくり」や「まち歩き」を主たる活動として地域とつながりをもつ例はさまざまな大学でみられる。大学の正課活動である講義や演習、ゼミ等でまちづくりへ参画する例も多いが、今回は通常、課外活動に位置づけられるサークルに着目する。大学におけるサークルは学生による自主運営が基本であり、活動方針や内容は学生たちの話し合いで決められることが一般的である。そのため正課活動よりも学生のやりたいことや興味あることが活動に反映されやすい。本発表の事例は、栃木県宇都宮市に所在する小規模な地方私立大学である宇都宮共和大学における「まちまちサークル」の活動を取り上げる。

    2.「まちまちサークル」の概要

     宇都宮共和大学まちまちサークル(以下、まちまちサークル)は大学公認サークルであり、その活動内容は「まちづくり」と「まち歩き」からなる。それ以前は「まちづくり」サークルと「まち歩き」サークルが別々に存在していたが、2つのサークルが2024年4月に合併し、まちまちサークルとしての活動を開始した。1~4年生の合計13人のメンバーが所属している。

    3.まちまちサークルの活動内容

     宇都宮市を中心としつつも栃木県内を主なフィールドとして、まち歩きや、まちづくりへの参加を主要な活動と位置づけている。2024年の活動としては宇都宮共和大学宇都宮シティキャンパスの近くを流れる田川でのイベント活動や、宇都宮空襲の学習と関連する戦災遺跡を巡るまち歩きなど宇都宮市内を対象とした活動が多くなっている。また、宇都宮市主催のまちづくり提案発表会へまちまちサークルから2年生の3名が出場した。

    4.まちづくり提案発表会への出場と提案内容の概要

     提案の題目は「田川を起点としたにぎわい復興~FROM TAGAWA TO THE FUTURE~」である。本提案に至った背景としては、以下の通りである。JR宇都宮駅東口には宇都宮ライトレール(通称、LRT)が開通し、宇都宮ライトキューブや駅前広場などが作られ、にぎわいが創出されている。他方、宇都宮駅西口はLRTの延伸計画はあるものの、歩行者通行量の減少傾向がみられ、またにぎわい創出のための広場や施設も限られている。そこで、まちまちサークルの学生3名は宇都宮駅西口前を流れる田川に着目し、田川をにぎわい創出の場として活用していく方策を考えていった。田川を活用したまちまちサークルの活動としては、4月に宮桜祭、6月に「みんな田川でバーベQ!」、および10月にサークルメンバーで行った田川まち歩きがある。それらの経験からソフト面の提案として「田川にぎわい協議会」の発足、水害対策の広報として石碑型ハザードマップの設置、またハード面の提案として田川遊歩道の拡張やスロープの設置などの提案を行なった。まちまちサークルの発表は、まちづくり提案発表会に出場した13団体中で2位の成績を収めた。

  • 集団就職がもたらしたもの
    山口 覚
    セッションID: S802
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    都市への人口移動は工業生産が拡大する近代以降に強まった。都市では人口が増加し,その空間はバージェスの同心円地帯モデルに見られるように拡張してきた。都市化とは,まずは都市における人口増加やそれにともなう建造環境の変化を意味しよう。  都市化という語はいま少し異なる意味で使われることもある。出郷者たちは都市への移住後にそれまで帰属してきた社会集団やそこでの生活様式を相対化し,程度の差こそあれ都市的生活様式を身につけ,新たなパーソナル・ネットワークを編成する(山口 2008)。それを都市化と呼ぶこともできよう。  都市移住という現象は,都市の姿を変えるとともに都市移住者自身の変化と結び付く。これらに関する研究は膨大になされてきたが,本発表では特に若年労働者の労働力移動現象の1つであった「集団就職」に焦点を当て,都市や社会への影響や,出郷後の集団就職者の生活の一端を見てみたい。集団就職者はそれ自体が日本における若年労働者の象徴であるとともに,都市移住者一般について具体的な手掛かりを示してくれるものでもある。  集団就職はネガティブなイメージをともなって表象されることが多いが,たとえば初職から転職した者の多くが社会的な転落を経験したといったイメージは誤りである(山口 2020)。発表者は既存のイメージに左右されることを避ける意味も含め,集団就職を「主に戦後・高度経済成長期に公的機関の諸制度によってもたらされた,新規中卒就職者を中心とした大規模な若年労働力移動現象および関連現象」(山口 2016)と定義して調査を進めてきた。確かに集団就職者がもっとも多かったのは高度経済成長期であった。しかしこの定義に従えば,広域職業紹介制度,集団赴任制度などの関連諸制度が整備された1930年代後半に始まる「少年産業戦士の集団就職」(山口 2018)や,1970年前後における韓国人研修生の労働者としての導入の試み(山口 2016)なども含まれることになる。  半世紀に及ぶ集団就職の展開は次のようになる。①戦時期:大手軍需企業中心。②1940年代後半:GHQの「募集地域の原則」による就職移動の制限期。③1950年代初頭以降:中小企業中心。④1950年代後半以降:大手企業中心。このうち,①と④では複数の同郷者とともに雇用されるケースが相応にあり,③では単身での雇用が少なくなかったというように,集団就職者の社会関係は時期によってかなり相違した。  本発表では集団就職に関連するいくつかの話題,たとえば「寄宿舎の設置などの建造環境の変化と都市イメージ政策」,「ジェンダー化された労働市場」,「故郷・同郷者とのネットワークの相対化による個人化」を通じて,都市に対する若年労働者の就職移動の影響について概観する。

  • 山口 幸男
    セッションID: 314
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    地誌学習は、明治時代以来今日まで、日本の地理教育について重要な地位を占めてきた。しかし、その理論に関する考察は不十分であった。本研究は、地誌学習論の類型化(9類型)を行うとともに、非地誌的地誌学習論に属する3類型(産業別方式、範例方式、法則・理論方式)について批判的考察を行うものである。

  • 地理的探究における地理的な見方・考え方の育成
    吉田 剛
    セッションID: S202
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ.はじめに

     本報告は,吉田・永田・阪上ほか(2025)を踏まえ,これまでの学校地理教育において諸課題が指摘されてきたフィールドワークと,様々に扱い方が問われてきた地誌学習について,一貫する地理的探究における地理的な見方・考え方の点から検討し,新たな提案を行うことを目的とする.

    Ⅱ.地理的ツールとしてのフィールドワーク

     フィールドワークの主な先行研究をみると,篠原(2000)は,小・中・高・大学の野外調査の実践を通じて,その技法の各学習段階での重要性を論じた.吉田(2003)は,地理的概念と学習過程を組み入れた高校地理の野外調査を設計し,一部の実践も通して実証的に提案した.池(2022)は,生徒と教師の関係性や学習過程に基づくフィールドワーク類型を実践に展開し,その活性化を論じた.他方で吉田(2024)による一貫地理教育のフレームワークからみると,フィールドワークは,地理的ツールの一つとなり,他の様々な地理的ツールとともに地理的探究における各場面に応じて用いられる.

     以上から各学校段階や学習過程におけるフィールドワークの実証や,地理教育カリキュラム上のその位置付けに関する研究成果が得られている.課題には,教員スキルや教育環境などの検討があげられるが,本報告では,地理教育カリキュラム上の課題としてフィールドワークと地誌学習の関係,両者の地理的探究における地理的な見方・考え方の育成の点に着目する.

     ところでフィールドワークは,観察や見学,巡検,調査などの形態に応じて,あるいは課題を見つけ,情報収集し,考察を深め,仮説を検証するなどの学習過程の各段階に応じて,その手法が異なる.一方,授業経営上,地理的探究としての学習過程や,地理的な見方・考え方の視点となる地理的概念は,汎用的に扱われる場面が多い.汎用的な地理的探究における地理的な見方・考え方を働かせながら,フィールドワークは,他の地理的ツールの活用とともに,学習の目的や内容,各段階の意図などに応じて営まれる.

    Ⅲ.フィールドワークと地誌学習の関係

     地誌学習では,地域の枠組みにおける地域的特徴について学ぶが,地域的な枠組みの地理的規模の大小に応じて,地理空間情報の内容の取り扱いや収集方法などが異なる.フィールドワークは,小さな地理的規模を対象にする場合にとくに有効となるが,数値データに大きく依存する大きな地理的規模を対象にする場合にもその実証的な知見が部分的,事例的,検証的に活かされる.この点には,地域的特徴の解明を通じて,地理的概念「場所」を中心とする直接的な観察・調査を得意とするフィールドワークと,地理的概念「地域」を中心とする地域構造をみる地誌学習との関係性が見いだされる.フィールドワークから地誌学習へ,地誌学習からフィールドワークへ,あるいは両者を重層的に同時に扱う学習など,両者は,学習の内容に関する点から関係付けられる.ただし学校段階にもよるが,フィールドワークは技法(学習の方法)に,地誌学習は地域的特徴の理解(学習の内容)に重きが置かれることが窺え,両者は,学習の方法に異なる文脈から扱われる.そこで学習の内容と方法の側面から総合的に検討し,日本の国家カリキュラム上の議論の深化とともに,その論理や教育効果を吟味する必要がある.

    Ⅳ.地理的探究における地理的な見方・考え方の育成

     フィールドワークか地誌学習かを問わず,両者には,地理的探究における地理的な見方・考え方の育成が求められる.とくに汎用的な地理的探究の各段階と地理的な見方・考え方の視点となる地理的概念は,両者の共通項となる学習の論理に関係付けられる.それらの在り方について,地理学習者のエージェンシーやウェルビーイングの議論や,一貫地理教育カリキュラムにおける様々な一貫軸の系統からも検討した上で提案を行う.

    文献

    池 俊介 2022.『地理教育フィールドワーク実践論』学文社.

    篠原重則 2000.『地理野外調査のすすめ-小・中・高・大学の実践をとおして-』古今書院.

    吉田 剛 2003. 地理的技能を育成する高校地理授業の設計―「野外調査」の授業づくり を通して―. 新地理 50(4):1-12.

    吉田 剛 2024. 幼小中高一貫地理教育カリキュラムにおける持続可能性の概念とウェルビーイング. 宮城教育大学紀要, 58:141-157.

    吉田 剛・管野友佳 2023. オーストラリア連邦ニューサウスウェールズ州幼小中高一貫地理シラバス2015年版の地理的探究スキルの分析-我が国の「社会的事象等について調べるまとめる技能」の改善に向けて-. 宮城教育大学教職大学院紀要 4:51-63.

    吉田 剛・永田成文・阪上弘彬 編著 2025.『幼小中高一貫地理教育カリキュラムスタンダード-近未来社会をつくる市民性の育成-』古今書院.

  • 中川 清隆
    セッションID: 837
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Milankovitch(1920,1930,1941)は,現在では氷期・間氷期サイクルを規定するミランコビッチ理論の三大成書として著名であるが,Milankovitch(1920)の当初の最重要課題は太陽系天体,特に火星や月の表面温度形成論の構築にあった.地表面近傍の日変化を重視する微気象学や微気候学で重視されて然るべきと思料されるが,内外の代表的な微気象・気候学の教科書においてさえMilankovitch (1920,1930,1941)は全く引用されていないのが実情である(例えば,Sutton 1953, Geiger 1961, Munn 1966, Yoshino 1975, Oke 1978, Arya 1988, Garratt 1992).

    この度,Milankovitch(1920,1930,1941)における表面温度日変化に関する記載を比較検討したので,その概要を報告する.

  • 春山 成子
    セッションID: S108
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    日本学術会議の創成期から現在に至るまでに、日本地理学会他の地理学関係の学協会を通して、地理学者がどのように日本学術会議において活動を行ってきたのか、日本の学術なら美に国際社会に向けて発信してきたかについて取りまとめた。また、地理学連携機構、ならびに、連合と協議会などの設置とその活動との連携を踏まえ、地理学が目的としてきた活動についても取りまとめた。

  • 堤 研二
    セッションID: 436
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    本発表の目的は、三池争議をめぐる空間と組織の複雑な階層構造を浮き彫りにすることにある。発表者は、2024年7月に福岡地理学会で行った関連発表に基づき、その後の調査をふまえて新たな分析を加えた。三池争議は、1959年から1960年にかけて発生した日本の戦後最大の労働争議で、三井三池炭鉱での指名解雇を契機に発生した。この争議は、労働者と経営者との間で、暴力的な争闘を含む大規模な対立となり、最終的には中央労働委員会の斡旋によって収束した。三池争議は、「総資本対総労働」というスローガンのもとで展開され、1960年には暴力的な闘争にも発展し、最終的には2万人の労働組合員と1万人の警察官が対峙する状況となったが、中央労働委員会の斡旋によって終息した。その結果、日本社会では広く労使協調路線が取られ、労働者と経営者は高度経済成長に向けて協力する道を選んだ。三池争議を理解するためには、複数の階層的な構造を背景として考えるべきである。労働側には三池労組、炭労、総評、そして社会党が関連し、経営側には三池鉱山、三井財閥、経営者団体、自由民主党がつながっていた。さらに、争議の理論的指導者であるマルクス主義経済学者の向坂逸郎と当時の首相である岸信介との対立が存在し、この争議は「東の安保、西の三池」として安保闘争とも関連づけられる。このような政治的背景に加え、向坂逸郎は大牟田市出身であり、三池争議に個人的なつながりがあったことが示唆されている。また、三池争議の背後には東西冷戦の影響があり、在日アメリカ大使館発。本国宛て極秘電文には、三池争議や総評の動きが記録されていた。中国、ソビエト連邦からの支援金や欧米、東欧の労働組合からの寄付金が総評に流れたことが確認され、当時の労働運動の複雑さが浮かび上がる。今後の課題としては、三池争議を巡る様々な「営力」と地域との関係を、空間的スケールや社会的レベルの視点からさらに整理することが挙げられる。

  • 田中 耕市, 関口 豪之, 秦 朋弘, 高野 宗弘
    セッションID: S305
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    I.はじめに2019年の令和元年東日本台風(台風19号)では,水害を主とする甚大な被害が広域的に発生し,全国の避難者は最大23.7万人,災害関連死を除く死者・行方不明者も107人に至った.大規模な台風による被害が数日前から予測されているにも関わらず,早期に避難しなかった(あるいはできなかった)ために犠牲になった人々も多くいた.田中ほか(2021)では,水害被災地域を事例に事前避難促進要因を明らかにした.その後,一部地域の住民を対象として,将来的に発生しうる水害時に備えて,事前避難を促進させるべく,多方から協力を得ながら取り組みを展開した.本発表では,産官学民が連携して,水害被災地域を対象に実施した防災・減災に関する研修等の活動と,得られた成果や課題について報告する. Ⅱ.対象地域対象地域は,茨城県水戸市の都心から5kmほど北西に位置する圷渡里(あくつわたり)地区である.同地区は蛇行する那珂川沿岸の約1km2の低地(標高6~11m程度)にあり,農村的景観が保たれている.自然堤防の微高地を中心に約150戸が点在し,相対的に低い土地は主に水田に占められ,兼業農家も多い.過去に何度も水害を被った経験があるが,令和元年東日本台風では,従来の水害とは異なる上流側堤防からの越水が発生した.同地区は標高30mを超える東茨城台地に接しており,高所への避難は比較的しやすい条件にある. Ⅲ.経緯茨城大学の「令和元年度台風19号災害調査団」(茨城大学 2021)による調査活動をきっかけに,圷渡里地区において水害対策を積極的に考える住民らとの関係が構築された.茨城大学水戸キャンパスの隣地には,圷渡里地区の氏神である笠原神社があり,そこには,1938(昭和13)年に発生した同地区の甚大な水害の様子を記録した災害伝承碑「戊寅水難之記」(つちのえとらすいなんのき)がある.刻字の一部も欠け始めており,後世への保存を目的として,住民らからの声かけで茨城大学の教員・学生も参加して,共同で伝承碑の苔を除去し,拓本とりを行った. Ⅳ.取り組みの内容住民らとの活動が進むなかで,日本原子力発電株式会社による地域防災活動への支援協力を受ける機会を得た.国土交通省常陸河川国道事務所や水戸市防災危機管理課の協力を得つつ,地区住民への防災・減災に関する研修会を複数回にわたり開催した.主な内容として①「戊寅水難之記」の読み下しによる1938年の水害の説明,②令和元年東日本台風における避難要因の説明,③1938年と2019年の水害の浸水状況をGISで再現した3Dシミュレーション動画で説明,④シミュレーション動画に基づく避難の注意点の共有,⑤水害発生を踏まえて準備行動を事前にスケジューリングするマイ・タイムラインの作成,を実施した. 謝辞 本発表内容は筆頭発表者が2023年3月まで在籍していた茨城大学と日本原子力発電株式会社との「防災・減災に係る研究及び啓発活動等の実施事業」(2020年12月~2023年3月)の一部である.現地調査においては,茨城大学人文社会科学部「社会調査演習Ⅱ」の受講生の協力を得た.本成果は, JSPS科研費JP23K22037,23K00984,東京大学空間情報科学研究センターとの共同研究(研究番号1242・1243)の成果の一部である. 文献茨城大学 2021.茨城大学令和元年度台風 19 号災害調査団最終報告書. https://www.ibaraki.ac.jp/uploads/hagi2019_research_finalreport.pdf (最終閲覧日: 2025 年 1 月 10 日)田中耕市・若月泰孝・木村理穂・伊藤哲司・大塚理加・臼田裕一郎 2021.地理的条件を考慮した災害からの事前避難促進要因の分析―2019 年台風第 19 号水害における茨城県水戸市を事例として―.E-journal GEO 16: 219-231.

  • 佐藤 剛, 若井 明彦, Vu Minh, Nguyen Thang, 木村 誇, 山口 朱莉
    セッションID: P062
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    ベトナム北部では2024年9月7日に台風YAGI(台風11号)が上陸し,記録的な豪雨を被った.これに伴い多数の地すべりや表層崩壊が発生した.ラオカイ省Lang Nuの上流域では大規模な地すべりが発生し,土石流化した移動物質がLang Nuを襲った.これによりLang Nuでは60名の死者と7名の行方不明者が生じた.筆者らが2024年12月に現地調査を実施した結果,この地すべりはその流下過程で谷沿いに分布する過去の地すべり堆積物を巻き込みながら流下し,下流に土石流として土砂を供給したことが明らかとなった.

  • 清水 長正, 指村 奈穂子, 川内 和博, 塚田 晴朗, 村田 良介
    セッションID: P064
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    阿寒富士山麓地域は熔岩の年代が新しく開析谷の発達が少ない。他方、複数の溶岩流のユニット側縁部の崖に囲まれた細長い凹地が多数あり、そうした凹地底に風穴の現象が生じている。今のところ熔岩トンネルは確認されていないが、粘性の低い玄武岩溶岩であることから、地下に空隙が形成されやすいことが推定される。この地域の夏季に低温となる凹地周辺で、森林を主とした植生調査を行った。標高617 m(N)と581 m(S)の2個所の凹地でコドラート(10×15m)を設定し、その範囲を記録した。それぞれ凹地底部を中心として両側の高まりまでを含めた。ベースとして、コドラート内の高低を測量し、また1~2 m間隔で地表部の地温を測定した。結果を平面図としてまとめた。右図では、Nコドラートの地形・地温と植生を分けて示した(図2)。Nコドラートの凹地は周辺の熔岩堆積面から深さ3 mの低まりであり、凹地底の地表部の地温は5℃以下で、最低で0.2℃(2024年8月25日)の低温であった。周辺の熔岩の高まりの地温は20℃ほどである。

     Nコドラートの森林植生は、高木がアカエゾマツの大径木で、その隙間に亜高木層としてやや細いトドマツが生育しており、これらはおよそ凹地周辺の高まりに分布していた。凹地の斜面はエゾイソツツジの低木が繁茂し、凹地底の風穴地にはミズゴケがマット状に認められた。林床には、コケモモがコドラート全体に疎らに見られた。以上の植生は、道東地域の風穴植生(鈴木由告ほか1987,佐藤 謙1995;ひがし大雪博物館研報)の報告と比べ、微環境に適応した植物がモザイク状に生育しており、狭い範囲内に種多様性の高い植生が成立している点において大変貴重なものといえよう。

  • 淺野 敏久
    セッションID: 431
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    出水平野は,ナベヅルやマナヅルなどの越冬地となっており,ツルと地域の住民とは関わりながら暮らしてきた。第二次大戦後にツルとその渡来地が特別天然記念物に指定され,保護対策が進むと生息数が増え,現在は1万羽を超えるツルが大陸から渡ってくる。

     2022年11月に,出水平野の一部が日本国内で53番目のラムサール条約湿地に登録され,出水市は新潟市と並んで国内初のラムサール条約湿地自治体に認定された。

     本研究では,出水平野のツルに注目し、関連する諸主体の立場や相互関係を把握し,合意形成がいかに図られているかを明らかにする。加えて,その過程において博物館が果たしている役割を論じる。

     出水市は,鹿児島県北西部に位置し,面積330km2,人口約5.2万人の地方都市で,農業に関して,経営体数では稲作農家が多いものの,養鶏業が盛んである。沿岸部ではノリ養殖が行われている。

     渡ってくるツルは,ナベヅル,マナヅル,クロヅル,ナベグロヅル,カナダヅル等である。ナベヅルは世界の8割,マナヅルは世界の半数の個体が,出水平野に渡ってきている。

     出水平野におけるツル保護の歴史は古く,1921年に天然記念物指定を受け, 1952年には,「鹿児島県のツル及びその渡来地」として特別天然記念物指定を受けている。1963年に人工ねぐら1.5haを設置し,農作物被害を食い止めるためのツルに給餌を開始した。1972年に給餌場として冬季に水田の借上げを始めた。渡来数が増え,農家からの被害補償要求が強まり,食害対策事業が導入された。2021年には「出水ツルの越冬地」がラムサール条約湿地に登録され,同時に出水市がラムサール条約湿地自治体に認証された。

     ツルの保護に関して,越冬期の出水平野への一極集中の解消や鳥インフルエンザ対応は喫緊の課題であるとともに,市民の理解や協力を得るために,地域社会・経済への波及効果の引き出しを見える形で展開することが求められている。

     ツルとの共存に関わる関係者として,まず,行政では国(文化庁,環境省,農水省など),県(教育委員会,環境部署,農業部署),市(教育委員会,観光部署,農業部署,ラムサール条約対応部署など)がある。農家に関しては,保護区に土地を有する農家と,保護区外の近隣農家,養鶏業者は,異なる観点からツルとの関係を有する。養鶏では,畜産企業が畜産農家を組織化しており,防疫面で当事者の前面に立っている。保護区に渡ってくるカモによる養殖ノリの食害も深刻である。また,長年にわたるツルの羽数調査では地元の小・中学校の生徒の役割が大きく,子どもたちの調査結果がツル保護の基本的な情報になるとともに,ツル調査に地域の住民が3世代に渡って関わってきたことが,ツル保護に対する住民の意識形成に大きな意味をもっている。

     出水市におけるツルに関わる論点は,大きく,鳥インフルエンザの防疫に関わることと,観光などの地域活性化に関わることがあり,登場するステイクホルダーが登場する。それぞれにおいて,重要な役割を果たしている場所が,出水市ツル博物館(クレインパークいずみ)であり,職員がキーパーソンである。ツル調査を組織し,指導しているのは,博物館の学芸員であり,普及啓発活動の中心でもある。防疫の協議においてもツル保護の立場の中心人物となっている。ツルの監視組織やエコツーリズム団体らの対外的な窓口も博物館が担っている。また,環境省の出先機関は博物館内にあり,鹿児島県のツル保護会の事務局も博物館内にある。ラムサール条約登録に向けて新設された出水市のラムサール推進室は博物館内に置かれ,室長が博物館長となっている。

     ツルとの共存に関して,さまざまなステイクホルダーが存在し,その調整を図らないと,共存のバランスは崩れてしまう。出水市は,その調整に関して,博物館が重要な機能を果たしている事例となる。このことは,出水市に限らず,ラムサール条約湿地や自然公園などのビジターセンターが担いうる機能であり,報告者が関わるエコミュージアム運動において,コア博物館のあり方を模索する上でも大いに参考になる。

  • 由井 義通
    セッションID: 509
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    急速な高齢化に伴って認知症発症者の増加も顕著となっている。厚生労働省の資料によると認知症高齢者数の推計は,2012年に462万人,2025年に約700万人となり,65歳以上の高齢者のおよそ5人に1人の割合になるとされる。また,警察庁生活安全局人身安全・少年課によると,認知症に係る行方不明者数は2023年には全国で19,039人(前年比330人増加)人,そのうち死亡者は553人に達しており,今後,認知症を患っても地域で暮らしていける環境の整備が大きな課題となっている。

    このような状況に対して,厚生労働省は2012年に「認知症施策推進5か年計画 平成25~29年度(2013~2017)」(オレンジプラン)および2017年に改定された「認知症施策推進総合戦略-認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて-」(新オレンジプラン)を策定した。オレンジプランおよび新オレンジプランでは,いずれも認知症カフェ等の設置・普及が挙げられており,地域の実情に応じて認知症地域支援推進員などが企画するなど,認知症の人が集まる場や認知症カフェなどの認知症の人や家族が集う取り組みを2020(平成32)年度までに全市町村に普及させることとなっている。

    認知症カフェ(Alzheimer Café)は,1997年にオランダでオランダアルツハイマー協会(Alzheimer Nederland)と臨床老年心理学者ベレ・ミーセン(Bere Miesen)が協力して始めたものが最初である。その後急速に広まっている。名称は,認知症カフェの他,オレンジカフェともいわれる。(武ほか,2015)。

    本研究は、高齢化が進む郊外住宅団地における認知症カフェの取り組みの実態について明らかにすることを目的とし、高齢社会における地域づくりについて検討する。

     広島市における認知症カフェは、国の施策開始以降急速に設置数が増えており、近年,郊外地域には介護サービス施設が増加し,また認知症カフェも郊外地域の安佐南区や安佐北区で増加が顕著であった。なかでも1970年代から1980年代にかけて宅地開発が行われた広島市の郊外地域では,子ども世代の独立によって高齢夫婦世帯や高齢単独世帯が増加し,老年人口率が30%を超えた超高齢化社会となっている。郊外住宅地は開発時においては子育て環境の整備に重点があったが,カフェなどの高齢者の居場所が少なく,高齢化社会に対応していない問題があった。

  • 小松原 琢
    セッションID: 916
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに 伊勢湾周辺には広範囲に海成堆積物を挟有する「中位段丘」が分布する。これは、三重県側(特に南西岸の伊勢平野南部)では2つに区分される一方、愛知県側(伊勢湾東岸・濃尾平野および三河湾沿岸)では熱田面・碧海面など一括されている。発表者は愛知県側の中位段丘も2分できないか検討した。 三重県側の中位段丘に関する既往研究三重県側の中位段丘が模式的に発達する津市久居地区では、木村(1971)や森ほか(1977)にまとめられているように、高位の海成堆積物(小野辺シルト層)を挟有する堆積段丘(久居面)と、それを削剥する薄い河成堆積物(久居礫層)によって構成される浸食性の段丘(高茶屋面)に2分される。同様の層序・段丘面区分は、鈴鹿市街(石村、2013)や桑名市街(太田・寒川、1984)でも認められる。石村(2013)は、このうち低位の面上の表土からK-Tzに由来する高温型石英を見出している。 熱田層・熱田面に関する検討熱田層・熱田面は、従来の研究(たとえば桑原ほか、1982;牧野内ほか、2013)では、下部に海成粘土層を挟有し、上部にOn-Pm-1を含む砂質堆積物を主体として側方連続性の不十分な海成粘土層を挟有する堆積物からなる一連の堆積物で構成された1つの段丘面と考えられてきた。しかし、名古屋市瑞穂区仁所町地区と、同昭和区川名地区では、他地域とは2~5 m高い段丘面が認められる。両地区における既往地盤調査ボーリング(土質工学会中部支部,1988)では、その地下に海成粘土層は認められるが、テフラ産出に関する記載は認められない。 碧海層・碧海面に関する検討碧海層・碧海面も、従来の研究(例えば森山、1996)では一括されてきたが、牧野内ほか(2003)は名鉄新安城駅北で表土中からK-Tz、Aso-4起源と考えられるクリプトテフラ粒子を得ている一方、森山ほか(1996)は知立市来迎寺地区の碧海面下13.3 mと碧南市広見町の碧海面下21.3 mからKt-zを得ている。碧海面には場所により比高3 m以下の低崖があるものの、碧海面全体に鳥趾状の旧道が発達することとも相まって地形的に2面に細分することは難しい。 最終間氷期の伊勢湾周辺のサラソスタテイック段丘愛知県側の中位段丘を意図的に再検討することによって、伊勢湾周辺の中位段丘は一般に2段(海成堆積物を挟有する堆積段丘と、その削剥後に陸成堆積物によって形成された段丘)に分けられる可能性が浮上した。両段丘は常に隣接して分布することから、一連の地形発達過程で捉えるべきものと演者は考える。最終間氷期のサラソスタテイック段丘が低崖により、ないし崖を介さずに2つに区分される事例は、東京湾周辺(木下面と姉崎面)でも認められている(たとえば徳橋。遠藤、1984)。このような現象は、単なる偶然とは考え難い。砕屑物供給量の多い場における最終間氷期の段丘形成機構を解明するうえで、1つの課題ではないだろうか。 文献土質工学会中部支部(1988):「最新名古屋地盤図」.名古屋地盤図出版会,487p.石村大輔(2013):地学雑誌、122、448-471。木村一朗(1971):竹原平一教授記念論文集,1–12。桑原 徹ほか(1982):第四紀、22、111-124。牧野内猛ほか(2013):地質学雑誌、119、335-349。牧野内猛ほか(2003):名城大学総合研究所総合学術研究論文集、2、71-77。森 一郎ほか(1977):地質論、14、185-194。森山昭雄(1996):愛知教育大学地理学報告、82,1-11。森山昭雄ほか(1996):日本第四紀学会講演要旨、26、84-85。太田陽子・寒川 旭(1984):地理評、57、237-262。徳橋秀一・遠藤秀典(1984)「姉崎地域の地質」.地質調査所,136p。

  • 西脇 圭一郎, 柳田 誠
    セッションID: 918
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    日本の天井川の分布の北限は、秋田県の真昼川と考えられる。そこで、北海道には天井川は存在しないのだろうか。北海道に天井川が存在するならば、天井川の成因を考え直す必要があるのではないかと考える。今回、北海道で天井川と推測されるいくつかの河川を調査したので、報告する。

  • 横浜のスカイラジオメータ観測値と周辺観測地点との比較
    岩永 博之, 入江 仁士, 村山 利幸, 山本 浩万
    セッションID: 816
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    大気中に浮遊するエアロゾルは,地球の放射収支に影響し,気候変動に対する重要な因子として知られている.東京湾岸部などの大都市かつ工業地帯が隣接する地域では,大気汚染の監視を目的としてエアロゾルを地表面近くで測定しているが,上空のエアロゾルに対する観測地点はそれに比べて極めて少ない.本研究では,東京湾岸部上空のエアロゾル光学的特性を把握するために,スカイラジオメータを横浜市内に設置し,その観測値と周辺地点との観測値比較および季節変化を検討した.

    観測値を月別で評価したところ,エアロゾル光学的厚さは4月が高く,8月にその値がばらつく傾向にあった.地点間比較をすると,横浜の1次散乱アルベドは周辺地点よりも低く,オングストローム指数は周辺地点よりも高いことがわかった.気中あたりの粒径別体積濃度を比較したところ,千葉は相対的に粗大粒子が多く,横浜は微小粒子が多いことがわかった.これらの結果は,横浜上空では東京湾岸部の他地点に比べ,ブラックカーボンなどの微小粒子かつ光吸収性の高いエアロゾルを解析対象期間中多く含んでいたことを示唆している.

  • 山口 隆子
    セッションID: 634
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     北欧には、屋根全体にシバを載せる伝統的木造家屋(以下、草屋根)がある。アイスランドの復元された草屋根は、2011年にユネスコの世界文化遺産暫定リストに“The Turf House Tradition”として登録されている。草屋根は、アイスランドの他、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドなどにもあり、各地の野外博物館で保存されているほか、フィヨルド沿岸部の集落や湖畔の別荘地などに見られることが多い。フェロー諸島(デンマーク自治領)では、首都トースハウンの中心市街地も含め、現在も多くの草屋根が存在し、住居として使用されるとともに、新しい草屋根も増えている。

     本研究では、なぜフェロー諸島でのみ、現在でも草屋根が維持されているのかについて明らかにすることを目的とする。

    2.方法

     フェロー諸島の建築について、フェロー国立図書館にレファレンス調査を依頼した結果、3冊の草屋根に関する書籍が紹介された。1冊はフェロー図書館とイギリスの図書館のみの所蔵であり、入手困難であったため、『Det færøske hus i kulturhistorisk belysning』と『Færøsk arkitektur Architecture on the Faroe Islands』の2冊(前者はデンマーク語、後者はデンマーク語と英語併記)を入手し、翻訳を行い、2024年7月中旬に現地を訪問し、草屋根の確認、住民へのヒアリングを行った。

    3.結果及び考察

     フェロー諸島は、人口54,648人(2024年11月現在)、公用語はフェロー語である。面積1,398㎢、火山島(玄武岩)で海岸線はほとんどが崖地である。気候は、年平均気温7.0℃、年降水量1,391㎜の西岸海洋性気候であり、曇りや雨が多く、年間降雨日数は260日であり、1日の中でも天気が変わりやすいことも特徴となっている。暖流のメキシコ湾海流が流れているため、高緯度(北緯62度付近)ではあるが、冬季は比較的温暖、夏季は月平均気温が11℃程度と冷涼である。

     フェロー諸島の植物は総数330種だが、植栽したものを除き、高・中木は見られず、草本類とわずかな低木(ヒース等)のみである。主な野生動物は、海鳥であり、春から夏にかけてコロニーを形成している。

     フェロー諸島には森林がないため、最古の時代には、住民は島独自の建築資材、つまり石と泥炭に少量の流木を加えて住居を形成していた。屋内と屋外の両方に石壁と土壁があり、芝生で覆われた屋根が最も一般的であった。

     木材が輸入されるようになり、外壁に木材を使用し、黒や茶色のコールタールが何度も塗り重ねられ、白い窓枠と屋根の芝生の緑は、周囲の風景の色調のリズムと調和し、芝屋根の重みとその下にある樺の樹皮が防水シェルターの役割を果たし、湿潤な気候において気密性を高めることに貢献していた。

     20世紀初頭頃に木製パネルを使用した大きな住宅に置き換えられ、後に波板に置き換えられた。さらに、木造住宅からコンクリート住宅へと変わり、1950年代終わりごろまでコンクリート住宅の建設は続き、その後、木材保存剤の開発により木造住宅が再び人気となった。

     首都トースハウンのティンガネス半島の先端に位置する旧市街は荒廃の一途をたどり、高層建築(7階)の建築許可が下りたことで、市民は旧市街で起きていることに気付き、トースハウン市議会とフェロー諸島政府は、1969年に旧市街の保存と更新計画を目的としたコンペを企画した。北欧諸国すべてから約50の提案が提出され、優勝した提案は地元の雰囲気を生かしたものであり、既存の建物を強調しながらも、独特の建築表現の余地を残す、新しい建築活動のための一連のガイドラインとなった。この時、町の中心部が野外博物館化しないことが最重要課題であったが、2024年現在も官庁や一般住宅として機能しており、その使命を果たしていることが確認できた。

     現在も草屋根にする理由については、フェローの人々のアイデンティティではないかと推測された。

     フェロー諸島は、地形的にも気候的にも高木が生育せず、島内全域が草地となっている。石と土と草しかない状況で住居を作るためには、必然的に草屋根にせざるを得なかった。しかし、21世紀の今日において、草屋根にする理由にはならない。

     フェロー諸島でヒアリングしたところ、皆、口をそろえて、「草屋根であることは普通」、「草屋根にするメリットもデメリットも感じない」といい、また、「草屋根は周りの景観に溶け込むのでよい」、「草屋根はフェローらしい」といった草屋根に肯定的な意見も多くあった。デンマークの自治領という微妙な立ち位置であり、「フェローらしさ」といった心のよりどころをどこかに求めているのではないかと推測された。

  • 富田 啓介
    セッションID: S706
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.里地里山空間の地生態学的特色

     里地里山とは,人が生活や産業,特に農業を行うために作り替え,維持・管理・利用してきた自然環境あるいは景観である。そこは,複数の異なった特徴を持つ土地の集合で,集落地・農耕地・林野のほか用水路やため池などの水域も含む。それらは集落からの距離など社会条件や,水分布・地形など自然条件に基づいてモザイク状に配置されていた。

     燃料革命や農業の近代化に伴い利用面での必要性が薄れると,里地里山は1990年代頃から自然環境や生物生息地としての側面が強調されるようになった。ただし,そこは人の干渉により成立した二次的自然であり,人が意味づけをし利用してきた文化的・社会的空間である。つまり,その自然環境の理解に臨んでは,空間内で行われてきた文化的・社会的行為やその変遷と,有機的に関連付けながら分析する必要がある。

    2.自然環境としての里地里山を対象とした近年の研究

     里地里山の自然環境を対象とした研究は,生態学・植生学・森林科学などを中心に行われており,3つに大別できる。

     一つ目は,その場の特色・成立機構・変遷の理解を目指す基礎的研究である。この研究では,古文書の読解や住民からのヒアリングなど社会科学的手法が用いられることもある。

     二つ目は,その場をある基準により評価したり,評価手法を検討したりする研究である。この研究は,生態学の応用分野である保全生態学で特に盛んに行われてきた。

     三つ目は,その場の保全・活用やのための手法やプロセスを評価・検討したり,効果を測定したりする研究である。

     近年の論文をみると,地理学でも上記すべてのテーマの研究が行われきた。しかし,他分野と比較すると数は寡少で,関心が高くない。里地里山は,「概念」であると同時に地理学が主要な分析対象とする「場」である。また地理学は,自然科学・人文社会科学の双方の顔を持つ。このことから里地里山の自然環境の理解に対し,地理学が貢献できる余地は大きい。地理学の中でも,植生地理学や地生態学は,生態学・植生学・森林科学などと密な関わりがある。ただ,これまでの主たる対象は,高山植生や泥炭湿原など原生的自然が中心であった。

     里地里山の自然環境の理解のためには,その成立や維持・管理に関わる多様なアクター間の関係やプロセスを理解する人文地理学的研究,里山を一連の景観パターンととらえ地形・地質・気候・動植物といった多様な地因子の相互作用を理解する自然地理学(地生態学)的研究の双方が必要である。したがって,分野を跨いだ研究者間の連携がとりわけ大切になる。

    3.発表者の具体的研究例と実践

     発表者は里地里山の水辺生態系,中でもため池と湧水湿地に注目し,その成立,分布,立地の特色,動植物相,保全・活用などについて研究を進めている。研究の遂行にあたっては,地理学的か否か,自然科学的手法と社会科学的手法のいずれを用いるか,基礎的であるか応用的であるかを意識せず,その「場」を総合的に理解する姿勢を重要視し,得られた知見をアカデミアだけでなく社会に還元することも視野に入れている。

     一例を示す。2013年から2019年,東海地方全域の湧水湿地目録を作成する研究を実施した。これは,生態学や森林科学の研究者,自然系NPO,在地の自然活動実践者らと協働し,湧水湿地一つ一つの位置や立地,動植物相を記録し,総括するものであった(富田・大畑 2024)。成果は『東海地方の湧水湿地 1643箇所の踏査からみえるもの』(湧水湿地研究会 2019)としてまとめた。成果は県や基礎自治体の要請に基づいて提供し,自然保護の政策に活用していただいている。

    文献:富田啓介・大畑孝二 2024.市民・NPO・研究者の協働による地方版湿地目録作成:「東海地方湧水湿地目録」の事例.湿地研究14:41-52.

  • 岐阜県可児市大森奥山湿地群の事例
    富田 啓介
    セッションID: 434
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     日本における太陽光発電施設は,FIT法の施行(2012年)以降急速に増加している。特に,農耕地や二次林など里地的土地利用と競合しやすく,生物多様性の劣化が懸念される。西日本に多い湧水湿地(貧栄養の地下水が滲出して形成された鉱質土壌の卓越する小面積の湿地)も,太陽光発電施設建設の影響を受けやすい生態系の1つである。そこには保全上重要な種が集中しており,優先的な対策が必要である。

     岐阜県可児市の住宅団地「桜ケ丘ハイツ」隣接地では,未開発の二次林内に複数の湧水湿地(大森奥山湿地群)が残されていた。2017年,湿地群を含む山林で太陽光発電施設の建設計画が持ち上がると,自治連合会とまちづくり協議会は,可児市を通じて事業者との協議の場を設けた。湿地群の存在は,団地内でほぼ認知されていなかったが,協議項目として生活環境の保全とともに湿地群の保全が取り上げられ,最終的に湿地群の大部分が保全された。

     この過程で団地内に湿地群の認識が広がり,その後もまちづくり活動の一環としてその保全・活用が進められている。元来自然保護を掲げた団体ではなく,地域コミュニティが主導して,土地開発から湿地群の保全を導いた稀有な事例であることから,その背景を参与観察と聞き取りから検討した。

    2.大森奥山湿地群の保全の経緯

     太陽光発電施設計画に対して住民は当初,本来良好な住宅地とする場所にふさわしくないとして白紙撤回を求める署名活動を展開,複数団体が要望書を事業者に提出した。対して事業者は「合法かつ適正な事業」として開発申請を行い対立した。まちづくり協議会は,自治連合会と協働して本件に対応する専門委員会を設け,条例に基づく斡旋を市から受けて「4者協議会」を設置した。構成者は,専門委員会・事業者・学識経験者・市である。

     21回に及んだこの協議会の中で,学識経験者から希少種を含む湿地位置や植生調査等の結果が示されると,事業者は湿地群の保全を図るべく計画の一部を変更した。さらに,造成斜面の外来牧草の吹付を中止するなど,湿地環境に配慮した工法が採用された。さらに,専門委員会は,工事中・後の環境変化を監視するため,水質・水量等のモニタリングを始めた。

     太陽光発電施設は2019年,完工し稼働を始めた。モニタリングはのちに発足した「大森奥山湿地群を守る会」に引き継がれた。会の活動は湿地の活用へも広がり,2024年現在,事業者の理解のもと近隣住民向けの観察会や,近隣の小・中学校の環境学習の場として活用されている。

    3.地域コミュニティによる湿地群の保全が成功した背景

    ①まちづくりに高い意欲を持つ企業が開発した住宅団地であり,地域コミュニティが醸成されやすい環境があった。

    ②1990年代から住民による自主的なまちづくり活動があり,住民自治の経験が根付いていた。

    ③自治体が住民自治を担う団体を公認し,事業者と意見の相違があった場合の「あっせん」などの制度を整えていた。

    ④住民自治団体の役員が,自然環境についても関心を寄せており,地域コミュニティ内にある湿地の知識を有していた。

    ⑤住民自治団体の役員が,近隣の大学との関係を作っており,協議に参画した研究者により学術ベースの客観的議論ができた。

    ⑥在地の自然観察団体が湿地群を長らく観察・記録しており,報告書や公開講座などの形で,地域社会に情報を共有していた。

  • 矢部 直人, 若林 芳樹
    セッションID: P010
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    I はじめに

     2019年末に始まる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は,世界の政治経済や人間生活に大きな影響を及ぼしつつある.コロナ禍で浮彫になった既存の社会・経済の仕組みの課題への対応として,テレワークの普及に伴う通勤者の減少や人口移動の変化などが報告されている(Kotsubo and Nakaya 2024など).しかし,こうしたポストコロナ時代を見据えた動きがどの程度の広がりをもって持続するのかについては,実証的データをふまえた検証が必要である.本研究は,居住地選好の側面からこれを検討する.

     これまで全国規模での居住地選好の情報は,1978年と1996 年にNHK(日本放送協会)が実施した全国県民意識調査の一 部に含まれているが,それ以降に同様の調査は行われていな い(若林 2019).そこで本研究は,現代日本の居住地選好に関する全国規模でのオンライン調査を実施し,ポストコロナ期における居住地選好の新たな動向を明らかにする.

    II データ・分析手法

     本研究で使用するデータは,2023年3月にインターネットによるアンケート調査で収集したもので,配付と回収は株式会社インテージに委託した.対象者はNHKの県民意識調査と同様に,16歳以上の住民(調査会社の登録モニター)で,各都道府県で500人ずつを年齢と性別の偏りのないようサンプリングした.その結果,23,500人から回答が得られた.調査項目は,現住地の住み心地,居住地以外で住んでみたい都道府県,出身地,居住歴,コロナ禍での居住に対する意識の変化などを答えてもらったほか,年齢,職業等の個人属性を収集した.分析には個人差と都道府県レベルの地域差の双方を考慮できるマルチレベル分析を用いた.

    III 結果

     最初に,現住地の居住環境評価に関連する変数を分析した.その結果,地域差よりも個人差が大きく,現住地が15歳頃までの主な居住地の場合に評価が上がる方向に強く関連することが分かった.

     次に,回答者が居住していない他都道府県への居住地選好を分析した.目的変数は,各都道府県を選好1位とするダミー変数である.その結果,地域差が比較的大きい値を示したのは,広域中心都市所在県や3大都市圏に含まれる府県であった.いずれも近隣の都府県からの選好を集めるため,地域差が大きくなる.コロナ禍での居住に対する意識の変化に注目すると,地方の田舎暮らしへの関心は北海道・青森県,地方拠点都市への関心は福岡県,地方観光地への関心は沖縄県,多地域居住への関心は長野県への選好とそれぞれ有意な関係があった.また,大都市圏郊外への関心は埼玉県・東京都・神奈川県,大都市圏都心への関心は東京都・大阪府への選好とそれぞれ有意な関係があった.

     さらに,コロナ禍での居住に対する意識の変化を目的変数とし,関係する変数を分析した.その結果,地域差よりも個人差が大きかった.また,地方の田舎暮らし・地方中小都市への関心は,3大都市圏居住者ではなく,それ以外の地方居住者と関連していた.3大都市圏居住者が関連していたのは,地方観光地・大都市圏郊外・大都市圏都心への関心であった.テレワークの可能性が比較的大きい管理・専門職は,地方中小都市・地方拠点都市・大都市圏郊外・多地域居住への関心と有意な関係があった.

    謝辞

    本研究はJSPS科研費JP22K18510の助成を受けたものです.

  • 吉田 一希, 小荒井 衛
    セッションID: P073
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    背景・目的 自然災害リスクを推定する上で重要な地形分類図は、自然地形の傾斜変換線に基づいて地形面の境界を画定している。レーザ測量による数値地形モデル(LiDAR DTM)の登場により、高精度・高解像度の地形解析が可能となったが、これにはノイズのような人工地形が多数含まれているため、低地面のような極めて緩い傾斜地における傾斜変換線を正確に求めることが難しい。したがって、平野部においては高解像度DTMを用いた自然地形の自動地形分類は困難な状況にある。この問題に対処するため、LiDAR DTMからノイズのような人工地形を自動的に除去する方法を考案した。研究目的は、過去の自然地形の復元ではなく、平野部を代表する傾斜量を高解像度のまま(リサンプリングせずに)解析可能とすることにある。したがって、本研究で対象とする人工地形とは、小規模かつ短波長様のものであって、周囲の地形と比較してノイズパターンが変化している領域(例えば、道路・水路・堤防などに沿った線状地形、住宅地や水田などの平坦面と人工崖が密集した地形)を指す。

    対象地域 地形学的に特徴が異なる平野部の以下3地区 (1)東京都新宿区:開析谷を有する緩勾配の段丘面、(2) 山梨県笛吹市:礫床河川を有する急勾配の扇状地、(3) カルフォルニア州サンノゼ:砂泥床河川を有する緩勾配の低地、を対象地域とした。

    手法 以下の手順により、LiDAR DTMの主要な人工地形を除去し、擬似的な自然地形を表す滑らかなDTM (NDTM) を作成した。 1) オープンストリートマップの土地利用ベクトルデータを用いて、道路・水路などからのバッファを配置し、LiDAR DTM (A) からバッファエリア外のセルを抽出した(B)。2) GDALのgdal fillnodataによるIDW法によりBを内挿補間した(C)。3) WhiteboxToolsのバイラテラルフィルタを用いて、Cから擬似自然地形DEMを作成した(D)。4) AとDの差分値が0.1 m以上を人工地形とみなし、その領域をAから除外した(E)。5) 上記2)の手法によりEを内挿補間した(NDTM)。6) AとNDTMを差分すると人工地形が抽出できる。

    結果・考察 バイラテラルフィルタのパラメータであるDSDとISDの違いによって生成されるNDTM の特徴が異なった。段丘面と谷底面の等高線は、DSDが増加すると滑らかになった。段丘面に発達した浅い谷は、平滑化が進むと不明瞭になった。これらの影響は、ISDの値とはほとんど無関係であった。 一方、ISDが大きいほど、段丘崖は滑らかになり、地形境界は不明瞭になった。この効果はDSD値が大きいほど顕著であった。縦断勾配が>2%の平野部では、LiDAR DTMとNDTM (約5 mグリッド)の傾斜量の平均値に大きな差は見られなかった。一方、<1%の平野部では、両者の傾斜量は大きく異なり、NDTMの傾斜量はLiDAR DTMのそれの最小値に近くなって、LiDAR DTMを約50 mグリッドにリサンプリングしたときの傾斜量とほぼ同じ値を示した。 既存の地形分類図による傾斜区分図(山梨県,1984)と、LiDAR DTM及びNDTM(約5 mグリッド)から算出した傾斜区分を比較すると、緩やかな斜面(1/4°~1/2°)の領域は、LiDAR DTMではほとんど区別できなかったが、NDTMでは明確に区別できた。これは、NDTMの傾斜量が地形図の等高線から得られた従来の傾斜測定値とよく一致することを示す。Iwahashi and Pike (2007)のDEM自動地形分類法をLiDAR DTMとNDTM(約5 mグリッド)に適用すると、LiDAR DTMでは低地と山地のみの極端な分類となったが、NDTMでは異なるスケールの扇状地の区別が改善されるとともに、扇状地の分類(mid fan, distal fanなど)が強化された。

    文献:Iwahashi and Pike (2007) Geomorphology, 86, 409-440. Yoshida and Koarai (2024) Geomorphology, 465, 109388.

  • 橋詰 直道, 山﨑 和男, 山﨑 芳男
    セッションID: P039
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    日本地理学会創設者のひとりで初代会長となった山﨑直方は,1870(明治3)年に高知縣土佐郡旭村赤石(現高知市赤石町)にて山﨑潔水の子として生まれたことは知られているが,生誕地の詳しい場所だけでなく,東京に出た年についても知られていない。また,直方が上京した後に郷里高知のことについて記したものの存在を筆者らは知らないが,1891(明治24)年,直方が第三高等中学校の冬休みを利用して帰省した際に,生家を含む「ふるさと」高知(主に現在の高知市内)の風景を描いたスケッチ画が山﨑家に現存する。このスケッチ画は,まだ写真記録がほとんどなかった当時の高知の風景や生活の一部を写し取ったものであり,それ自身が貴重な史料でもある。今年2025年は,日本地理学会創設百周年にあたり,初代会長となった近代地理学の祖,直方の足跡の一端をこれまで紹介されてこなかった史料やスケッチ画を用いて考察する意義は大きいと考える。本報告は,山﨑家に関する様々な公的・私的史料情報と山﨑家に残されている直方による34点のスケッチ画をテキストとして,現地調査と関係付けながら分析することで当時の直方の故郷への眼差しの一端を考察すると同時に,直方の生家(旧宅)の特定を試みようとしたものである。調査の結果は,以下のように要約される。山﨑家は,父潔水の官吏としての仕事の関係で,直方が5歳の時に東京に移住している。1891年,直方が三高の冬休みを利用して郷里高知に帰省した際に描いたスケッチ画からは,この旅が直方にとって念願の「ふるさと」高知への帰省旅行であり,ふるさと高知の風景の記録にとどまらず,幼い頃の記憶の追体験,あるいは先祖を敬う思いといった故郷への郷愁と尊敬の眼差しを垣間見ることができる。スケッチ画No.16のメモには「最も懐かしいもの(赤石の旧宅)」と記されており,生家(旧宅)訪問がこの帰省の一つの目的であったと言えよう。1938年に高知を訪れた田中啓爾が,直方の生家を赤石町5と記したフィールドノートのメモが発見(立正大学田中啓爾文庫)されたが,高知地方法務局の地籍図(1936(昭和11)年当時)や直方のスケッチ画を詳細に検討すると,その区画は旧士族邸としては間口が狭く,敷地の向きや遠景の山(鴻ノ森:標高300m)の見え方が異なるなど,生家をその番地とする指摘には疑問が残る。スケッチ画に描かれた前面小路と水路,遠景の鴻ノ森の見え方などから推定すると,現在の赤石町54番地付近の風景が最も適合するように思われるが,未だ正確な場所の特定には至っていない。

  • 大和田 春樹, 大和田 道雄, 三輪 英
    セッションID: 813
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    地球温暖化に伴う近年の異常猛暑や山火事,洪水,干ばつなどの異常気象は,世界各地で頻繁に報告されている。その原因が温室効果ガスの排出によるものであることはIPCCや環境省の報告でも明らかである。しかし,これらの研究は,地球規模での研究が中心であるため,人々が生活する身近な地域の変動を反映しづらい面がある。

     本研究会では,地球温暖化に伴う気温上昇の過程を,気象庁のアメダスデータだけでなく,気象観測を併用することで,日本の地域の気候学的特色を明らかにしてきた。また,過去50年の気圧配置の分類を行ったことで,近年は,夏季の気圧配置の出現頻度も変わり,南高北低型・全面高気圧型が増加し,この2つの型を合わせると8割近くを占めるようになったことを明らかにした。これは,近年,夏季に異常高温が出現する頻度が高まっていることと関係していると思われる。また,南高北低型と全面高気圧型は,両型ともに濃尾平野の周辺域が暑くなる気圧配置型といえるが,それぞれ風の流れは異なる傾向を示すため,都市の高温化の特徴は,異なる傾向を示すことが予想される。

     そこで,本研究では,木曽川中流域に位置する一宮市に設置したデータロガーの気温データをもとに,南高北低型と全面高気圧型のそれぞれの気圧配置型における気温分布の実態を調査し,夏季の高温化の特性を明らかにすることを目的とする。

  • -マルチスケールでの分析から-
    嵇 宸
    セッションID: 439
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

     1949年の中華人民共和国成立とそれに続く東西冷戦の開始から,1990年代の冷戦終結に至るまで,日本のみならず(Han 2014),東南アジアやアメリカなど世界各地の華僑社会において(王 2010),中国共産党を支持する「大陸派華僑」と中国国民党を支持する「台湾派華僑」の間に激しい対立と沈静化の過程が見られた。しかし,世界の他の華人社会と異なり,横浜の華僑社会では対立が単に風化しただけでなく,関帝廟再建をシンボルとして両派華僑内でイデオロギーを超えた対話が実現し,教育,イベントや商業など多様な分野で協力が展開されるようになった。海外華僑社会において関帝廟は,単なる宗教空間にとどまらず,集会や議事,更に教育や医療に関わる重要な機能を果たす場として知られている(内田 1949)。横浜関帝廟は長い歴史の中で幾度も破壊と再建を繰り返してきたが,1986年の再建は特に注目に値し,両派間の和解を直接的に促進する契機となった。この点については山下(2021)などの研究や横浜関帝廟管理委員会発行の記念誌(「関帝廟と横浜華僑」編集委員会 2014)でも言及されている。

     一方,これらの既存研究には議論の余地が残されている。第一に,多くの研究は横浜関帝廟再建そのものに焦点を当てた一方で,再建の前後における国際的及び地域的な背景,更に関連する具体的出来事への考察が十分とは言えない。第二に,既存研究の多くが再建の過程の説明を主題とするが,関与した主体のアイデンティティやその変容に関する分析が不足している。

     以上を踏まえ,本研究では,関帝廟再建過程における複数の主体のアイデンティティ変容に注目し,1970年代以降に発生した一連の出来事を統合的に考察し,多スケール的な視点から他の海外華僑社会と比較して,横浜華僑社会の和解を可能にした独特な背景と根本的な原因を解明していく。

    Ⅱ 研究方法

     本研究は,参与観察,半構造インタビュー,資料収集を主な方法とした。具体的には,横浜中華街で開催される「関帝誕」などのイベントに参加し,両派華僑間の交流の実態を観察した。また,『自由新聞』や『華僑新報』など台湾派華僑の新聞,『華僑報』など大陸派華僑の新聞を収集した。更に,関帝廟再建に関与した大陸派華僑総会,台湾派華僑総会,そして中立的立場を取る華僑を含む10数名への半構造インタビューを実施した。これらをもとに,再建過程における主体の動態を詳細に分析した。

    Ⅲ 考察と展望

     第一に,横浜華僑社会における和解は,台湾海峡両岸からのトランスナショナルな影響力の変化と関り,華僑総会正常化運動や商業の発展などローカルな出来事に基づき変容した,マルチスケールかつ連続的な過程であった。これらは一朝一夕に実現したものではなく,1970年代半ばから2000年代初頭にかけての長期的なプロセスであった。第二に,こうした結果は,寧ろ華僑コミュニティがホスト社会に統合し続けていることの反映である。歴史的背景や個人的経験に基づく反対意見や多様なアイデンティが両派から見られたが,地域的利害を考慮した上で,最終的に和解が選択された。第三に,関帝廟が宗教的空間であると同時に華僑社会の公共的空間として機能している。関帝廟は,複数の主体が要求を表明し,相互に交渉するプラットフォームを提供し,和解プロセスの重要な場となった。また,両派間の関係に対する世代間の認識の違いも注目すべき点である。特に,両派の交流を促進する若い世代の華僑に焦点を当てた研究が今後の重要な課題となる。

  • GIS・フィールドワーク・エージェンシー
    田部 俊充
    セッションID: S201
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    本シンポジウムは日本地理教育学会と共催で,第47回日本地理学会地理教育公開講座として「次期改訂に向けての小中高地誌学習の新たな方向性―GIS・フィールドワーク・エージェンシー―」というテーマで開催する.今回も日本地理教育学会小中高一貫地理教育カリキュラム研究会(2024年度~2025年度 吉田剛代表)の成果も加えて議論を深めたい.「系統学習」「地誌学習」は地理教育の両輪であるが,最近の「コンテンツベースからコンピテンシーベース」の議論のなかで,従来の日本の地誌学習はコンテンツととらえられ軽視されていると感じる.「コンテンツベース(地誌)とコンピテンシーベース(地理的見方・考え方)」は対立概念ではなく,工夫によりどちらの育成も必要である.地誌学習について学会において繰り返し論じられてきた論点は,①小学校社会科において,地理学習,とりわけ地誌学習が十分には位置づけられていないために,実質的には中学校から地誌学習が開始されている点,②グローバル化する社会において,より早期から世界地誌学習を位置づけ,基礎世界像の形成を充実させることが望まれる点,③「個別最適な学び」と「協働的な学び」などを志向した最近の中央教育審議会答申等の議論を踏まえる,とくに方法としてICTを活用する点,の3点である.

  • 約1100年前の地表変動で形成された森林植生の事例
    高岡 貞夫, 苅谷 愛彦
    セッションID: S703
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに 

     地形と植生の関係(地形植生誌)の探究は地理学的視点で植生を研究する際の、主要なテーマの一つである。高山帯では氷河地形や周氷河地形の研究の進展と合わせて、1970年代以降に地生態学的な植生研究が行われるようになった。同時期に低山帯においては、丘陵地の自然林や海岸域のマングローブ林の研究が進められた。高山帯と低山帯におけるこれらの研究は、いずれも地形の成り立ちや変動性を踏まえて植生の分布、構造、動態を捉えようとしたものであった。その後、亜高山帯、山地帯に研究領域が拡大されたが、山地斜面を構成する多様な地形の中で、日本の山地に卓越する地すべり地形は、注目されてきた地形の一つである。

     ところで、地形とそれに結びついた特殊な環境が氷期遺存種や固有種の生育地を提供することがあり、このような長期的観点で地形と植生の関係をみていくことも重要である。本稿では第三紀まで繁栄していたヒノキ科針葉樹の一種であるサワラと、最終氷期以降の温暖化の中で分布が狭められてきたカラマツとイラモミの3種に着目して、それらからなる林が存在する大規模崩壊地において、森林の維持機構について検討した結果を述べる。

    調査地域と方法

     赤石山地の地蔵ヶ岳東面でAD887年頃に発生したと推定される岩屑なだれの堆積物のうち、標高1150~1350 mに成立する針葉樹優占林を調査対象とした。ここは植生垂直分布のなかで山地帯(冷温帯)の中部に相当する標高域に位置する。この堆積地には長径数m、時に10 mを超える花崗岩の巨礫が累積し、礫間を充填する細粒物質を欠くところがほとんどである。岩屑なだれ堆積物の堆積地の内外に10カ所の調査区を設け、毎木調査を実施した。

    結果と考察

    (1) 立地の違いによる種組成の違い

     岩屑なだれ堆積物の堆積地内のうち、充填物質を欠く巨礫が累積する場所ではサワラ、ツガ、ウラジロモミの優占する森林が成立し、これにイラモミとカラマツがまれに混交する。一方、堆積地内の一部には巨礫間の間隙が細粒物質で充填されている場所があり、ここではウラジロモミやツガといった針葉樹とミズナラ、クリ、ブナなどの広葉樹が林冠を構成する。この針広混交林は、岩屑なだれ堆積物の堆積地の外にある斜面の森林の構成種と共通性が高い。

    (2) 樹高階分布から推定される針葉樹3種の更新機構

     サワラは高木層だけでなく亜高木層以下にも出現し、暗い林床にも伏状稚樹がみられた。サワラは栄養繁殖および実生繁殖によって継続的に更新していると考えられる。

     カラマツとイラモミは高木層に単木的に出現していた。両種とも耐陰性が低く、小さな林冠ギャップが形成されても更新の機会にはならない。岩塊地では風倒による大規模な森林破壊が起こる可能性があり、これら2種はそのようなまれに起こる大規模攪乱時に侵入・定着し、その一部が単木的に残存したものと考えられる。

    (3)長期的視点でみた地表変動と植生発達

     岩屑なだれ堆積物の礫間に充填物質がある場所の森林が、岩屑なだれの影響のない場所の林分と種組成の共通性が高いのは、過去約1100年の間に遷移が進み、岩屑なだれ発生前の植生が再生したものであるとみることができる。一方、充填物質を欠く場所では同様の遷移が進まず、針葉樹3種に生育地を提供している。

     この岩屑なだれは、最終氷期最寒冷期以降の温暖化による3種のマクロな分布域の変化が落ち着いたと考えられる時期の後に発生したものである。周囲の山域には古い大規模崩壊地が多数点在しており、風散布型の種子を生産する3種は、各所の崩壊発生地を利用しながら、山地帯の中に成林場所を確保してきた。

    おわりに

     サワラ、イラモミ、カラマツが岩塊地や急斜面、湿地など特殊な立地に見られることは従来から報告されてきたが、本研究では地形の成因や形成年代が詳細に解明されている岩塊地において、植生遷移や森林の維持機構を長期的視点から考察した。

     1970年代から始まった地形と植生の関係の研究は、植生景観の構造や多様性とその成因の理解を深めるのに大いに貢献してきた。今後は環境変動の中で地形が果たす役割の理解を一段と深めることが必要であろう。氷期と間氷期の繰り返しの中で、どのような地形が植物にミクロな逃避地を提供してきたのかを解明することは、古生態学的手法による植生史の解釈に有益な情報を与えるとともに、現代の地球温暖化が進む環境下で地形がどのような逃避地を提供しうるのかを考えるうえでも重要である。

  • 谷本 涼
    セッションID: S805
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    地域政策・都市政策において、アクセシビリティの視点はいっそう重要性を増している。人口減少・少子高齢化をはじめとした将来の社会変化とともに、日本の都市圏における生活環境はいかに変化していくだろうか。アクセシビリティに関連した今後の研究視角を考えるべく、いくつかの話題を提示する。 冒頭では、大阪大都市圏を例に、二段階需給圏浮動分析法などを活用した、GISによる客観的アクセシビリティの将来推計の例を提示する。都心部(大阪市周辺),都心部から約30km 圏内の郊外である郊外内圏,その外部に位置する郊外外圏のいずれにも,特有の問題が存在するが,郊外内圏では,複数の施設分野でアクセシビリティ上の問題が併発し,かつ将来的な状況悪化の可能性も高いことが示唆される。医療施設、保育施設、介護施設といった主要なケアサービスの供給不足や、スーパーマーケット、コンビニといった施設の健全な運営に必要な周辺人口の不足など、さまざまな問題が懸念される。 次のテーマとして、主観的なアクセスしやすさを測る認知的アクセシビリティについて論じる。とりわけ、将来、限られた人的・経済的資源を活用して生活の質を向上するためには、より多様な活動機会へのアクセシビリティが、個人の幸福度や生活満足度にいかに寄与するかを検証することがまず必要である。そこで発表者は、特定の目的地への行きやすさを超えた、個人の必要なもの/望むものなどに対しての、いわば「全体的な便利さ」をとらえるアクセシビリティの総体的感覚sense of accessibility(SA)の指標を、先行研究を参考に作成し、これが個別施設への客観的/認知的アクセシビリティや各種の個人属性などといかに関係しているかを解明する研究を進めている。さらに、客観的測度の洗練や認知的測度の活用による、アクセシビリティに対する理解の深化が進む一方で、シンプルで広範囲を網羅した指標に対するニーズも、地理学内外に存在する。特に、徒歩での暮らしやすさ(ウォーカビリティ)を、ある程度細分化された地域単位でスコア化したような指標については、疫学・医学・福祉学といった健康関連の分野でニーズが高まっている。発表者らは、全国の郵便番号界を単位として、人口密度、施設種類数、道路接続性からなるウォーカビリティの合成指標(JPWI)を公開した。このような指標の作成に係る背景・方法とともに、前記のSA指標と、ウォーカビリティ指標の間の関係を探る分析、すなわちアクセシビリティに関わる認知的/客観的指標の架橋の試みについて、簡単に紹介する。 アクセシビリティ分析を都市地理学、特に大都市圏において活用するには、往々にして大規模な空間データや社会調査を要し、都市を俯瞰的に分析するにあたって一定のハードルがあることは否めない。しかしながら、二次利用を前提とした空間的指標や調査データ基盤の整備に向けた地理学発の努力がなされ、それに基づいた新たな研究の展開がみられることも事実である。発表者の所感では、日本においては、医療・福祉、フードデザート、交通といったテーマごとに、必要に応じてアクセシビリティがツールとして用いられてきたが、日本の都市の行方を、そこに暮らす人々の生活の質を通して理解し、生じうる課題への効果的な対応策を考えるためには、生活に必須の財・サービス以外を含め、テーマ面でも空間的にも視野を広く持った分析を積み重ねること、そしてその門戸を広げられるよう、上記のようなハードルを下げる努力を継続することが必要である。

  • 外枦保 大介
    セッションID: 407
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

     観光研究は、経済地理学において長らく「周辺」に位置付けられてきた不遇の研究領域である。経済地理学者は、伝統的に観光研究を回避する傾向にあり、経済地理学と観光研究との没交渉は長らく続いてきた。しかし、近年では、雇用への貢献が比較的高い観光に対する関心が高まっている。特に2010年代以降、観光研究と経済地理学の紐帯は太くなりつつあり、これら両者の「経路」を融合させているのが、進化経済地理学である。

     本発表は、進化経済地理学的な観光研究のルーツといえる観光地ライフサイクル(Tourism Area Life Cycle: TALC)に関する議論の整理や進化経済地理学的な観光研究の進展過程を検討しながら、経済地理学と観光研究との経路融合について論じるものである。

    Ⅱ TALCの特徴と背景

     TALCは、1980年にRichard Butlerが著した論文によって示された。TALCの主要な特徴は、①観光地域の動態的な発展過程をいくつかの段階に分けてモデル化して示したこと、②適正収容力 carrying capacityの概念を用い、観光地としての持続可能性を論じていること、③進化論を当初から意識していることである。③の進化論的着想は、進化経済地理学との接合にとっての布石となったといえる。

     Butlerは、TALCのアイデアの源泉をいくつか挙げている。第1に動態的な地域変化を扱った観光地理学初期の研究であるGilbert(1939)がある。第2にChristallerの研究である。中心地理論で知られる彼は、都市から離れた地域で形成される観光地の研究にも着手していた。それを踏まえてButler(1980)は、観光客のタイプとともに観光地の変容も変容すると論じたChristaller(1963)を、紙幅を割いて引用している。第3に観光客の類型化に関する議論がある。第4に観光地の衰退・再編に対する着目である。第5に生態学も理論的背景の1つとされている。第6に製品ライフサイクルモデルである。これらのほか、立地論を基盤に理論的な観光地研究の枠組み構築を目指した除野信道の間接的な影響もあげられる。

    Ⅲ TALCから進化経済地理学的な観光研究へ

     TALCの研究蓄積を踏まえながら、2000年代以降の観光研究では、経路依存性に関する言及が増え、進化経済地理学に対する注目も高まった。進化経済地理学的な観光研究のこれまでの主な論点として、第1に進化経済地理学の議論に呼応して、観光研究でも経路創造の議論が深まったことがある。第2に経路内での漸進的な変化に関わる経路可塑性の議論も進展している。第3に共進化の視点が挙げられ、観光研究でも地域イノベーションシステムが論じられるようになった。第4に観光地が変化する「重大な岐路」への着目がある。第5にレジリエンスや観光の持続可能性についても論じられている。

     また、進化経済地理学の議論に呼応して、複数産業の経路間関係に対する関心も高まり、観光業と他産業間の関係(相互協力、競争、中立)が論じられている。

     このように観光研究と経済地理学は、進化経済地理学の隆盛により経路融合が進展している。今後も観光研究は、様々な研究領域の経路を融合させ、研究をアップグレードしていくことが望まれる。

  • 濵野 清
    セッションID: S206
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    昨年,一昨年と機会をいただき,本シンポジウムにおいて発言の場を得てきた。2023年には「総括:今後の世界地誌学習の新たな方向性を考える」,2024年には「コメント:学校種をつなぐ地理,地誌学習内容」と題して,いずれも報告諸氏の提言に関わり,失礼を顧みることなく発言させていただいた。今回は,次期学習指導改訂への本格的な動きの始まるこのタイミングを好機に,これまでの改訂の経緯を踏まえながらも,私見として次期学習指導要領地誌学習に期待することを述べてみたい。

  • 海津 正倫
    セッションID: 736
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    中小河川流域における土砂災害等の場所的特性を把握することを目的として,2024年9月に能登半島地域で発生した豪雨災害について国土地理院によって緊急撮影された空中写真を用いて,山間地域の崩壊地等の分布や谷底平野における氾濫状況・土砂の堆積などの実態を把握した.また,2024年1月に発生した地震による崩壊地の分布と豪雨災害の土砂崩壊との関係についても検討した. 豪雨災害では地震による崩壊地が拡大したほか,新たに多数の崩壊・地すべりが発生し,その一部は流木をのせて土石流として各河川の谷底平野に広がった.谷底平野における土砂の堆積は広く見られるが,河道の屈曲部付近などで堤防や河岸の損傷を伴って低地に向けて洪水流が流れ,土砂や流木の堆積を引き起こした例が多い.また,地震による堤防・護岸の損傷箇所の復旧が進んでいない所から,洪水流が堤外地に広がったという場所も認められる.

  • 中田 高, 柴田 亮
    セッションID: 908
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    高知県室津港は南海トラフに面し,1707年宝永地震,1854年安政南海地震,1946年昭和南海地震の3つの歴史地震による隆起が記録された世界でも稀な場所である(図1).本報告では,地震隆起量推定に関わる寛永17年(1640年)から弘化二年(1845年)に至るまでの港の深さの変化を「久保野家資料」や複数の史料を用いて検討する.

  • 本多 一貴
    セッションID: 705
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    2000年代以降,東京圏周縁部では空き家・空き地(以下,総称して「低未利用地」)の管理不全が顕著となっており,近隣住民の居住環境に防災,防犯,衛生面でさまざまな問題をもたらすリスクを抱えている.低未利用地への関わり方は,利用,対処,放置が挙げられる.しかし,近隣住民による無断での利用/対処は「違法行為」になりうる.隣地使用について示した旧民法第209条では,隣地地権者の所在が不明な場合に対応が困難なことや,障壁および建物の築造・修繕以外の目的による隣地の使用の可否について不明瞭なことが問題とされていた.そこで,2023年の改正時に,隣地の使用権の内容に関する規律の整備,隣地の使用が認められる目的の拡充および明確化が図られた.特に前者については,地権者は必要な範囲内で隣地を使用可能なことが明文化されたほか,隣地使用の日時・場所・方法は隣地の地権者に与える損害が最小となるものを選択しなければならないことも示された.さらに,隣地を使用する前に,地権者に通知する必要があることも示された.他方,事前の通知が困難な場合は,隣地の使用を開始後,遅延なく通知すればよいとされている.しかし,隣地の地権者から使用を拒まれた場合には,裁判による判決を仰ぐ必要がある. 住宅地内に散在する地権者不在(不明)の低未利用地を良好な環境に保つには,どのような法的制約の下で関わっているのかを検討することも必要である.そこで本研究では,近隣住民による関与の内容・方法に,その行為の法的見解を組み合わせて検討する.特に各主体による低未利用地への対応を,地権者の認知状況に着目して分析し,低未利用地の状態と近隣住民などによる関わり方の法的見解との関係性を考察することから,大都市圏周縁部の住宅地における居住環境がどのように維持されているのかを明らかにする.事例とした千葉県X市は,東京都心から50~60km帯に位置しており,明治時代以降は近郊農業の卓越する農村地域であった.しかし,高度経済成長期の住宅需要の高まりにより,農地の宅地転用が進行し,ベッドタウンとしての特性も有するようになった.人口は1995年以降停滞傾向にあるが,1990年代の不動産投機ブームのなかで,投機目的による宅地開発および売買が活発化した.しかし,現在まで一度も家屋が建築されることなく空き地になっている区画も多数みられる.また,1990年代前半に1㎡あたり10万円前後にまで高騰した地価は,バブル崩壊により現在は1/3程度にまで下落している.対象とした2つの住宅地は,都市計画区域外に所在し,開発時期は異なるものの隣接している.住宅地内には,低未利用地103筆(15106.63㎡)がモザイク状に分布しており,地権者の認知状況または利用/対処者について不明の29筆(3274.52㎡)を除くと,2024年7月時点で,57筆(9803.83㎡)の地権者は住宅地内に居住していなかった.低未利用地への対応を地権者の認知状況に着目して分類すると,①地権者と利用/対処者が同一または利用/対処にあたって地権者の合意を得ている「地権者認知関与型」が31筆(4457.33㎡),②地権者以外の第三者が地権者に通知することなく利用/対処している「地権者赴任地関与型」が29筆(5199.46㎡),③完全に放置されている「不関与型」が14筆(2175.32㎡)であった.低未利用地全体のうち,面積比にして約95%は利用または対処により良好な環境が保たれており,完全に放置され環境が良好ではないのは約5%にとどまっていた.原則として,法の下では地権者以外の第三者が関与するのは不可能とされている.しかし,低未利用地全体の約34%について,市が地権者からの訴訟リスクなどにより空き地条例に基づく措置命令を出さない(出せない)ことや,地権者が不在であることを理由に,不在地権者に通知しないまま現場の「被害者」である隣地住民が低未利用地を利用・対処していた.これらの利用・対処に対して法的な制約は黙認されていた.そして,違法であるが取り締まられてはいない,法的に「グレー」な関わり方が,地権者不在の低未利用地の多くみられる大都市圏周縁部の住宅地において,居住環境の維持に寄与していた.また,「グレー」な関わり方が黙認されるのは,大都市圏周縁部の住宅地では高齢化や資産価値の低下にともない,そのような行為を取り締まることによる受益者が不在となっているためと考えられる.従来,法を扱った地理学の研究は,取り締まる側と取り締まられる側の二項対立的な構図を前提としてきた.しかし,本研究では,少なくとも大都市圏周縁部の住宅地というローカルなスケールにおいて,紛争を予防・解決するために制定されたはずの法が必ずしも有益に機能していないことが明らかとなった.

  • 宮城 豊彦, 馬場 繫幸, 井上 智美, 山本 敦也, 和田 のどか, 柳沢 英明, 檜谷 昴
    セッションID: 915
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    温暖化に伴う急激な海面上昇が現実化している。発表者らは、その初期相と思われる過去数十年間の海面上昇傾向とマングローブ生態系、マングローブ林の地盤状況などの関係を高精度にデータ化している。現時点における多くの地域での海面上昇量は20㎝以下であるが、潮間帯上半部という限られたニッチに成立するマングローブ生態系にとっては、そのニッチ自体の位置を変動させる深刻なインパクトであり、その影響は何らかの形で顕在化していると想定できる。本報告は、それらの現場状況のレポートである。

  • スウェーデンを事例として
    山下 潤
    セッションID: 401
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    高炭素経済から低炭素経済への移行において、いかなる人、労働者、場所、部門、国、地域も取り残されることのないことを目的とした一連の原則、過程、実践(IPCC、2022)と定義される公正な移行の視点から、既存社会を持続可能な形態へ転換する必要がある。このような転換は、高炭素経済と関連するブラウンジョブから低炭素経済と関連するグリーンジョブへの移行も含む。本報告では、公正な移行に向けた第一歩として、スウェーデンにおけるグリーンジョブの地域的な動向について議論する。

  • 八反地 剛, 照井 里紗, 梶田 大陽, 小倉 拓郎, 猪股 雅美
    セッションID: P076
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    現代の日本には宅地・農地の造成などを目的とした大規模な人工改変地形が多くみられるが,たたら製鉄に伴う山砂利採取など近代以前の地形改変も残されている.しかし,現代の地形改変に比べると過去の地形改変についての研究は十分ではない.最近,中世山城築造による過去の地形改変が斜面崩壊の発生に影響を及ぼす可能性が指摘されている(猪股, 2023; Hattanji et al., 2024).日本国内には平野部を含めて3万ヶ所以上の中世城館跡が存在するが,それらの地形的特徴についての理解はまだ十分ではない.本研究では,航空LiDARデータを用いた地形分析により,中世山城の築造による人工改変地形の特徴を明らかにする. 対象地域は広島県南部である.選定基準(現代の地形改変を受けていない花崗岩の山地・丘陵地に立地,広島県教育委員会(1993〜1996)の調査記録の存在,山頂を含み十分な大きさを有する城域,航空レーザ測量データを利用可能)を満たす39ヶ所の山城を選定した.まず,航空レーザ測量データをもとに1 m DEMを作成し,それに基づき傾斜量図・等高線図を作成した.これらのDEMと報告書の縄張り図を用いて,山城を構成する曲輪(平坦面)と切岸(急崖)を判読し,地形改変領域(曲輪から20 mの範囲)のポリゴンフィーチャを作成した.また,それぞれの山城の近隣に位置し,標高がほぼ等しく,地形改変を受けていない山頂部(以下,自然尾根)を39ヶ所選定し,それらの尾根線から20 mの範囲のポリゴンフィーチャを作成した.山城と自然尾根の領域それぞれについて,傾斜と曲率の頻度を取得した.なお,曲率の分析には露岩などの細かい地形が反映されにくい5 m DEMを用いた.解析の結果,山城は自然尾根に比べて,傾斜の標準偏差と断面曲率の標準偏差が大きい傾向があった.一方,平面曲率の頻度分布にはあまり顕著な違いが見られなかった.そこで,傾斜量の標準偏差(SDS)と断面曲率の標準偏差(SDPrC)の2つの指標から,山城(改変地形)と非改変地形の判別を試みた.解析から得られた閾値(SDS = 10, SDPrC = 3.5)に基づき,尾根地形をA・B・Cの3区分に分類した(図1).その結果,対象の山城39か所のうち28か所(72%)がAに,自然尾根39か所のうち25か所(64%)がCに分類された.また,対象の山城には,大名が拠点として使用し大規模な地形改変が行われた城のほか,陣として一時的に利用されただけの事例も含まれており,それらの違いが地形指標の大小にも影響していると考えられる.

  • 「多文化共生都市」別府における2つの個人的経験
    中澤 高志, 久木元 美琴
    セッションID: S506
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    本報告では,別府における中澤の個人的な経験を手掛かりに,初等教育における国際理解教育について2つの論点を提示したい.1つは,外国にルーツを持つ子供にとっては,日本で学び,暮らすこと自体が国際理解教育であるという論点である.もう1つは,国際理解および多文化共生は,衣食住にとどまらず死生観において達成されるべき問題であるという論点である.

     2000年の立命館アジア太平洋大学の開学以降,別府市の外国人人口は急増した.その多くは留学生や外国人研究者が占めるが,多文化共生インフラが整ってくるにつれ,大学関係者以外の外国人も増加した.多文化共生インフラの1つに別府インターナショナルプラザがある.月1回開催される「地球っこわくわく広場」には,外国にルーツを持つ子供が集まる.「地球っこ」の勉強会で,中澤はスリランカから来た小学校3年生の男子の勉強をみたことがある.来日からかなりの時間が経過しているようで,立派な大分弁を話し,平仮名はすらすら読めるが,漢字にはかなり苦戦している.学習内容は,「おかあさんが一生懸命白菜を洗って塩を振っておもしをのっけておつけものを作っている」という詩の解釈であった.彼は白菜,おもし,おつけものを見たことがなく,詩が何を描写しているのか理解できない. この教材は,工夫次第では外国にルーツをもつ子供が漬物という日本文化を知る契機になりうる.しかし,想定されている学習内容は,漬物を見知った「日本人」であることを前提としていた.中澤の技量では,彼にこの詩の内容を説明することはできず,おそらく彼に「国語ができない」という自己評価を与えて終わってしまったのではないかと反省している.

     ムスリムの学生・研究者が増加したことを受け,2008年,寄付金を原資として別府に九州セントラルマスジドが開設された.それ以前から,別府ムスリム協会は定住・永住者の増加を見越して土葬墓地の適地を探していた.現在,日本では死者のほぼすべては火葬されるが,ムスリムにとって火葬は死者を冒涜するに等しいタブーとされるからである.2018年,協会は別府市に隣接する日出町に土地を購入し、墓地開設に向けて行政と協議しながら手続きを進めていた.ところが住民が町議会に墓地開設の撤回を求める陳情書を提出するに至り,事態は暗転する.住民が陳情の理由としたのは,墓地からため池への排水流入と風評被害であった.日出町は町有地を代替地として提案し,事態の収拾を図ったが,今度は隣の杵築市の住民が同様に水源への影響を懸念して反対運動を始めた.2024年8月に当選した日出町長は,町有地を代替地として売却しない方針を別府ムスリム協会に伝え,土葬墓地の建設は頓挫してしまった.日本で亡くなるムスリムは,土葬墓地の有無にかかわらず存在する.別府では,これまでカトリック別府教会が墓地にムスリムの遺体を受け入れてきたが,すでに受け入れる余地はなくなった.新たな受け入れ先として名乗りを上げたのは,大分トラピスト修道院であった.そのことが報道されると,市街地から遠く離れたこの修道院に右翼団体の街宣車がやってくるなど,受け入れに対する批判を受けることもあったという.しかし,中澤に応対してくれた修道士は,「当然のことをしただけ」「同じ宗教者として、困っている人がいたら,手を差し伸べるのがあたりまえ」と語った.埋葬されるのは,大学関係者だけではない.まだ新しい土饅頭には,インドネシア出身の10代の技能実習生が埋葬されていた.彼は熊本で砂利採取の仕事をしていて事故に遭い,埋葬地を求めてようやくここに安息の地を得たのである.政府が誘致する留学生や外国人労働者の中には,当然ムスリムもいる.彼・彼女らは,留学生・労働力としては歓迎されても,万一亡くなったら日本では尊厳ある埋葬が叶わない.そして,そうしたムスリムに手を差し伸べ,死者を弔っているのは,カトリック教会である.初等教育段階であっても,一般常識を揺さぶるこうした現実から深められる国際理解があるのではないか.

  • 森野 泰行, 増田 太郎, 森 蒼葉, 里口 保文, 林 竜馬, 山川 千代美
    セッションID: P086
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    近畿三角帯北部の諸断層に囲まれ,地塁山地の様相を呈する野坂山地には,日本海にそそぐ河川と琵琶湖にそそぐ河川間に河川争奪を由来とする谷中分水界が複数認められ,日本海側水系の耳川と琵琶湖側水系の百瀬川にも谷中分水界がみられる。耳川と百瀬川の河川争奪については,野坂山地を緩やかな勾配で南流する旧石田川が,その上流部を耳川に争奪され,さらにその石田川が百瀬川によって争奪されるという過程を経たことはすでに論じられているが,その年代などは明らかになっていない。本研究は耳川と百瀬川(旧石田川)の河川争奪の年代と争奪による水系の変化を明らかにすることを目的とする。その手立てとして,両河川の谷中分水界に形成された段丘面の形成過程を明確にし,河川争奪のおこった年代と争奪地点を推測した。さらに,両水系に棲息するイワナ個体群の遺伝情報の考察を加え,河川争奪による水系の変化について,地形学・生物学の両分野からの検証を試みた。

     耳川・百瀬川の谷中分水界の地形面は百瀬川の上流部が耳川によって争奪された痕跡を残し,耳川の侵食が旺盛なため段丘化し,耳川の現河床に沿って連続的に露頭が観察できる。最下部は砂岩・泥岩・チャートからなる円磨のすすんだ中礫層がみられ,耳川の下流方向から百瀬川方向へその高度を緩やかに減じていることから,耳川に争奪される以前の旧石田川の河床礫層と考えられる。その上位には,石英斑岩・花崗斑岩からなる円磨のすすんでいない中~小礫およびこれと指交関係にある泥炭・有機質粘土・シルトに象徴される湿地堆積物の互層がみられる。百瀬川左岸の斜面は石英斑岩・花崗斑岩を基盤とすることとあわせて,旧石田川の河床礫層の上位には,陸域から水域へと変化していく過程を示す地層も確認されることから,旧石田川が耳川に争奪されたことによって流掃力を失い,石英斑岩・花崗斑岩を基盤とする旧石田川支谷からの埋積によって旧石田川が堰き止められ,湿地化し,泥炭および有機質粘土層が堆積したものとみられる。河川争奪を由来とする湿地堆積物中には,姶良Tn火山灰(AT)がみられ,その下位1.9mの泥炭層中のうち上位より80cmと170cmの層位に介在する木材片の放射性炭素年代測定により29,240±130y.B.P.、29,280±110y.B.P.のデータが得られた。これらの暦年較正の結果および姶良Tn火山灰(AT)との関係から,河川争奪を由来とする湿地堆積物は2,000年程度で堆積したことが考えられ,耳川・旧石田川の河川争奪は32kaころに生じたと推察される。

     現在の耳川上流部は砂岩・泥岩・チャートを基盤としており旧石田川の河床礫層もこれらの岩相礫で構成される。耳川中流部には玄武岩層が広範に分布するが,旧石田川の河床礫層からは玄武岩がみられないこと,周辺の地形状況を鑑み,耳川と旧石田川の河川争奪は,狭小な範囲の水系変化であった可能性を示している。

     河川最上流部に棲息するイワナ(Salvelinus)の個体群は,それぞれの河川で陸封され,その遺伝的グループは太平洋型,日本海型,琵琶湖型に大別されることが知られており,異なる遺伝的グループからなる河川間の河川争奪による水系の変化を把握するための指標になると考えられる。今回の調査では,百瀬川に棲息するイワナの遺伝子型は琵琶湖型であった。一方,耳川上流部の一部の支流において百瀬川個体群と近縁な琵琶湖型個体群の存在を確認した。また,河川争奪によって旧石田川の流域から耳川流域に変化したと推測される各支流では琵琶湖型の遺伝的グループで構成されることが明らかとなった。

     これらの結果に基づき,河川争奪による水系変化を複眼的な視点で検証を行った。本研究の結果,耳川・旧石田川の河川争奪の年代が明らかになるとともに,旧河床礫種および周辺の地形状況から示唆される河川争奪地点とイワナ個体群の遺伝情報から推測した水系変化との間に調和的なデータが得られ,争奪地点および水系の変化を特定した。しかし,滝などにより隔離された争奪地点より上流側では琵琶湖型の遺伝的グループのみで構成された一方,下流側では日本海型と琵琶湖型の交雑が進んでおらず,耳川での琵琶湖型の遺伝的グループの広がりが限定的であったことなど,イワナの遺伝情報を用いた水系変化の推測には課題が残ったことは否めない。他の河川争奪の事例を用いたさらなる検証を進めたい。

  • 池善書店池亮吉の金沢市街図
    伊藤 悟
    セッションID: 602
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    地図の改描とは図中の一部について事実と異なる記載をすることであり、そのうち「戦時改描」は軍事的背景をもつものである。本報告は、陸地測量部発行の地形図に比べて、話題になることの少ない民間発行地図の戦時改描に関心を寄せる。

    本報告で取り上げる民間地図は、金沢市にあった池善書店が戦時中の1943年(昭和18)2月~1944年2月に発行した「金沢市街図」であり、統図登録番号記載の印紙が検閲を経た証拠として貼られている。地図の作者は同店主の池亮吉であり、地図裏面のキャプションには正確な地図を発行しようとする亮吉の意気がうかがわれる。

    陸地測量部発行の地形図は、1937年(昭和12)6月の参謀本部長命令によって戦時改描が本格化し、1944年(昭和19)発行の5万分1地形図「金沢」では、当時軍用地であった金沢城内や南郊の野村近辺には、それを示す注記文字は一切なく、住宅地と見せかける架空道路が描かれている。池善書店の地図では、その架空道路の描写が踏襲されるとともに、架空の町名、寺社記号、施設名が追加されている。架空町名は地図裏面の索引にも登場し、地図内容との整合性が保たれている。

    地形図よりも手の込んだ改描を亮吉が嬉々として行ったわけではない。なぜならば、地図裏面には改描の存在を暗示するキャプションがあり、亮吉は終戦後ほどなくして、改描を解消した金沢市街図発行に取り組むからである。

  • 吉井 潤
    セッションID: 505
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究の背景

     自治体は,人口減少と少子高齢化の中で,老朽化した公共施設に対処する必要がある.2014年に国土交通省は立地適正化計画を制度化し,コンパクトシティの形成を目指している.

     現在,約3,300館の公立図書館がある.そのうち,1970〜80年代に建設されたものが1,095館(33.0%)あり,スペース不足やバリアフリー問題などを抱えている.自治体は立地適正化計画に基づいて,図書館に関する計画を策定し,建設・開設している.

     立地適正化計画については,市町村間の連携や調整が複雑で,都市圏全体を計画区域とすることが難しいと指摘がある(荒木2017).その上,自治体へのアンケート調査では,住民の反発などから既存施設の集約が難しいことが示されている(箸本ら2021).さらに,地方都市では,図書館や公民館などの中心拠点施設を核として一つの建物に複数の施設が入居するパターンが多いことが示された(武者2021).

    2.研究の目的

     先行研究から立地適正化計画における施設整備の傾向を把握することができた.議論を深めるために事例研究も有益である.そこで,本研究の目的は以下の5つの仮説を明らかにすることである.①自治体は計画策定に当たってコンサルタントを入れているが,他自治体とは調整をしていない.②各施設を1カ所に集約するため,市民の反発があった.③総延床面積は整備前より縮小されている.④施設の集約・複合化はできたが,施設連携までは行われていない.⑤図書館との一体整備により,施設の来館者は多い.

    3.研究方法

     立地適正化計画に基づいて整備された図書館の中で,発表者が訪問した香川県善通寺市立図書館,和歌山県和歌山市民図書館,山形県酒田市立中央図書館を研究対象とした.3自治体の都市計画担当部署に,2024年10月30日に質問紙を送付し,1ヶ月後に回答を受領した.

     各施設の概要は以下のとおりである,善通寺市立図書館は,市庁舎との複合施設として2022年1月4日に移転開設した.訪問時は,中学生や高校生の利用者が多く見受けられた.和歌山市民図書館は,和歌山市駅に直結した複合施設「キーノ和歌山」の公益施設棟内にあり,2020年6月5日に移転開設した.訪問時は,子どもとその保護者が多数利用していた.酒田市立中央図書館は,「酒田駅前交流拠点施設ミライニ」のひとつとして2022年5月5日に移転開設した.訪問時は,若年層が多く見られた.

    4.調査結果

     ①については,3自治体ともコンサルタントを入れていた.また,隣接自治体とは特に調整していないが,県とは報告や調整をしていた.②について,善通寺市ではパブリックコメントにおいて複合化に反対する意見はなかった.和歌山市では賛否両論があったが,現在の利用者アンケートでは8割から9割が満足している.酒田市では,計画公表後に図書館が賑わい創出に繋がるか疑問の声はあったが,その解消のため図書館とまちづくりに関するワークショップやシンポジウムを開催し,新しい図書館の理解を促した.③については,3自治体とも面積の縮減はなかった.④については,善通寺市では,職員が各幼稚園に出張し,読み聞かせを実施している.そして,地域連携活動として2023年度はフィンランド大使館と協力して読み聞かせなどの交流事業を行っている.和歌山市では,年間を通じて多種多様なイベントが開催されており,図書館単独のイベントも含め2023年度には11,895人が参加した.酒田市では,酒田駅前夏まつりを開催している.これは酒田駅前地区活性化協議会(ミライニ,ホテル事業者,レストラン事業者などから構成)が主催し,毎年8月に実施している.⑤について,2023年度は善通寺市の図書館に約17,300人が来館し,キーノ和歌山の利用者数は2,181,101人,図書館の来館者数は795,292人だった.酒田市はミライニ全体で496,573人が来館した.

    5.考察

     自治体は,専門的なノウハウや豊富な経験をコンサルタントに求めている.施設整備にあたって市民の理解が得られるように取り組みを行っている.施設の面積が縮減できなかったのは,図書館の場合は共有スペースの創出よりも蔵書数や収容冊数を増やしていることが推察される.イベントなどの開催に限られるが施設連携は行われている.

    文献

    1)荒木俊之 2017. 地理的な視点からとらえた立地適正化計画に関する問題.E-journal GEO12:1-11.

    2)箸本健二・武者忠彦・菊池慶之・久木元美琴・駒木伸比古・佐藤正志 2021.立地適正化計画に対する地方自治体からの政策評価と課題認識.E-journal GEO16:33-47.

    3)武者忠彦 2021. 都市はいかにしてコンパクト化するのか?.E-journal GE16:57-69.

  • ――複数の尺度と移住後の行動に注目して――
    桂川 健人, 住吉 康大, 鈴木 杏奈, 高尾 真紀子
    セッションID: 304
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ 研究の背景日本において,都市部から地方圏への移住は,国土計画を中心として政策的に推進されてきた歴史を持つ(伊藤 2023).近年では,コロナ禍に伴って働く場所の自由化が進んだことで,個人の自己実現的な欲求や生活の質向上への希望を要因とする「ライフスタイル移住」への注目が高まっている.石川(2018)は,日本における田園回帰論とライフスタイル移住研究を架橋し,移住者自身の人生における移住の意義について読み解くことと,地域との関わりに関する分析を組み合わせることが重要になると指摘している.しかし,綱川(2023)は,その後の国内における研究では移住動機をインタビュー調査から解明するものが中心で,分析視角に乏しいと指摘する.そこで,本発表では,経済的要因によらないライフスタイル移住の意義を包括的に「幸福度の向上」と捉え,主観的幸福度(SWB)を指標とすることで定量的に確認することを目指す.同時に,その変化に影響する要因を探索的に明らかにする. Ⅱ 調査手法インターネット調査会社のモニター(国内在住・成人男女)を対象にアンケートを実施した.仕事以外の自らの意思で三大都市圏から地方へ移住した経験があると回答した者を400名(有効回答382),ないと回答した者を地域ブロック・年代・性別ごとに割り付けて2,400名(計2,800名)収集し,共通の質問を設けた.性別や年齢,家族構成,学歴などのデモグラフィックデータも取得している.SWBに関しては,幸福度を多面的に理解するため,先行研究と異なり,包括的幸福度,人生満足度,協調的幸福,生活満足度の4種を用いた.また,自然に対する感情反応尺度(芝田 2016),創造的行為・世代継承性(丸島・有光 2007)などを測定して内部要因を探るとともに,移住後の向社会的行動や異世代交流などに関して独自の質問項目を用いて把握を試みた.Ⅲ 結果デモグラフィックデータのうち,学歴(大学/大学院卒業)・主観的健康観では移住者が高い傾向を示し,住宅や自動車の所有では非移住者が高い傾向を示した.SWBに関しては,Welchのt検定を用いて移住者と非移住者の差異を検証したところ,移住者群が包括的幸福度・人生満足度・生活満足度で有意に高い値を示した.一方,協調的幸福に関しては,同様に移住者群が高い値を示したものの有意傾向に留まった.内部要因に関しては,自然に対する感情反応尺度(回復感・一体感・神秘感)・創造的行為・世代継承性で移住者が有意に高い値を示した.しかし,ボランティア活動やセミナー・イベント参加などに代表される向社会的行動や,地域における住民同士での交流に関しては,移住者よりも非移住者の平均値の方が有意に高かった. Ⅳ 考察と課題デモグラフィックデータからは,統計上の限界があるものの,移住者の年齢や家族構成,収入などに極端な特徴は見られなかった.日本でのライフスタイル移住は幅広い属性の人々に受け入れられつつある可能性がある.SWBの違いに着目すると,移住者は過去から現在までの人生を通じて判断される包括的幸福度・人生満足度が高いことと生活満足度が高いことから, 移住先の環境や生活水準に満足しているだけではなく,自らの意志で移住するという判断や行動自体が重要であることが示唆される.一方で,向社会的行動や異世代・異職種交流で非移住者群が高い値を示したことは,移住後に「人とのつながり」や「地域内多様性」を実現するのが容易ではないことを意味していると考えられ,田園回帰論の深化に繋がる発見である.これらの点については,内部要因に関する分析を加えることで,今後さらなる考察を深めていきたい.【参考文献】書誌情報は発表時に示す.

  • 鮫島 卓
    セッションID: 406
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    農家による観光者向けの宿泊,食事,農産加工品,レクリエーションの販売等を行う施設として法的に規定されるイタリアのアグリツーリズモ(以下,ATと略す)は,ルーラルツーリズムの一形態として目覚ましい発展を遂げている.本研究では,イタリア全土のコムーネ(基礎自治体)を対象とした統計データを変数として,GISによる地図化と解析を行って集積地域を特定すると同時に,クラスター分析で地域類型化をすることでマクロスケールのATの集積構造の解明を試みた.分析の結果,宿泊サービスを提供するATは全コムーネの7,902ヶ所のうち,3,990ヶ所(50.5%)に立地し,AT軒数は北部で南チロル集積圏,ヴェローナ集積圏,中部でマレンマ地方集積圏,シエナ=ペルージア集積圏,南部でレッチェ集積圏,島嶼ではシラクーザ集積圏で広域集積を確認でき,10年間の変動値から地特定地域への集中化が読み取れた.ATが立地する3,990ヶ所のコムーネを対象にしたクラスター分析の結果,類型Ⅰ(条件不利・AT集積地域)40ヶ所,類型Ⅱ(条件不利・AT準集積地域)240ヶ所,類型Ⅲ(山岳部・AT非集積地域)818ヶ所,類型Ⅳ(丘陵部・AT非集積地域)1,893ヶ所,類型Ⅴ(中核都市・AT非集積地域)92ヶ所,類型Ⅵ(都市・AT非集積地域)907ヶ所の6つに類型区分ができた.ATの立地条件には,一定の観光需要がある観光資源との近接性が認められる一方で,類型Ⅴに該当する中核都市や類型Ⅲのようにアルプス,アペニン山脈,沿岸丘陵など農地が少ない山岳・丘陵部ではATが集積しにくい傾向がある.またローマやミラノなどの大都市近郊というよりは,類型Ⅰや類型Ⅱのように周縁の山岳部や内陸丘陵部などの条件不利地域にATは集積している傾向がある.この背景として,農地が集約化された平野部とは異なり,農業経営の多角化が求められることが挙げられる.加えてAT集積地域は,農村や山岳の景観が優れた地域,PDO/PGIなどの地理的表示産品の生産が活発な地域である傾向が読み取れる.また,地域類型区分の地図から,ATの最集積地域を中心に準集積地域が取り囲んでいることから,ATの集積には階層的な空間構造が読み取れる.

  • 秋本 弘章
    セッションID: S503
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    学習指導要領によれば、社会科および地理歴史科の目標は「グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な社会・国家の形成者に必要な公民的資質の育成」と示されている。小中高校での「世界地理」学習の内容とその課題について検討する。

  • 鈴木 信康, 日下 博幸
    セッションID: 811
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

     都市化によって都市上空の雲量が周辺地域より多くなることが報告されている.これまでに中緯度の大都市を対象とした研究では,夏季に都市上空で雲が発生しやすくなることが示されている(例えばInoue and Kimura, 2004; Theeuwes et al., 2019; 2022).一方で,低緯度の東南アジアの大都市を対象とした研究は,Syed Mahbar and Kusaka (2024)のみであり,十分なコンセンサスが得られていない.雲は対流や降水と関係しており,都市化が著しい東南アジアの都市が雲に与える影響を調査することは重要である.本研究では,東南アジアのメガシティであるタイ・バンコク首都圏の都市と周辺地域の雲量の特徴および都市の影響を明らかにすることを目的とする.

    2. データと手法

     雲の発生頻度を調べるために,1時間ごとの静止気象衛星ひまわり8/9号の雲マスクデータを使用した.土地利用の判別には,タイ土地開発局が作成した2020年の土地利用状況図を用いた.2016年から2023年の日中(8:00〜16:00LT)の雲発生頻度について,月毎に調査を行った.また,ERA5再解析データを用いて,環境場の特徴と雲頻度分布との関係を調査した.

    3. 結果

     バンコクの日中の雲発生頻度は,周辺地域と比べて5〜20%多いことが示された.月ごとの空間分布を見ると,雨季(5月〜9月),冬季(10月〜2月),夏季(3月〜4月)でそれぞれ異なる特徴が見られた.雨季は都市上空で頻度が高く,都市と郊外のコントラストが明瞭である.冬季は都市とその風下で頻度が高い分布を示している.夏季は都市の風下側で雲が発生しやすい傾向が見られた.乾季における都市風下の高頻度域は,季節風(850 hPa高度の風)の強さと関係しており,季節風の強い11月〜12月には高頻度域が60 kmまで延びるが,季節風の弱い1月〜2月には10 km程度に留まる.一方,雨季では季節風に関係なく都市上空で頻度が高く,特に季節風の強い6月〜8月でも都市上空に限られている.これらの現象は背景湿度の違いによるものと考えられる.背景湿度が高い雨季には,都市における対流が活発になるためだと推測される.

  • 堀 和明, 石井 祐次, 田辺 晋, 中島 礼, 北川 浩之
    セッションID: P080
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに

     沖積層(開析谷充填堆積物)を構成する堆積システムは,海進から海退に転じることで,エスチュアリーからデルタへと変化することが知られている.既存研究の多くは,デルタ内において中部泥層(プロデルタ堆積物)が分布する場所を対象としてきたが,それが存在しない,より内陸側すなわち海進から海退への転換点付近にみられる沖積層の特徴については不明な点が多く残されている.また,このような場所は,海側に比べて陸化した時期が早いため,海退期における河川堆積物の堆積様式を詳細に検討できる可能性がある.本研究では濃尾平野内陸部の沖積層を対象に,堆積相の特徴や堆積速度を明らかにした上で,海水準変動や気候変動との関係を検討する.

    方法

     揖斐川と木曽川に挟まれた濃尾平野内陸に位置する牛牧において,基底礫層に達する掘進長23 mのオールコアボーリングを実施し,堆積物(UKコア)を採取した.採取したコアは半裁後,記載や写真撮影,X線写真撮影をおこない,色調,湿潤および乾燥かさ密度,礫・砂・泥比,電気伝導度(EC),強熱減量(LOI)を測定した.放射性炭素年代測定は有機物に対して実施した.また,国土交通省や発表者らによって採取された既存コア堆積物についても考察の対象とした.

    結果と考察

     コア堆積物は層相やECなどにもとづき,下位から順に6つのユニット(UK1〜6)に区分した.UK1は亜円礫が卓越する砂礫層とそれを覆う上方細粒化する極細粒砂層で構成されることから,網状流路堆積物と考えられる.UK2は灰色を呈するシルトで特徴づけられ,上部に炭化した植物片を含む.貝化石や生痕化石が認められないことから,後背低地において堆積したと解釈した.UK3は貝殻片や植物片,木片を含む砂層であり,生痕化石がみられ,ECも高いことから,海成層であると考えられる.プロデルタ堆積物を覆うデルタフロントにおいて特徴的に認められるような上方粗粒化は顕著ではないものの,上位のUK4との関係を踏まえると,UK3はデルタフロントに相当するような環境で堆積した可能性がある.UK4は主に中〜細礫を含む砂から構成されるが,一部の層準に薄い泥層がみられる.また,植物片や木片がときおり認められる.高いECを示す層準もみられることから,UK3と同様に海水の影響を受ける環境下で形成されたと考えられる.UK3に比べて粗粒であり,礫を含むため,河口州において堆積したことが示唆される.UK5は生痕化石のみられる砂泥互層であり,全体的に淘汰が悪い.砂層は層厚20 cm以下で,主に極細粒砂~細粒砂からなる.ECが高いことやUK4(河口州堆積物)を覆っていることも考慮すると,干潟堆積物であると解釈される.UK6はシルト,有機質泥,泥炭によって主に構成され,UK2と同様に後背低地において堆積したと考えられる. UKコアの堆積曲線を氷河性海水準変動曲線と比べると,UK3からUK5にかけての堆積速度は海水準上昇速度に近い.UK1やUK2からは年代値が得られていないが,UK1からUK3にかけて河成層から海成層に変化していることから,海進が生じていたと考えられる.一方,UK3からUK4にかけては上方粗粒化がみられ,UK4には礫が含まれるようになるため,海進から海退に転じたことが推測される.これと類似した傾向は,中部泥層のみられないST1やBor2でもみられる.したがって,海進から海退への転換点付近では,海進末期(8 ka頃)において上方への堆積物の累重が盛んになったと考えられる.これに対し,中部泥層の分布限界付近に位置するAP1地点は海進末期から海退初期において水深10 m程度になっていたと考えられる. 河成層であるUK6の堆積は6 ka頃に始まり,堆積速度は10 m/6000 yrで海水準上昇速度よりも大きい.UK5からUK6に変化する層準は海水準付近で形成されたと考えられる.泥炭の堆積は4 ka以降に顕著になっている.泥炭は海水準の指標ではなく,環境変化の指標,すなわち氾濫による砕屑物の供給が少なく,かつ湿地性植物が繁茂できるほどの水位が保たれる環境への変化を示唆するもの,として捉えるべきだろう.

  • 各地での対話とヒアリングから
    櫛引 素夫
    セッションID: 511
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに 整備新幹線は5路線のうち東北新幹線・盛岡以北が2010年12月に、九州新幹線が2011年3月に全線開通を迎えたが、残る3路線の工事や着工が難航している。2016年3月に部分開業した北海道新幹線は、2031年春を見込んでいた新函館北斗-札幌間の延伸が「未定」となり、2038年度にずれ込むとの情報がある。また、2024年3月に敦賀まで延伸された北陸新幹線は敦賀-新大阪間が着工できずにいる。2022年9月に部分開業した西九州新幹線も、残る新鳥栖-武雄温泉間の着工のめどが立っていない。

     その一方で、全国幹線鉄道整備法に基づいて1973年に基本計画に名が載った「基本計画路線」の沿線においては、整備計画路線への格上げを目指す動きが活発化している。

     本報告では、整備新幹線および基本計画路線の状況について、報告者の各地での講演における対話、ヒアリングの結果に基づき、2025年1月時点の論点を整理し、今後を展望する。

    2.整備新幹線の各路線 鉄道・運輸機構は2024年5月、北海道新幹線の2031年春の札幌延伸が困難であり、開業時期も示せないと国土交通大臣に報告した。理由は掘削を阻む破砕帯や岩塊が存在すること、重金属汚染対策が必要な残土が発生していることなどと説明された。北海道新聞は2024年12月27日、2038年度の札幌延伸を軸に調整が進んでいると報じた。延伸に伴い並行在来線は旅客扱いが廃止される見通しで、貨物列車の扱いは2025年度中に決定される方針である。

     北陸新幹線の敦賀-新大阪間は2024年8月、「小浜・京都ルート」の駅・ルート詳細、費用の概算値が公表さた。京都駅付近は「南北案」「桂川案」、そして「東西案」(後に除外)の3案が示されたが、同年中を予定していたルートの最終決定は結局、見送られた。この間、工事期間短縮のため「米原コース」への変更を求める声が、富山、石川、滋賀の各県で強まっている。ただし、同区間の建設の財源についてはまだ決まっていない。

     また、西九州新幹線は佐賀県の異論によってストップしている新鳥栖-武雄温泉間の着工をめぐり、佐賀県知事、長崎県知事、JR九州社長が2024年5月にトップ会談したが、その後、大きな進展は見ていない。

    3.基本計画路線 東九州新幹線(福岡市-大分市-宮崎市-鹿児島市)をめぐり、大分県は2023年7月、既定の「日豊本線ルート」に加えて「九大本線(久留米-大分)ルート」の独自調査結果を公表した。さらに翌2024年2月、県の研究会は大分県と愛媛県をむすぶ「豊予海峡ルート」の整備を促す報告書を知事に提出した。他方、宮崎県も同年12月、九州新幹線・新八代駅と宮崎市を直結する「新八代ルート」、鹿児島中央駅と同市を結ぶ「鹿児島中央先行ルート」構想を明らかにした。

     北海道では旭川市を中心とする道北地方の市町村・経済界が2021年3月、「北海道新幹線旭川延伸促進期成会」を設立し、基本計画路線である札幌-旭川間の建設運動をスタートさせた。2016年5月に発足した「山形県奥羽・羽越新幹線整備実現同盟」は、山形新幹線のフル規格化を視野に、「米沢トンネル」(仮称)建設を目指して、JR東日本と2022年10月、覚書を交わしている。2017年7月に発足した四国新幹線整備促進期成会は2024年、着工促進に向けて署名活動を展開した。

     山陰縦貫・超高速鉄道整備推進市町村会議(事務局:京丹後市役所)は2023年に新規ホームページを開設、山陰新幹線、中国横断新幹線(伯備新幹線)整備推進会議(事務局・松江市役所)は2024年、国への要請活動などを行った。

    4.考察 整備新幹線は十数年、開業を迎える機会がなくなる。この間にも進んでいく、人口減少・高齢化をはじめとする社会の変容に、関連する地域政策をどう形成・適合させていくかが鍵となる。また、北陸新幹線や西九州新幹線をめぐっては、自治体の合意形成プロセスの再構築が焦点となる。基本計画路線地域は、これらの課題を踏まえた上で、相互に連携できるかが大きな課題である

    5.おわりに 新幹線は建設自体が目的化しやすい傾向がある。国全体を俯瞰して見えてくるのは「地域の将来を構想する軸となる、新幹線に代わり得る政策の不在」である。また、在来線など二次交通網が細る中で、国として、新幹線を軸とした交通ネットワークをどう維持し、再構築していくのかが最大のポイントとなる。整備新幹線と基本計画路線の問題は、交通問題として以上に、国土政策、さらに地域を維持するための「民主主義の問題」として再定義される必要があろう。

  • 小林 岳人
    セッションID: 318
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    オリエンテーリングの地理教育への導入ついては、Boardman(1989)らによって地図学習や野外学習に際して有効性が述べられ活用が推奨され、日本でも池(1993)、永田(2005)らによって地理教育・地図学習の観点からの有効性について話題にされている。筆者は高等学校の地理授業や部活動の中でオリエンテーリングを扱い実践を行い、具体的な技能、実習方法、効果などについて研究を進めてきた(小林 2015、2018、Kobayashi 2019)。異動に伴い新たな高校での実践を行うことができ、比較検討によって実践についての汎用性、普遍性などをより深めた検討が可能となったので、得られた知見について述べたい。

    2.異なる三つの高等学校における実践

    2014年千葉県立松戸国際高等学校第3学年地理A受講者、地理B受講者及び第1学年地理A受講者(※教育課程の移行期のため科目が学年をまたがって開講されている)の合計138名、2021年千葉県立千葉高等学校第1学年地理A受講者319名、2024年千葉県立幕張総合高等学校第1学年地理総合受講者280名を対象に地理授業においてそれぞれ3回、オリエンテーリング実習を行った。学校敷地は台地と低地(谷津田)の境目で切土と盛土で造成、台地上をそのまま利用、埋立地、と地形的にそれぞれ異なる環境である(地図1)。

    3.比較分析方法

    3回の実習の中で授業時間内に収まるように距離や難易などについて短→長、易→難となるようにコースを設定した。授業方法はすべて同一である。3回の実習の授業の前後に竹内(1992)の方向感覚質問紙(竹内 1992)を用いて調査を行った。調査の内容は方向感覚を地図読図に関係する部分と現地観察に関係する部分の二つの部分にわけ、それぞれの程度を表す得点が算出できる。事前事後変化、学校間の差、男女差などについて分析を行った。

    4.考察

    結果は表1のとおりである。方向感覚全般の事前事後の変化については3校ともほぼ同程度であり、3校とも方向感覚のうち地図読図力について変化が大きい。対象学年や対象人数でほぼ同一の条件である県立千葉高校と幕張総合高校との学校差をみてみると、事前、事後のそれぞれにおける方向感覚全般、地図読図力、現地観察力については、二校に間で差がみられ全体として300名前後の人数から有意差ありとされるものの、男女それぞれに分けると有意差は示されない。事前事後の変化についての学校差はほとんどない。このことから、実習は方向感覚(地図読図力、現地観察力)について同程度の効果をもたらしており、特に地図読図力を引き上げる効果がある。

    5.まとめと展望

    この実習における学習内容においては、生徒や学校敷地の立地が異なっていても、同等の効果をもたらす。地図を利用して現地を捉えながら目的地までたどるナビゲーション技能はあらゆる地理の学習においての基礎と考えることができる。前回の学習指導要領「地理A」「地理B」解説の「3 指導計画の作成と指導上の配慮事項」「(2) 地理的技能について」「②の地図の活用に関する技能」にあった「a …どこをどのように行けばよいのか,見知らぬ地域を地図を頼りにして訪ね歩く技能を身に付けること。」(文部科学省 2009)に記述が今回の学習指導要領「地理総合」「地理探究」解説からはなくなったが、この技能の重要性について改めて言及したい。

  • 鎌倉市における観光客の人流と住民意識調査のデータを用いて
    有馬 貴之, 大西 暁生, 土屋 隆裕, 戸田 浩之
    セッションID: S604
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ 持続可能な観光振興における住民意識の重要性

    観光地には観光産業に直接的に関与する住民が居住する一方,日常生活の中で観光客を目にするだけという,いわば非関与的な住民も存在する(Francesc 2021).そのため,持続的な観光を志向するのであれば,観光客が持続的に一定数訪れ,域内消費を維持するだけではなく,非関与的な地域住民も含めた住民全体が観光に負の感情なく居住し続けられる環境を作る必要がある(Fabrícia et al.2020).住民の観光に対する負の感情を沈めるためには,その負の感情が観光客のどのような行動によるものなのかを理解する必要がある.そこで,本発表では神奈川県の鎌倉市を対象とし,観光客の行動と住民意識の関係性について,分析結果を示しながら議論していきたい.

    Ⅱ 鎌倉市と使用データ

    神奈川県鎌倉市は三浦半島の南西部に位置に面し,相模湾に面する人口17万人の観光都市である.2023年の観光客は約1,200万人と推定され,コロナ禍以前の観光客数へ近づく兆しをみせている.

    本発表で示す分析で使用したデータは主に2つである.1つ目はAgoop社の保有する人流ポイントデータで,2023年の1月から12月の任意の30日間のデータとなっている.今回は鎌倉市在住もしくは鎌倉市勤務の人々を除いた延べ約24万人の人流データを用いた.2つ目のデータは鎌倉市と横浜市立大学が共同で行った観光に対する鎌倉市民の意識調査のデータである(鎌倉市・横浜市立大学 2024).この調査は鎌倉市民に観光の現状に対しての意識を問う郵送調査で,2023年12月から2024年2月に実施された.調査票回収数は1,490件(回収率59.4%)である.

    Ⅲ 観光客の空間利用と住民の観光意識

    1.観光客の空間利用

    観光客全体の空間利用を示した図をみると,利用密度が高い場所として鎌倉駅・鶴岡八幡宮間と大船駅周辺の2つの地区があげられる(図1).また,空間利用を季節,曜日,時間,性別,年代別にみると,大船駅周辺は男性や年配の方々の朝と夕方での利用が高い一方,鎌倉駅・鶴岡八幡宮間は日中の女性の利用が高いなどの特徴がみられた.したがって,利用密度が高いとはいっても,それぞれにおける観光利用のされ方は異なると考えられる.

    2.住民の観光意識

    鎌倉市・横浜市立大学(2024)によれば,鎌倉市民の観光の現状に対する評価には地域差があるとされている.具体的には,観光利用密度の高い地区が目立つ鎌倉地域において相対的に評価が低く,観光利用密度の低い他の地区では比較的高くなっている.意識調査の結果によれば,その原因は観光客の流入によって引き起こされている交通渋滞や公共交通機関の混雑などが考えられ,観光客の空間利用が住民の観光に対する評価に影響していることが想定できる.

    3.観光客の空間利用による住民の観光意識への影響

    本発表では,鎌倉市の39地区のデータを用い,目的変数に負の影響への評価や,正の影響への評価,観光への総合的評価,観光政策への総合評価などの各値を設定し,説明変数に季節別,曜日別,時間別など,または性別,年代別,居住地別などの観光客の利用度合を設定し,分析(主に重回帰分析)を行った.その結果,住民の評価項目それぞれに対し,最も説明力のある空間利用(利用密度)の指標が異なることが示された.

    Ⅳ 観光客の空間利用と住民の観光意識の関係の理解―学術の社会的役割を踏まえて

    持続可能な観光において重視される住民の観光への態度は,観光客の来訪とその行動,そしてそれらへの対応(マネジメント)によって左右される.本発表で明らかになった事項が,住民の観光への態度および観光政策への態度をより向上させる端緒となれば,それは持続可能な観光に対する学術(地理学)の社会的な役割の一つとみなせるかもしれない.

  • 村越 貴光
    セッションID: 408
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ.はじめに 

     今日の日本では,経済の活性化手段の1つとして観光が注目されている.最近では,観光の中でも特に,アニメによるコンテンツツーリズムが,我が国で観光促進の1つの手段とされている.アニメを対象とした研究は,社会学からのアプローチが多く,観光客と地元の活動者といったコンテンツツーリズムを実施する人に着目し,それらの動向が明らかにしている.観光地理学におけるコンテンツツーリズムの研究は,人と地域の両方の視点から,コンテンツツーリズムによる観光空間の変容や観光活動が地域に与える影響を明らかにしている.これらの既往研究の課題・問題点は,実際にコンテンツツーリズムの取り組みを実施したところで,その効果がどれくらい持続したのか,あるいは持続したことによりどのような課題が出たのか,明らかにされた研究が管見の限り少ないことだ.これらを検証するために,コンテンツツーリズム自体の効果が確認できる元々観光地でない場所を選定することが望ましい.本研究では,静岡県沼津市を事例にコンテンツツーリズムの持続要因と課題を明らかにする.

    Ⅱ.研究結果 

     本研究では,観光客,商店街,交通事業者の視点から,コンテンツツーリズムの持続要因と課題を明らかにした.持続要因は,観光客は熱心な古参のリピーターが訪れていること,商店街はキーパーソンの存在と,既存の取り組みを継続していること,交通事業者は既存の取り組みが継続されていること,著作権料の支払いが完結していることだ.課題としては,新規の観光客を獲得できず,イベント日のみ来訪の古参のリピーター頼みであること,商店街は,既存の取り組みが経済効果に繫がっていないこと,交通事業者は,既存の取り組みが8年経過しているため,話題性に欠けていることだ.作品の特性としては,シリーズの中でも9年前の作品であるため,観光客が定期的に訪れず,新規の取り組みがされていないと考えられる.

    Ⅲ.考察

     埼玉県久喜市アニメ「らき☆すた」と比較すると,久喜市の特徴は,統括者の存在(商工会)と,観光客の意向を汲み取った取り組みがされている.沼津市は,各事業者のキーパーソンが取り組みを創出している.久喜市はコンテンツツーリズムの効果が12年で,コロナ前までは定期的に集客できた.沼津市は9年経過の時点で,観光客がイベント日のみの来訪となっており,両者の対応の違いが関係すると考えられる.観光地の成功の鍵は,フォローアップと継続性である.沼津市は,新規の取り組みをせず,情報発信能力が乏しい.観光客は,14日間の定期的なイベントしか集客できていない.また,商店街の代表が集まり,コンテンツツーリズムの会議が行われているが,インタビュー調査の時点(2024/10/24)では,今後の動向について議論されていない.つまり,観光客の現状を踏まえた客観的な視点に立った分析ができていないように思われる.

  • 香川 貴志
    セッションID: S801
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    日本のニュータウンは、高度経済成長期以降に日本各地で建設された。それを促進したのが新住宅市街地開発法である。しかし、最近になって各地のニュータウンでは、高齢化などのさまざまな問題が生じている。演者は、問題が生じた背景を指摘し、その解決方策を探った。最も有効な方法はPFI (Private Finence Initiative) を導入することである。しかし、この方法は地理学において殆ど知られていない。今後、都市地理学研究者は、ニュータウンの再生のために一層深く法律や都市計画を学ぶ必要がある。

  • 岩田 修二
    セッションID: S907
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    地理学論文の内容を俯瞰型ジオラマで表現する試みを行った.三沢勝衛(1939)の八ヶ岳南西山麓の景観地理論文にはレイヤー式ジオラマを提案する.岩田修二(1983)の白馬岳高山帯の地生態学論文にはマルチ=スケールジオラマを提案する.貝塚爽平(1989)の大地の自然史ダイアグラムのジオラマ化も提案する.これらジオラマの製作には時間と技術的工夫が必要なので容易ではない.したがって,今後の努力が必要である.

  • 木場 篤
    セッションID: S203
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    エージェンシーとは,「自ら考え,主体的に行動して,責任をもって社会変革を実現していく力」のことである.OECDによるエージェンシーの概念では,上記の定義はいわゆる「生徒エージェンシー(student agency)」のことであり,その他に,教師と生徒とが相互に支え合う「共同エージェンシー(co-agency)」,教師自身も目標を設定しながら自己の変革に向かっていく「教師エージェンシー(teacher agency)」もある.そこで,中等地理教育における地誌学習の観点から,教師が専門性を担保しつつ,生徒自らの力で社会参画へ向かうために双方向の授業実践ができるよう,これまでの発表者による地理教育の実践研究をもとに,授業実践のためのいくつかの視点や地誌学習の枠組みに関する提案を試みる.

    2.中等地理教育の地誌学習をめぐる3つの問題

    現状の中等地理教育における地誌学習の課題は,次の3点に整理できる.第一に,標準時間数の問題である.特に高等学校「地理探究」は,標準単位数が3単位(105 時間)に設定されているが,「現代世界の地誌的考察」において,授業時間数の不足により消化不良になりやすい課題を抱える.第二に,地誌学習の枠組みの問題である.日本では伝統的に固定化された地域区分をもとにした地誌学習が成立しており,知識が網羅的に扱われる.また,中学校社会科地理的分野における地誌学習では中核方式がとられているが,こちらの場合だとステレオタイプ的な地域像の把握になってしまう懸念がある.第三に,授業での地理的概念の扱い方である.教師,生徒ともに,地理的概念を意識化した授業が展開できるかどうかが,地誌学習が地理教育で扱われることの意義やアイデンティティと大きく関わる.上述の問題を解消しつつ,エージェンシーの育成と関連付けるためには,「多様な地域像を把握する」,「地域の在り方を展望する」の2つを両立させることにある.そのための手立てとして,「ミクロなスケール」と「ポジショナリティ」に着目する.

    3.地誌学習とエージェンシーをつなぐための視点

    Paasi(1991)によると,地誌学研究者は家族内のプライベートな社会関係,空間的アイデンティティにおけるパーソナルな経験など,人間生活のスケールに注意を払うべきだと指摘する.地誌学習でも同様に,生徒が自己の日常的実践や価値観を通して,地域に介在する諸課題を捉える点で,生徒の生き方に還元できるような授業実践が求められる(木場 2023).よって,身体(body)や家庭(home)といったミクロなスケールを考慮に入れることに有用性があると考えられる.また,地誌学習で地域の在り方を展望する際に,生徒の地域に対するまなざしが担保できる授業展開になっているかが肝要である.生徒のポジショナリティの観点から,地理教育ではエリート層の育成が真の目的ではない.つまり,生徒自身がアカデミックな地理学者の視点になってはいないか,ということに留意しなければならない.例えば,実際の発表者による授業実践において,諸課題を抱えた地域の展望に対する生徒の提案として,安易に「募金する」,「政府が地域格差を解消するために資金援助すべきである」といった,自己の発言に責任が伴わない例が散見される.このような罠に陥る事例は,単純なグループワークやグループディスカッションにならないよう留意しても生じることがあり,また,インターネットを過度に活用した「調べ学習」に依存することでも起こりうる.よって,生徒各々がミクロなスケールやポジショナリティを通して獲得した地域に対する価値観を,集団で共有し,多様なスケールを往還しながら地域像が捉えられるような仕掛けづくりが求められる.さらには,地域を担う人や家庭の,画一的でないスケールやポジショナリティも考慮に入れたい。これらにまなざしを向けて,ローカル/グローバルなスケールを通じて複雑な地域構造を紐解き,生徒自身のポジショナリティを踏まえた考察へと発展させる授業実践も可能である(木場・吉田 2021).

    4.おわりに―将来の中等地理教育の地誌学習に向けて―

    そもそも「地誌学習」とは何であろうか.志村(2014)は,国際的な潮流としての,地理学研究と地理教育研究との協働を前提に,新たな地域論に基づいた地誌学習の構成の在り方について言及している.とりわけ,エージェンシーの育成を 視野に入れるのであれば,これまでの日本における伝統的な地誌学習の意義や枠組みを再検討する必要はあるだろう.そのためには,スケール概念を「地理的な見方・考え方」の一つとして扱う視点が必要で(吉水 2017),さらには「身体」や「家庭」などのミクロなスケールも取り入れることが,エージェンシー育成に相性が良いと考えられる.

feedback
Top