日本地理学会発表要旨集
最新号
選択された号の論文の299件中1~50を表示しています
  • 太田 慧
    セッションID: P018
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    高崎市の中心市街地では,高崎駅周辺から北西方向に向かって企業・店舗の件数が多い地域が広がっている。高崎駅西口周辺において企業・店舗数が多くみられるのは,駅ビルや百貨店などの大規模商業施設内の店舗が多くみられことが関係している。次いで,企業・店舗数が多い地域は中心市街地の範囲の北西部である。この地域にはアーケード街を中心とした商店街が連なっているが,業種構成も居酒屋やバーといった飲食店が中心になっており空き店舗も目立つ。高崎駅東口周辺では第二次産業関連の企業が多いが,こうした企業の事務所は高崎駅東口のオフィスビルに入居する製造業企業の支店が主である。その一方で,中心市街地の範囲に含まれる体育館の「高崎アリーナ」やコンベンション施設である「Gメッセ群馬」の周辺では企業・店舗の立地がほとんどみられない地点があるほか,高崎駅周辺にも企業・店舗があまり集積していない地点もみられ,中心市街地の賑わいを創出するためには戦略的なゾーニングや土地利用の高度化を進める必要がある。

  • 一ノ瀬 俊明
    セッションID: 131
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    現在世界各国で急速な都市化と市街地面積の拡大が進行しており,都市環境の快適性確保が極めて重要な課題となっている。とりわけ都市の熱環境は,都市の生活環境に影響する重要な指標である。有効なモニタリングを通じて典型的な都市熱環境の動態を把握し,都市構造が都市の高温化(ヒートアイランド)に与える影響を明らかにすることは喫緊の課題と考えられる。また昨今では,新型コロナウイルス(COVID-19)の流行以降都市の換気性能に注目が集まっている。とりわけ「風の道」を活用することで,都市内における感染防止と夏季屋外における快適性確保の両立が実現されるものと思われる。さらに,日本では多くの都市で人口減少が進む一方住宅数の増加が進み,都市化の進展や市街地における人工化の状況は以前と変わっていない。そして地球温暖化による気温上昇が進む中,都市環境の快適性や気候変動適応といった観点からも,ヒートアイランド対策の重要性が高まっている。一方今日のリモートセンシング技術の飛躍的な発展は,広範囲,高解像度での迅速な都市熱環境情報取得を可能としており,都市熱環境のモニタリングにおいて不可欠な技術となっている。Rao (1972) を嚆矢として,衛星リモートセンシングの手法は都市熱環境研究の分野において盛んに用いられるようになっている。近年では,都市熱環境や気象学,地理学などのバックグラウンドを持たないリモートセンシング分野の研究者による都市熱環境,ヒートアイランド研究の論文が急増しているが,重要なバッググラウンドの知識を欠いたまま分析を進めて書かれたと思われる残念な論文も散見されている。従前東アジア地域を人工衛星が通過する時間帯は午前10時前後が多く,この時間帯に撮影される地表面熱画像も多い。冬季はこの時間帯の画像だけで解析した場合,大都市の地表面温度が郊外にくらべて広域に低温となるようなシーンが撮影される場合もある。これは低い太陽高度に対応した日影のパターンや,都市地表面構成素材の熱慣性などが関係しているものと考えられる。これだけを用いて解析し,「冬季の都心における大規模なクールアイランド」について言及した論文もあるが(e.g. Yang et al., 2020),これは一般的な気象学・気候学の知見としての「冬季の都心におけるヒートアイランド」とは矛盾する結果であり,これらを一般的なものとして提示することは,自然科学的知見を顧みず,手法ばかりに傾注した故の残念な研究と言わざるをえない。そしてこのような背景は,都市環境計画の現場において正しいリモートセンシングの利用が進みにくい要因ともなっている。このほか,演者が論文査読の現場で気になり,厳しい批判をもって対応してきた事例には,次のようなものもある。感染症対策として行われたロックダウンの影響(人間活動強度の低下:人工排熱の減少)は,都市の地表面温度ではなくて気温に現れると考えられる。よって,衛星リモートセンシングで直接検知できると考えるには,別途様々な検討が必要となる。また,大規模な都市内緑地・河川空間の存在による周辺地域の冷却効果(Spillover of Park Cooling Effect: PCS)は,地表面温度ではなくて気温に現れる(e.g. Sugawara et al., 2015)。地表面温度にも冷却効果が見える(Jiang et al., 2021:Li et al., 2022)と主張するならば,安定して出現しているわけではない冷気のにじみ出し効果が地表面熱収支に影響(気温が地温に影響)するか,もしくは土壌層内部における熱の水平拡散(伝熱)の効果が十分大きいということを示す必要がある(一般にこのプロセスは気象モデルには組み込まれていない)が,彼らはこの検討に踏み込んでいない。さらに,彼らが用いたLandsat-8 (TIR) の空間解像度にも疑念が残る。菅原・近藤(1995)は,平均気温が2℃下がる場合の地表面温度低下は1℃であるとしている。空気の熱容量は地表面構成物質にくらべて小さいこともあり,気温は地表面温度に影響を与えにくい。衛星リモートセンシングの分野で「新発見」のようにもてはやされうる話の中には,気象学の常識的知見との矛盾を克服できていないものが存在する。もし正しいというならば,それは伝統的な気象学の教科書が書き換わるほどの話であり,そこを自覚せずにさらりと出せるようなものではないと考える。

  • 黒木 貴一, 太田 岳洋, 山本 道輔
    セッションID: 243
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    平成30年7月豪雨で西日本に多く生じた斜面崩壊に対し,降雨特性,地質・地盤,土石流,土地利用等に関する調査が行われ,それぞれ被害特徴が報告された.斜面崩壊の発生は,地形・地質条件のほかに地下水条件や植生などの環境条件も関与する.しかし各報告では,そこに至る地形形成までの考察はまだない.斜面崩壊に至る微地形形成に関し,既報では現地での測量と直接計測に基づき,樹木の根曲りまたは土層蓄積等を数量化し微地形分布と重ね合わせて議論された.しかし空中写真では,裸地の微地形区分は可能だが,樹林地では樹冠に遮られその区分は難しく,また樹林がなければ逆に地形形成過程の議論は難しい.本研究ではUAVによるレーザー計測データに基づく微地形区分と,微地形と斜面崩壊や樹木形状との関連について検討した結果を報告する.

  • 鹿島 薫, 福本 侑, サーリネン ティモ
    セッションID: 245
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    フィンランドには毎年の気候変動が縞状構造(年縞)として保存されている湖沼が多数分布している。これらの湖では、年縞による堆積物の編年に基づき、詳細な環境変動の復元が可能となる。

     本研究では、珪藻遺骸群集および黄金色藻休眠胞子の変動から過去2000年間の洪水頻度を復元し、気候変動との関係を推定した。

  • 和田 崇
    セッションID: 308
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.問題の所在

     「真の共生社会の実現」や「被災地復興支援」などを掲げて開催された2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下,東京2020)は,選手の活躍やボランティアの貢献が賞賛される一方で,巨額の財政支出や業務運営をめぐる汚職事件,ジェンダー問題等への意識の低さなどの問題が噴出あるいは顕在化し,日本国民の五輪そのものやメガイベント運営に対する関心と評価を下げることにもなった.海外では日本以上に五輪に対する評価が低下しており,招致・開催に反対する市民運動の高まりもあって,招致・開催を目指す都市は減少する傾向にある.こうした中で,北海道札幌市は2030年の冬季五輪(以下,札幌2030)開催を目指して招致活動を展開している.一方で,招致開催に反対する市民活動等も活発化しており,2023年4月の市長選挙に向けて五輪招致のあり方が政治問題化しつつある.

     本報告では,開催都市のレガシー創出に焦点を当てて,資料調査と当事者へのヒアリング調査をもとに,札幌2030の招致開催を推進する側の論理とそれに反対する側の論理を整理・比較する.

    2.推進する側の論理

     札幌市が冬季五輪招致を目指す背景には,1972年の札幌冬季五輪(以下,札幌1972)の成功体験がある.札幌市は札幌1972が都市インフラの整備を実現し,市民の誇りとアイデンティティを形成し,国際観光都市としての地位を確立したと総括し,それから半世紀が経過した現在,都市インフラを更新し,人口減少・少子高齢化に対応し,国際観光をさらに推進することを目指して札幌2030の招致開催を計画している.

     札幌市は札幌2030を市の最上位計画である「札幌市まちづくり戦略ビジョン」に掲げた都市像を具体化する事業と位置づけ,また国連が提唱するSDGsと関連づけて,「札幌らしい持続可能なオリンピック・パラリンピック〜人と地球と未来にやさしい大会で新たなレガシーを〜」を大会ビジョンに掲げ,「社会」「「スポーツ・健康」「経済・まちづくり」「環境」の4分野でレガシーを創出する計画を立案している.ただし札幌市は,これらのレガシーを,札幌2030を招致開催しさえすれば創出されるもの,あるいは行政だけが創出に向けた取組みを行うものと考えてはおらず,札幌市が抱える課題解決に向けた取組みを後押しするもの,行政と企業,市民等の協働によって創り出していくものと認識し,特に東京2020後に札幌2030招致開催への反対意見が多くなる中で,札幌市民にこのことを粘り強く説明し,招致開催への賛同と参加・協働を増やしたいと考えている.

    3.反対する側の論理

     札幌2030の招致開催に反対する一部の市議会議員や市民の主張(反対理由)は,開催意義・目的の不明瞭さ,札幌市財政の圧迫,市民参加過程の軽視,の3点に集約される.

    反対派の議員や市民は,経済・社会が発展過程にあった時期に開催された札幌1972と比べて,人口減少期に開催される札幌2030はその招致・開催に明確な意義・目的を見いだせないと指摘し,財政事情が厳しい札幌市がその運営に巨額の税金を投入することを疑問視している.日本国民のみならず諸外国からもそのマネジメントのあり方が疑問視される五輪ゆえになおさらだといい,市民生活の向上に直結する都市インフラの更新や除雪等に優先的に予算を配分すべきだと主張する.

     また彼らは,札幌2030招致開催の是非について札幌市民の意向が十分に反映されていないことを批判している.札幌市はアンケート調査やワークショップ,出前講座などを通じて市民意向を把握してきたとするが,彼らはそれらが招致開催を前提としたものであり,札幌市市民基本条例に基づき,札幌2030招致開催の是非を住民投票で問うべきだと主張している.

  • 松岡 憲知
    セッションID: 206
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    周氷河環境下では季節的凍結融解に伴う巨礫(ploughing boulders)の運搬やその速度の観測例があるが,地表面すれすれに発生する霜柱で運ばれる礫の大きさの限界や移動速度については十分にわかっていない。南アルプスでの21年間(2000~2021)の凍上と礫移動の観測に基づいて,これらの課題について報告する。観測地では岩礫斜面の一部が砂礫質のローブ(幅2~3 m,長さ15 m)となっており,表層は径5cm程度までの角礫を含む細粒土層(厚さ20 cm)で構成され,地表には径数十cmまでの角礫も見られる。傾斜12°のローブ上方で凍上・地温(以上1ないし3時間間隔),気温・降水量(10分ないし1時間間隔)を無人で記録し,現場で撮影した写真から特定できる地表の礫12個(径9.7~26.6 cm)の年間移動量を計測した。

     凍上はほぼすべてが日周期性または数日周期性で,年間の発生頻度が24~85回(平均62回),最大凍上量が1.8~5.6 cm(平均2.5 cm),積算凍上量が18~59 cm(平均42 cm)であった。発生頻度は積算凍上量とほぼ比例しており,凍上の大半が霜柱によるものと判断される。礫が変位計の下を通過し,見かけの凍上量を押し上げたことも3回発生し,礫の通過中も霜柱型の凍上が発生した。

      年間移動速度は3.7~16.0 cm(平均8.9 cm)の範囲にあり,多くの礫が数年で撮影範囲から消えるのに対し,最大礫は21年間特定され,合計移動量は80 cmであった。この礫(高さ20 cm)が2021年春に変位計に衝突して記録不能となり,観測が終了した。礫の移動速度は礫の大きさと有意な比例関係があり,両者の関係を線形近似すると礫径約30cmまで霜柱で動く可能性がある。 21年間において,年平均気温は0.024℃/年,同地表面温度は0.078℃/年で上昇し,凍上についても発生頻度は0.13回/年,積算凍上量は0.53 cm/年で増加した。変位計を固定したフレームが21年間で15°前方に傾いたため見かけの凍上量は3.5%上昇しているが,それを差し引いても増加傾向にあった。温暖化による積雪期間の減少が霜柱の発生に有利に作用しているのかもしれない。

  • 菅沼 悠介, 澤柿 教伸
    セッションID: S501
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに  近年、南極氷床の融解や流出の加速が報告され、近未来の急激な海水準上昇が強く懸念されている。もし急激かつ大規模な海水準上昇が起きれば、社会基盤にも大きな影響を与えるため、南極氷床融解メカニズムの理解と海水準上昇予測の精度向上は重要な研究課題である。しかし、未だ南極氷床の融解メカニズムには未解明な要素が多く残されており、現在の融解傾向が大規模な氷床融解へとつながるのかも含めて、将来予測における大きな不確定要素となっている。この問題の解決には、氷河地形地質学的アプローチから過去の氷床変動を復元し、とくに氷床融解イベントを解析することで、大規模な氷床融解メカニズムを明らかにしていくことが重要となる(菅沼ほか2020)。  本講演では、氷河地形地質学に基づく南極氷床変動史研究が、技術進歩と他分野との連携で大きく進展したこと、そして我々が新たに提案した南極氷床の大規模融解メカニズムと将来予測への示唆を紹介する。 2.南極氷床変動史研究  これまで日本人研究者による南極氷床変動史の復元は、主に南極大陸沿岸での海水準変動と、南極内陸山地での氷床高度変動の復元から進められてきた。海水準変動復元では東南極リュツォ・ホルム湾の隆起海浜堆積物の記載と年代測定から過去の高海水準イベントを復元し、第四紀後半における東南極氷床の南極氷床変動を推定した(三浦ほか2002など)。一方、内陸では東南極セールロンダーネ山地で過去数百万年間の氷床高度復元が行われ(Moriwaki et al. 1992; Suganuma et al., 2014など)から、全球的気候変動に対する南極氷床応答に関する仮説が提唱された。しかし、これらの研究では氷床融解メカニズムの解明には十分踏み込めてはいなかった。 3.南極氷床の大規模融解メカニズム  最近、南極氷床の融解において、周極深層水の流入による氷床末端・棚氷の底面融解とそれに伴う氷床不安定化プロセスが注目されはじめた。しかし、このメカニズムが過去の大規模氷床融解で果たした役割やその他のプロセスとの関係の理解は進んでいない。そこで我々は、リュツォ・ホルム湾での氷河地形地質調査、高精度地形情報の取得と解析、および岩石試料の表面露出年代測定から最終氷期以降の氷床融解の規模・タイミングを復元した(Kawamata et al., 2020; 川又ほか2021)。そして、東南極ドロンニングモードランド中央部でも同様に取得したデータと氷床・海洋・固体地球モデリングと組み合わせることで、最終氷期以降の東南極氷床の大規模融解が周極深層水の流入に加え、アイソスタシーの影響による地域的な高海水準によって引き起こされた可能性を示した(Suganuma et al., 2022)。さらにリュツォ・ホルム湾の海底堆積物の解析から、周極深層水の流入によって海底谷沿いの棚氷が先行して崩壊することで湾南東部(湾奥部)から氷床融解が始まり、やがて浅海部に融解が伝播したことが明らかになった。以上の結果は、南極氷床の大規模融解では、周極深層水流入だけでなく海水準上昇による氷床・棚氷不安定化が重要であること、そして現状の将来予測モデルでは解像困難な数10 kmスケール以下の地形的特徴と、海洋構造とその変化が大規模氷床融解の鍵となる可能性を示す。今後は、氷河地形地質学と他分野がより密接に連携し、将来予測の高精度化に資することが望まれる。 文献:Kawamata et al. 2020.QSR 247:106540. 川又ほか 2021.地理評 94:1-16. 三浦ほか 2002.月刊地球24:37-43. Morkiwaki et al. 1992 Rec. Prog. Ant. Ear. Sci. 661-667. Suganuma et al. 2014.QSR 97:102-120.菅沼ほか 2020.地学雑誌129:591-610, Suganuma et al. 2022. CE&E 3:273.

  • 由井 義通
    セッションID: 318
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.デリー大都市圏の発展 

    1990年代以降,インドでは急速な経済発展に伴い,急激な都市化が進行している。1980年代に約20%であった都市人口率は,2021年には約35%に高まっている。インドにおける都市発展について、Dupont et al. (2000)やDupont(2011)は,外資導入による経済発展と社会-空間的二極化(中間層の増加とスラムの増加)ととらえた。このような農村を飲み込むような激しい都市化の状況下で、経済成長を牽引する「中心」は、単体の大都市よりも、大都市を中心に様々な階層の都市群が結合し、都市集積と産業集積を合わせたより広域の新しい経済空間としてのメガ・リージョンが形成されている(岡橋・由井、2018)。 メガ・リージョンの核となる大都市圏の郊外では、経済成長の中で登場してきた新中間層や富裕層向けの集合住宅を主とした住宅開発と大型ショッピングモールなどの商業開発が進められている。

     経済成長による所得水準の向上に伴って郊外地域での生活はミドルクラスのステータスシンボルとなっており、消費行動が住宅へ向かってきている。インドの都市住民は、生活水準の向上を具現化する耐久消費財として住居を考え始めたと考えられる。

    本研究は、デリー大都市圏の郊外核として発展するファリダバードを事例として,住宅供給の実態を調査することによってインドにおける大都市圏郊外地域における都市開発の実態と課題を明らかにすることを目的とする。

    2.研究対象地域

     ファリダバードはデリー中心部から南東約30kmの郊外地域に位置する都市である(第1図)。ファリダバードでは1950年代にハリアナ州ハウジングボードによる住宅開発が始まり,1961年に約6万人であった人口は2001年には約106万人となり、2021年には約140万人となった。ファリダバードでこのように人口が急増した原因は、開発が先行したグルグラムやNOIDAに比べて住宅価格が安価で、デリーメトロの延伸計画が発表(2015年に延伸工事完了)されたことから住宅開発が活発に行われたことによる。なかでも「グレーター・ファリダバード」と呼ばれている東部では住宅開発が激化している。

    3.ファリダバードにおける住宅開発

     ファリダバードにおける住宅開発は、大規模な不動産資本による開発が中心であったグルグラムやNOIDAとは異なり、中小のローカル資本が中心となって行われている。供給された集合住宅の居住面積は130~180㎡でグルグラムより狭く安価な物件が多い。住宅開発が先行するグルグラムとの大きな違いは、富裕層やアッパーミドルクラスを対象としたグルグラムと比較して、ファリダバードで供給される住宅はアッパーミドルクラスやミドルクラスを対象とした販売価格帯が多く、インドの住宅供給が大衆化しつつあることを示している。

  • 菊地 俊夫
    セッションID: S104
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1. Z世代からα世代へのニーズの変化  いわゆるZ世代の生徒に対する教育・学習は、情報化社会に適応できる技術や能力を身につけさせるため、コンピュータやプログラミングに精通する人材を育成してきた。地理や地誌の教育においても、データの解析やGISによる地図化、そして画像や映像を利用したバーチャルなデータから地域や世界を学んできた。しかし、α世代の時代になると従来のニーズとは異なり、バーチャルではなく、よりリアリティが求められるようになる。つまり、地誌学習においても現実の地域のリアルな地誌が求められ、リアルな地域とバーチャルな世界との使い分けが進むであろう。

    2.新たな地誌の考え方  リアルな地域の地誌を学習することは、身近な地域を調べることであり、それは小学校や中学校の内容でもある。しかし、小学校や中学校は単なる調べ学習で終わってしまうかもしれないが、高校では地誌学習として位置づけて地域を分析し学び、地域を理解することになる。さらに、身近なリアルな地誌はそこから市町村、そして県や地方、さらに国や州・大陸と異なった地域スケールを包摂することにより、地域の関連性や連携性を通じて、地域の性格や構造をさまざまなスケールで理解することもできる。 このような地誌の学習は、「Think Globally, Act Locally.(地球規模で考え、足元から行動しよう)」のグローカルな考え方に通じるもので、リアルな世界とバーチャルな世界を使い分けるだけでなく、それらの世界をつなげる役割を果たすことにもなる。また、このような地誌学習は、静態地誌や動態地誌、および比較地誌の方法を統合して応用することにもなる。

    3.リアルな地域の地誌学習 リアルな地域の地誌学習は身近な地域の景観分析からはじまる。景観分析では、景観は地域の諸環境(自然、歴史・文化、社会・経済、生活など)を地表上に投影したものとして捉えることができる。そのため、景観を読み解くことにより、地域の構成要素としての諸環境を地誌的に理解することができる。地域での人びとの日々の生活を写した景観を体系的に読み解くためには、最初に景観のなかに特徴的な現象や興味深い現象を発見し、次に発見した現象を特徴づける自然環境、社会・経済環境、歴史・文化環境などを抽出し、最終的に特徴的な現象と諸環境との相互関係から地域の性格を考える。それは,静態地誌で地域を調べ、動態地誌で地域を考えることになる。

  • ハザードマップの後を見越した和歌山県みなべ町における検討
    荒木 一視, 岡田 ひかり
    セッションID: P037
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    本報告の目的は災害発生前ではなく,災害発生後を想定した避難生活の改善と救援活動の迅速かつ効果的な推進のためのあるべき救援活動支援地図を提案することである。防災に関してハザードマップの果たす役割については論を俟たない。災害発生の危険性についての認識や安全な避難行動においてハザードマップの果たす役割は重要である。しかし,近年の甚大な災害を鑑みるに,災害は避難できれば終わりというわけではない。無論,第一義的には安全に避難することが重要であるが,同時に,住宅が被災し,道路やライフラインが寸断された状況下でどのようにして救援活動や復旧活動が開始されるまでを持ちこたえるのかについては,ハザードマップには描かれない。防災や避難行動においてハザードマップの果たす役割を否定するものではないが,その後の救援活動の実施や避難所や被災した家屋での生活を余儀なくされる状況においては,ハザードマップに代わって,そうした状況に対応すべき情報を集めた地図が必要なのではないか。また,日本の避難所での生活水準の低さが指摘されるように,避難生活や救援活動の効率的な実施は喫緊の課題でもある。このような問題意識から,災害発生前ではなく,災害発生後の避難生活を改善し救援活動を迅速かつ効果的に推進するためのあるべき救援活動支援地図を提案することを試みる。 今般,対象事例とした和歌山県みなべ町は県の中部で紀伊水道に面し,南海トラフ巨大地震の際の津波の到達時間は津波高1mが約11−12分,5mが約15分,10mが役24分とされている。津波によって市街地の多くが2m以上の浸水が予想されている(いずれもみなべ町のハザードマップによる)。人口は12,019人(2022年11月末)で,国内屈指の梅産地でもある。町域の大部分が急峻な紀伊山地で紀伊水道にそそぐ南部川沿いに集落が広がっている。1954(昭和29)年以前は上流から清川村,高城村,上南部村,南部町の4村とこれに西隣る東岩代川と西岩代川の流域に位置する岩代村があり,その後に合併を繰り返して現在に至っている。 救援活動支援地図の作成にあたっては既存のハザードマップの情報は重視しつつも,あらかじめ浸水深など津波被害のリスクを示すといういわば防災の観点ではなく,想定される災害が発生した後に焦点を当てた。住民の居住する家屋と避難所をベースとして想定される被害を重ね合わせるとともに,被災後に公的に設定された避難所や防災拠点とのアクセスは確保できるか,それが遮断された場合の迂回路はあるか,公的拠点を補完する民間拠点がどこにどの程度あり,それらの災害耐性とアクセスはどのようなものか,を地図に描くことを試みた。これをふまえて,被災生活の向上と救援活動の効果的な展開のために優先されるべき道路,優先して啓開されるべき道路を想定することができる。併せて,条件の異なる個々の地区や世帯での最善の手段をシミュレーションできるフローチャートも試作した。これによって地図の効果的な利用がはかれればと考える。 以上を踏まえて提言を行うとすれば,1つには町村レベルの緊急輸送道路を策定することである。通常,利用特性に応じて第1〜3次の緊急輸送道路ネットワークが整備されつつあるが,概ね市町村役場や市町村拠点までのルートであり市町村内のルート設定は十分ではない。被災時の町内の物資輸送の骨格を描くべきである。併せて,ルートが遮断された時の代替路や代替策(救援拠点の見直しや備蓄体制)の見直しや設計も必要である。また,地図の利用者においては自身の居住地における被災後の救援物資へのアクセスを想定したフローチャートの利用なども進めるべきである。

  • 市道 寛也
    セッションID: 303
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究の背景と目的

     荒山・大城(1998)などによる人文主義地理学の「場所」を巡る事例において、水上と陸上とをまたがって生活する水上生活者に着目する研究は見られない。大阪港(大阪市港区など)で働く人々の民俗誌を明らかにした坂口(2013)は、水上生活者が生活していた海上や河川上のエリアを「地図にない街」、「水上都市」と表現している。

     本研究では、港湾運送業が盛んであった高度経済成長期の中心である1960年代を対象に、大阪港周辺における水上生活者の生活圏を明らかにする。水上生活者の生活実態や民俗誌に関する先行研究と、大阪港周辺の住民(水上生活の経験者、水上生活者と交流したことがある者、水上生活者を見たことがある者)への聞き取り調査を基に、大阪港周辺に居住していた水上生活者の属性を明らかにし、水上生活者の生活圏をあぶり出す。

    2.水上生活者の定義と大阪港の水上生活者

     本研究で取り上げる水上生活者とは、陸上に住宅などの居住地を持たず、海や河川に浮かぶ船やはしけで居住する人々を指す。水上生活者は、漁民やはしけ労働者が多い。

     大阪港は1868(明治元)年に開港した。大阪港周辺には、貨物船や旅客船の船員、元請の倉庫業に従事する者、荷役を担う港湾労働者、はしけを管理するはしけ労働者、潜水工事を担う人々、土木業や漁業に関わる人々、商店に勤める人々などが集住した。これらのうち水上で生活していたのは、はしけ労働者の世帯である。大阪港では1886(明治19)年頃にはしけが使われ始めた。船が入港する地点に応じてはしけを移動させる必要があるため、はしけ労働者の一部は水上で生活するようになった。

    3.はしけ労働者の属性と港湾労働者との相違点

     はしけ労働者と港湾労働者は、いずれもはしけで業務を行うが、両者の属性は異なっていた。はしけ労働者は、はしけを管理することが業務であり、家族とともにはしけに居住する者が多かった。一方で港湾労働者は、日雇いや単身者が多く、水上での業務を終えると陸へ戻り、宿泊所や商店、バー、銭湯などを利用することを日課としていた。

    4.1960年代の大阪港周辺における水上生活者の生活圏

     1960年代に大阪港周辺で水上生活をしていたはしけ労働者世帯の生活圏について、仕事、飲食・購買、余暇・娯楽、教育の観点で調査した。はしけ労働者が仕事を行う場所ははしけであり、船舶が入港する地点に応じてはしけを移動させていた。そのため、はしけ労働者は陸上に足を運べる機会が休日に限定されており、主に行商船で日用品を購入していた。はしけ労働者が余暇や娯楽を楽しんだ主な場所もはしけであった。はしけが家族の団らんや近所付き合いの場所として機能していた。なお、はしけ労働者世帯の小中学生は、陸上に設けられた水上生活者向けの福祉施設へ通い、陸上と水上とを頻繁に行き来していた。

    5.まとめと今後の研究課題

     大阪港のはしけ労働者は居住地を水上としていただけではなく、仕事、購買、余暇においても水上が中心であった。水上生活者の生活圏は、陸上に居住する港湾労働者のそれとは異なっており、水上に浮かぶはしけに愛着を抱いていたということが予想される。今後の研究では、水上生活者の多くが陸上へ移住した1970年代も視野に入れる。水上居住から陸上居住に転換した過程も含めて、水上生活者にとっての「場所」がいかなるものか明らかにする。

  • Mahanayakage Chamindha Anuruddha
    セッションID: 613
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    Sri Lanka is a fertile tropical country with a wide variety of crops and farming depend on two main seasons called yala and maha compatible with rain pattern. Agriculture in Nuwara Eliya threats by issues such as less crop production, unexpected environmental changes, soil degradation pest, and diseases. Also, wildlife conflict plays a big role in the loss of production due to intense wildlife conflicts. When we consider agriculture in the area, we can see Human-wildlife conflict (HWC) plays a significant role in the activities such as conservation and livelihood activities. Also, should address other important factors in equal importance. In the study, we try to focus on and investigate the grass root factors causing HWC in the Nuwara Eliya DS division. When we consider the out Outcomes of the study, we manage to identify the list of animals that contribute to the wildlife conflict in the area, manage to estimate economic loss from the animals, get a better understanding of the factors which affect conflict, make better understanding among people’s perception about human-wildlife conflict, create robust data set for the management authorities (department of agriculture, department of wildlife, etc.). The result can be used to mitigate the conflict and identify possibilities to coexist with wildlife (win-win solutions for both humans & wildlife.

  • 田部 俊充, 吉田 和義
    セッションID: S101
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    本シンポジウムのテーマは「次期改訂に向けての小中高地誌学習の新たな方向性」で,第43回地理教育公開講座として開催する。 地理教育に関する新課程への移行は,小学校では 2020年,中学校では 2021年,高等学校では「地理総合」が2022年から ,「地理探究」が2023年から実施されることにより完成する。今回の改訂では小中高の系統性が強調され,「地理総合」の必履修化により地理教育の重要性は社会的にも認められた。しかし,地理教育の系統性という面からみると,次期改訂に向けて検討しなければいけない点も残されている。  とりわけ,小学校における地理教育,地誌学習が十分に位置づけられないために,中学校での地理教育,地誌学習に大きな負担がかかっており,近年の公開講座においてその連続性の重要性が繰り返し指摘されてきた(田部ほか2021)。また,日本の地誌学習の伝統を活かし,欧米の能力ベースの地理教育とは異なる,知識も含めた地域理解のプロセスをどう具現化し定着させていくのかを考えることが急務である。資質・能力の育成につながる,新しい地誌学習が求められている。 発表は以下の通りである。 ①田部俊充・吉田和義:次期改訂に向けての小中高地誌学習の新たな方向性 ②池俊介:地誌学習の特徴と次期改訂に向けたアイデア ③三橋浩志:ICTを活用した地理授業の方向性 ④菊地俊夫:地理学者が考える次期改訂に向けた魅力的な地誌学習のアイデア ⑤寺本 潔:初等教育,社会科における日本の地方地誌教育への一つの提案 ⑥井田仁康: 次期改訂に向けての小中高地誌学習の新たな方向性 (総括)

  • 石村 大輔, 平峰 玲緒奈, 山田 素子, 中村 義也
    セッションID: 248
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     2021年8月13日に北福徳カルデラの中央火口丘の1つである福徳岡ノ場で噴火が発生した.初期は大規模な噴火,その後は間欠的な噴火に移行し,8月15日まで噴火が続いた(e.g., Maeno et al. 2022).その噴火によって噴出し,洋上に浮遊した軽石は0.1〜0.3 km3と推定されている(Maeno et al. 2022).本研究では,このような海底火山噴火に伴う漂流・漂着軽石の日本・海外での漂着時期,漂着量,粒子サイズ,形状に関する情報を収集し,漂流・漂着軽石の運搬・堆積過程の一般的な特徴の把握を目指している.本発表では,福徳岡ノ場2021年噴火の漂流・漂着軽石の形状に着目し,漂着場所・時間による違いを報告する.

    2.研究手法

     分析に使用した試料は,2021年8月〜2022年10月に採取された軽石である.採取した試料の2〜64 mmのサイズを対象とし,1φ毎にふるいで画分した.ただし,粒径が大きいものは数量が限られるため,計測数が少ないものは参考値として扱った.形状は,Wadell(1932)の円磨度(以後,R(0〜1の値を示し,1に近づくほど丸い))を使用し,Ishimura and Yamada(2019)の手法に基づき求めた.一部,軽石の量が少ない地域では,同一時期に採取した軽石のデータをまとめて評価した.

    3.結果・考察

     時間経過に伴うRの変化を見ると,気象庁により噴火9日後に採取された軽石のRが最も小さい値を持つ一方,最初に漂着が確認された南北大東島のRは,その後に漂着した南西諸島の値や本州などで採取された約1年後のRとほぼ同様であった.このことは,1ヶ月半程度の洋上の漂流で互いに接触することによる摩耗作用で十分に円磨が進むことを示す.この傾向は,軽石の発泡度や硬さにもよるが,一般的に漂流・漂着軽石は円磨された形状を持つと言え,漂流・漂着軽石の1つの指標として,円磨度は有効であると考えられる.

     各地点の粒径毎のRは,2-4 mm,4-8 mmにかけては増加したが,8 mm以上では粒径が大きくなるとRが減少した.これは,同様の手法に基づく河川や海岸の礫の傾向(粒径が増加するとRも増加する;石村・高橋,2022)とは異なる.したがって,粒径の大きな軽石には円磨にかかる十分な時間が経過していない,もしくは,十分に円磨が進む前に破砕してしまう,ためにRが増加しない可能性がある.一部の海岸では,最初の漂着から数ヶ月後の軽石を同様に分析したが,必ずしも各粒径のRが増加する傾向は認められなかった.

     同時期に同一の島で採取した試料のRはばらつく.これは漂着した海岸の地形や底質の影響であると考えられる.また,喜界島,奄美大島,与論島で同時期に採取された試料を比較すると,隆起サンゴ礁が広く分布する地域で採取された喜界島のRは,砂浜で採取された与論島と奄美大島のRよりも全体的に値が小さい.これは,漂着した海岸での摩耗・破砕作用も漂着した軽石のRに影響を与えていることを示唆し,岩石海岸よりも砂浜海岸のRが高い傾向にあると言える.またフィリピンの一部の海岸では,特に高いRの値が得られた.これについても海岸の底質の影響であろうと推測される.

     上述の粒径毎の傾向や海岸毎・島毎の傾向を知るためには,長期的な試料採取と計測が必要であり,より長い時間での形状変化を追う必要がある.現在,南西諸島での定期的な試料採取を行っているため,発表時にはその結果も合わせて報告する予定である.

  • ―愛知県名古屋市を例に―
    中川 安乃, 山口 隆子
    セッションID: P304
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

     自然災害伝承碑とは、国土地理院によれば、「過去に発生した津波、洪水、火山災害、土砂災害等の自然災害に係る事柄が記載されている石碑やモニュメント」とされている。名古屋市内の自然災害伝承碑に関する先行研究では、羽賀(1999)が濃尾地震の供養塔や記念碑等について、また伊藤(2009)が伊勢湾台風に関する石碑・慰霊碑等についてまとめている。しかし、名古屋市内での全ての自然災害の伝承碑の研究はなされていない。そこで本研究では、愛知県名古屋市を例に伝承碑の分布と活用事例を明らかにし、今後の地域防災活動・防災教育での活用方法を提案することを目的とした。

     本研究では地理院地図で「自然災害伝承碑」として公開されているもののほか、現地調査の結果、国土地理院の定義に当てはまると筆者が判断したものも自然災害伝承碑として扱った。現地での見学に加え、活用状況については所有者にヒアリングを行った。

    Ⅱ 結果及び考察

     名古屋市内の自然災害伝承碑は、地理院地図に未掲載のものも含め29基で、災害別では伊勢湾台風が19基、東海豪雨が1基、濃尾地震が5基、東南海地震が1基、関東大震災が3基みられた。

     伊勢湾台風(1959年)の伝承碑は当時の浸水位を示してあるものが多かった。東海豪雨(2000年)の伝承碑は河川沿いの公園内の1基のみであった。濃尾地震(1891年)の伝承碑は寺社や墓地に建立されていたが、文字が判読しづらくなっている伝承碑も散見された。東南海地震(1944年)の伝承碑は病院敷地内の1基のみであった。関東大震災(1923年)の伝承碑は関東からの避難民を受け入れたために建立されたと考えられ、寺や墓地に立地していた。

     今回確認できた自然災害伝承碑のうち、地理院地図で公開されているものは2022年11月17日現在、29基中11基で、登録されていたのは伊勢湾台風と東海豪雨の伝承碑であった。

     災害別に伝承碑の分布状況を調査した結果、市の南部・西部の沖積低地には水害の伝承碑が多く、市の中部・北東部には地震の伝承碑が多く立地している傾向がみられた。伊勢湾台風の伝承碑の多くは、当時高潮の浸水被害を受け現在でも高潮浸水想定区域である場所に建立されていた。

     自然災害伝承碑は、敷地内に碑が建立されている学校や寺社等で防災教育に活用され、複数の碑を巡るウォーキングイベントが開催された事例もあった。こうした伝統を守り、災害を経験していない世代も過去の教訓を理解し、危機意識を高める必要がある。

  • 寺本 潔
    セッションID: S105
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    小学校社会科の中で教えられている日本の七地方名の取り扱いに関してその問題点を指摘し、改善提案を述べる。検定教科書や地図帳の扱いや産業学習における地方名の扱いに関しても提案する。

  • 滋賀県・田上山地におけるモデリング
    太田 凌嘉, 松四 雄騎
    セッションID: 232
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1. 研究背景

    森林生態系と風化帯がつくりだす地圏・水圏・気圏・生物圏の地表近傍境界域は,地形変化と水循環および生物活動の場となっている.地表近傍境界域が受容・緩衝できる程度を超えて植生が人為的に改変されると,斜面の侵食が加速し,土層が流亡して風化岩が露出した状態へと流域の環境が変貌する.いわゆるハゲ山の出現である.地表近傍境界域の機能把握は,流域環境の持続可能性評価における重要課題である.本研究では,実際に過去にハゲ山となった履歴をもち,森林植生被覆地と無植生の裸地という対照的な地表状態の流域が現存する花崗岩山地での土層性状の調査を通じて,森林資源の過度な収奪に伴う植生の消失に対応して,なぜ斜面上の土層の存否が不連続的に切り替わるのかを定量的に論証する.

    2.調査地域・方法

    滋賀県・田上山地には,人為影響を免れて土層が斜面上に維持されている保存流域と,継続的な森林資源の収奪により土層が完全に喪失した履歴を持つ荒廃流域とが隣接して存在する1).本研究では,不動寺流域(保存流域)と若女裸地谷流域(荒廃流域)において詳細な現地踏査とレゴリスの諸物性の測定を実施した.また,人為的な森林消失に伴う斜面侵食加速を定量的に検討するために,保存流域の風化岩の10Be濃度を分析し,土層生成速度2)を求めた.

    3. 結果・考察

    保存流域と荒廃流域では,レゴリスの性状が異なっている.保存流域では,細粒分に富み相対的に粘着質な土層が凸形尾根型斜面では比較的薄く,凹形谷型斜面では比較的厚く分布する.荒廃流域では,無機質で未熟なレゴリスがごく薄く斜面を覆い(<20 cm),貫入抵抗値の大きな基盤岩(Nc>50)が斜面全体にわたって地表付近に存在する.レゴリスの性状にみられる違いは,人為影響を受けて植生が消失し斜面上から土層が完全に喪失すると,露出した風化基盤岩に対する物理的風化と直接的削剥が作用し,斜面上の土砂が恒常的に排出されるようになるため,化学的風化が十分に進行せず,細粒分が少ない無機質で非粘着質な土層が斜面を薄く覆う状態となることを反映する.

    保存流域における風化岩の10Be分析に基づき土層の生成速度を求めたところ,144 ± 49 g m−2 yr−1の値が得られた.これは保存流域の削剥速度の範囲と重なっており1),荒廃流域で100‒101年の期間に観測されている土砂生産速度に比べて1‒2桁小さな速度である3)4).田上山地では,元来,岩盤の風化による土層の生成と削剥によるその除去がほぼ釣り合った状態にあったが,人為影響を受けてこの量的バランスが崩れた状態になっている.

    統合すると,天然の流域環境における土層生成速度を上回る速度で斜面侵食が加速的に進行して土層が完全に喪失した結果,それまでとは異なる機構と過程そして周期で斜面構成物質が削剥される新たな状態へと遷移したことが示された.花崗岩のように,非粘着質な風化生成物をつくる岩石が基盤を構成する地質条件では,人間活動による過度な森林利用の継続に伴い,樹木根系による付加的粘着力が失われ,土層の性状が変化すると,斜面上に存在可能な土層の厚みが著しく減少してしまうことにより,植生とレゴリスによる被覆の状態が異なる対極的な流域環境が成立しうる.森林生態系の効果を加味した水文地形学的モデルの開発を通じて,人為的環境撹乱を受けて流域システムの振る舞いが変化していく過程そのものに対する理解を深化させることが次の課題である.

  • 石丸 聡
    セッションID: S504
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.北海道内の寒冷地特有の斜面災害

     演者は,これまで寒冷地特有の斜面災害に注目し,調査・研究を行なってきた.例えば,2001年に発生した溶結凝灰岩からなる苔の洞門で発生した岩盤崩落(石丸ほか,2002),2008年融雪期の大雨により発生した季節凍土の関与した雌阿寒岳の土石流(石丸ほか,2022)などである.一方,北海道でも全国的傾向と同様に豪雨の頻度が増加しており,その結果,これまで比較的安定していた化石周氷河斜面周辺での斜面災害が繰り返し発生している.本発表では,北海道で見られた豪雨による化石周氷河斜面周辺の被災例や,その崩壊メカニズムについて紹介する.

    2.豪雨による化石周氷河斜面の崩壊

    1)2014年礼文島高山の斜面崩壊

     礼文島ではそれまで100㎜以上の日降水量を記録したことは,過去に1度しかなかったが,2014年のこの時の日降水量は160㎜に達した.この雨により礼文島内で斜面崩壊が多数発生した.そのうち,東海岸北部の高山地区では,海食崖中部から崩れ落ちた土砂が崖下の家屋を押しつぶし,2名が亡くなり,1名が重傷を負った.

     この海食崖の中上部には,厚さ約20mの厚い周氷河性斜面堆積物が最終間氷期の段丘を覆っており,この斜面堆積物下部で発生した円弧すべりが海食崖中腹に抜け,その土砂が崖下に落下した.円弧すべりの最下部直下には段丘堆積物の直上にシルト層が挟まっており,その上位の斜面堆積物最下部の間隙水圧が上昇したことで,斜面崩壊が発生したものとみられる.

    2)2016年知床羅臼海岸町の斜面崩壊

     北海道では2016年8月後半に4つの台風が次々と上陸・接近し,各地で斜面災害が発生した.そのうちの3つ目の台風通過の1日半後に,知床羅臼の海岸町で海食崖の最上部にのる厚い周氷河性斜面堆積物が, 30分以上にわたり大量の水とともに断続的に崩れ落ちた.崩壊土砂は斜面下を通る北海道道87号線を横切り,100m以上先の海にまで達し,これより半島の先に住む住民は1週間近く孤立した.崩壊源となった厚い周氷河性斜面堆積物の下位には難透水性の沖積錐堆積物があり,崩壊後にはその境界付近に径2m程度のパイピング孔とみられる痕跡が認められた.

     降水から1日以上を経ての遅れ崩壊は,現地の状況より次のようなメカニズムで発生したと考えられる(図-1).崩壊斜面背後の谷から伸びる溶岩流を介して供給された地下水が,その前面のやや透水性の低い周氷河性斜面堆積物に塞がれることで,地下水位が徐々に上昇し,時間を経て背後の溶岩と前面の斜面堆積物内との水位差が生じた.これにより,周氷河性斜面堆積物と,その下位のさらに透水性の低い沖積錐堆積物との境界付近にパイピング孔が形成され,周氷河性斜面末端から崩壊が進行したとみられる.

    3)2016年日高山脈の日勝峠周辺の斜面崩壊

     上記の知床の斜面崩壊の翌週には,8月後半4つ目の台風の接近により,日高山脈で総降水量400㎜を超える豪雨に見舞われ,周辺地域で多数の斜面崩壊・浸食が発生した.これにより,北海道の東西を結ぶ重要幹線である国道274号の日勝峠周辺では,道路の崩壊や土砂の流入により1年2か月にわたって通行止めとなった.

     日勝峠周辺の深い崩壊は,いわゆる“後氷期開析前線”にあたる遷急線を跨ぎ周氷河性斜面堆積物で発生している.一方,緩斜面の化石周氷河斜面の浅い崩壊が,丘陵上部の浅い谷頭斜面で発生しており,周氷河性斜面堆積物上面をすべり面とし,その上位の完新世の黒土層が抜け落ちている.さらに,ガリー状の浸食も平滑な緩斜面上に多数生じた.ガリー状浸食は,周氷河性斜面堆積物を覆う黒土層で発生しており,地中でパイピング孔に繋がるものもある.

     深い崩壊は周氷河性斜面堆積物の基底付近の透水性の違い,浅い崩壊やガリー状の浸食は周氷河性斜面堆積物とその上位の黒土層との透水性の違いにより,地中水が局所的に集中することで発生したと考えられる.

    3.おわりに

     北海道では,現在の凍結・融解に関与する斜面変動も存在するが,近年の豪雨頻発により,氷期に形成された化石周氷河斜面周辺での斜面崩壊が発生するようになっており,防災の面からも寒冷地形に関する知識が重要なものになってきている.

    謝 辞:本成果は北海道立総合研究機構や㈱ドーコンの田近淳氏,防災地質工業㈱の雨宮和夫氏らとともに実施した調査・研究により得られたものである.関係各位に対し厚くお礼申し上げます.

                 文 献

    石丸 聡ほか(2002):2001年6月に発生した「苔の洞門」の谷壁岩盤崩落.北海道立地質研究所報告, 73, 209-215.

    石丸 聡ほか(2022): 凍結・融雪期の大雨により生じた土石流 ―雌阿寒岳2008年5月の大雨による事例―. 日本地すべり学会誌, 59(2), 41-49.

  • 小疇 尚
    セッションID: S508
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    ヨーロッパ中南部の山地には、日本のハイマツに似たヨーロッパハイマツ(Pinus mugo、以下ハイマツ)が分布している。このうちアペニン山脈を除くアルプス、ディナルアルプス、ロドピ、カルパティア、スデーティの5山脈でハイマツ群落の分布と山地の景観を調査した。

    ハイマツ群落の分布上限と下限の間をその山地、山塊のハイマツ帯とした。その高度はアルプスでは中南部で最も高く、東と北に向かって低くなる。アルプス以外の山脈では、南で最も高く北に向かって低下する。

    ハイマツ帯の下限=森林限界はヨーロッパでは氷期の雪線高度にほぼ一致するとされており、調査した山地はすべて氷河作用を受けている。また各山地には数段の第三紀の侵蝕平坦面が広く分布し、高い山ほど侵蝕面も高く山頂との高距も大きい傾向があり、いずれも氷河・周氷河作用を受けている。

    アルプスではモンブランから東に向かって山頂高度が低下し、侵蝕面も低くなって山頂との比高が小さくなる。そのことが氷河・周氷河作用の強度と作用期間の差を生み、山岳景観の違いに現れている。3500m 以上の山塊には氷河が現存し下方の侵蝕平坦面に深いU 字谷が穿たれている。3500m 以下で侵蝕面との高度差が小さな、氷河のない山地には岩石氷河が分布する。他の山脈には氷河がなく氷河地も小さくなる。

    氷期終了後植生は急速に回復して森林限界が現在より高くまで上昇した後、冷涼化と中石器(狩猟採集)時代以降の人為の影響で疎林化と灌木の増加が進んで森林限界は数百m低下した。新石器時代に入って農耕と山地での家畜の飼育(放牧)が始まると、侵蝕平坦面を覆っていた疎林とハイマツは焼き払われて夏の放牧・採草地=アルムに変貌し、今日の山岳景観が成立した。

    現在、アルプス諸国ではアルムの維持に努めているが、移牧が衰退した東欧諸国のなかには山上の放牧を禁止し、一度失われたハイマツを移植する国もある。

  • 岩月 健吾
    セッションID: 404
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    クモ同士を闘わせ,勝敗を決める遊び「クモ相撲」は,日本では季節の自然遊びとして,かつて全国的に見ることができた.民俗学とクモ学で蓄積されてきたクモ相撲研究では,主に人間とクモの関係について記述がなされてきた.日本に現存するクモ相撲行事では,コガネグモとネコハエトリの2種がファイターとして使用される(図1-a, b).しかし,文化人類学や動物地理学などで注目されている「マルチスピーシーズ民族誌multispecies ethnography」を意識すると(Hovorka 2019; Kirksey and Helmreich 2010),クモ相撲を支えるさまざまな生き物の存在を見出すことができる.

    環境省と農林水産省が作成した「生態系被害防止外来種リスト」の掲載種のうち,重点対策外来種に分類されるセイタカアワダチソウは,クモ相撲を支える生き物の一つである(図1-c).鹿児島県姶良市で6月に開催されるコガネグモ相撲の大会では,相撲の土俵としてセイタカアワダチソウの茎が利用される.また,参加者がコガネグモを採集する場所として,休耕地のセイタカアワダチソウ群落の重要性が増している.コガネグモは大型の巣を張るため,生息には足場となる強靭な植生が必要になる.高茎草地環境が失われ,全国的に野生個体数の減少が危惧されるコガネグモの生息を,外来植物が支える現状が窺える.和歌山県海南市で7月に開催されるコガネグモ相撲の大会でも,セイタカアワダチソウ群落が主要な採集場所になっている.

    千葉県富津市で5月に開催されるネコハエトリ相撲の大会では,参加者が,出場させるネコハエトリをマッチ箱程の大きさの容器に入れて会場に集まる.以前はハマグリやアサリなどの貝が容器として利用されていたようである.プラスチック製の容器が普及する中,今でも貝製の容器を使用する参加者がいる(図1-d).貝からネコハエトリを出す参加者はベテランで強いという認識があり,貝が出ると土俵は緊張感に包まれるという.ここでは,人間とネコハエトリと共に,貝も会場の雰囲気を作っているといえる.

    鹿児島県姶良市の大会では,参加者は,コガネグモの餌として,コガネムシ,バッタ,トンボ,チョウ,ガ,クワガタムシ,カミキリムシなどの昆虫を利用している.中でもコガネムシは,多くの参加者が主要な餌昆虫として考えている(図1-e).複数種のコガネムシが利用されており,現地ではまとめてカナブンと呼ばれている.大型種は産卵したコガネグモの体力回復用に使い,小型種は大会直前の細やかなコンディション調整用に使うなど,高度な使い分けがなされている.また,神奈川県横浜市で5月に開催されるネコハエトリ相撲の大会では,参加者の多くがネコハエトリの餌としてハエを与えている.日常的にハエを採集することが難しい参加者は,釣具屋でサシ(ハエの幼虫)を購入し,そのまま成長させてハエを確保している(図1-f).

    このように,クモ相撲はさまざまな生き物の存在によって成立する民俗文化である.遊びまたは行事に親しんできた人々の文化保存に向けた思いもあり,近年,各地でクモ相撲の文化財指定の動きが見られるようになった.クモ相撲の存続について考える際には,クモ以外の生き物の存在にも目を向ける必要があるだろう.

    文献

    Hovorka, A. J. 2019. Animal geographies III: Species relations of power. Progress in Human Geography 43(4): 749-757.

    Kirksey, S. E. and Helmreich, S. 2010. The emergence of multispecies ethnography. Cultural Anthropology 25(4): 545-576.

  • 土屋 日菜, 松山 洋
    セッションID: 133
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では、平成24年九州北部豪雨、平成29年九州北部豪雨、令和2年7月豪雨で発生した線状降水帯を対象に、バリオグラムを用いて空間代表性を求めた。その結果、広範囲で発生した線状降水帯ではrangeの値が大きく、狭い範囲で発生した線状降水帯ではrangeの値が小さくなることが確認できた。また、線状の降水域が強く見られるとき、ホール効果もまた顕著に表れていた。

  • ヴァイラ村での住民運動がもたらした影響
    山本 健兒
    セッションID: 635
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    本報告の目的は,オーストリアのフォラールベルク州政府が1977年に設定した広大な緑地保全地帯の一部に工場誘致を目論んだヴァイラ村当局に対して抗議する住民運動を紹介し,これを契機として起きた州全体を巻き込む論争を考察することにある.そのための資料は住民運動組織(Lebensraum Weiler:以下LRと略記)のホームページ,マスメディアの報道,州政府やヴァイラ村の公文書などである.

     フォラールベルク州は1990年代以降のグローバリゼーション進展下で,EU加盟諸国におけるNUTS2レベルの諸地域の中で経済的に最も豊かな地域の一つへと発展した.この州の中でヴァイラ村は,村民の多数が村外での非農業部門で就業する人口約2000人(2016年),面積3.1 km2の小規模な地方自治体で,大部分が平坦地である.

     州の経済的首都とも言えるドルンビルンに立地する大手パン製造企業のエルツ社が,ヴァイラ村ブクセラ地区に4.5 haの土地を取得して工場進出する計画を持っていると,州内のメディアが2016年11月初めに報道した.これを知った村民の中で,生活環境の悪化や緑地保全地帯の削減を憂慮する人たちが,工場進出に反対すべくLRを11月中に立ち上げ,2016年12月5日(月)に20名の署名になる質問状を村長に手渡した.

     12月12日(月)に州政府は,緑地保全地帯に関する政令修正案を開示して関係自治体が住民から意見聴取することを求める文書を,修正案それ自体,そして修正の理由を説明した文書(解説・環境報告書)とともに,関係5自治体などに送付した.

     12月19日(月)に村当局は,緑地保全地帯の一部削減を説明する会を村庁舎で開催し,これにLRを始めとする村民等約50名が参加し,討論会となった.ここでの村長による説明に納得しなかったLRは,「人間の鎖」でブクセラ地区の当該の場所を取り囲み,村当局の決定に反対するデモンストレーションを呼びかけた.このデモは2017年1月6日(金・祝日)に実施され,村民等約500名が参加した.

     ヴァイラ村当局は広報紙の2017年1月号で,緑地保全地帯の一部を削減して「事業用地拡大」の必要性を説明し,2月号で「事業用地拡大」に関する村民の様々な意見を紹介した.他方,LRはエルツ社社長との意見交換や,州首相・空間計画担当閣僚と意見交換する機会を1月から2月にかけて持った.

     緑地保全地帯政令修正案に関する住民や各種団体などから寄せられた意見書が,州政府の「空間計画諮問委員会」によって精査され始められる直前の2月9日(木)に,副村長,州政府担当閣僚,エルツ社社長,LR代表,農業会議所会頭5名による討論会が地元新聞社の主催によってヴァイラ村小学校体育館で実施され,これに村内外から約300名の聴取者が参加した.

     3月13日(月)に州環境担当閣僚・州自然保護委員会委員長・自然保護同盟代表の3者が緑地保全地帯の保全を主張する声明を公表する一方で,空間計画と経済の両方を担当する州政府閣僚が,経済連盟及び経済会議所の新聞(3月ないし4月発行)に,州経済の発展のために緑地保全地帯の一部の指定解除もありうると主張した.

     4月に開催された州議会でこの問題に関する各党議員と州政府との質疑応答がなされ,ヴァイラ村以外でのエルツ社工場用地探索を求める声が次第に強まった.ドルンビルン市による仲介を得て,エルツ社が工場新設のための土地を確保できる見込みが5月に出てき,実際に6月23日(金)にエルツ社とドルンビルン市内のある企業との間で土地売買交渉が妥結した.その結果,エルツ社によるヴァイラ村での工場新設計画は頓挫した.

     しかしこの間に,緑地保全地帯の保全問題に関する議論が州民全体を巻き込むようになり,メディアによる報道もあって緑地保全地帯の意義に関する州民の理解が深まった.他方においてその後も,ヴァイラ村村長は緑地保全地帯の一部の事業用地への転換を指向し続けている.

     この過程で表明された主張は以下のように要約できる.

    ・工場誘致は村の財政力を高めることにつながるので,村民の生活条件をよりよくできると村長は主張.

    ・工場立地によって生活環境が悪化するし,村の決定は民主主義に悖るとLRは主張.

    ・1977年に設定された緑地保全地帯はその意義の故にそのまま維持すべき,と環境保護団体や農業団体等は主張.

    ・財界や経済・空間計画担当閣僚は,工場立地による州経済の発展は州民の生活水準の維持向上のために必要であり公共の利益に資するので,緑地保全地帯の一部を指定除外しうると主張.

     以上の一連の動きに関連する論点はほかにもあるが,いずれの主張がより重要な公共の利益に結びつくのかという問題を考えるためには,そもそも州政府が緑地保全地帯を設定した目的とそのコンテキストを再確認する必要がある.

  • 内田 裕貴, 山口 隆子
    セッションID: 117
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに  

     関東地方にはカシの木(Quercus myrsinaefolia)だけで構成される「カシグネ」という屋敷林が存在する。カシグネは北西の季節風を防ぐ目的で設けられ、関東平野北部に多く存在する。上下の二段で構成され、間に若干の隙間が存在する。このような形状にすることで、防風効果を高め、管理もしやすくなる。一方、矢澤(1936)の研究では、「カシグネ」という記述こそないものの、カシグネと思われる写真が存在する。この写真は東京都練馬付近で撮影されたものであり、平野北部のものとは形状が異なる。また、カシグネに関する先行研究は殆ど見当たらず、いずれの研究も対象地域は群馬県内の1市町村や、群馬県と埼玉県との県境付近を対象としており、関東平野全体を対象とした研究は見当たらなかった。本研究では空中写真から分布を判読し、約1割について現地調査を行い、55軒でカシグネの利用目的や呼称に関するヒアリングを行うことができた。また、分布の地域差をAMeDASデータを用い、気候学的な観点から調査した。

    2. カシグネの分布  

     Googleマップの空中写真を用い、2021年5月~2022年8月の期間にカシグネの位置、設置している家屋に対する方向を判読した。対象範囲は北緯36度33分40.95秒から北緯35度30分8.04秒,東経138度44分28.69秒から東経140度52分4.65秒である。表1に各県ごとのカシグネの個数、設置している軒数を示す。家屋が密接しており、方位が判別できなかった地点は11軒である。方位に関して、最も多いのは「西」であり、次いで「北」が多かった。最も少ないのは「南東」であった。自治体ごとのカシグネの個数では表1の示すように群馬県で最も多く、次いで埼玉県に多く分布していた。また、神奈川県ではカシグネを見つける事ができなかった。

     図1にカシグネの位置を示した。群馬県や群馬県と埼玉県の県境、茨城県西部で多く分布していることがわかる。一方、茨城県やちば千葉県の沿岸部でカシグネが減少する理由として、樫の木が潮風に弱いことが要因であると考えられる。

    3. カシグネと風との関係性  

     カシグネの設置方向の観点から、吹走域内外のそれぞれのカシグネの数を母数とし、西から北方向と東から南方向の割合を求めた。空っ風の吹走域内では、約9割が家屋の西から北方向に設置されていた。東から南方向は約1割であった。吹走域外では西から北方向が約8割であった。東から南方向は約2割であった。  

     カシグネの利用目的に関するヒアリングの結果、吹走域内では冬季の風を防ぐ目的の割合が高く、吹走域外では、夏季の風を防ぐ目的の割合が高かった。また、防火の利用目的の割合は空っ風の吹走域内外で大きな差はなく、地点に関わらず、カシグネに防火の利用目的があることが分かった。

     以上のことから、カシグネの設置方向は各地の季節風の影響を受けているといえる。また、千葉県内で行ったヒアリングの結果、通年での防風の目的があり、特に、冬季の防風の対象は「やちぼこり」であった。冬季の風と言えども、空っ風のみではなく、地域によって多様性があることが明らかとなった。  また、本研究を通じ、カシグネには2つのタイプがあることが分かった。1つは上下の2段構成で、上部がシラカシ、下部が別種の植物や石塀を設けたものである。もう1つのタイプは上部は枝葉が茂るが、下部は空いている形状である。空中写真からの判別では垂直方向の形状まで把握することはできない。この2つのタイプの移行帯を把握するためには、全ての地点に赴き、形状を把握する必要があると考えられる

  • (2)父島 扇浦における気象観測
    菅野 洋光, 松山 洋
    セッションID: 110
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    小笠原諸島 父島では第二次世界大戦前に比べて戦後の降水量が減少したことが知られているが(吉田ほか, 2006),これは父島気象観測所(大村)における1907年以降の気象データを解析したものである。一方,筆者たちは母島の村民会館に,1906年以前の気象観測記録と天気記録が記された古文書があることを発見し、1906年以前の父島の降水量を復元した(Kanno and Matsuyama, 2021)。その結果、1906年以前の降水量はそれ以後よりも少なめであり,「父島の降水量は戦後減少した」というよりももっと長い時間スケールで変動していることがわかった。なお、母島で発見した古文書には、天気や降水量のほか、風や気温、気圧なども観測されている時期があり、それらの気象データの復元も重要である。そこで、かつての気象観測がなされていた、父島中部の扇浦で総合気象観測を行うこととした。

  • 災害と復興、そして現在の備えは?
    武村 雅之
    セッションID: S202
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

     筆者は30年間、大正12年に発生した関東大震災の研究を続けてきた地震学者である。震源、揺れ、被害について研究し、ここ10年余は神奈川県と東京都23区を中心に、現地調査を行ってきた。その結果によれば、被害は関東・中部の1府9県におよび、死者・行方不明者数は東日本大震災の約5倍で約10万5千人、人口比でみれば約10倍、経済被害(直接被害)についてみても、被害総額は当時のお金で約55億円で、GDP(またはGNP)比でも約10倍となっていた。まさに国家存亡の機を招いた震災であったと言える。

    2. 震源直上の神奈川県で何が起きたのか

     神奈川県全体での全潰世帯数は、東京府の3倍近い。震源域の直上にあった神奈川県は強い揺れに見舞われ、多くの市民が犠牲となった。火災も横浜市・横須賀市をはじめ各地で発生した。さらに土砂災害や津波災害なども発生した。特に注目すべきは土砂災害であり、神奈川県内の土砂災害を慰霊碑や遺構に即してまとめると26件にのぼる。小田原市根府川では熱海線(現在の東海道線)の根府川駅裏の崖が崩れ、下り109列車を押し流し131名が犠牲となった。根府川集落では白糸川の上流約4kmから山津波が押し寄せ5分後に集落を埋め尽くし、海岸で遊んでいた児童20名を含む289名が犠牲となった。津波も押し寄せ、遺体の行方すら分からない。土砂災害は、地震後20年以上も住民を苦しめた。丹沢山地などでは土砂が大雨のたびに流出し、川床を上昇させ水害を引き起こした。昭和12年、13年の酒匂川流域での水害の記念碑はその惨状を今に伝えている。

    3. 東京はなぜ最大の被災地となったか

     元禄16(1703)年の元禄地震では顕著な延焼火災もなく、死者数も関東大震災の1/100以下の340人。当時は、江東地域は本所のごく限られた地域に街があるだけであった。

     安政2 (1855)年に再び大地震に襲われる。人口は130万人に増え、江東地域にも街は広がっていたが、大半は社寺地と武家地(主に下屋敷)で、火災延焼は町人地に限られた。死者は約7500人で関東大震災の1/10程度であった。

     関東大震災による大火災の原因は、台風崩れの低気圧のために南関東一円で強風が吹いたことがよく指摘されるが、これだけではない。地盤が軟弱な江東地域が明治以降工業地域となり、人口が急増し、木造密集市街地となった。つまり最大の原因は、道路や公園などの基盤整備を行わないまま、木造密集地形成を放置した明治政府の都市政策の誤りにあった。

    4. 帝都復興事業のレガシー

     以上の反省に立って行われたのが帝都復興事業であった。耐震・耐火を前提に公共性を重視し、国民的合意形成の下で、首都としてふさわしい品格のある街づくりを目指した。世界でも類を見ない都市大改造で、その成果は東京の都市基盤を支え続けてきた。

     土地区画整理により焼失地域を64に分け、国が13地区、残りを東京市が施工した。同時に街路を整備し、国が幹線街路(幅員22m以上)52線、東京市が補助線街路(幅員22m以下)122線路を施工した。橋梁は修繕補強の194橋を含め576橋が架橋された。「美観」も大切にされた。公園も整備され、国が隅田、浜町、錦糸の三大公園を、東京市が52の復興小公園と旧来の5公園を移設改築した復旧小公園を造った。そのモダンな佇まいは地域のシンボルとなった。

     ところが戦後、隅田公園は堤防の嵩上げで川の眺望を失い、高速道路の通り道となってしまった。浜町、錦糸の各公園にも公共建物が建ち、往時の姿を失った。わずかに当時の品格を伝えるのは復興小学校の校舎である。戦後の校舎とは対照的に耐震補強のブレースは見当たらない。品格ある姿に当時の人々の子供への思いを感じる。

    5. なぜ今、首都直下地震の脅威なのか

     現代の東京が抱える防災上の問題は、郊外15区の木造密集地域の火災の危険性、堤防破損で水没するおそれがある海抜ゼロメートル地帯の存在、64年東京五輪時の高速道路建設による水辺破壊、2000年以降急速に進む容積率緩和による高層ビルが引き起こす大量の帰宅困難者問題、今般の五輪に便乗して湾岸埋立地に建設されたタワーマンションの地震時孤立化問題などである。

     東京の戦後復興は、戦後窮乏する都民の居食住の確保を最優先すべきとした知事の反対によりつまずいた。さらに、経済成長し続けなければ維持できないといわれる現代の資本主義に飲み込まれ、効率性と公平性のバランスが崩れた。都市基盤や厳格な土地利用制限などは二の次で、都市文化の基盤をなすべき公的空間や機能は次々と破壊された。

     街は市民に対し平等に利益をもたらすものでなければならない。そのような街にこそ市民の連帯意識が生まれ、共助のこころもはぐくまれ、防災に取りくむ社会が実現するのではないかと私は思う。今こそ、帝都復興事業に学ぶべき時である。

  • 山地の池沼を事例に
    高岡 貞夫, 井上 恵輔, 東城 幸治, 齋藤 めぐみ, 苅谷 愛彦
    セッションID: S507
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     ジオ多様性と生物多様性の関係は理論的には確立されているものの、この関係を実証的に示す研究が十分に行われているとは言えない。両者の関係を探る研究はしばしば大スケール(大陸規模,国土規模)におけるグリッドセルデータを用いたGISベースの研究として行われるが、両多様性の関係の背景にある生態学的なプロセスを直接的に理解するには、グリッドセルにデータ化できない環境の特質も含めて、両者の間の複雑な関係を小スケールの地域研究として行うことが必要であろう。本講演では山地の池沼を例に検討した結果を示す。

    2.山地池沼のジオ多様性

     中部山岳地域の標高2000m以上の地域にある、面積約50m2以上の池沼304 個について、その成因を地形と対応づけて整理した結果、池沼は線状凹地、地すべり移動体、圏谷底、火山地形(火口、溶岩台地など)などがつくる凹地に形成されていた。しかし凹地さえあれば池沼が形成されるということではなく、決定木を用いた分析によれば、気候(特に積雪深)や地質など地域的な条件を背景に池沼が成立していることが明らかになった。池沼の規模や標高分布は池沼の成因別に特徴があり、池沼の古さも成因と関係があると推察される。

     上高地周辺の池沼に関する現地での観測や観察によれば、水質や水温、水位の季節変化、消雪時期、周囲の植生の特質は、地形と結びついて形成されている池沼の成因ごとに特徴がある。したがって、池沼に生息する生物の多様性には、池沼の成因と関連づけて理解できる部分があるものと考えられる。

    3.山地池沼の生物多様性

    (1) 水生昆虫

     上高地周辺の高山帯・亜高山帯に存在する23池沼の止水性昆虫相を調べたところ、7目15科19種が確認された。これらの池沼は群集構造に基づいて4つのグループに分類され、それらは圏谷底に位置するもの、主に線状凹地に位置するもの、焼岳火口を含む前二者以外の主稜線付近に位置するもの、梓川氾濫原に位置するものであった。圏谷底の池沼では幼虫期に砂粒を巣材に用いる種群が優占し、線状凹地の池沼では水際の植物を利用して倒垂型の羽化を行う種や葉片・樹木片を幼虫期の巣材に用いる種が優占していた。梓川氾濫原では、流水環境にも適応した種群が優占していた。マメゲンゴロウについて遺伝子マーカーを用いた集団遺伝解析を行った結果、近接する池沼では遺伝構造が類似する一方で、特定の山域に集中するハプロタイプも検出された。以上のことから、種レベルの多様性は池沼の成因に結び付いた環境条件の違いによって生み出され、遺伝子レベルの多様性には、分散の障壁となる尾根や谷といった小地形・中地形スケールの地形がかかわっていると考えられる。

    (2) 珪藻群集

     同地域の45池沼において、池底の表層堆積物に含まれる珪藻を殻の形態にもとづいて分類したところ、75分類群以上が確認された。これらの池沼は群集構造に基づいて4つのグループに分類され、それらは圏谷底に位置するもの、線状凹地に位置するもの、梓川氾濫原に位置するもの、氾濫原上の流れ山群内に位置するものであった。各池沼に出現する分類群はECやpHといった水質の他に、池沼の面積や周囲の植生に影響を受けていると考えられる。また、線状凹地に位置するグループには、梓川の左岸側稜線に集中して分布するグループと流域内に広く分布するグループが含まれる。これらのことから、珪藻群集の構造は、池沼の環境(植生発達や水質)と分散の歴史の双方の影響を受けて成立していることが示唆される。池沼の環境は地形と関連した池沼の成因と結びついて形成され、一方で、小地形・中地形スケールの地形がつくりだす距離や標高差が分散に対する障壁として働いている可能性がある。止水性の珪藻は水生昆虫よりも相対的に分散が難しいと考えられるが、このことが種相当のレベルの多様性においても分散の影響が表れる原因になっていることが示唆される。

    4.今後の課題

     これまで、ジオ多様性や生物多様性という用語が使われなかった場合も含めて、植生(植物)についてはジオ多様性との関係についての研究が地理学分野においてなされてきた。山地地形の研究の進展によって地形の形成過程や年代に関する理解が一層深まる中で、今後取り組むべき研究課題は少なくない。氷期の遺存種的な性格を持つ植物の、分布の成因の解明などはその一つであろう。

     他方、地理学において山地の野生動物に関する研究は進んでいない。移動性の高い動物は、その分布の特徴を地形に関連づけて理解することは必ずしもできないであろう。しかし、潜在的な分布頻度が、地形を軸とするジオ多様性と関連付けて理解できれば、動物と生息環境の関係を空間的にとらえる視点が得られる。このことは、生物多様性の保全を考えるうえで重要である。

  • 丹羽 雄一, 須貝 俊彦
    セッションID: P049
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    東北地方太平洋岸では,10万年スケールの隆起傾向と最近数10~100年間の沈降傾向という,観測する期間の長さによって異なる地殻変動の向きが,海溝型巨大地震サイクルと関係づけて説明されてきた(例えば,池田ほか,2012)。しかし,海成段丘の分布(隆起傾向の根拠)が断片的で編年データが希薄な地域の存在(小池・町田,2001)や,完新世地殻変動データの欠如によって,観測記録よりも長期間の地殻変動には不明点が多い。東北地方太平洋沖地震以降には, 東北地方太平洋岸北部(三陸海岸)における沖積層研究に基づいて,完新世における三陸海岸北部の相対的隆起,および中~南部の沈降傾向が(例えば,丹羽ほか,2014; Niwa and Sugai, 2020),海成段丘の判読・編年に基づいて,最近10万年間の隆起傾向が確実に認定できるのは三陸海岸最北部(八戸~久慈)のみであることが(宮内ほか,2013;宮崎・石村,2018),それぞれ指摘されている。このように,東北地方太平洋岸北部では,近年の地形・地質研究によって,様々な時間スケールにおける地殻変動の矛盾や整合性の検討が進みつつある(Niwa and Sugai, 2021)。一方,東北地方太平洋岸南部の福島県浜通り海岸では,海成段丘の分布に基づいて,MIS5eの旧汀線高度の北方への低下が報告されている(Suzuki, 1989)ものの,完新世における地殻変動は不明である。本発表では,上述のMIS5e海成段丘分布域の北限付近に位置する,福島県南相馬市鹿島区の真野川下流域(真野川低地)において,4本の堆積物コアの解析と14C年代測定値に基づいて,完新世の地殻変動傾向を推定した。

     真野川低地の地下に分布する堆積物は,基盤岩直上に分布する砂礫層とそれを覆う完新世堆積物に大別される。前者の砂礫層は,分布深度に基づいて,埋没段丘礫層(ユニット1)と沖積基底礫層(ユニット2)に区別される。完新世堆積物は,下位から,砂礫層と砂泥層から構成され,最上部では海水生の珪藻を多産するエスチュアリー堆積物(ユニット3),上方粗粒化を示すシルト~砂層で,上位ほど淡水生珪藻の産出割合の大きいプロデルタ~デルタフロント堆積物(ユニット4),および,砂泥層および砂礫層から構成され,淡水生珪藻を多産する河川堆積物(ユニット5)に区分される。

     最も上流側に位置するコアのユニット4上部(標高-3.29~-3.24 m)で得られた木片からは,7440 – 7320 cal BPの較正年代が得られている。このことから,当時の海水準は標高-3.3 mよりも高いことが推定される。

     三陸海岸中部の津軽石平野では,沈降傾向に伴う完新世中期の塁重的なデルタ堆積物の発達が報告され,7420 – 7270 cal BPの較正年代を示す潮間帯堆積物が標高約-11.5 mに認められる(Niwa et al., 2017)。本研究対象地域における7400~7300 年前の相対的海水準は,津軽石平野における同時期の相対的海水準よりも8.2m以上高い。このことから, 完新世において,真野川低地は津軽石平野に対して,平均1m/千年程度以上相対的に隆起していると考えられる。

    文献:池田ほか(2012)地質学雑誌,118,294-312.小池・町田(2001) 東京大学出版会, 105p. 宮内ほか(2013) 東北地方太平洋沖で発生する地震・津波の調査観測 平成24年度成果報告書, 99-118.宮崎・石村(2018)地学雑誌, 127, 735-757.Niwa and Sugai (2020) Marine Geology, 424, 106165. Niwa and Sugai (2021) Geomorphology, 389, 107835. 丹羽ほか (2014) 第四紀研究,53,311-322.Niwa et al. (2017) Quaternary International, 456, 1-16. Suzuki (1989) Geographical Reports of Tokyo Metropolitan University, 24, 31-42.

  • 長野商工会議所管内における状況
    内山 琴絵
    セッションID: 107
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ 背景

     本研究では,令和元年東日本台風において,長野県内で特に被害の大きかった長野市の被災事業所を対象として,その災害対応と課題を明らかにする.各事業所でみられた事業継続のための様々な対応を通して,事業所の地域防災に果たす役割という観点からも課題を整理する.

     令和元年10月12日~13日にかけて来襲した令和元年東日本台風では,とりわけ千曲川流域の被害が大きく,長野市穂保地区での千曲川堤防の決壊,堤防からの越流や内水氾濫による浸水被害が相次いで発生した.住宅・道路・ライフライン等の被害が広域に発生するなか,商工業関係では長野市で総被害額が712億4,000万円(長野県全体で817億4,400万円)にのぼるなど,工場・事業所を含む地域一帯で深刻な被害が生じた(長野市,2021).

    Ⅱ 調査方法

     調査は,長野商工会議所管内の被災事業所に対して,アンケートによる質問紙調査およびインタビュー調査を実施しており,調査は継続している.アンケートは,令和元年東日本台風による水害で被災した長野商工会議所会員事業者のうち,グループ補助金等の支援を受けた150社に依頼し,そのうち47社から回答を得た(回答率31%).さらにこれまでに業種の異なる5社を選定しインタビュー調査も実施した.

    Ⅲ 結果と課題

     アンケート調査では,被災した事業所の立地,事前の対策,被災状況および被災時の対応,BCP策定状況,復旧時期,復旧・復興期の対応と課題について伺った.このうち回答のあった事業所の多くは,施設の一部ないし全てが浸水想定区域であったにもかかわらず,事前に何らかの水害対策を施していた事業所は41%,BCP(事業継続計画)策定済みは全体で20%にとどまっていた.未だ多くの事業所で策定が進んでいない状況で被災したことが分かる.

    1. 被害状況と事業再開

     被災直後の緊急対応として,事業所の被災状況に関する現場確認を行った事業者が全体の93.3%にのぼった.しかし,従業員の安全確認,取引先との連絡は各々48.9%,55.6%にとどまるなど,事業継続準備や従業員を守る対応が手薄であったといえる.

     廃棄を要する被害については,500万円未満が61.5%であったが,被害による廃棄額が1億円を超える事業所も複数あった.また復旧費用については1千万円未満が42.2%,1千万円以上5千万円未満が33.3%であり,1億円を超える事業所も10%以上存在している.そうした中で操業・生産活動の全面再開が令和元年中に行えた事業所は2割にとどまり,多くが翌年の令和2年中の全面再開であった.実際に,「復旧(片付け作業含む)するまでの時間と費用」,「生産活動の停止による顧客への製品供給の寸断」などの問題が被災直後に最も深刻であったという.

    2. 災害時における地域との連携

     「被災直後に地域のために行ったこと」については,17社のみの回答であり,その内訳は情報・サービス提供が47%,敷地開放・物資提供が11.8%であった.また「復旧期に地域のために行ったこと」の回答はわずか15社であり,情報・サービス提供が33.3%(5社),敷地開放が26.7%(4社),物資の提供が20%(3社)であった.さらに,令和2年以降,新たに講じてきた対策として,住民や学校との連携等について尋ねたところ,回答のうち81.8%が「なし」であった.

     実際に復旧期においてトイレ,駐車場,工場内一部の提供,土砂の撤去,避難所における住民説明会の実施,地域住民の避難等といった対応を取った事業所もあった一方で,地域や学校,自治体との連携や対応について,事前,緊急時,復旧期,復興期のいずれにおいても取り組む事業所が少なかったことは課題点である.背景には,どのような事前の連携や事後の対応が必要なのか,なぜ必要なのかといったことに対する事業者の理解が不足している可能性があるため,事業継続に関わり地域防災への貢献が必要なこと,その内容の普及が重要である.今後,地域防災や学校教育を通じた災害対策に加えて,地域の雇用や経済を担う企業の災害対策の実施と支援の充実が,より一層重要となる.

    謝辞

     アンケートの実施にあたり,ご協力いただいた長野商工会議所および会員事業者に感謝申し上げます.本研究は,北陸地域づくり協会「国土の利用・整備・保全に関する資料等収集整理事業」および公益財団法人 河川財団の河川基金助成事業によって実施した.

    文献

    長野市2021.『令和元年東日本台風 長野市災害記録誌』

  • 山内 啓之, 飯塚 浩太郎, 小倉 拓郎, 小口 高, 鶴岡 謙一, 早川 裕弌
    セッションID: 450
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    地理的事象の効果的な教育には,野外巡検やフィールドワークが有用である。しかし,移動のコストや安全性などの問題により,野外での教育が十分にできない場合もある。そこで,現地で撮影した映像や,二・三次元表示のGISを用いた擬似的な野外体験の手法が考案されてきた。これらの手法は比較的低コストで授業が実施できるというメリットをもつが,実際の野外での自由な散策や,地理的事象の詳細な観察は難しいという問題もある。

     他方で近年では,ゲームの分野を中心にHMD(Head Mounted Display)を用いたVR(Virtual Reality)の利用が進んでいる。筆者らは,これらのVR技術を地理教育に応用することを目的に,三次元地理空間情報で現実を再現したデジタル空間を構築し,その中で散策行動の疑似体験が可能なVRアプリケーションの開発とその体験会を実践した(山内ほか2022)。本VRアプリケーションは,野外教育の疑似体験に有効な可能性を示したが,個人で体験する仕様であるため,他者との交流によって得られる知見などを体験者が獲得できないといった課題もある。

     一方で最近では,VR空間内でも他者との交流が可能な「メタバース」(Metaverse)の概念と関連するVRの社会実装が進みつつある。メタバースでは,自身をアバターとして再現することにより,現実と同等あるいは現実の制約を超える交流や体験などを楽しむことができる。実際に,メタバース型のプラットフォームを活用した学術イベントも実践されており,地理教育の分野でもその活用が期待される。そこで本研究では,メタバース環境でフィールドワークが疑似体験できる教材を構築し,その体験会や地理学分野の授業(以下,本教育実践と記す)を実践した(図1)。

     フィールドワークの対象は,千葉県の屏風ヶ浦とした。VR空間に屏風ヶ浦の一部を再現するため,銚子市小浜町南部の海食崖で小型無人航空機を用いた写真測量を実施した。この場所では海側の消波堤の有無によって異なる地形変化を観察できるため,地形の学習に適していると考えられる。取得した3Dモデルからノイズの除去などをした後,実寸大の地形を観察できる空間をゲームエンジンのUnityで作成した。続いて,体験者が屏風ヶ浦の地形を学習できるように,地形の解説文をまとめたパネルや,現地で撮影した写真,動画,地層の3Dモデルといったオブジェクトなどを配置する空間を作成した。体験者が両空間をボタンで移動できるように設定し,メタバースのプラットフォームのVRChatにアップロードした。

     本教育実践は,VRを用いた学術交流イベント(バーチャル学会2021,2022,第25回VRC理系集会)で3回と,国際協力のための人材育成を目的とする大学の講座で1回の,計4回行った。本教材の評価のために各回の状況に応じて,体験の感想などを回答してもらうアンケート調査や,YAIBA(https://github.com/ScienceAssembly/YAIBA-VRC)を用いたVR空間での体験者の行動ログの分析を行った。アンケートでは,教材が多くの体験者に充実した学習を提供できたと推察できる結果が得られた。行動ログからは,海岸侵食の地形を観察する人が多かったが,消波堤内の堆積地形の崖錐を観察する人も一定数いたことがわかった。

     メタバースを活用したバーチャルなフィールドワークは,距離的制約を超えて複数人で地形景観をよく再現したVR空間に入ることができ,専門家とも直接交流できる点に有用性があると考えられる。一方で,各ユーザーのインターネット環境の状況によって,機器などの問題で体験中に突然ログアウトしてしまうユーザーが発生するといった問題もあった。本教育実践のようなバーチャルなフィールドワークについての知見は少数であるため,問題点を整理,共有して授業実践のためのノウハウを蓄積することが重要である。

  • カナダ・トロントのポルトガル系移民高齢者による実践
    高橋 昂輝
    セッションID: P071
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    ポルトガルは,主に大航海時代以降,世界に複数のディアスポラを形成してきた。北米では,マサチューセッツ州,カリフォルニア州などに比較的大規模なコミュニティが認められるが,都市単位の人口規模でみると,トロントのポルトガル系移民コミュニティが北米最大である。ポルトガルからカナダへの移住の最盛期は,1960年代〜1970年代であり,1980年代,その数は減少傾向に入り,2000年代以降,一層顕著となった。このエスニックコミュニティは,現在でも社会文化的に一定の凝集性を維持しているが,近年,移民一世の多くは高齢化し,老後(リタイアメント期)を迎えている。

     先行研究を整理すると,北半球の環大西洋地域(ヨーロッパと北アメリカ)において,高齢トランスナショナル移住者(transnational senior migrants)は,1)ヨーロッパ内富裕層(Intra-Europe Rich),2)ヨーロッパ内移民(Intra-Europe Immigrant),3)北米スノーバード(North American Snowbird),4)環大西洋移民(Trans-Atlantic Immigrant)の4類型に区分できる。カナダ・トロントのポルトガル系移民高齢者は,4)の環大西洋移民に該当する。

     本報告は,移住の受入国(カナダ)と送出国(ポルトガル)の両国において,トランスナショナルな老後生活(transnational later life)を営むポルトガル系移民高齢者を対象とする。主に,家庭状況,多重国籍,社会保障制度といった「家族」と「法」の側面に注目し,トランスナショナルな老後生活を促進・制約する要因を明らかにする。その上で,環大西洋移住のコンテクストに照らし,彼ら・彼女らによるトランスナショナルな実践を議論する。研究目的を達成するため,2016年カナダ国勢調査(25%サンプルデータ)の利用・分析に加え,トロントのポルトガル系移民高齢者に対し,半構造化インタヴューを実施した。

     発表者が考案した「トランスナショナル移住のライフサイクルモデル」を導入し,ライフコースに注目した分析をおこなう。このモデルは,トランスナショナル移住に関する,主な4つの一般決定因子(「労働(仕事)」,「健康」,「子ども」,「親」),および移住のより基礎的な条件を形づくる相互に横断的な2つの基盤決定因子(「経済」,「法」)から成る。ライフパスの細かな時空間的変遷,およびその具体的内容は,個々人に固有の環境・価値観・経験などに依存するが,リタイアメント期において,概して人々は,それ以前のライフステージに比べ,労働・子育て・親の介護など,種々の義務から解放される傾向にある。この点において,リタイアメント期は,トランスナショナル移住の実現可能性が高まるライフステージと考えられる。

     トロントのポルトガル系移民高齢者(環大西洋移民)は,トランスナショナル移住の季節選好,動機,法的制約を含む,複数の側面において,他の3つの高齢トランスナショナル移住者集団とは異なる特性を示した。彼ら・彼女らの季節選好は,ヨーロッパ内富裕層と北米スノーバードの2つの高齢者集団とは異なり,環境決定論的な説明では理解が難しい。カナダに比してポルトガルが温暖であることは,多くの場合,彼らにとっての移動の主たる動機にはならない。トロントのポルトガル系移民は,クリスマスなどの最重要な日を家族と共に過ごすことに重きを置き,夫・妻や息子・娘が暮らすカナダで冬を過ごす事例が多数派を占めた。また,EUを中心とするヨーロッパ域内で移動する2つの高齢者集団に比べ,カナダ国籍のポルトガル系移民にとって,滞在期間など,法的な制約は大きい。しかし,1980年前後にポルトガルとカナダの両国で国籍法が改正され,多重国籍が認められたことにより,二重国籍者となった移民にとって,トランスナショナル移住の制約は減じた。さらに社会保障に関しては,1960年代〜1970年代を中心に,若年時にカナダへ移住し,そこで長期間就労したポルトガル系移民の多くは,カナダ政府から年金を受給する資格を有している。しかし,カナダ政府が給付する年金を満額で受け取るためには,法制度上,年間6ヶ月以上の間,カナダに滞在しなければならない。この点は,トランスナショナル移住の制約とも理解できるが,翻せば,移民高齢者は,カナダに6ヶ月間滞在しさえすれば,老後の生活を充実させるための経済的資源を最大化できる。

     カナダ・トロントのポルトガル系移民高齢者のトランスナショナルな老後生活は,年金受給額を最大化させ,且つ送出国と受入国の両国において生活の質を最高化させることを企図した,ライフサイクルの最終局面における,彼ら・彼女らによる戦略的実践である。

  • 池 俊介
    セッションID: S102
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    現行の学習指導要領では地誌学習に動態地誌的な手法が導入され、地誌的知識の獲得とともに地域的特色を把握する方法の習得が重視されている。知識だけでなく資質・能力が重視されている点は評価できるが、地誌学習の具体的な内容については課題も多い。地域的特色を把握するためには、事実認識のレベルを超えて事象どうしの結び付きを見出す関係認識、さらには全体としての地域的特色を的確にとらえる全体認識を育成する必要がある。地誌学習で取り上げられる日本・世界の諸地域の中には、事象どうしの結び付きを見出しやすく地域的特色の把握が比較的容易な地域があるが、その一方で地域的特色の把握が難しい地域も実際には存在する。そのため、地域区分や学習地域の配列について地域的特色を把握する上での難易度の視点から再検討する必要がある。また、学習する知識の質についても、事実的知識だけでなく概念的知識や手続的知識などの習得に結びつく内容であるかどうかを丁寧に検討してゆく必要がある。今後は、こうした地誌学習の基本的な課題について議論を進めることが重要となろう。

  • 井上 公夫
    セッションID: S303
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    伊豆諸島は火山島であるため起伏に富み、台風や前線による豪雨によって、斜面崩壊や土石流により土砂災害が発生する。。また、地震や火山噴火でも土砂災害が発生する。このような現象は地形変化の一コマで、各島では独自の地形・風景がつくられてきた。このような地形変化と土砂災害の歴史を理解することは、将来の土砂災害を軽減する上で必要不可欠である。伊豆大島で発生した土砂災害とその地形的背景、またそれをとりまく島の歴史について触れる。

  • 写真家田沼武能の旅行記作品の分析
    成瀬 厚
    セッションID: 644
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    旅行記はプトレマイオスの時代から地理学にとって欠かせないものである。日本の地理学でも金坂清則のイザベラ・バード研究をはじめとして,旅行記を扱った研究は少なくない。文学研究・批評分野でも旅行記は関心を集め,トラベル・ライティング研究が進展している(舛谷 2019)。この動向はポストコロニアル批評に多くを負っているが,そこに寄らない現代旅行記を対象とする研究もおこなわれている。 本報告では,報告者が継続的に研究してきた写真家,田沼武能による写真付きエッセイ集を旅行記として解釈することを目的とする。田沼は日本の海外渡航が自由化された1964年に開催された東京オリンピックでの仕事をきっかけに,1966年に米国タイム・ライフ社の契約カメラマンとなり,世界中で取材・撮影を行うようになった。 本報告で分析対象とした作品を表1に示したが,田沼は1980年代から1990年代にかけて大手出版社のシリーズを利用して,写真付きエッセイ集を出版している。本報告では,記載される訪問国・地域,訪問年と出版年,掲載写真などについて,日本における海外渡航の時代的な状況からそれらを分析した。 船と鉄道による1957年のモスクワ訪問から始まる田沼の旅は,当時の日本人にとって珍しい海外旅行として語られた。日本での海外渡航自由化以降もタイム・ライフ社に依頼された取材旅行は一般の観光旅行とは異なるものだった。1972年にタイム・ライフ社との契約は解消され,田沼の眼は徐々に彼のライフワークである子どもたち(成瀬 1997)に向けられるようになる。日常生活の姿から祭りや教育現場など,世界中で力強く生きる子どもの姿を蒐集するように,旅は続き,撮影・記録され,エッセイ集として,読者が世界旅行を追体験するように編集された。最新の中学校地理教科書では,世界を六つの州に区分し,アジア-ヨーロッパ-アフリカ-北アメリカ-南アメリカ-オセアニアという順序で構成されている。しかし,過去の教科書や本報告で対象とするエッセイ集の順序は異なっている。一筆書きで世界地図を辿るという基本は共通するが,その差異についても考察した。

  • 杉山 武志
    セッションID: 351
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    本報告では, 兵庫県の多自然居住地域をめぐる地域再生政策の転換とコミュニティ経済への影響を研究するに至った背景や経緯を簡潔に紹介するとともに, 筆者が進めている事例調査結果の一部を速報的に報告してある.

  • シンポジウムの趣旨
    鈴木 康弘, 宇根 寛, 田中 靖
    セッションID: S201
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1. 本シンポジウムの問題意識

     1923年関東大震災から百年経ち、次の首都直下地震に備える地震防災の必要性が指摘されている。一極集中が過度に進んだ首都で地震災害が起きれば、その影響は日本全国に及び、「国難」につながりかねないとも指摘されている。東京および日本の将来を考える上でも、関東大震災の教訓は重要であることは疑いようがない。

     しかしながら、関東大震災についての関心は必ずしも高くないように思われる。10万人を超える犠牲者を出した我が国最悪の震災であったことは知っていても、その具体的な災害像や原因、教訓はどれほど認識されているだろうか。火災による死者が多かったが、現代の都市は不燃化が進み、同じような危険はないと漠然と思っているのではないか。また、次の首都直下地震は関東地震より小さなM7クラスと予測されるため、それほど大きな被害は起きないと高をくくっている人もいるかもれない。しかし一方で、大正時代とは比べものにならないほど、日常生活や経済活動をめぐる社会システムが複雑化し、それらが相互に依存しているため、どのような災害連鎖が起きるか予想しづらい状況も生じている。建物が過密になり、街中に地震時に危険性を帯びるものが多くなった。超高層ビルが停電すれば、ビルから出ることすらままならなくなる。オフィスからあふれた帰宅困難者の密集は2022年10月の韓国の群衆事故を思い起こさせ、緊急自動車の通行もままならず、さらには、SNSを通じてデマや不正確な情報が爆発的に拡散するかもしれない。100年前とはまったく異なるこれらの状況をどれだけの都民が想像しているのだろうか。どうしようもないという漠然とした恐怖から、思考停止に陥っているかもしれない。とくに若者はこの状況をどう思っているのだろうか。

     自然災害が改めて日本の大きな課題として注目され、2022年から高等学校で「地理総合」が必履修化される中で、防災が指導内容の柱の一つになった。しかしその教科書を見ると関東大震災は歴史的事実として年表には記載されているものの、詳しい被害の実態や教訓は整理されていない。百年前の出来事のため現代の問題とは直結しない、と考えるからだろうか。しかし、「地理総合」は「持続可能な社会づくりのため」の科目なのだから、近い将来に首都直下地震が起きるかもしれないとされる日本にとって、1995年阪神淡路大震災、2011年東日本大震災、2016年熊本地震と並んで、最重要テーマのひとつであろう。本シンポジウムにおいては「地理総合」を始めとする地理教育における災害の扱いについて検討したい。  他方、関東大震災は、その直後から多くの調査や研究が進められ、明治時代の濃尾地震とともに、地震、都市計画、防災、地殻変動等の研究の出発点となり、地理学者ならびに地理関係機関もその一翼を担った。さらに、被害軽減に向けた都市計画、まちづくり、日本の国土構造のあり方についても実践的な研究が進められてきた。本シンポジウムでは、これまでの関東地震ならびに首都直下地震関連の地理学的研究をレビューし、地震研究・地震防災研究における地理学的研究の位置づけを再検討したい。また、とくに首都直下地震の防災を考える上で重要となる課題を整理したい。

     関東大震災の教訓は、地形・地盤条件による震度の違い、防火体制や耐震建築の重要性、正確な情報伝達の重要性などに加え、都市計画や首都移転の可能性など多岐にわたる。本シンポジウムは、関東大震災研究の第一人者である武村雅之氏の基調講演からその全貌を学んだ上で、震災調査における地理学者の貢献、1970年代以降の地域危険度評価によるまちづくりの進展、さらに首都直下地震の想定、活断層認定の問題点、首都機能移転の議論の経緯、地理空間情報の役割などの話題を扱う。それらにより改めて今日的課題として整理し、「地理総合」をはじめとする地理教育への反映方法を探り、持続可能な社会づくりの観点から、若者が主体的に考えられるようにするにはどうすべきかを議論したい。

    2. 議論のポイント

     以上の問題意識から、本シンポジウムは以下の点を議論したい。

    (1) 関東大震災の教訓を基調講演から俯瞰的に学ぶ。

    (2) 震災の教訓を現代の問題として捉え直す。

    (3) 地理学はこの百年間に首都圏の地震調査や防災推進にどう貢献したかを知る。

    (4) 地理的見地から地震防災の課題と地理学の役割を整理する。

    (5) 「持続可能な社会づくりのための地理教育」、とくに「主体的学び」に関東大震災の教訓をどう活かすか、そのヒントを探る。

  • 高橋 直也, 荒井 悠希
    セッションID: P042
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1. 研究背景・目的

    岩盤強度は,岩盤河川の河床勾配に影響する主な要素の一つである.隆起速度のような,河床勾配に影響する条件が同じである場合,岩盤強度が大きいほど河床勾配が急になる傾向がある.一方で,明らかに岩盤強度に差がある場合でも,河床勾配に変化が見られないことが多々ある.Sklar and Dietrich (2004)は,数値モデルを用いて,河床材料による侵食の促進・抑制効果が卓越する場合は,岩盤強度の差が河床勾配にあまり反映されなくなることを示した.これは,岩盤強度の差による河床勾配の変化が,河床材料の効果によって打ち消されることを示唆している.そのため本研究では,河床材料の多寡によって,岩盤強度と河床勾配の関係がどの程度変化するのか,を明らかにすることを目的した.

    2. 対象地域・手法

    津軽山地の袴腰岳周辺に分布する河川を対象に,現地調査と,10mメッシュの数値標高モデル(DEM)を用いた地形解析を行なった.対象とした河川では,上流側に新第三系の玄武岩類が,下流側に新第三系の砂岩や泥岩が露出している.玄武岩類が分布する範囲の河床勾配は,堆積岩分布域の勾配よりも1–3倍大きく,岩盤強度の差が河床勾配に強く現れている場所とそうでない場所が存在する.現地調査では,流路幅・深さ,河床材料の粒径,河床における岩盤の露出率を計測し,その結果を用いて,河床材料を始動,運搬するために必要な河床勾配を計算した.また,岩盤の露出割合から推定した堆積物供給量と運搬量の比(Chatanantabet and Parker, 2008)と,運搬ステージ(シールズ数と限界シールズ数の比)を用いて,河床材料による侵食の促進・抑制効果を検討した.河床勾配は集水面積に強く依存するため,集水面積の影響を補正した指標(ksn: normalized steepness index)を用いた.

    3. 結果・考察

    津軽山地の西側に位置し,特徴の異なる3つの河川(田ノ沢,大倉沢,敷場沢)を対象に現地調査を行った.田ノ沢の調査区間には玄武岩類のみが分布し,本流と支流ではksnが2倍程度異なる(すなわち,集水面積が同じ地点の勾配が2倍異なる).大倉沢では岩種ごとにksnが大きく異なっているのに対し,敷場沢ではksnが岩種に依存していない.田ノ沢では,急勾配の区間の中央粒径D50が,勾配が緩い区間のD50の1.5倍であった.河床材料の始動,運搬に要する勾配を比較したところ,田ノ沢の本流と支流のksnの変化は,粒径の差で概ね説明できることがわかった.同様に,大倉沢で見られた岩種ごとのksnの差は,概ね粒径の差で説明可能であった.これは,大倉沢においては,河床に露出した岩盤の強度差による勾配変化が,粒径の差による勾配変化よりも小さいことを意味する.ただし,河床に存在する礫のほとんどが玄武岩類であり,玄武岩類の最大礫径が堆積岩の最大礫径よりも大きいことから,岩盤強度が,礫の耐破砕・摩耗性や,礫が斜面から河川に流入する際の礫径に影響している可能性がある.玄武岩類,堆積岩ともに同程度のksnであった敷場沢では,玄武岩類区間と堆積岩区間のD50がほぼ同じであったが,河床材料の始動,運搬に要する勾配は,堆積岩区間でより小さくなった.玄武岩類が分布する区間と堆積岩が分布する区間を比べると,運搬ステージは概ね同じであるが,堆積岩区間の方が岩盤の露出割合が高い傾向にあった.このことから,岩盤強度の差による勾配変化が,河床材料の影響によって相殺されている可能性があるが,地形解析結果や,更なる現地調査によってより詳細に検討する必要がある.

    謝辞.

    本研究は,公益財団法人国土地理協会 2022 年度学術研究助成を受けたものである.

    文献.

    Chatanantavet, P. and Parker, G. 2008. Experimental study of bedrock channel alluviation under varied sediment supply and hydraulic conditions. Water Resources Research 44: W12446.Sklar, L. and Dietrich, W. 2004. A mechanistic model for river incision into bedrock by saltating bed load. Water Resources Research 40: W06301.

  • -香川県仏生山温泉を事例として-
    池田 千恵子
    セッションID: 546
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では,「まちやど」による地域の持続可能性について検討を行う.「まちやど」とは,まちを一つの宿と見立て,ゲスト(宿泊客)とまちの日常をつなげていく宿泊施設である.「まちやど」のスタッフは,宿泊施設内の案内をするだけでなく,まちのコンシェルジェとしての役割を担い,地元の人たちが日常的に楽しんでいる飲食店や銭湯などの案内を行う.そして,まちぐるみで宿泊客をもてなすことで地域価値を向上し,まちの中にすでにある資源やまちの事業者をつなぎ合わせ,そこにある日常を最大のコンテンツとする.利用者には世界に二つとない地域固有の宿泊体験を提供し,まちの住人や事業者には新たな活躍の場や事業機会を提供する.この「まちやど」を提唱しているのが,一般財団法人日本まちやど協会で,同協会に加盟している宿泊施設は,日本全国に25施設ある. 「まちやど」の概念は,イタリアにおけるアルベルゴ・ディフーゾと類似点が多い。アルベルゴ・ディフーゾは,ジャンカルロ・ダッラーラ氏が1980 年代に提唱した概念で,使用されていない歴史的な建造物を再利用し,レセプションを中心に客室が点在する 「分散型ホテル」とも言われている (Liçaj 2014).空家をレセプションや客室・レストランなどに改修し,宿泊施設の要素を地域全体に分散させることで,地域全体を宿泊施設とする考え方で(渡辺ほか 2015),旅行者は地域で暮らすような感覚で滞在できる.アルベルゴ・ディフーゾの最終目標は、地域に人を呼び戻すことで、アルベルゴ・ディフーゾとして登録されている地域では、地域の経済を支える人々が増えている 本研究においては,日本まちやど協会に加盟している香川県高松市の仏生山まちぐるみ旅館を対象に,「まちやど」が形成されるプロセス,「まちやど」が地域に及ぼす効果を検証し,地域の持続可能性について検討を行う. 仏生山まちぐるみ旅館は,2012年に開業した宿泊施設で,旅館の当主は,代々,仏生山で宴会施設や飲食業を営んでいた家の4代目である.東京の建築事務所に勤めた後,家業を継承しながら建築事務所を地元で開業するために仏生山へUターンした.そのタイミングで当主の父が仏生山で温泉を掘りあてたので,4代目は2005年に仏生山温泉を開業し,その後,まち全体を旅館に見立てる仏生山まちぐるみ旅館を2012年に開業した. 仏生山まちぐるみ旅館の開業後に新たに出来た店舗は21に及び,新規事業者は,Uターンして起業した人,仏生山まちぐるみ旅館の理念に共感して移住してきた人など,さまざまである.これらの新規事業者は,飲食店以外にも,雑貨店,古本店,図書館など,地域に文化やコト(体験や経験)を提供している. 仏生山まちぐるみ旅館がもたらした地域の変化,4代目の関わり,新規事業者の思考などを検討し,「まちやど」による持続可能な地域のあり方について報告を行う.

  • ―レジリエントな持続発展型国土構造構築のために―
    戸所 隆
    セッションID: S206
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.国土や地域社会の弱点を突く災害 自然の営為は、時に自然の論理を無視した開発への反発として、人間社会の弱点を容赦なく突いてくる。首都直下巨大地震は、東京一極集中という国土構造上の弱点を突き、日本の政治・経済社会・文化の中枢拠点・司令塔を喪失させ、東京のみならず日本・世界全体に深刻な直接・間接被害を惹起する。その結果、社会的格差の拡大、地域力・国力低下が惹起し、国家存亡の危機を招きかねない。 2.巨大災害後に繰り返される首都機能移転論議 関東大震災をはじめ巨大災害後には国土の弱点を改善すべく遷都・首都機能移転が繰り返し論議されてきた。しかし、未曾有の混乱時での遷都は難しく実現していない。 第二次大戦後には1960年代に磯村英一、伊藤郷平などが新首都論を提案し、建設省が東京への集中抑制を図るため『新首都建設の構想』(河野一郎構想)をまとめ、公表した。これは結果として筑波研究学園都市となっている。 その後も数多くの遷都論が出され、数次にわたる全国総合開発計画で論じられ、1992年に「国会等の移転に関する法律」の制定をみた。阪神淡路大震災(1995年)後には各界で移転論議が盛り上がり、国会等移転審議会は移転先候補地を答申(1999年)した。しかし、経済不況や財政問題などを理由に頓挫し、東日本大震災(2011年)後に盛り上がった首都機能バックアップ論議も今では沈静化している。 3.首都機能移転の意義 東京から新都市への首都機能移転の意義を国会等移転調査会・審議会は、①国政全般の改革、②東京一極集中の是正、③災害への対応能力強化とする。すなわち、経済・政治行政中枢機能の同時被災を避け、時代の大転換期に対応したレジリエントな「国のかたち」・国土構造づくりにある。 農業社会の日本は産業革命期に首都を京都から東京へ移転し、世界に冠たる中央集権型階層ネットワークの工業社会を構築した。しかし、今日の知識情報社会は分権型水平ネットワークを基本構造とする。東京一極集中の日本は首都直下地震に怯えつつ、十分に知識情報社会への構造転換もできず、過去30年間に国力を衰退させてきた。 4.分権型水平ネットワークの「国のかたち」 首都機能移転は国土構造を中央集権型階層ネットワークから分権型水平ネットワークへ転換する契機となる。地方の不採算既存インフラは活性化し、高額費用を要する東京のインフラ整備を押さえられる。基本インフラの多拠点化により全国的に都市の競争力や価値が高まり、資源エネルギー等の効率的活用、災害対応力も高まる。 分権型水平ネットワークの国土形成には、①メガスケールからヒューマンスケールへの開発の転換、②強者の論理・資本の論理中心から弱者の論理・地域の論理中心への転換、③多様な価値観に基づく自力再生型地域社会の構築や財政負担の少ない自然と人間の共生による開発哲学が求められる。また、多彩な文化・技術・産業、独特な地域性をもつ地域の災害復旧・復興の主体は地域の人々でなければならない。かかる人材養成には地理教育の果たす役割が大きい。   5.持続発展型国土づくりへの「地理総合」の役割 大災害後に沸騰する首都機能移転論議も直ぐ冷める要因として国民の、①「国のかたち」つくりと災害に関する広範な議論欠如、②脆弱な俯瞰的・中長期的時空間認識、③自分ごとと考えず、移転経費も過大認識、④地域エゴによる冷静・論理的移転先選定の難しさなどがある。災害に強い国のかたち創りには国民が地理的知識を修得し、共有する「国のあるべき姿」の実現に努力することが求められる。 現在の地方創生・地方移住(人口分散)・本社地方分散政策などで東京一極集中の是正や国のかたちを変えることは不可能である。膨大な国家財政を費やしてきたが、基本的国土構造の転換はない。首都機能移転こそ効果的で、それには地理教育で培われる時空間的・中長期的、世界的視野で考える力が必要となる。これまで戦略的思考、俯瞰的・長期的視点に欠けた国民の近視眼的判断により首都機能移転は実現できず、日本は国際的・相対的に弱体化してきている。 日本国を救うのも首都機能移転の利害得失を受けるのも日本国民である。経済大国日本が災害に対してレジリエンスをもつことで、世界の経済社会も安寧を保てる。首都機能移転論議は有事でなく平時に行う必要があり、その実現には国民の国土・空間認識向上が不可欠で、地理教育とりわけ『地理総合』の役割が重要となる。かかる教育を受容した児童・生徒が成人となり、持続発展型国土づくりに尽力し、あるべき国のかたちに再構築することを期待している。

  • 福井 幸太郎, 飯田 肇
    セッションID: S502
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

    飛騨山脈北部では,2012年に小窓・三ノ窓・御前沢雪渓が(福井・飯田 2012),2018年に池ノ谷・内蔵助・カクネ里雪渓が(福井ほか 2018; Fukui et al. 2021),2019年に唐松沢雪渓が(有江ほか 2019)氷河であると判明した.本発表では,氷河の定義,氷河分布地としての飛騨山脈北部の気候条件,流動,質量収支について検討する.

    2. 氷河の定義

    雪や氷の用語について日本の氷河学者や雪氷学者が古くから準拠しているものの一つがイギリスのスコット極地研究所が出版した雪氷用語集”Illustrated Glossary of Snow and Ice” (Armstrong et al. 1966)である.この用語集は『雪氷』29巻5号で紹介され(楠 1967),「氷河」の定義に関する部分は「たえず高所から低所へ動いている雪と氷の集塊」と訳されている.

    この訳文をもとに『新版 雪氷辞典』では氷河を「陸上で重力によって常に流動している多年性の氷雪の集合体」(上田 2014)と定義した.この上田(2014)の定義が現在,日本の氷河学者や雪氷学者の間で広く受け入れられている氷河の定義であろう.これに対して,吉田(2020)は氷河を「停滞または流動している氷体で0.01km2以上の広さを持つ」と定義し,流動は必ずしも必要でないと主張している.

    なお,世界的には面積が0.5km2以下の氷河をVery Small Glacier(VSG)と分類する論文が多数出版されている(例えばHuss and Fischer 2016).日本の氷河はいずれも面積が0.5km2以下なのでVSGに分類される.

    3. 気候条件

    飛騨山脈北部の夏の気温は立山山頂(標高3,000 m)で約8℃で,世界の氷河分布地の気温と比較した場合は,高めといえる.積雪深は,立山室堂平で約7 m,積雪水量換算で約3,000 mmで,世界の氷河分布地と比較しても有数の積雪量といえる.

    世界の氷河地帯に目を向けると,アメリカ合衆国西海岸にあるカスケード山脈やノルウェー西岸では,立山山頂と同じような夏の気温,積雪量の場所にも,氷河が形成されている(Ohmura et al. 1992).このため,現在の飛騨山脈北部の稜線付近は,大雑把にみれば氷河が辛うじて形成されうる気候条件下にあるといえる.

    しかし,飛騨山脈北部で,氷河が分布しているのは,稜線付近では無く,カールやU字谷の谷底である.そこは,稜線よりも数百~千メートルも標高が低く,消耗量が増加するため,氷河が維持されるには,7 m程度の積雪だけでは,涵養量が足りなくなる.

    飛騨山脈北部の各氷河上では,最大25 mに達する厚い積雪が氷河の全面を覆う(福井・飯田 2012).積雪の密度を450 kg/m3と仮定すると,積雪水量は約11 mに達する.飛騨山脈の氷河は,雪崩や吹きだまりといった地形的な効果による膨大な量の雪の集積で,涵養量の不足分を補い,現在でも維持されていると推測される.

    4. 流動

    融雪末期の約1ヶ月間の流動量から推測された流動速度は小窓・三ノ窓氷河で約3.7m/年,カクネ里・池ノ谷・唐松沢氷河で2~3 m/年,御前沢氷河で約60 cm/年であった.唐松沢氷河では,2018年10月~2019年10月の1年間の流動量観測にも成功しており,流動速度は2~2.3 m/年であることが確認された(Arie et al., 2022).内蔵助氷河では5年間で14 cmの流動量が観測され,流動速度は3 cm/年程度と推測された.

    2013年9月に三ノ窓氷河では,約20 mのアイスコアが採取された.コア解析の結果,深度12 m以下では気泡の伸張がみられ塑性変形による流動が確認された.

    5. 質量収支

    ステーク法による御前沢雪渓の2011/2012年の質量収支では,mass balance gradientが正にならず,本来ならば質量収支の値が大きく負になるはずの氷河末端付近で,質量収支がほぼ0になった(福井ほか2018).このことから,御前沢雪渓の涵養には,雪崩による側面からの雪の供給が大きく寄与していることが示唆された.

    Arie et al. (2022)では,セスナ空撮画像とSfM-MVS技術を用いた測地学的な方法で飛騨山脈の5つの氷河の2015/16/, 16/17, 17/18, 18/19年の4年間分の年間質量収支,冬期収支,夏期収支を求めた.その結果,夏期収支と冬期収支はともに約10 m w.e.で,年間質量収支幅は約10 m w.e.に達し,世界のほかの氷河と比較して極端に大きいことが分かった.また,ステーク法の結果と同様,mass balance gradientは正にならず,涵養域と消耗域の区分が出来ないため平衡線を見いだせないと主張した.

  • 田中 健斗
    セッションID: 508
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    鉄道端末交通は,駅まで行くまたは駅から目的地へ行くときに利用される交通のことである. 以前から地方における公共交通の衰退は言及されてきたが,COVID-19による移動需要の減少により,大都市圏の公共交通の衰退も注目されるようになった.しかし,東京圏の駅は駅周辺に生活施設等の立地が集中するなど,駅を中心とした街づくりとなっている地域が多い.また,東京都のマスタープランでは駅を中心とした街づくりを推進し,鉄道端末交通の利便性を強化することを目標としている.駅周辺へのアクセスはますます重要となってくることが考えられ,端末交通の現状の理解が必要である.

    本研究では東京都多摩地域(市部)を対象に,鉄道端末交通として主要な自転車とバスの現状を明らかにする.加えて,地理的加重ポアソン回帰モデルや機械学習を用いて,端末交通手段の選択要因を分析する.特に地理的加重ポアソン回帰モデルを用いることで選択要因別の地域差を明らかにする試みは既往研究では少なく,新たな手法の検証としても意義があると思われる. 本研究は東京都多摩地域に立地する136駅を対象としている.鉄道端末交通利用者数データは2020年国勢調査を用いている.これまでの端末交通研究はアンケート調査を使った研究が多く,対象地域の範囲が限定されることが多かった.本研究では,広範な地域を一元的に分析するという観点からオープンデータを用いている.

    鉄道端末交通の利用傾向は,武蔵野台地地域と多摩丘陵地域で大きく異なることがわかった.また,JR武蔵野線沿線を中心とした地域では,鉄道駅へのアクセスが盛んで,バスも鉄 道端末交通としての役割が大きいが,平たんな土地が多いため自転車や徒歩で使う人も多い.一方で多摩丘陵地域は,目的地へバスで直接アクセスする人も多く,必ずしもバスが鉄道端末交通として機能するわけではなく,武蔵野台地地域よりも職住近接が進んでいる地域だと考えられる. 鉄道端末交通の選択要因分析に関して,自転車の選択要因は,小川ら(2012)でも挙げられていた勾配や鉄道駅周辺の駐輪場整備が重要な要因であることを示すことができた.特に本研究では,対象地域内で要因ごとに地域差があることを示すことができた.東久留米市が公表している資料では,将来的に自転車駐輪場の需要に変化はないとしているが,本研究では東久留米市を含めた東京都北部などは駐輪場の増加が端末自転車利用の増加に繋がるという結果が出た.バスの選択要因は,バス本数やバス停数といったバス会社側の供給状況が影響を与えていることがわかった.加えて,駅間距離や主要駅までの所要時間といった鉄道駅の立地に左右される要因も働いていた.駅から800m以遠に居住する人口が多い地域でバス利用が多いことから,このような地域ではバスの活用,推進を進めていくことが重要であろう. 本研究は地理的加重ポアソン回帰モデルを用いて分析してきたが,用いた多くの変数で地域差が確認された.これまで通常の重回帰モデルなどでは見えてこなかった地域差を本研究では明らかにすることができた.今後,選択要因の分析において地理的加重回帰モデルなどのGWRモデルも分析手段の一つとなることが期待される.

  • 仁科 淳司, 三上 岳彦
    セッションID: 113
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    東京の8月の海面気圧の日変化を検討し、1950年代以降、東京の日中の地上気圧低下が大きくなる総観場のもとで、都市化の進展などにより日中の地上気圧の日変化が大きくなっていると考えられると結論づけた。

  • 長野市浅川地区の事例から
    畑中 健一郎
    セッションID: P005
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     地域の生物多様性を保全するうえで,市民による活動は重要な役割を担っている。長野県内でも多くの市民団体が希少種の保護や里山環境の保全など,生物多様性保全に関するさまざまな活動を実施している。近年,2030年ネイチャーポジティブの実現に向け,生物多様性への社会の関心が急速に高まりつつあり,各地の保全活動に対する期待も今後ますます高まることが想定される。県や市町村など行政としても,市民活動との連携を強化し,活動推進に向けた施策を展開する必要がある。しかし,動植物の愛好家を主体とする保全団体は高齢化や資金不足に悩む団体も多く,新たな活動の展開や後継者の育成が進まない場合も多い。そうした中,自治会による取り組みで成果を上げている事例も見受けられる。本報では,長野市浅川地区における希少チョウ類ゴマシジミ保全の事例を紹介しながら,住民自治組織を主体とした保全活動の可能性について検討する。

    2.長野県の保全団体の現状

     まず,長野県内の保全団体の現状と課題を把握するために2020年に実施したアンケートの結果(有効回答43)を示す。保全団体の組織形態は任意団体が75%,NPO法人は9%であった。事務局スタッフは無給が42%,有給は9%であったが,有給は法人格をもつ団体のみであった。年間の財政規模は10万円未満が33%,10~20万円未満が19%で,半数が20万円未満であった。会員の主な年齢層は,60歳代を中心に50歳代から70歳代が多くを占めた。保全団体が活動する上での課題(複数回答)は,会員の高齢化が74%でもっとも多く,次いで後継者不足が60%,活動人数が51%で,いずれも人材不足に関わることであった。このように長野県内の保全団体は法人格を持たない小規模な団体が多く,人材や資金面で課題を抱えている状況が推察されたが,一方で新たな人材の獲得に消極的な団体も多く,担い手不足による活動の縮小が危惧される。

    3.浅川地区の概要

     浅川地区は長野市の北部に位置し,面積は約25km2,人口は6,461人(令和4年10月1日)である。地区の東部は長野市中心部から続く住宅地が広がるが,北西端には標高1917mの飯縄山があり,山麓の高原地帯から平地の住宅地の間に小集落が点在している。これら地区内の各区を束ねる組織として平成19年に浅川地区住民自治協議会が設立された。住民自治協議会(住自協)は,地域の特性を生かした活動を総合的に行う住民主体の自治組織として長野市が制度化した都市内分権の仕組みである。

    4.浅川地区における保全活動の概要

     この浅川地区内の山間部に位置し,長野市開発公社が管理する長野市霊園にゴマシジミが生息している。ゴマシジミはかつて県内各地に生息していたが,採草地など草原的環境の減少に伴って生息地が減少し,現在確認されている生息地は数ヶ所のみとなっている。長野市霊園においても一時は絶滅寸前にまで減少したが,2016年に種の保存法及び長野県条例の指定種となったことをきかっけに保護の機運が高まり,保全活動が開始された。活動内容は,シーズン中の早朝パトロール,看板設置,小学校での食草の栽培と現地への移植,小学生への学習会,中学校美術部による紙芝居作成などである。保全活動は住自協のまちづくり計画に位置付けられ,住自協事務局の地域活性化推進員が統括し,土地管理者の長野市開発公社や専門家とも連携しながら子供達を巻き込んだ活発な活動を展開している。これらの活動によりゴマシジミの生息数は増加傾向にある。

    5.自治会による保全活動への期待

     浅川住自協の例から,住民自治組織が保全活動に取り組む利点として以下の点が挙げられる。①組織的に安定した活動の展開,②定年退職後で時間的に余裕のある元気な住民の協力,②地域の宝として保全するとともに地域の活性化にも活用,④広報誌を通じて繰り返し住民へ周知することで乱獲者の侵入を防止,⑤コミュニティスクールの制度を活用した学校との連携,⑥行政への働きかけが容易,などが考えられる。一方で,早朝のパトロールに3地区の区長が強制的に充てられるなどしており,主体性をどう育むかが大きな課題である。今後,従来からの保全団体に加え,住民自治組織による保全活動が広がることで,地域の生物多様性保全と活性化がより一層進むことを期待したい。

  • 青島 光太郎
    セッションID: P013
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに 高等学校で本年度より開始した必修科目「地理総合」は社会的事象の地理的な見方・考え方を働かせ,課題を追究したり解決したりする活動を通して,グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力の育成を目指す.しかし,教育現場からの声として地理的事象の記述・説明や表面的な背景の考察までは行えても,その先の議論にまで授業が到達できていないという指摘がある(泉 2014など).「シングル・ストーリー」的展開では,生徒の誤った解釈やステレオタイプを増幅させるリスクが高い.したがって対話的,主体的で深い学びを促す学習を展開することが求められている.

     筆者は「現代世界の諸課題」のうち都市問題を単元に,①須原(1998)や服部(1993)が検討した,モデル学習による地理認識枠組みを育成する授業構成を意識しつつ,②都市問題が生じる要因の理解に加えて具体的な解決案を立て,その案を実行した場合に生じうる限界に至るまで議論した.本稿では,筑波大学教職課程の教育実習における授業での生徒の反応を報告し,サブカルチャーの地理教育価値や授業原理としてのモデル的アプローチを提案する.  

    結果と考察  一般的に学力水準が高い生徒であっても都市問題や貧困について必ずしも正しく理解できているとは限らない.事例説明から踏み込んだ授業展開は,先入観や固定観念を覆し生徒の学習理解や思考力に変革をもたらしうる.本実習は,宮下公園の事例では,路上生活者の立場や持続的な都市計画のあり方を通じて生徒に多元的に捉える視点や客観的に整理する重要性を伝えることができた.貧困や排除へのフォーカスは日本での事例が少ないことや,道徳・倫理的観点が懸念されるためか,教育現場においては深入りを回避している印象を受けるが,歌舞伎町,釜ヶ崎,非行少年,オタクといったいわゆる「サブカルチャー」な領域こそ表面的な講義では捉えられない本質的な学びがあり,教材化の余地および価値があるのではないだろうか. また,様々なモデルを授業に組み込むことで,生徒の地理的見方・考え方が高まっただけでなく,地理への興味関心を高まったように実感している.感染症の流行などによって都市が大きな転換期を迎えている現在こそ,地理学や都市計画の礎となっている20世紀の理論を再考する意義があると考える.

  • 畔蒜 和希
    セッションID: 350
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    待機児童問題の解消策として保育所が増備されてきたように,保育サービスはその需要の多寡によって供給体制が構築される.特に大都市圏における保育サービス供給の不足は地理学における主要な論点となっており,近年はこれまで捨象される傾向にあった,保育労働市場の構造や労働力移動の実態からサービスの供給体制へと議論を展開する研究も蓄積されている(甲斐 2020, 2021).他方,保育労働者は端的にサービス需要の変動に応じて労働力を提供する受動的な存在ではなく,自らの働き方やキャリアを選択することでライフコースを編成していく主体でもあり,こうした保育労働者の主体性と労働市場の構造との関係を検討していく視点が求められる.

     報告者はこれまでに,都市部で波及しつつあるマッチング型ベビーシッターサービスに保育士の有資格者が参入している実態を明らかにし,「保育所で働く保育士」とは異なる働き方の一端を示した(畔蒜 2020).本報告ではこうした働き方を提案する保育労働者のオンラインコミュニティの存在に着目し,その参加者のライフコースを読み解くことで,保育労働における多様な働き方の内実を明らかにしていく.

     本報告で取り上げるオンラインコミュニティ「#HUG(ハグ)」は2018年に設立され,20〜30代を中心とした保育士,幼稚園教諭,ベビーシッター,潜在保育士といった,保育に関わる仕事に経験や関心がある「保育者」によって構成される.オンラインという特性上,参加者は全国から集まっており,自身の仕事の状況についてチャットツールやWeb会議ツールを用いて情報交換を行うほか,オフラインでの勉強会や交流会も開催される.報告者は2020年10月から11月にかけて実際に「#HUG」のコミュニティに参加し,主にチャットツールを用いて,協力を得られた11人を対象にオンラインによるインタビュー調査を実施した.

     インタビュー対象者11人の職歴及び勤務地歴を比較すると,出身地の周辺において転職を繰り返すという傾向はおおむね共通していた.他方で,相対的に若年の対象者には,転職を機に保育所等の正規雇用を離れるケースが多くみられた.その就業先や仕事内容は多種多様であるが,パートや派遣,個人事業主による請負といった①雇用形態の柔軟性と,副業・兼業によって,保育を専門とするWebライターや講師活動,マッチング型ベビーシッターなどに従事する②労働形態の多様性という特徴にまとめられる.

     このような働き方を志向する対象者の多くは,複雑化するシフトや担任業務の重圧などを理由に,保育所で働くことへの抵抗感を抱えており,収入よりも自身のライフスタイルを優先するほか,転職の合間に留学などの自己実現に身を投じる者もいた.こうした働き方によって得られる収入が生計に占める位置付けは,対象者の家族状況に応じて変化するものの,一部の対象者の状況からは,多様な働き方の柔軟性が併せ持つ不安定性の側面も示唆された.

     資格職である保育士にとって,保育所等において正規・フルタイムで勤務することは,一般的に望ましいキャリアや働き方と理解される.しかし本報告で取り上げた対象者からは,正規雇用やフルタイムでの勤務,あるいは勤続を志向するという積極的な意志は汲み取れず,むしろそうしたキャリアや働き方からは意識的に距離が置かれていた.

     なお,本報告で取り上げたような多様な働き方を実践する者は,保育労働者全体からみれば極めて限定的である.そうした中で,地理的な制約を伴わずに情報共有やつながりの構築が可能であるオンラインコミュニティは,多様な働き方を志向する保育労働者を後押しするための空間としても機能しているといえよう.

  • 中條 暁仁, 梶 龍輔
    セッションID: 409
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    近年,地域社会とともにあり続けた寺院が消滅していくとする指摘がなされている。一般に,寺院はそれを支える「檀家」の家族に対する葬祭儀礼や日常生活のケアに対応することを通じて地域住民に向き合ってきた。しかし,中山間地域などの人口減少地域を中心に家族は大都市圏へ他出子(別居子)を輩出して空間的に分散居住し,成員相互の社会関係に変化を生じさせているため,いわゆる「墓じまい」や「檀家の寺離れ」などが出現している。こうした諸事象は現代家族の変化を反映するものであり,寺院の動向を追究することによって社会や家族をめぐる地域問題の特質に迫ることができると考えられる。

     一方,既存の地理学研究をふりかえると,寺院にとどまらず神社も含めて宗教施設は変化しない存在として扱われてきた感が否めない。寺社をとりまく地域環境が変化しているにも関わらず,旧態依然の存在として認識されているように思われる。宗教施設もまた,地域の社会や経済の変化による作用を受けていることを指摘するのも本研究の問題意識である。

     そこで本報告では,実際に解散や合併に至った寺院がどの程度存在するのか,それはどのような地域で生じているのかなどを検討する。また統廃合後の寺院の実態にも言及したい。

     発表者は,中山間地域など人口減少地域に分布する寺院をとらえる枠組みを,住職の存在形態に基づいて時系列で4段階に区分し提起している。住職の有無に注目するのは,住職の存在が寺檀関係(寺院と檀家との社会関係)の維持に作用し,寺院の存続を決定づけるからである。

     第Ⅰ段階は専任の住職が常住しながらも,空間的分散居住に伴い檀家が実質的に減少していく段階である。第Ⅱ段階は檀家の減少が次第に進み,やがて専任住職が代務(兼務)住職となり,住職や寺族が寺院内に居住しない段階である。第Ⅲ段階は,代務(兼務)住職が高齢化等により当該寺院の業務を担えなくなるなどして実質的に無住職化に陥ったり,代務住職が死去後も後任の(専任あるいは代務の)住職が補充されなくなったりして無住職となる段階である。そして,第Ⅳ段階は無住職の状態が長らく続き,境内や建造物も荒廃して廃寺化する段階である。

     このうち,本報告では第Ⅳ段階にある寺院を対象とする。現代においては宗教法人の煩雑な解散手続きまでには至らずに,少数かつ高齢による檀家の管理が行き届かずに,建造物や境内が荒廃し放置された寺院が過疎地域を中心に増加し続けていると考えられる。ただ,こうした寺院は統計的には把握されていないため,本報告では実際に宗教法人としての解散手続きを経て廃寺や合併に至った寺院を対象とする。

     本報告で検討するデータは,寺院の統廃合に関する情報を取りまとめていたり,宗派内で公表したりしている曹洞宗・日蓮宗・浄土真宗本願寺派の3派から得られた。これまで解散や合併に至った寺院が個別に報告されることはあったが,それを体系的・経年的に明らかにされることはなかったため,主要宗派からデータが得られたことの意義は大きい。

    寺院を対象とする研究の遂行にあたっては,寺院の運営に関する詳細な情報,および原則非公開となっている各宗派組織における宗務データの収集が必須である。これまで本報告で目指ざす研究の実践は,対象者の協力が得られなかったために困難を極めたが,近年の寺院を取り巻く環境変化に呼応して各宗派組織が積極的に実態把握に努めるようになっており,データの収集が可能になりつつある。本報告は,これらの前提条件が満たされたことにより可能になったことを断っておく。

     本報告では曹洞宗・日蓮宗・浄土真宗本願寺派における寺院の統廃合を検討する。比較可能な1980年代以降をみると,2010年以降解散や合併に至った寺院が顕著に増加していた。地域的には,80年代から過疎の進行した地方圏で目立っていたが,2000年以降は大都市圏にまで拡大している。ただ,宗派によって寺院の分布は異なるため,寺院が集積する地域ほど統廃合件数が増える傾向はある。しかし,こうした中にあっても過疎指定地域で当初多く見られたものが,現在は非過疎地域にまで広く及んでいる点は地域社会の空洞化との関連が指摘できる。また,宗派によって寺院単独の解散と合併による解散の相違があり,地域性と同時に宗派性を加味する必要がある。

     中山間地域にある解散寺院の場合,建造物の内部に保管されていた仏像・仏具は合併した寺院に移されていたが,建造物本体は解体費用の負担が生じるため,朽ちて近隣住民に危険が及ばない限り放置されていた。また,解散して数十年以上経過した寺院のなかには,合併寺院や元檀家が資金を出し合って建造物を撤去整地している例もあった。跡地は共用施設に利用されたり,元檀家が石碑を建立してかつての所在を明示していた。

  • 小関 祐之, 高橋 信人, 堀 和明, 吉田 圭一郎, 牛山 素行
    セッションID: P014
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説地理歴史編の地理総合C(1)自然環境と防災では「自然災害は人間活動と自然環境との関わりから発生するものであり,その関係において自然災害の危険度が常に変動する可能性があることに留意する必要がある」と示されている.そのため,高校の地理教育では,地域の自然及び社会的条件を総合的に勘案した災害への備えや対応を十分に理解させることが求められており,災害の発生しやすさ(自然条件)と被害の受けやすさ(社会的条件)を組み合わせた,地域の災害リスクを教材として用いた授業実践が必要となる.本研究では,高校の授業の延長線上に位置するセンター試験と共通テストの問題を対象に,自然災害や防災がどのように出題されてきたかについて分析・考察を行い,地理総合における防災教育の在り方についても論じたい.

    2.問題の分類

    平成27年度入試まで,センター試験では自然災害や防災を取り扱った大問はなく,平成28年度入試地理Aで初めて,自然災害や防災に関する大問が出題された.以後形式を変えながら,地理Aで自然災害と防災,地理Bで自然環境と自然災害,地誌や地域調査の大問でも自然災害や防災に関する出題がなされてきた.本研究では、まず平成28年度から令和4年度入試までの地理Aおよび地理Bの本試験,追試験問題を分類し,その傾向について分析した. 取り扱われた自然災害を分類すると,地震・津波災害や風水害が多くなる.日本における過去の災害を振り返ると,地震・津波災害や風水害が多く発生し,その被害も甚大であった.これらの自然災害が多く出題されてきたことは当然といえよう.次に誘因・素因について分類してみた.ここでは,地震や台風,火山噴火といった誘因(ハザード)について出題された問題を「外力」とし,誘因と社会素因(河川改修や宅地化等)を組み合わせて出題された問題を「災害」と区分した.また,誘因や素因に関わらず,防災・減災を目的として出題された問題を「防災」として分類した.地理Aでは災害と防災の問題が多く,地理Bでは外力となる地震や大雨などのメカニズムや分布を問う問題が多いことが分かった.

    3.地理総合における自然災害と防災

    旧課程において地理Bで受験した生徒は,自然災害や防災について学習せずに大学に入学できた.新指導要領では,防災の問題は必履修の地理総合で出題され,すべての受験生が防災に関する問題に取り組むことになる.高等学校の授業でもより自分事として取り組むことが求められており,大学側にも質の高い出題が望まれる.今後は地理全体で,防災教育により真剣に取り組んでいく必要があろう.

  • 林 武司, 髙樋 さち子, Prasedya, S, Eka, 近藤 良彦, 成田 堅悦, 竜野 真維, 坂本 龍太
    セッションID: 144
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    人類は古くから水銀を様々な用途に用いてきたが,近代以降の大量の水銀の使用は地球規模での生物・環境汚染を引き起こしてきた.このため,国際条約である「Minamata Convention on Mercury(水銀に関する水俣条約)」が2017年に発効され,水銀の開発と使用が厳しく制限されている.しかし依然として,水銀は人間活動によって環境中に排出され続けており,その最大の排出源はASGM(Artisanal and Small-Scale Gold Mining)である.ASGMでは,水銀を用いて金を吸着・集積(アマルガム化)した後に,加熱し水銀を気化させて金を回収する. 多様な地下資源を豊富に有するインドネシアでは,複数の島々でASGMが行われており,世界有数の水銀排出国となっている.本研究プロジェクト(科研費番号19H04334)は,スンバワ島西部におけるASGMの実態ならびに従事者・周辺環境への影響等について調査を行ってきた.その過程において,ロンボク島でのASGMがスンバワ島のそれと異なる特徴を有するとの情報を得たことから,新たにロンボク島でも調査を行った.

     2022年12月にロンボク島中部~南部のASGM関連サイトを巡り,現地の状況を観察するとともに,ASGM従事者への聞き取り調査や試料の採取等を行った.試料については,ASGMによって生成される尾鉱や排水,ならびにバックグラウンドとしてASGMに用いる水を採取した.

     研究対象地域では,ASGMを副業としてごく小規模に行っている者が多く,そのような人々は概ね10年以内にASGMを開始していた.また,ASGM従事者間で広域的なネットワークが形成されており,分業的な体制が構築されていることが明らかとなった.ごく小規模なASGMの従事者の多くは,原石の調達から破砕・粉砕までを担当する者から石を購入してASGMを行っていた.また,そのような従事者の一部は,ASGMによって生成される尾鉱を,より大規模にASGMを行っている者に売却していた.このようなネットワークの空間スケールは,直線距離で約40kmにも達した. このような形態は,環境汚染の観点からみると汚染源が広域に移動・拡散していることを意味しており,汚染が広域で生じていることが懸念される.個々の地点での汚染規模は大きくはないとしても,ASGMの排水を地下に浸透させているところが多いことから,各地で地下水汚染が生じている可能性が考えられる.また沿岸域では,排水を海へ直接に放出している場合があり,水俣湾の事例のように海洋汚染が進行している可能性が考えられる. 一方,ASGM従事者の中には,Borax法を導入している者があった.現時点では,現地で導入されているBorax法には経済性や効率性の面で水銀アマルガム法に劣る点があり,積極的に利用されてはいないが,水銀を使用しないことや,より純度の高い金を回収できること等から,Borax法に関心や期待を有している者のあることが明らかとなった.

  • 初澤 敏生
    セッションID: 545
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    2010年代末に世界を襲ったCOVID-19は、教育旅行にも大きな影響を与えた。本研究では、中学校の修学旅行を例に、その影響を分析する。 特に注目されるのは旅行圏の縮小である。COVID-19の影響のない2018年度の各県の中学校がもっとも多く行く修学旅行先をみると、関東地方と北陸・東山地方、中国・四国、九州地方の27都県が京都・奈良を中心とする関西圏に、東北地方と近畿地方を中心とする14府県が東京を中心とする地域に行っている。その他では徳島県、香川県、岡山県、鹿児島県が北九州へ、大阪府が東山へ、北海道が北東北に行っているが、基本的には京都・奈良と東京を着地とする地域に二分される。  これに対し、2020年度は構造がまったく変化する。関西圏への修学旅行は8県にとどまり、東京への旅行を中心とする県はなくなる。これはCOVID-19の流行が特に大都市圏で激しかったためである。修学旅行圏は16に細分化され、非常に狭くなっている。旅行圏を具体的に見ると、北海道は道内、福島県を除く東北地方と栃木県は北東北、福島・茨城・群馬の各県は北関東に集中している。一方、南関東では千葉県が県内を中心的な行き先としているのに対し、他の都県は従来通り関西を中心としている。中部地方も山梨県が関西に行っている他は北陸地方と滋賀の各県が北陸に、愛知県と三重県が三重県に、他の各県は東山地方を中心としている。近畿地方では京都府・大阪府が東山地方、福井県が北陸、奈良県と兵庫県が関西、和歌山県が南紀(県内)と範囲が狭まっている。中国・四国地方では、島根県が北九州、広島県が九州である他は、鳥取県が山陰、岡山県、山口県、香川県が山陽、香川県と徳島県が香川県となっている。九州地方では熊本県が関西に行っている他は行き先が九州内に限定されている。また沖縄県は県内となっている。 2021年には、この構造がさらに変化する。北海道・東北地方の各道県は各地方内でまとまる一方、北関東地方では栃木を目的地としている県が茨城だけになり、群馬県も東山地方に行き先を変更するなど、求心力はやや低下している。南関東の各都県は前年と同様の傾向を示している。中部地方では、東海・東山地方が集客力を強めている。近畿地方では京都府が北九州へ行っている他は、地元を中心とした構造となっている。中国・四国地方も地元を中心とした構造であるが、香川県を中心とする四国北部と山口県が集客力を高めている。九州地方では、鹿児島県が集客力を高め、北九州を中心とする構造から変化しつつある。 2000年代以降、修学旅行は名所・旧跡の見学から体験活動などを重視したものへと変化している。このような活動の変化は、修学旅行が京都・奈良や東京以外の地域を目的地とする可能性を高めていた。COVID-19の流行は各地域の学校に身近な地域にも優れた資源があることを認識させるきっかけとなった。これは新しい修学旅行のスタイルを提案する契機ともなりうるものである。地域づくり活動と結びついた「観光地づくり」を次世代の教育旅行誘致のための観光戦略とすることが期待される。

  • 三橋 浩志
    セッションID: S103
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    昨今の教育改革を巡る背景を踏まえ,ICT を活用した地理授業の事例を紹介し,その方向性を整理する。一方,ICT を活用した地理授業には,地理特有の課題も明らかになりつつある。そこで,ICT 活用に向けた地理授業の実践面での課題も整理する。

  • 小林 岳人
    セッションID: 449
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     地理院地図の登場によってTopographic Map(地形図)を利用した学習は大きく進化した。例えば、地理院地図に備わる各種機能を駆使することで実施することが難しいとされている地域調査的な学習も可能となった(小林2022)。本研究は世界各国の国家地図作成機関によるWeb地図サイトを利用して行った地理院地図利用と同様の学習についての報告(小林2018)の続報である。

    2.各国の官製Web地図の実状

     従来、紙媒体のTopographic mapとして空間情報を提供してきた各国の国家地図作成機関も近年は我が国の地理院地図と同様にWeb地図での提供がされている。当初は紙媒体のTopographic mapを購入するための検索見本としてWeb上で画像が提供されていたが、徐々にそれ自体が提供方法となり日本の地理院地図と同様に各種の計測機能や空間情報の重ね合わせ機能、さらに空間データのダウンロード機能なども備えたGeoPortalの役割を担うようになっている。地図画像はWeb上での表現に適したものが基本であるが紙媒体のTopographic mapを画像として提供しているサイトも少なくない。世界各国の紙媒体のTopographic mapは高価であるが、これを無料で利用できるのは大きなメリットである。

    3.授業の概要

     発表者の勤務校である千葉県立千葉高等学校では地理は第一学年で必修(320名)の他、第三学年に選択科目で設置され約半数の生徒が受講している。本研究に関する授業は第三学年の選択科目にて実施した。「各自興味がある地理的事象について世界各国官製Web地図とストリートヴューなどの写真などと組み合わせ、プレゼンテーションソフトを使って一人2分間で説明せよ。」と発表を課題とした。授業はPC室にて行い、最初2時間で各国の官製Web地図サイトの紹介や一部の国を対象に操作方法の説明などを行い、4時間を作成時間とし、2時間をクラス全員の発表時間とした。

    4.分析

     プレゼンテーションソフトのスライドショーを利用しての発表では地図を複数画面で利用が可能である。ここで、異地点比較、視点変化、縮尺変化、経年変化、3D表現、断面図作成各種写真と地図の照合などを行う(図1)。発表内容を①位置・分布②場所③地人相関④空間的相互作用⑤地域の地理的な見方・考え方とこれに加えて⑥関連した記述⑦その他特筆すべき内容の7つの観点で評価する(図2)。地理院地図を使っての同様の授業(小林 2022)と同じように発表スライドと発表内容には対応関係があり整合性がみられた。第三学年で地理を選択した生徒が第一学年時に行った地理院地図での同様な学習における同じ評価方法による発表スライドの技能得点、発表内容得点、興味関心得点を比較するとそれぞれ7.30→7.76、9.36→10.21、8.27→10.66とそれぞれ伸びた。また、発表スライドの技能得点と発表内容得点の相関係数もほぼ同じ(0.704→0.692)となった。学習活動として十分な効果を得た。

    5.まとめと展望

     この学習は2022年から実施の新しい学習指導要領下での地理探究向きの学習として考えられる。また、地域調査的な学習とともに外国地誌学習として捉えることも可能と考える。

    参考文献

    小林岳人 2019.高等学校地理学習における各国の官製Web地図の利用とその効果.日本地理学会春季学術大会要旨集:318.

    小林岳人 2020.世界各国の官製Web地図サイトの紹介と授業 -「地理総合」での「地図とGIS」. 歴史地理教育 913: 46-51.

    小林岳人 2022.地理院地図を活用した地域調査学習とその考察 帝国書院地歴・公民科資料ChiReKo 2021-2: 28-31.

feedback
Top