日本地理学会発表要旨集
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発表要旨
  • 永田 玲奈, 三上 岳彦, 平野 淳平
    セッションID: 302
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    本研究では,1951〜2020年の70年間に関東地方に来襲する台風の経路と強さについてその長期変動を明らかにした.その結果,2000年以降に関東に来襲する台風数が増加しかつ強化していることがわかった.関東に来襲した台風がどの方向からやってくるのかを知るために気象庁のベストトラックデータを使用し,来襲時の台風の中心位置とその24時間前の中心位置の緯度・経度から台風の24時間移動ベクトルを算出した.この移動ベクトルより,台風が関東に来襲する前の24時間における台風の移動距離と移動方向を知ることができる.その結果,関東付近に来襲する台風は2000年以前は西〜南西方向から関東地方に近づくケースが多いが,以降は南南西〜南南東方向からやってくる台風が多くなることがわかった.2000年以降には北太平洋高気圧が北東にシフトする年が見られることから,循環場の変化が台風の経路と来襲数の増加に寄与していると考えられる.

  • 和田 崇
    セッションID: 263
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.研究目的

     本研究は,世界最初の被爆都市であり,国際平和文化都市をめざす広島市を舞台にスポーツイベントを開催することが,「スポーツと平和」の観点からみて,どのような意義があるのか検討することを目的とする。

    2.「スポーツと平和」をめぐる論点

     オリンピックの創始者であるクーベルタンは,スポーツによる友好的な国際交流がなされ,相互理解が促されることにより築き上げられる世界平和の実現をその理念として掲げた(黒須 2015)。その思想は世紀を超えて受け継がれ,1993年の「スポーツとオリンピック理念の国際年」,さらに2003年の「マグリンゲン宣言」以降,スポーツの平和への貢献が再評価,強化されている。

     平和はスポーツをおこなうための前提条件でもあり,スポーツを通じて得られるものでもある。すなわち,スポーツは平和でなければおこなうことができないし,スポーツを通じて相互の信頼と友好が深まることで平和の創造に貢献する。また,スポーツによる平和への貢献は,紛争や戦争を予防したり,阻止したりする「消極的平和」と,相互の理解や交流,援助などを促進して平和の土台を築く「積極的平和」の2つがある(内海 2016;森川ほか 2010)。

     しかし,こうした理念はスポーツをおこなえば自動的に達成されるわけではない。諸国間の覇権争いや暴力,社会的弱者の抑圧などを回避し,スポーツを通じて友好と平和の感情や意識を高め,共有しようとする立場に立ち(思想をもち),その実現に向けて関係者が努力することが必要となる(森川ほか 2010)。クーベルタンに始まる国際オリンピック委員会の実践や国連の呼びかけは国際機関としての努力であるし,平和の象徴としての役割を演じてきた競技者もそれへの貢献を果たしてきたといえよう。これらに加えてその役割を果たすことが期待されるのがスポーツ政策を推進したり,スポーツイベントを開催したりする国や都市であり,彼らこそスポーツを通じた平和の実現という立場に立ち,それを実現するための施策を戦略的に推進することが期待される。

    3.広島市における「スポーツと平和」

     広島市は戦後,平和都市の実現に向け,平和記念公園と原爆ドームに隣接する都心エリアにスポーツ施設の建設を計画するなど,他都市に先駆けてスポーツを平和実現および戦後復興の象徴・手段と位置づけ,活用してきた。1951年広島国体や,1957年開場の旧広島市民球場を本拠地とした広島東洋カープなどはその代表例である。さらに,1994年には「世界平和への願いを込めて友好の場にアジアの心を結び,力強く21 世紀を拓く若人たちのスポーツの祭典」を理念とする広島アジア競技大会を開催したほか, 2010年には「核兵器廃絶と世界平和のシンボル」としての2020年オリンピック招致を表明するなど,スポーツを手段とした世界平和と都市建設を戦略的に展開してきた。

     「ヒロシマオリンピック」が実現することはなかったが,広島アジア競技大会が遺した競技施設と国際大会の運営ノウハウ,各国競技組織等との人的ネットワークを活用する形で,いくつかの競技で国際大会が今日まで継続的に開催されている。それらの大会はいずれも平和祈念が開催目的に掲げられ,選手等による原爆慰霊碑や原爆資料館の見学などの平和学習を公式行事とするものもある。これに対して,広島市や広島県はスポーツ振興および平和発信の意義を認めて大会開催経費の一部を補助したり,平和学習活動に協力したりしている。

     こうした取組みは,被爆地ヒロシマの国際的な知名度と場所の力をもつ広島市だからこそ意味をもち,広島市が積極的に推進すべきスポーツ・平和都市戦略ということができる。

  • 海津 正倫
    セッションID: 108
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    地理学はもともと記述・記載が中心の分野であった.その後,近代科学としての地理学が成立し,自然・人文現象に対する科学的真理の追究という現代の地理学へと進化した.このような学問としての発展の一方,最近まであまり注目されてこなかったことが,地理学の人類に対する使命という点ではないだろうか.地理学の人類の未来に対する貢献という観点である.

    現在の我々を取り巻くさまざまな環境は,以前の歴史時代に比べてはるかに速いスピードで変化しており,そのような変化に対応して人類がいかに持続可能な発展をしていかなくてはならないか,ということが現在緊急の課題として問われている.地理学においてもこれまで培ってきた人文地理学や自然地理学の成果をいかに社会に還元するかが大きな課題となっている.

    そのような課題の一つとして近年大きな問題となっている災害問題がある.地理学の成果を社会や人々にわかりやすく伝える上では地域の特性を明確に示すことが必要である.なかでも災害ということを念頭に置くと,水害地形分類図から発展したハザードマップや活断層分布図など各種の土地条件を示す地図の情報が有効である.また,地理学の得意とする地理情報システム(GIS)を駆使することも重要であり,これらを軸に避難行動に関わる事柄などをも含めて災害地理学を確立していくことが望まれる.

  • -アメリカ地誌から多文化共生社会めざす地理教育―
    田部 俊充
    セッションID: S301
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    本発表はシンポジウム「世界地誌学習の新たな方向性—アメリカ地誌から多文化共生社会を考える—」の企画趣旨である。2021年度日本地理学会春季学術大会公開シンポジウム(第39回日本地理学会地理教育公開講座)として,オンラインで開催するものである。2022年4月から高校「地理総合」が導入されるが,コロナ渦で日本の児童・生徒の世界への関心が急速に萎むなか,魅力的な世界地誌学習が必要であり,その内容の検討や指導法の開発が急務である。米国大統領選挙が終わったが,現職の大統領が連邦議会への乱入を煽動するなど政治の分極化が進み民主主義の根幹が揺らいでいる。米中新冷戦時代のアメリカ世界地誌学習の今後と多文化共生社会をどう扱うか検討したい。企画者は,2019年7月に東京都の公立中学校第2学年を対象に,中学校社会科地理的分野におけるアメリカ地誌学習から「多文化共生社会をめざす地理教育」を試行した。「アメリカ州」の学習の発展として特設2日間を設定した。アメリカ合衆国が移民国家であることやその歴史に着目させながら,身近な地域である中野区の多文化共生社会について考えさせた。

  • 須貝 俊彦
    セッションID: S111
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1. 人工物飽和時代における防災の問題点

    生活空間が様々な人工物で満たされ,利便性や生産性が高まる一方,人為の加わらない自然と接する機会は減っている。自然から心身が遠ざかれば,自然を認知する力は弱まる。

    大規模な自然災害は,人工物だけでは防げない。しかし,堤防などの人工物による防災が進むと,自然を甘く見るようになり,不用心に陥りやすくなる。目先の効率を追求する風潮が重なれば,ありのままの自然を知ろうとする意欲は削がれ,災害を想定する力は弱まり,未来の安全のために今とるべき行動が起こせなくなる。

    人工物を増やせば,リスク要素も増える。旧河道や急傾斜地の宅地化,埋立地の造成・開発など,枚挙に暇がない。また,人工物の生産過程で排出される二酸化炭素は,気候システムに影響を与え,気象災害を甚大化させうる。

    人工物による自然力の制御には限界があり,上記のような直接・間接の副作用を伴う。このことを自覚し,脆弱な土地を開発しない,リスクの高い場所から移住する等の長期的な対応を含めた,総合的な防災を進める必要がある。

    2.防災地理教育の必要性

    災害サイクルはライフサイクルより長い。このことが,防災教育を必要とする。地球温暖化や土地開発に伴う災害の激甚化が懸念される現代社会においては,外部からの公的な防災教育の必要性が正当化されよう。

    災害の種類や規模や頻度は,地域ごとに異なる。居住地の災害特性を客観視でき,その場所に適した防災や暮らしを自ら考えることができる人材を育てなければならない。

    第一に学ぶべきは,人工物の少ない時代を生き抜いた地域住民の知恵だろう。知恵の具現といえる「自然災害伝承碑」を地理院地図で探すことから始めるのも良い。あわせて,地形分類図も活用したい。大縮尺の地形分類図を見れば,過去に“地形を変える力”が及んだ範囲(ハザードエリアを示唆)を,面的に把握できるからである(須貝2020など)。そして,地域の災害リスクを下げていくには,地域の自然と社会の仕組みを両睨みできる広い視野を育むことが肝要である。

    これらの課題を達成するには,時空間の階層構造や地生態系概念に基づき,居住地の土地条件を多層的かつ動的に捉える地理的センスが必要である。これを磨くには,(1)フィールドワークによる主体的,総合的な地域の理解(生活圏の地誌とよぶべきもの)と,(2)多様な地理的技能の習得とを相互に促進させる体系的な学習が効果的であろう。(2)では,(a) 観察やヒヤリング・アンケート調査による1次データの取得,(b) 統計・GIS分析,(c)地図表現をパッケージ化したい。

    教育指導者は,地元の自然環境や社会・文化環境を探究し続ける態度を,身をもって示すことも大切だろう。災害激甚化時代を生き抜くための柔軟な発想力を養うには,地理学の基礎の上に立つ実践的な教育が不可欠である。

    3.自然との関係の再構築の場としての防災地理教育 

    自然は,不断の生命維持装置であるにも関わらず,突如として凶器と化す。いつの時代を生きる人間にとっても,自然はアンビバレントな,未知なる要素を含んだ存在である。

    しかし,あまりにありふれた自然や稀な自然は,意識されにくい。産業革命以降,人間は自然の一部として生かされているという事実すら,忘れられてきたように思われる。

    防災地理教育は,地域の自然環境に適した生活を再考し,人間と自然との関係の再構築に貢献するために,

    1)地元を歩き,身近な自然の恵みを再発見する

    2)被災地をたずね,自然の猛威を追体験する

    3)時空間軸を広げ,今ここでの生活を相対化する

    3要素を調和的に結合する工夫が必要である。1)は,自己の世界観の確立につながる(須貝2018など)。2)は,身近に潜んでいる災害の芽に気づかせてくれる。3)は,地域社会と自然環境との多面的で歴史的な関係を理解する助けとなる。郷土の自然や文化と親しみ,災害を生き抜いた先人に敬意を払い,良き習慣を身につけ,自然に対する畏れを取り戻す,全人的教育の一環としての防災教育を展開すべきだろう。

    文献:須貝(2018)科学88,148-152. 須貝(2020)地理65,84-91.

  • ケイパビリティーとコンピテンシーの対比
    山本 隆太
    セッションID: S204
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

    シンポジウム「地理・社会科授業実践に必要な教師の力量とその要請—グローバルな教員養成論から考える—」では,ジオ・ケイパビリティが議論の土台のひとつとされている。ジオ・ケイパビリティは英国で提唱され,その後,アメリカや北欧を中心とする国際共同プロジェクトとして展開してきた。筆者が研究を進めてきたドイツも同プロジェクトに参加している。また,同プロジェクトにおいては,ドイツの伝統的なDidactics(教授学)の考え方に関心が寄せられるといった現象もみられる。

    こうした国際的なコミュニケーションの一方で,ドイツ国内における同プロジェクトの受容は順調とは言い難い。2015年,ベルリン・フンボルト大学で開催されたドイツ地理学会の基調講演は,ランバートによるジオ・ケイパビリティ論であり,また,関連するセッションも開かれた。これらを通じてドイツ地理関係者に広く認知されたジオ・ケイパビリティであったが,ドイツ国内における能力論の議論は,1990年代から議論されてきたコンピテンシー論が隆盛を極めていた。能力論としてコンピテンシーと重複する位置関係にあったため,結果的にジオ・ケイパビリティの議論は進展しなかった。

    しかし、どちらも国際的な展開をみせている点や、地理教育の立場から親学問である地理学を重視する姿勢といった共通点がある。そこで本発表では,イギリス発のジオ・ケイパビリティとドイツ国内のコンピテンシーの2つの能力論について対比を行い,それぞれの抱える地理学,地理教員養成との関係性−距離感−を整理することを試みる。なお,本発表でのコンピテンシーはジェネラルなコンピテンシーではなく、教科コンピテンシーである地理システムコンピテンシー(以下、地理コンピテンシーと表記)をとりあげる。

    2.ケイパビリティとコンピテンシーの対比

    (1)能力論としての対比

     ケイパビリティは潜在能力とも訳されるように,生徒の潜在的な力の向上として、現在や将来における自由・権力や選択の可能性に目を向ける。一方,コンピテンシーは予め規定された顕在化されうる能力に目を向ける。その際,重要視されるのは生徒の現在の実行可能な能力(can-do)であり、それは測定可能な能力でなければならない。両能力論において能力のリスト化ができるか否かはこの測定可能性に因んでおり、この点に両者の大きな差異が認められる。

    (2)地理学との関係・距離

    両者ともに地理学の学問性を尊重する。ジオ・ケイパビリティは教育的視座から地理学の知識を重視するが、その際、知識論に基づいて接近する(つまり距離があることが前提となっている)。一方,コンピテンシーは,そもそも地理学の学問的な概念の分析を出発点とし、その学術的概念を地理教育上の見方・考え方や能力として再構成するという視座から能力論の開発が行われる。Didactics(教授学)の概念が地理学と地理教育とを仲介し、そしてその2点間のシームレス化を目指す運動がみられる。

    (3)地理教員養成との関わり

    両者ともに,授業実践を担う地理教員の教科教育専門職としての力量向上のために存在している。ジオ・ケイパビリティは,イギリスの過度に構成主義的で指導方法論に偏った学校授業および教員養成への批判として提起された。そして、ヴィネットやカリキュラム・メイキングという形式で教員養成に落とし込まれる。一方,ドイツでは,これは地理コンピテンシーに限らずコンピテンシー一般においてだが,生徒の自律的な力を養うことを目的として,構成主義的かつ指導方法論を重視した手法が積極的に推進されている。そこでは、学習課題と試験/評価という形式が授業あるいは教員養成に落とし込まれる。

    両者は授業実践の外形上,逆の志向性を有している。その背景には両国の教育事情の違いが大きいが、ここでは教員養成における学問的な地理学の位置づけの違い、教員養成の違い、教科特性の自明性の違いに焦点をあてる。

    3.日本への示唆

    ジオ・ケイパビリティは目下、「力強い授業づくり」の段階に入っている。具体的な教材を求める声が多い日本では、ヴィネットと並んでパワフル・ペタゴジーが示されれば、現場での受容が進む可能性がある。一方で、地理コンピテンシーの議論を踏まえると、地理学と地理教育のシームレスな関係性こそが鍵となる。地理学(者)は地理教育のために情報や知識を提供するのではなく、地理学的な概念をひも解き,地理的な見方・考え方へと接続する役目がある。教員養成はそのための場になる。

  • ―ミュンヘン大都市圏の事例を中心に―
    伊藤 徹哉
    セッションID: 211
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    本研究は,ドイツ・ミュンヘン大都市圏を事例として,交通インフラの整備の特徴を道路網と鉄道網の整備に着目して分析し,ヨーロッパにおけるモビリティの持続的発展の特徴を明らかにすることを目的とする。ヨーロッパでの交通インフラの整備の特徴を欧州連合EUのEurostat HPでの統計データを用いて概観した後,ミュンヘン大都市圏での交通インフラ整備の特徴を統計の分析に基づいて,モビリティの維持・拡大の特徴を考察する。

     分析の結果,ヨーロッパでは,ヨーロッパ内外を結ぶ世界的な移動,EU域内の移動,主要都市間の移動,日常生活圏の移動など,異なる空間スケールで交通インフラが有機的に整備されていた。また,ミュンヘン大都市圏におけるインフラ整備では,高速道路網や,高速道を補完する州道や自治体道路の整備がすすむ。都市間の高速鉄道網や,大都市圏内での都市部と周辺地域を結合する中・近距離鉄道網が,継続的に廃止や整理されている。交通インフラの整備を通じ,都市圏内,主要な都市間,国際的な地域間などの様々な空間スケールでモビリティが持続的に発展していた。

  • 黒木 貴一, 八木 浩司, 杉本 惇, 坂本 省吾
    セッションID: 333
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    2020年7月4-5日の熊本県南部で生じた豪雨(令和2年7月豪雨)により球磨川流域では多くの斜面崩壊と氾濫による被害となった.特に九州山地を刻む球磨川の狭窄部直前の人吉盆地西部では氾濫により人吉市街地の広域が浸水した.この浸水は,1965年と1971年被災での浸水深と範囲をはるかに超える規模となった.本報告では,被害状況を地形条件とともに紹介し,微地形区分の限界と今後の課題に関して検討した.

  • 調査方法と調査項目に関する概要
    埴淵 知哉
    セッションID: 275
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    人文地理学において利用される統計としては、居住者の集合的特性を表す集計データ(高齢化率など)が長らく主要な位置を占めてきた。このような集計データは地域特性を素描するのに適しているものの、諸現象の相関性や因果関係をめぐる個人と地域(環境)それぞれの影響やその相互作用を解明するには不十分である(例えば生態学的誤謬の問題)。これに対して、近年は地理学でも非集計(個票)データの収集・分析が普及しつつある。特に、個人の属性や行動、意識に関する個票データに、地域の諸特性を表す集計/空間データを紐づけた地理的マルチレベルデータは、社会科学諸分野を横断して広い関心を集めている。このデータ構築のためには、位置情報をもつ個票データが必要になる。ところが個票データを収集するための社会調査では、プライバシー意識の高まり等を背景に回収率の低下が深刻化してきた。そこで近年、登録モニターに対するウェブ回答形式のアンケート調査(オンラインサーベイ)を学術利用する試みが進められている(埴淵・村中 2018)。

     このような背景のもと、発表者はオンラインサーベイを通じて大規模な個票データを収集し、それを各種の地域指標と紐づけることによって、汎用的な地理的マルチレベルデータを構築することを計画した。具体的には、2020年の10/30-11/30にかけて東京特別区と政令指定都市を対象とした大規模なオンラインサーベイを実施し、詳細な住所情報(番地・号レベル)をもつ個票データ(n=30,000)を収集した。この規模によって、個人-地区(例えば学校区や行政区)-都市という三層のマルチレベル構造や、各都市内における個人-地域関係の面的な連続性を想定した分析なども可能になる。同時に、非大都市を対象としたオンラインサーベイ(n=3,000)と準確率的標本からなる郵送調査(n=1,361, 回収率=68.1%)を実施し、地域間および調査手法間での標本特性の偏りを評価可能なデータを収集した。いずれの調査においても年齢(20-69歳)・性別の比率を住民基本台帳人口に合わせて割付配布/回収するとともに、オンラインサーベイについては住所情報の回答に承諾が得られたケースを優先回収する形式で実施した。

     調査項目は大きく①地域設問、②個別設問、③個人属性に分かれ、オンラインサーベイでは調査分割法により個別設問が三種類に分割された(したがって回収数は各1/3となる)。地域設問としては地域の住みやすさや愛着、近隣環境の認知など、幅広い地理学的関心に沿う汎用性の高い設問を導入した。個別設問としては主に、健康(COVID-19に関する意識などを含む)、科学、消費、ライフスタイル、移住、国勢調査、防災、社会意識といった多様なトピックに関係する内容を取り上げた。また個人属性に含まれるのは、年齢や配偶関係、職業、住宅などの基本項目である。

     本データはデータアーカイブへの寄託が予定されており(詳細な住所等の個人情報は除く)、一定の手続きを経て人文地理学内外の研究者が自由に研究利用できるようになる。とくに、調査資源の限られる大学院生や若手研究者に対して二次分析利用の機会を提供することを企図している。広く共有可能な大規模データが整備されることにより、多様な議論の土台となる基礎的知見の蓄積や、幅広い調査項目を組み合わせた仮説生成/検証、そしてデータに基づく学際的共同研究が進むことが期待される。

    埴淵知哉・村中亮夫 2018. 『地域と統計——「調査困難時代」のインターネット調査』. ナカニシヤ出版.

    *本研究はJSPS科研費(17H00947)の助成を受けたものです。

  • ユリの球根と切花を事例に
    両角 政彦
    セッションID: P049
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    経済のグローバル化の進展にともなう社会経済変化の一側面として,農産物貿易の自由化をめぐる国内市場の開放と国内農業の保護とが議論されてきた。国内農業を保護する立場からは,国民消費者への安定的で安心安全な農産物供給と国内産地への影響が懸念されてきた。しかし,すべての輸入農産物が国内産地へ同様の影響を及ぼすとは限らないため,農産物ごとに実態を分析することが求められる。とくに産地への影響とその対応のプロセスについては,輸入規制の緩和措置がとられた直後の短期的な変化が注目されてきたが,中長期的な変化の状況も継続してとらえていく必要がある。

    本研究では,知的資産になる種苗類の輸入規制緩和後における産地の国際的連関と相互依存関係の継続性を踏まえて,1990年のユリ球根の実質的な輸入自由化後におけるおよそ30年間の市場構造の変化と国内産地の構造変動を明らかにした。球根切花の特徴として,球根生産を基盤に切花生産が成立する相互依存の生産関係があるため,球根産地の変動と輸入ユリ球根の導入から切花生産の拡大,維持,縮小の実態,これら産地の市場対応の地域差に着目する。ユリ球根の輸入規制緩和が当該産業に与えた影響を時系列に沿って産地間の市場競争の側面から分析し,産業のダイナミックな地域変動の一端をとらえた。

    ユリ球根の輸入規制の緩和措置は,およそ30年を経過する過程で,国内外の球根流通業者の事業戦略を通じて,国内ユリ産業の国際的なネットワーク化を促進し,国内市場には市場規模の急拡大とその後の減退を,産地には新品種の開発から生産販売過程に至るまでのダイナミックな転換をもたらしてきた。知的資産になる種苗類に対する輸入規制の緩和措置は,初期段階で国内市場を急拡大させる一方で,新品種の開発に関わる知的財産権を保有する種苗供給地を最も顕著に再編する可能性が示された。製品生産(切花)に不可欠となる生産資材(球根)の外部依存を常態化し,国内産地を製品生産地へ転換を促す産地の平準化ももたらすと考えられる。産地の転換と市場対応には時間差と地域差があり,これらは各産地のおかれた存立条件に左右されてきたととらえることができる。

  • 山本 涼子, 埴淵 知哉, 山内 昌和
    セッションID: P033
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    近年、国勢調査における「不詳」の増加が報告されている。地域分析の観点からは、「不詳」の都市部への偏在が「疑似的な地域差」の観測をもたらす可能性が懸念されてきた(山本ほか 2021)。その原因となる聞き取り率(いわゆる未回収率)は2015年時点で13.1%に達しており、2020年も同水準以上になる可能性が高い。他方、コロナ禍のもと非接触型で実施された2020年調査においては、未回収が従来とは異なる地域で高く/低くなる可能性がある。そこで本報告では、2015年と2020年を比較し、都市部で聞き取り/未回収率が高い傾向が拡大したのかどうかを検討する。

     市町村単位では政令指定都市(東京特別区含む)、都道府県単位では三大都市圏を都市部として、その他の地域と聞き取り/未回収率を比較したのが表1である。ここでは、①総務省統計局国勢統計課提供の 2015 年データ、②総務省統計局「国勢調査2020総合サイト」にある2020年データ(2020 年 11 月 20 日時点参考値)、③埴淵・山内(2019)による2015年データ、④埴淵(2021)による2020 年データを利用した。②は速報的な参考値、また③と④はともに非確率標本に対するインターネット調査であるため、値の厳密な比較は困難である。とはいえ、地域差のトレンドを大まかに比較することは可能であると判断した。

     まず総務省の2015年データでは、都道府県・市町村いずれの単位でも都市部の聞き取り率がその他地域の二倍以上あり、都市化度と強い相関がある。しかし2020年にかけて、都市部の値がほぼ同じであるのに対してその他地域では5%以上の増加となり、結果的に地域差は縮小したようにみえる。ただし2020年の参考値にはまだ調査員回収分が含まれていないため、それが反映されたに過ぎない可能性もある。そこで補足的にインターネット調査による値を比較したところ、値の大きさは異なるものの、都市部とその他の比は2015年よりも2020 年のほうが小さいという同様の傾向が認められた。

     この理由として、コロナ禍の影響で調査員への手渡しによる提出が減少したことが挙げられる。前回まで調査員回収に依存していた地方圏ではそれが困難になったことで未回収が増加し、逆に都市部ではもともと郵送/インターネット回答が多かったために影響が小さかったものと推測される。結果として、2020年国勢調査において未回収(そして「不詳」)の地域差は前回よりも縮小する可能性が高い。このことは、2020 年データにおける疑似的な地域差の観測リスクを下げると見込まれるものの、時系列比較の際にはさらに複雑な偏りを生む懸念もあるため、今後さらなる検討が求められる。

  • 谷 謙二
    セッションID: P039
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

     2022年から高校地理歴史科において「地理総合」が必履修科目となり、そこではGISの利用が内容に盛り込まれている。2017年に行ったGIS利用に関する調査では、高校でのGIS利用率と23.9%と普及は十分でなかった(谷・斉藤2019)。しかし、地理院地図や今昔マップ等の地図を閲覧する簡便なWebGISの普及や、ここ数年の高校での情報機器の普及状況を考えると、地理総合でのGISの利用はそれほど難しくないと思われる。

     閲覧を中心とした簡便なWebGISの利用が中心になると考えられるが、統計データなどを地図化するGISもある程度利用されると考えられる。しかし、そうしたGISであるMANDARA10(谷 2018)などは、デスクトップGISでインストール作業が必要であり、OSによっては導入できない。また既存のWebGISでは、処理速度や通信速度の問題がある。そこで筆者は、Webブラウザ上で動作しつつも、インターネット接続は必要とせず、ブラウザ内部でデータを処理する、「ブラウザGIS」の開発を行った。

    2.開発プロセス

     一般にWebGISでは、データとデータを処理するプログラムをサーバ上に置き、地図の描画をWebブラウザで行っている。一方本研究の「ブラウザGIS」では、データの処理もWebブラウザ上で行い、サーバとの接続は最初の読み込み時に限られる。

     Google Chrome等のWebブラウザでは、JavaScript言語でユーザ自身のプログラムを動作させることができる。JavaScript言語とHTML5の規格に基づけば、大部分のWebブラウザで共通した動作が可能である。GISでは必須となるグラフィックスについても、HTML5のCANVAS APIを使うことで、デスクトップGISと同様の地図描画が可能となった。

     開発の目標として、筆者開発のWindows上で動作するGISソフトMANDARA10の機能のうち、主題図表示機能を実装することとした。MANDARA10は、Microsoft Visual Basic .NETで開発しており、そのコードをJavaScriptに移植していく。しかし、両者にはほとんど互換性がないため、大部分書き換える必要がある。JavaScriptおよびHTMLの開発は、2019年3月からMicrosoft Visual Studio Codeで行い、2020年4月16日に試作版を公開(http://ktgis.net/mdrjs/)、現在は試作版バージョン0.003で、機能の追加を続けている。

    3.操作

     図は操作画面であり、WebブラウザFirefox内で動作しているところである。デスクトップGISのMANDARA10とほぼ同じ画面構成で、同じ要領で操作できる。ただしMANDARA JS単体では、MANDARA10のマップエディタが含まれないなど機能は完全ではない。インストール不要でOSに関わらず使えるGISとして、高校地理教育や大学生のレポート作成などの用途に適している。

    文 献

    谷 謙二 2018.『フリーGISソフトMANDARA10パーフェクトマスター』古今書院.

    谷 謙二・斎藤 敦 2019 .アンケート調査からみた全国の高等学校におけるGIS利用の現状と課題−「地理総合」の実施に向けて.地理学評論:92A,1-22.

    本研究に際しては科研費17K01225を使用した。

  • 測量・マッピングへの応用
    柳澤 英明
    セッションID: 209
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    近年、レーザー技術を利用した非接触型の形状測量が様々な分野で利用されるようになってきた。特に、3次元的な形状を計測できる3Dスキャナーは、地物の詳細な形状を簡便かつ高精度で計測することができ、測量分野において利用が進んでいる。またGIS(地理情報システム)などと連携することで、地物の3次元空間マッピングへの応用も期待される。

    一方で、3Dスキャナーを一般的に広く普及していく上で大きな弊害となっている点の一つに、システムの高額な費用負担があげられる。3Dスキャナーシステムを導入する場合、数百〜一千万円以上の費用負担が必要となるため、システムを活用できる機関は、専門の業者や一部の研究機関に限られてしまう。そのため、3Dスキャナーをより幅広く社会普及させるためには、システムの低価格化が必須となる。このような中で、最近、数万円程度で購入可能な低価格Lidarが開発・販売されるようになってきた。これらを3Dスキャナーへ応用することができれば、システムの低価格化が実現できると考えられる。そこで本研究では、低価格Lidarを用いて簡便的な3Dスキャナーシステムの構築を行うとともに、実用例として樹木測量・マッピングへ適用性について検証する。

     本研究では、情報機器に対する高度な知識を必要としないことを前提とした簡便かつ低価格な3Dスキャナーシステムを構築する。まず地物への距離測量を行うセンサーとして、6〜7万円程度で購入可能なRPLidar A3M1(SLAMTEC)を利用した。RPLidar A3M1は屋外での利用も可能であり、最大25m程度までの計測が可能である。ただし、XY平面での2D計測となるため、三次元での計測を行うためにはLidar機器を360度回転させる必要がある。そこで本研究では簡単に手に入れることができるカメラ撮影用の自動雲台(1万円程度)を利用した。また点群に色を付けるため、全天球カメラRICOH THETA SC(2万円程度)を活用した。さらに本研究ではLidarからのデータを記録し3Dデータを構築ためのWindows用ソフトとして、TG3DMakerを開発した。TG3DMakerは、Lidarからのデータを取得し、PCL(Point Cloud Library)により3Dデータの構築、表示、カラー処理、レジストレーション、データ分析が可能な統合ソフトとなっている。

     低価格Lidarは業務用の高額3Dスキャナーと比較し、計測範囲や精度などが劣るため、どの程度の実務に利用可能かを検証する必要である。本研究では樹木測量への適用を目的に、大学キャンパス内の樹木(幹径)で精度検証を行った。3Dデータにおける幹径の評価には、非線形マーカート法による円近似を用いた。その結果、幹径が円形に近い樹種については±2cm程度の誤差(RMSE)で測量することができた。3Dデータで抽出した幹径や位置は、平面図へ容易にマッピングすることができるため、今後は本システムとGISとの連携にも期待できる。

  • 科学と社会の相克
    鈴木 康弘
    セッションID: S101
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1. 本発表の背景

    日本学術会議(2007)は当時の防災体制に懸念を示し、短期的経済重視の姿勢から長期的安全確保を最優先とする方向への「パラダイム変換」の必要性を答申した。2011年東日本大震災はその証左であり、2019年からのコロナ禍でも同様の問題に直面している。

    東日本大震災を引き起こした地震と津波は、発生直後には「予測不能」として扱われたが、実際には対策上の「想定外」だった。これにより回復不能な原発事故や、多くの人命を失う結果を招いたというのが東日本大震災の本質である。

    地理学が今後ハザードマップに責任を持つのであれば、「想定のあり方」に対する社会的議論に真剣に向き合う必要があり、教育にも反映させなければならない。「予測」と「想定」は区別すべきという教訓も忘れるべきではない。

    2. 東日本大震災の「想定外」

    2-1.科学的予測

    日本海溝ではM9が起きにくいとする「比較沈み帯モデル」と、宮城〜福島県沖においてはM8クラスの歴史地震も記録されていないということが地震前には重視されていた。しかし2002年に地震本部は、福島県沖だけM8が起こらないと考える理由はないとして、歴史に残る貞観地震の津波堆積物調査を集中的に実施し、2011年2月には大津波500年周期説を取り纏めていた。予測が対策に間に合わなかったという見方もある。しかし、地震発生があと10年遅かったとしても、「想定」に加えられていただろうか?

    歴史記録や観測記録などの直接証拠がない地震・津波は防災対策に活かされにくい。自然地理学が提示する古地震や活断層は間接証拠として扱われる。間接証拠をどこまで重視するかは法的にも明確ではない(Suzuki, 2020)。

    Nakata et al., (2012)は、日本海溝沿いに多くの海底活断層が分布することを明らかにした。これはおそらく深部のプレート境界面から分岐するもので、陸域の活断層とは解釈上の違いがあるが、過去の地震の痕跡であることは間違いない。こうした情報を地震ハザード評価にどれだけ活かせるか地理学者にも責任がある。

    2-2.防災上の想定の問題点

    「予測」の説明責任は科学にあり、「想定」の判断責任は行政にあるとも言われる。用語と責任の所在を明確にする必要がある。

    また、「想定」の基本は「既往最大」である。地震直後には「理論上最大」まで考慮すべきという議論があったが、その必要性と妥当性には疑問がある。今一度基本は「既往最大」として、それをどう決めるかを整理すべきである。従来通り、直接証拠があり否定しがたいものだけを「既往最大」とするのではなく、間接証拠から可能性が高いと判断される事象までを既往最大とすべきではないか。経済との相克のなかで、明確な答えを出すハードルは高いかもしれない。

    近年、行政における防災の道筋はある程度明確になったが、絵に描いた餅ではいけない。①ハザードマップを作り、②自らの危険性を知り、③対応を考え、④適切な行動をする、というのは防災の正攻法であるが、重要なことはそれぞれの段階がしっかり機能しているかを点検することではないか。

    3. まとめ

    いま求められることは、俯瞰的な点検である。短期的経済中心の価値観からのパラダイムシフトを遂げることも重要であり、それに貢献できる防災教育に対して地理学は責任を持っている。

    文献

    日本学術会議(2007):答申「地球規模の自然災害の増大に対する安全・安心社会の構築.」

    Suzuki, Y., 2020. Active Faults and Nuclear RegulationBackground to Requirement Enforcement in Japan, Springer.

    Nakata et al., 2012. Active Faults along Japan Trench and Source Faults of Large Earthquakes, Proc. Intl. Symp. Engineering Lessons Learned from the 2011 Great East Japan Earthquake. 254-262..

  • 矢ケ崎 典隆
    セッションID: S303
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    地誌学は地域性を明らかにし、地域認識の方法を提示することを目的とする。地域に関する総合的な理解に貢献する地誌学は、地理教育において特に重要である。アメリカ合衆国については様々な情報があふれているし、関係する学術領域において研究が蓄積されてきた。私は地誌学の視点と方法について、以下のような提案を行った。

     地誌学の7つのアプローチ:身近な地域の地誌、歴史地誌、グローバル地誌、比較交流地誌、テーマ重視地誌、網羅累積地誌、広域動態地誌という地誌学的アプローチを用いることにより、さまざまな地域スケールで世界を認識することができる。

     アメリカ地誌の4層構造:アメリカ合衆国の形成過程に着目し、地域性と全体像をとらえるために、自然環境、アメリカ先住民の世界、ヨーロッパ文化圏の拡大、アメリカ化の進展という4層構造を設定する。地域的多様性を生み出す力と、等質性を生み出す力が作用することにより、アメリカ合衆国が形成された。

     グローバリゼーション、ローカリゼーション、サステイナビリティ:現代の世界を地理学から展望し、地域像にアプローチするために、グローバリゼーション、ローカリゼーション、サステイナビリティの視角を用いることが有効である。縮小する世界、地域へのこだわり、地球と人類の課題を明らかにすることができる。

     世界の博物館アメリカ:アメリカ合衆国は世界各地から流入する移民にとって終着駅であり、世界中から文化要素が持ち込まれた。移民の出身地は時代によって異なるとともに、移民の出身地では社会、経済、文化が変化した。その結果、アメリカ合衆国には移民が持ち込んだ文化要素が残存した。すなわち、この国は世界の博物館としての役割を果たす。

     アメリカ合衆国は広大な面積を有する国であり、地域的多様性に富む。地域性を認識することはアメリカ地誌の重要な課題である。一方、アメリカ合衆国は国家としての統一性を維持してきた。異なる地域的特徴を有する地域の複合体として、国家はどのように維持されてきたのか。すなわち、国家としての全体像とそれを可能にするアメリカ的な仕組みを理解する必要がある。

     アメリカ合衆国は多民族社会であり、これはアメリカ地誌の重要なテーマである。もともとアメリカ大陸には先住民が居住したが、コロンブス以降、ヨーロッパをはじめとする地域から移民が流入した。さらに、労働力としてアフリカから強制移住を強いられた人々もいた。多民族社会は多様な人々から構成されており、これらの多様なエスニック集団は、3つの作用に組み込まれた。すなわち、一つの国家としてのまとまりを実現するアメリカ化のメカニズム、それぞれの地域に根強く存在する地域主義のメカニズム、そして各エスニック集団が共有するエスニック意識を維持するメカニズムである。アメリカ型多民族社会とは、アメリカ化、地域主義、エスニック意識が複雑に絡み合いながら、多様なエスニック集団が共存する社会である。アメリカ合衆国はいつの時代にも分断を経験したが、分裂することのない多民族社会である。

     以上のような地誌学の視点と方法により、他の社会科学や人文科学におけるアメリカ研究が提供することのない、現実的なアメリカ像を示すことができる。

  • ―生徒GIS実践型授業を例として―
    金田 宏樹
    セッションID: P041
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1 本研究の課題意識

     現代のように地域間の交流の盛んな時代においては,社会的事象を位置や空間的な広がりなどを考慮して地図上で捉えることは重要である。「地理的な見方・考え方」は,「位置や分布」「場所」「人間と自然環境との相互依存関係」「空間的相互依存作用」「地域」という5つの視点で構成され,授業のねらいに即して的確に活用し,自在に働かせるようになることが重要となる(永田 2017)。

     新指導要領の「地理総合」「地理探究」で大きく取り上げられているGISは,地理的考察のために地図化して情報を得る際の効果的な手段のひとつとして,現行の学習指導要領においても「地理的な見方・考え方」の育成における有効性が示されてきたが,学校の利用はそれほど進まなかった(國原2018)。GISは,地図上の位置や分布の正確な提示,複数の地図の重ね合わせによる事象間の関連の分析,統計的手法に基づいた空間的規則性と傾向性の図示を可能にする。日本学術会議でも地理空間情報やGISを活用した教育の重要性が今日的課題として提言され,平成19年に地理空間情報活用推進基本法が施行されるなど生活の中での身近な存在となっており,今後,「地理的な見方・考え方」の育成において,GISの活用は不可欠だと言えるだろう。しかし,これまで活用が進まなかった背景には,どの単元において,どのような使い方をすれば効果を発揮できるかが明らかでなかったことや学習内容に適したデータの準備の煩雑さなどの課題があった(佐藤2004)。

     本研究は,このような地理教育におけるGISの活用の現状に対し,生徒自らがGISを操作し活用する側面から効果を検証する。

    2 授業実践

    (1)題材に応じた視点の設定

     地理的な見方・考え方の5つの視点がそれぞれどのような単元に対応しているのかについては,新指導要領において「主体的・対話的で深い学び」の視点で整理された。また,秋本(2019)は,地図/GISの分析法と地理的な見方・考え方の関係性についてまとめている。これらをもとに授業のねらいや活用するGISを選定し,単元や授業を構成した。

    (2)WebGISを活用した実践

     研究協力校のA高校2学年文系クラス地理B選択者18名を対象に計7時間の実践を行った。1時間目は単元の導入に位置づけていたので,様々なWebGISに触れさせた。2・3時間目では,主に「位置や分布」に着目させ,jSTATMAPを用いて統計地図を作成した。4・5時間目では主に「地域」に着目させ,地理院地図による地域調査を行った。6・7時間目には,重ねるハザードマップやGoogleストリートビューなどを用いて,被害予想範囲やグループごとに配布した避難条件をもとに避難経路を考えさせた後,Googleストリートビューを用いて避難経路を歩かせ,調べたことを避難マップにまとめさせた。

    (3)アナログGIS教材を活用した実践

     研究協力校A高校2学年理系3クラス計109名を対象にそれぞれ1時間の実践を行った。ここでは地域の防災について,ICTを用いたデジタルな教材ではなく,OHPシートに地理院地図のレイヤーを印刷して生徒に配布し,生徒が手元でGISのレイヤー機能を体感しながら,提示を踏まえた問題点の考察と意見交換が行うことができるよう授業を構成した。また,ワークシートに今回活用した地理院地図の当該範囲のベースマップとレイヤーをQRコードで掲載した。

    3 成果と課題

     こちらで設定した授業のねらいとGIS教材を通して,それに即した地理的な見方・考え方を生徒が働かせられていた。そして,こちらで設定したねらいに加え,他の視点からも考察する様子も見られ,生徒の学習状況やGISの活用方法によっては,多面的・多角的な視点から地理的事象を捉えさせることも可能であるといえる。また,単元を通してGISに関わる地理的技能の向上が見られた。そして,身に付けたGISの技能を次時以降で活用する姿が見られ,実際に操作することの有用性を生徒自身が感じているようであった。また,生徒にとって身近な地域や関心のある地域についてGISを用いて調べてみたいという記述も多く見られ,主体的に学習に取り組む態度の育成にも効果があったと考えられる。さらに避難マップの作成を通して,「意思決定」を伴う地理的探究活動を促す効果も見られた。アナログGISの実践では,実際に自分の手で地図のレイヤーを重ねたことにより,段階的(継次的)に処理することを実感させることができた。

     課題としては,用意したデータや地域,地図や機器の操作が生徒によってはイメージしづらいことである。これは生徒の実態に応じてデータを選定したり,作業時間を工夫する必要がある。

     今後は,こうした課題を踏まえながら,新たなGIS教材の活用の仕方や地理的な見方・考え方を通したさらなる授業改善に努めていきたい。

  • 谷本 涼, 埴淵 知哉
    セッションID: P034
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    個人-地域間に生じる諸現象の相関性や因果関係の解明には、両者のデータを結び付けた地理的マルチレベルデータが有用である。本報告では、日本全国の大都市部を中心に実施した大規模なオンラインサーベイ(2020年10-11月実施、20-69歳対象、登録モニターに対するウェブ回答形式)の概要を示したい。具体的には、収集された計33,000人分の回答データについて、(1)住所データの収集方法と回収状況および(2)調査項目の全体像、(3)歩行環境にかかわる設問の簡易集計結果を概観する。

    (1)住所データの収集方法と回収状況

    番地・号までの住所回答の可否を調査票冒頭で問い、可とした回答者から優先的に回収し、サンプル数が不足した都市・年齢階級・性別では「郵便番号のみ回答可」の回答で補完した。結果、東京特別区と政令市が対象の大都市調査では計画標本数30,000のうち29,579(98.6%)、非大都市調査では計画標本数3,000の全数で、番地・号までの回答を得た。

    (2)調査項目の全体像

    約60の調査項目は、地域設問、個別設問、個人属性に三分される。住所をはじめとする個人属性に加え、伝統的な地理学的関心に沿う地域設問から、新型コロナウイルスや国勢調査を含む時事的な設問までカバーしている。住所データをGIS上に取り込めば、個人の回答を、ウォーカビリティやアクセシビリティといった近隣環境の質を示す指標と併せてマルチレベルで分析できるのが特長である。

    (3)歩行時間にかかわる設問の簡易集計結果

    本調査は、項目ごとの未回答が生じない設計となっている。集計例として、日常生活での歩行時間に関する都市別の回答比率をみると、東京・京阪神・名古屋の大都市圏では、歩行時間が長い傾向が読み取れる。発表では、他にもさまざまな設問の集計概況を報告する。

  • 一ノ瀬 俊明, 田 丹鶴, 李 一峰
    セッションID: 236
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    2020年4月7日に首都圏を中心とする7都府県に対し新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する「緊急事態宣言」が発令された.そこでは「人と人の接触機会を8割削減する」ことが強く求められている.この「8割削減」は感染症の数理モデルによるシミュレーションにもとづいて算出したものとされている.関連の報道をみる限り,ここでは感染症の短期的な流行過程を決定論的に記述する古典的なモデル方程式であるSIRモデル(Kermack and McKendrick, 1927)をベースとした数理モデルが用いられているものと考えられる.SIRモデルにおいては一般に,感受性保持者Sは感受性保持者Sと感染者Iの積に比例して定率で感染者Iに移行し,感染者Iは定率で免疫保持者Rに移行すると仮定され,この時間発展は常微分方程式で記述される連続力学系として表現される.しかし現実の感染拡大は特定対象地域における二次元の空間で生じるものであり,マクロな微分方程式系の計算のみで得られた結果を直感的に理解することは容易ではない.よって本研究では,こうしたメカニズムを直感的に理解しやすい形で示すことを目的に,特定対象地域の二次元空間(地理空間)におけるランダムな人の動きをランダムウォークモデルで表現し,接触する二者の間での感染を計算するモデルを構築した.またこれを用いて,現在提唱されている「8割削減」の有効性検証を試みた.

    本研究では人同士の感染に関わる個別プロセスのミクロな評価を行うため,外界から孤立した正方形の島(孤島)を想定し,10×10のグリッドのそれぞれに1人の人口(島民)を配置している.つまり,100のグリッド上において初期感染者を含む100人の島民がランダムに動きながら感染を広げていくランダムウォークモデルにより,人の動きを近似しようというアイデアである.1番から100番までの番号を付された島民は,1タイムステップごとに一定のルールでグリッド間を移動する.元のグリッドに留まるケースも含め,ここでは周辺9つのグリッドのそれぞれに,9.00〜12.25%の確率で移動するものとしている.初期感染者としては,孤島のほぼ中央に位置している5つのグリッド上の島民を設定した.以降のシミュレーションにおいては,これらの島民のうちのいずれかと同じグリッドで鉢合わせた島民は,設定された確率で接触・感染するものとしている.

    モデルの基本的な挙動が想定されたものに近いと確認できたため,以下ではグリッドを100×100,人口を10000人に拡張した場合の結果について論じる.また,最終タイムステップを100まで拡張した.最終タイムステップに至るまでの感染拡大を,複数のシナリオ間で比較したところ,接触や感染後の移動に制限を加えないケースでは,爆発的な感染拡大がみられるものの,シミュレーションの終盤では未感染者も少なくなるためか,感染者数の伸びには頭打ちの兆候がみられる.また,感染後の移動に制限を加えずに接触だけを8割削減した場合は,感染者数の拡大を抑える効果がみられる.さらに,接触を削減せずに感染後の移動に制限を加えた場合は,10000人でのシミュレーションにおいて感染者の比率が1.25%以下に抑えられている.感染者の隔離(移動制限)も接触の削減もともに重要であり,とりわけ移動の制限効果は大きいと判断される.

    最終タイムステップにおける接触削減率ごとの感染者比率を比較したところ,感染後の移動を制限しない場合,接触を9割削減では感染拡大をほぼ封じ込めた結果となっていた.

    なお本研究では感染後の隔離を「移動の停止」や「系からの削除」という形で表現していないが,本研究で示した時空間ランダムウォークモデルによる数値シミュレーションの結果も,異なるアプローチで導き出された「8割削減」の合理性を支持しうるものであった.

  • 杉江 あい
    セッションID: 201
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    平成29・30年改訂の高等学校学習指導要領解説には,次のような記述がある.

    「例えば,ムスリムにおいては宗教と生活の関わりが一般に密接で,日々の生活の中に多くの宗教的な実践が組み込まれているが,その教えの基本的な部分において他の宗教と倫理的,道徳的な面での共通点も見られる.自他の文化を理解するに当たり,表面的な相違点を強調することは,その理解の妨げともなるので,その取扱いには十分配慮することが大切である」(文部科学省2018:55)

    この記述は,平成21年改訂の学習指導要領解説から引き継がれている(文部科学省2009).本発表で詳しく述べるように,ムスリムは宗教と生活の関わりが一般的に密接という点には首肯できないが,表面的な相違点の強調が自他の文化の理解の妨げになるという主張に賛成する.しかし,地理の教科書(平成27〜29年検定)を見ると,イスラームやムスリムについては食の禁忌や5行(信仰告白,礼拝,断食,喜捨,巡礼),女性のヒジャーブといった表面的な特徴の記述に終始するのが現状である.これは,第1に,地理の教科書が当該地域の専門家以外によっても執筆されること,第2に,片倉もとこ氏や内藤正典氏の仕事を除いて,日本の人文地理学界には教科書執筆者が参照するであろうイスラームやムスリムに関する知の蓄積がほとんどないことに起因すると考えられる.

     その一方で,近年は地理教育の分野においてイスラームやムスリムをいかに教えるべきかという議論が活発になされるようになった(中本2009;永田2012;荒井・小林編2020).その背景としては,日本に定住または短期滞在するムスリムの増加,ムスリムのテロリストの言動によるムスリム一般への偏見の高まりなどが挙げられる.しかし,先行研究が掲げるイスラームやムスリムに対する「ステレオタイプからの脱却」を目指すには,なお議論が不十分な状態である.本発表では,バングラデシュを主なフィールドとする日本人ムスリマの立場から,イスラームやムスリムについて教える上で,次の2点を提案する.

    (1)イスラームとムスリムを切り離して捉えること.具体的には,イスラームをムスリムの言動から解釈しないこと,またムスリムの生活文化をイスラームに還元しないこと.

    (2)イスラームの5行など,表面的なことのみではなく,信仰や論理などの内面的なことを生徒に理解可能な形で提示すること.

     (1)については,誤解されやすいクルアーンの和訳文を例にして,イスラームについて理解するにはアラビア語やイスラーム学に関する深い知識が必要なことを示す.また,ムスリムの生活文化が様々な価値観や慣習から成るハイブリッドなものであることを,バングラデシュの事例をもとに検討する.(2)については,現世における礼拝や斎戒(断食)のメリットや,女性のヒジャーブの例から,イスラームが表面的な行いよりも内面の信仰を重視しており,日本人も共感できる論理を持っていることを議論する.

  • 牛垣 雄矢
    セッションID: S302
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

     2020年1月にNHK教育テレビジョン(Eテレ)の「ろんぶ〜ん」において,報告者が筆頭著者となり2016年のE-journal GEOにて発表した秋葉原論文が紹介された.これを受け,本発表では,マス・メディアにおいてこの地理学研究に着目された背景を踏まえ,コロナ禍の今,アメリカ地誌学習で都市を扱う視点や方法について検討する.

    2.E-journal GEOの秋葉原論文の概要

     この論文は副題の通り2006年と2013年に行った現地調査に基づく.電子部品・家電・パソコン・アニメ関連やメイド喫茶といった業種・業態の店舗が集積する地区を研究対象とし,その内部の全店舗に入るかホームページを確認するなどにより,提供している商品やサービスを把握した.2006年は報告者により,2013年は報告者と連名の学生2名とともに現地調査を行った.

    この間,電子部品・家電・アニメ関連店舗の減少や,メイド喫茶等およびアイドル関係店舗の増加,駅前や大通り沿いでの全国チェーン店の集積などがみられた.またこれらについて路線価や店舗の創業年などとの関連を踏まえて,空間的かつ定量的に分析・考察をした.

    3.Eテレ「ろんぶ〜ん」における秋葉原論文の紹介

     当番組は「小難しいイメージだが知的好奇心を刺激する論文の面白さを読み解く」番組である.秋葉原論文が取り上げられた回では,当該論文を参照しつつも,撮影した2019年12月時点の秋葉原を歩き,地域の特徴を理解する内容となっている.撮影時間はおよそ1時間であり,放送はそのうちの15分が使われた.1時間のうちどの部分を放送するかは担当ディレクターおよびプロデューサーに委ねられたため,実際の放送の内容を確認することで,この論文の中でマス・メディアがどの点を面白いと感じ関心をもったかを読み取ることができる.

     番組内では,秋葉原の独自の魅力や,その魅力を失わずに発展してきた理由を示すものとして論文が紹介された.店舗の入れ替わりの早さや,同業種が集積しつつも互いに差別化を図ることで多様な業種からなる商業集積を形成するという,秋葉原の伝統的な特徴が示された.

     最後に,ゲストの最上もがからは「細かいところで変化していることを文字や表としてわかるのがすごい面白かった」,MCの田村淳からは「色々な街でできる,自分の住んでいる街でやってみたい,こういう研究があることを知れてうれしい,今までのまちの見方と変わる」と感想が述べられた.

     撮影終了後,番組プロデューサーからこの論文を扱った理由を聞くと,「街に関する論文を探していた,秋葉原でできないかと考え,この論文を見つけた,汗を感じる論文だったから決めた」という回答を受けた.

     今回の経験での報告者の所感は以下の通りである.一つは,まちや地域は人々の生活の舞台であるにも関わらず,地理学において研究蓄積があることを知られていない点である.知られれば興味関心を抱く可能性があるにも関わらず,そのための発信が不十分といえる.もう一つは,まちに関する情報を,詳細かつ定量的に調査・分析している点に関心がもたれ,評価された点である.社会に関する情報をデータとして労力を割いて収集し,その分析結果を基に考察するという科学的なプロセスは,複雑化する現代においては特に重要であり,そのような人材を育成する科目という点においても,地理教育の存在価値があると考える.

    4.教科書におけるエスニック・タウンの扱いとアメリカ地誌学習での活用

     商業地を中心とした「まち」の研究を行ってきた報告者の経験が活かせるアメリカ地誌学習として,エスニック・タウンがあげられる.現状の教科書でのエスニック・タウンの扱いは,地理Bではセグリゲーションやインナーシティの文脈で書かれている部分が多い.地理Aや中学校の教科書においても,エスニック・タウンの民族と母国の文化との関係に関する記述はわずかである.多文化共生社会を構築するには,まずは他者を理解し認めることが重要であり,そのための教材として移民国家であるアメリカ合衆国のエスニック・タウンは有効であろう.民族間での交流の事例からは共生のための方策が,民族間での軋轢の事例からは共生に向けての課題を学ぶことができると考えられる.

    文献

    牛垣雄矢・木谷隆太郎・内藤 亮 2016.東京都千代田区秋葉原地区における商業集積の特徴と変化——2006年と2013年の現地調査結果を基に.E-journal GEO11(1):85-97.

  • -オーストリア・チロル州の事例-
    飯嶋 曜子
    セッションID: 212
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    本報告では、EUでの農村移住の動向の背景として、農村振興による環境整備に焦点を当て、その具体的な施策・事業を整理する。そのうえで、オーストリア・チロル州を事例にして、現地での移住の実態と移住をめぐる議論について紹介する。

     本報告で着目するのは農村地域への移住者に対する直接的な財政的支援(移住補助金や住民税の優遇等)ではなく、農村地域の人口を安定化させ持続可能な発展をもたらしうるような農村の環境整備に関わる施策である。そうした施策は分野横断的な性質を持ち、農業、交通、商業などの単一の政策分野に収斂できるものではない。また、それが対象とする空間スケールも、ローカル、リージョナルなものから、ナショナル、グローバルと多様である。EUでは総合的な観点から農村問題に対応するために分野横断的な農村振興の枠組みが構築され、EUの農村振興政策を基軸にして加盟国や自治体がさらに地域の実情に即した具体的な農村振興計画を策定し実施していくという重層的な政策体系がとられている。連邦制をとるオーストリアでは、連邦レベルで農村振興計画が策定され、さらに州レベルや郡などの広域的自治体レベルでも計画が策定される。それらは相互に重層的な関連性を有するとともに、各レベルでは個別分野の諸政策とも整合性がとられている。

     本報告では、チロル州での農村振興政策の具体的施策として、EUの財政的支援による農村開発事業「LEADER/CLLD」と、チロル州独自の施策である集落整備事業「村落再生Dorferneuerung」に注目した。そのうえで、農村移住の事例として、チロル州の主要観光地の一つであるツィラー谷に位置する自治体、およびチロル州のなかでも周縁部に位置し経済的に後進地域である東チロルの自治体(カルティッチュ村)での実態を紹介する。さらに、持続可能な地域発展の文脈から、チロル州での農村移住をめぐる議論についても考察する。

  • 歴史的概観
    篠田 雅人
    セッションID: 337
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    砂漠化は各乾燥地特有の人為および気候の作用による複合現象であることから、本論は、その発生、強化、拡散の過程を農業史および気候史の中でとらえることを目的とした。世界の気候植生地域には、その自然資源に適合した農法(農業様式)が発生、変化したが、農業の自然改変力が再生能力を上回る場合は、その地域特有の砂漠化を引き起こした。このような農法の変化と砂漠化の過程は、森林、疎林、草原・砂漠の3時系列に類型化されることを示した。

  • 田中 健作
    セッションID: P048
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

     本報告では,持続可能な公共交通システムを展望する足がかかりとして,山村におけるバス交通に対する住民意見の特徴を検討する.研究対象地域は,四国山地中央部に位置し,典型的な過疎山村の一つである高知県仁淀川町(333㎢,2020年1月推計人口4,771人,同高齢化率56.5%)である.同町は旧吾川村,旧池川町,旧仁淀村によって構成される.質問紙調査では,外出状況,モビリティの利用や満足度,バス交通や行政に対する意見や要望等を問うた.調査では仁淀川町役場と連携し,各区長の協力を得て,2020年1月に町内のほぼ全戸となる2,781戸に調査票を2,890枚配布した(基本的には各世帯1部,200世帯のみ各2部).2020年2月末までに1,201部の郵送回答を得て,性別不詳および回答項目数が7割未満のものを除いた1,140部を有効回答とした.その内訳は,男性45.9%・女性54.1%,65歳以上は68.9%であり,女性と高齢者の比率は町人口に対してやや高い結果となった.

    2.住民のモビリティの差異

     住民の外出とモビリティの実態について,55歳未満,55-64歳,65-74歳,75-84歳,85歳以上に区分して検討した.年齢層が高くなるにつれ,外出範囲の縮小や外出頻度の低下が進んでいた.75歳以上になると,それ以下の年齢層よりも日常生活や日常移動の満足度は低下し,移動状況自体が日常生活の満足度を引き下げる傾向もみられた.

     年齢が高くなるにつれて,運転をしない人の割合も高くなっていた.75歳までは運転者は90%を超えていたが,75-84歳は75%,85歳以上は51%にまで低下した.これに対応して,75歳以上のバスやタクシーの利用割合は高くなっていたものの,バスは月1〜3回,タクシーは月1回未満の利用が主であり,自家用車運転ほどの高頻度利用ではなかった.75歳以上の場合,自家用車運転とともにバス・タクシーを利用しない住民も一定数みられ,彼らは近親者送迎をモビリティとしていた.公共交通非利用者層は運転者と高齢非運転者によって構成されている.

    3.バス交通に対する住民意見のモビリティ間比較

     モビリティの年代別差異は,バス交通やタクシーに対する満足度にも影響している.これについて,75歳以上はそれ以下の年齢層に比べて,「満足」や「やや満足」の割合は高かった.ただし,バスやタクシーの未利用に起因する「わからない」の割合は3分の1程度を占め,74歳以下ほどではないものの高水準であった.バス・タクシー未利用者の場合「わからない」が突出していた.

     このように住民のモビリティ利用形態は,公共交通に対する認識・評価に影響を与えている.それは,公共交通の存続方式に関する住民意見にも少なからず反映されていた.これに関して,①「運転・月1回以上」,②「運転・月1回未満」,③「バス利用・月1回以上」,④「バス利用・月1回未満」,⑤「運転とバスともに利用・なし(②・④と一部重複)」別にいくつかの『項目』を検討した.

     その一つとして『自分自身ができる地域のバス交通・維持改善のための行動』(複数回答)の場合,全体として「利用を増やす」,「行政や運輸業者に働きかけ」の占める割合が高かった.この下で①と④における「年会費負担・寄付」,「行政や運輸業者に働きかけ」,②と③の「利用を増やす」,「近隣住民に働きかけ」,③の「議員や区長に働きかけ」は相対的に高かった.①と④の「利用を増やす」,③の「特になし」と⑤の「利用を増やす」は相対的に低かった.

    一方,『自身の考えるバス交通の持つべき役割』(複数回答)の場合,①〜⑤のいずれも「交通不便な住民の移動手段」は8〜9割弱,「来町者の移動手段」は2割程度を占めた.しかし差異もみられ,①と④の「商業や観光の活性化手段」,「物流と合わせた輸送手段」,③の「運転する住民の移動手段」,⑤の「特になし」は相対的に高い割合を示した.

    4.おわりに

     このように,山村のバス交通に対する住民意見は,住民のモビリティ状態との関連を持ちつつ一面的ではない.こうした特徴は,バス交通存廃に関する開かれた議論の必要性やバス交通の存続方式の多様性を示唆するものである.またここに,山村の「公共」交通の持続性を高めるための,個々のモビリティや経済活動の違いを越えた“地域ぐるみ”の参加の必要性とその意義を見出すこともできる.

  • 鹿島 薫, Yang Dong-Yoon, Han Min
    セッションID: 368
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    唐城(タンソン)は韓半島西岸に位置し、統一新羅時代(AD668-900)において、唐との交易港として繁栄した。港湾とそれを見下ろす城址からなっている。続く高麗時代には港湾は放棄され、その後のデルタ前進に伴い海域と離され、現在は約4km内陸に位置している。

    2017年および2018年に韓国地質資源研究院によって遺跡周辺の沖積低地において30地点を越えるオールコアボーリングが掘削された。本研究では、その中から遺跡直下の波止場(TS17-09)から現デルタ前面(TSE18-06)に向けて、沖積層を横断するように6地点を選定し、粒度分析、年代測定(炭素14およびOSL),微化石による堆積環境復元を行った。

     最も海側に位置するTSE18-06においては、沖積層基底から基底泥炭が確認された。その年代はca.13000yBPであり、淡水生珪藻化石が多産した。その後、海水準上昇に伴い、海域は急速に拡大し内湾が形成された。4-5000yBPからは粒度の粗粒化、汽水生珪藻化石の増加が生じ、内湾が閉塞環境となり汽水域となったことがわかった。ただ、海域の最終的な消失は400-200yBPであり、デルタの埋積に加え、沖積低地の水田開発の影響を受けてきた。

     城址のふもとに立地していたと推定される港湾施設において掘削されたTS17-09からは、港湾施設遺構を覆うように5回の高潮波浪堆積層が観察された。ここでは珪藻類に代わって、黄金色藻休眠胞子が急増し、台風などの災害イベントに伴う攪乱と急激な堆積状態が示唆された。この高潮波浪は800-1000yBP以降、高麗〜李氏朝鮮時代に増加し、これらが港湾施設の破壊と遺跡の放棄をもたらした。

  • 畔蒜 和希
    セッションID: 276
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    東京大都市圏では依然として待機児童の解消が叫ばれており,保育所の増設とともに保育士の人材確保が喫緊の課題として認識されている.近年はこのような現状を背景に,養成校との関係に基づいた保育労働力の需給構造を明らかにした研究が蓄積されつつある(甲斐2020).他方で保育士の労働市場に関する議論は新卒保育士の就職部分に焦点化されており,就職後の職業キャリアや中途採用の状況については触れられていない.これを踏まえて本報告では,保育所で実際に働く保育士のライフコースを描き出し,職業キャリアの特性を検討する.

     本報告では東京大都市圏郊外における対象事例として,東京都調布市の社会福祉法人運営の認可保育所を取り上げる.常勤保育士18人のうち12人に対してインタビューを実施し,養成校を卒業してからの職歴の詳細や,結婚・出産等のライフイベントとの関係を明らかにした.

     対象者のうち10人は養成校を卒業することで保育士資格を取得しており,初職先の選択については先行研究で得られた傾向と類似していた.既卒で資格を取得した2人については,資格取得前より保育補助として勤務しており,現場での経験を蓄積する積極的な意思を持っていた.

     次に調査対象者の職歴をみると,同一の保育所または法人内で勤続している者は1人しかおらず,多くの保育士は転職を頻繁に繰り返したり,一度保育士を辞めたのちに再度復帰したりと,自らのキャリアを流動的に形成する傾向にあった.主な転職理由に着目すると,職場内での人間関係,保育所側の運営方針への不満などが挙げられていたほか,特に営利法人の保育所については企業的な経営体制が内包する労働環境等の問題が多く指摘されていた.

     また,一時離職を経験した保育士については結婚や出産が離職の契機となる場合が多く,女性職としての保育士の特性を反映している.しかし意思決定の内実は多様であり,出産を契機とする退職は慣習であったと述べる者もいれば,第一子出産後に子育てとの両立が困難になったため,勤続を断念した者も見受けられた.これに対して勤続していた保育士は,親族による育児サポートや勤務シフトの柔軟性を理由に勤続が可能であったことを述べている.

     個々の職歴をみる限り,保育士の職業キャリアは流動的に形成される傾向にある.しかし対象者の勤務地歴をみると,過去の就業地の空間スケールは狭域に収束している.さらに調査対象である保育所への就職経緯をみると,多くは知人による紹介や同僚の転職経験など,人づてによる情報から現在の職場を認知している.人材紹介サービスを用いて転職活動を行っていた対象者についても,通勤時間を重視しつつ自宅の近隣で転職先を探していた.以上を踏まえると,施設単位でみた場合の保育労働力は,新卒者に限らずローカルに供給される傾向が示唆される.

     なお,本調査は単一の保育所を事例に,保育士の職業キャリアや労働力供給の一端を明らかにしたに過ぎない.したがって,異なる地域間・運営主体間の差異に着目することで,本報告の調査結果を相対化することが求められる.

  • 高波 紳太郎
    セッションID: 367
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに 大野川は阿蘇カルデラ東方のAso-4火砕流堆積物分布域から大分平野を経て別府湾に注ぐ河川であり,河床にAso-4溶結部が露出する豊後大野市以西の中上流部に沈堕滝や魚住滝といった多数の遷急点を有する.このうち最も下流側に位置する沈堕滝(河口から51.7km地点)は,9万年前にAso-4溶結部の分布限界である大分市竹中付近(河口から19.7km)で形成され,その後現在の位置まで後退してきたと考えられる(高波,印刷中).沈堕滝の下流側では25kmにわたって数段の河成段丘が発達し,その段丘崖にAso-4溶結部が連続して露出する.これらの段丘地形は沈堕滝の後退による河床低下にしたがって形成された侵食段丘と推測されるが,大野川中流域の地形を扱った既往研究(酒井ほか,1993:寺岡ほか,1992:松添,1992)では沈堕滝の後退を想定しておらず,テフラに基づく段丘形成年代の検討も十分になされていない.本発表では露頭調査および文献調査に基づき,沈堕滝の後退を念頭に置いた大野川中流域の段丘地形発達史を議論する.

    2.方法 沈堕滝から大分市境に至る大野川の段丘崖において複数の露頭を観察し,露出する地層を記載した.また段丘面上にある考古遺跡の発掘資料を収集して段丘を構成する地層の情報を得た.対象地域では火山灰編年に有用なテフラとして九重第1降下軽石やAT火山灰,鬼界アカホヤ火山灰が知られており(町田,1980),本研究はこれらを手掛かりに段丘面の形成年代を推定した.さらに段丘面下の岩盤がAso-4溶結部である場合は沈堕滝の通過と同時に離水した面と考え,基盤岩(大野川層群)であれば沈堕滝の通過後に段丘化した面と判断した.

    3.調査結果とその解釈 ここでは露頭の観察結果および考古遺跡の文献調査結果のうちの重要な地点について説明する.河口から30.8kmにある犬飼リバーパーク管理棟脇の切通しでは,Aso-4溶結部を覆う砂礫層(層厚0.7m)とローム層の下部が露出していたが,テフラ層は確認できなかった.一方,豊肥本線百枝鉄橋から下流へ350mの地点では,Aso-4溶結部(層厚27.9m)の上に砂礫層(層厚3.0m)とローム層(層厚2.7m)がのる右岸の露頭を左岸側から観察できた.この段丘面の高さ(標高120m)は,この露頭から南西に700m離れた岩戸遺跡(河口から49.2km)がのる段丘面に相当する.岩戸遺跡の地層を調査した町田(1980)は地表から3.1mの深さにAT火山灰を認めた(火山ガラスの屈折率測定による)が,九重第1降下軽石層は見出されなかったとしている.河口から32.8kmの地点にある津留遺跡では基盤岩を砂礫層が覆い,層厚1.5mのローム層中には下から0.4〜0.8mの範囲にATと思われるテフラがパッチ状に存在する(大分県教育委員会,2013).津留遺跡のある段丘面は基盤岩の直上に広がっているため,Aso-4溶結部が侵食された後に形成された侵食段丘であると考えられる.

    4.段丘面区分と段丘形成年代 大野川中流域にはAso-4溶結部上に発達する段丘面と基盤岩上にある段丘面の二種類があり,段丘面上の代表的な遺跡名をとって高位にある前者を岩戸面,低位にある後者を津留面と仮称する.いずれの段丘面もローム層中にAT火山灰(3.0万年前)を含み,九重第1降下軽石層(5.4万年前)をもたないことから,ともに5.4万年前から3.0万年前までに形成されたと考えられる.したがって,大野川中流域の段丘形成はAso-4堆積から3万年以上経過した後に始まり,AT火山灰降下までには完了していたとみなせる.

    5.沈堕滝の後退速度 沈堕滝が九重第1降下軽石堆積からAT降下までの2.4万年間に,少なくとも犬飼リバーパークから岩戸遺跡までの流路長18.4kmを後退したと考えれば,その平均後退速度は0.77m/年と計算される.これは高波(印刷中)で推定された過去9万年間(0.36m/年)の後退速度よりも大きい.以上の結果は沈堕滝が5.4万年前から3万年前に至る期間で急速に後退し,これによって大野川中流域に段丘が形成されたことを示唆する.

    文献 大分県教育委員会 2013.津留遺跡:国道326号線道路改良に伴う埋蔵文化財発掘調査.酒井 彰・寺岡易司・宮崎一博・星住英夫・坂巻幸雄 1993.5万分の1地質図幅「三重町」.高波紳太郎 印刷中.沈堕滝(雄滝)の後退速度.地理評.寺岡易司・宮崎一博・星住英夫・吉岡敏和・酒井 彰・小野晃司 1992.5万分の1地質図幅「犬飼」.町田 洋 1980.岩戸遺跡のテフラ(火山灰).坂田邦洋編『大分県清川村岩戸における後期旧石器文化の研究』.443-454.松添澄代 1992.大野川中流域の地形発達.大分地理 6: 51-58.

  • シンポジウム「地理・社会科授業実践に必要な教師の力量とその養成-グローバルな教員養成論から考える-」の背景
    志村 喬, 秋本 弘章, 永田 成文
    セッションID: S201
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1:はじめに:教育職員免許法の改定(2016年)による「教科に関する科目」と「教職に関する科目」の統合による「教科及び教科の指導法に関する科目」化や教職課程コアカリキュラム化,教育系大学院(修士課程)の高度な実践的教育指導力を持つ高度専門職業人養成を目指す教職大学院(専門職学位課程)への急速な転換(2008年以降),高校地理科目の再編・「地理総合」必履修化(2022年)などが短期間におこり,日本の学校現場では,地理・社会科(地理歴史科)を教える教師の実践的力量の内実とその養成が大きく問われている。2018年に発足した地理教育国際共同研究グループ(発起人代表:志村喬)では,地理教育の今日的課題を国際的文脈から考究してきた。焦点の一つは地理を教える教師の力量形成・教員養成に関する課題であり,本課題についての国際共同開発研究プロジエクトヘ科研究費補助金等を活用して参画し,成果は『社会科教育へのケイパビリティ・アプローチ—知識・カリキュラム・教員養成—』(風間書房)として出版した(2021年3月)。本シンポジウムは,この研究グループ活動成果をもとに,グローバルな視座から日本の教員養成について討議し,今後の展望を得ることを目的にしている。

    2.地理・社会科教員の養成・研修国際共同開発研究プロジェクト「ジオ・ケイパビリティズ」:教育哲学者G.ビースタの教育の「学習化(learnification)」批判や,教育社会学者M.ヤングの学校教育で教授すべきは学問的に裏付けられた「力強い知識(powerful knowledge)」であるとの主張,に象徴されるように,過度に構成主義的で指導方法論に偏った学校授業実態及び教員養成への批判は,地理教育界でもみられる(ビダフ・志村 2019).改善の鍵は,授業実践を担う教員の教科教育専門職としての力量であり,そのような力量を備えた教員養成・研修を目指す国際共同開発研究プロジェクト「ジオ・ケイパビリティズ」が2012年より進行した。本プロジェクトの理論的枠組みは,ケイパビリティ論を教育目的論としたもの(第1図)であり,プロジェクトの背景・概要等は,志村(2018)で解説した。同プロジェクトには2016年度以降,日本も組織的に参画し,教員養成教材・研修材開発成果に代表される日本型研究成果は,国際地理学連合地理教育委員会機関誌における同プロジェクト特集号にKim et al.(2020)として掲載されるにいたった。

    3.シンポジウムの構成:本シンポジウムは,報告・討議をグローバルな文脈に定位するべく,プロジェクト遂行の中核地域であるイングランドの地理教育研究者Nicola Walshe(Anglia Ruskin Univ.)を基調講演者として迎える。氏は,地理学専攻後に中等教育学校勤務を経て,教員養成に現在携わるとともに,イギリスの地理教育理論研究会GEReCoの共同代表を務めている。氏を含めた諸報告により,現在の日本の教育状況での地理・社会科教員養成についての活発な議論を目指す。

    本研究成果の一部はJSPS科研費17H02695による。

    文献:志村 喬 2018.学校教育で「持続可能な社会づくり」を実現する教員養成のあり方−地理教員養成・研修をめぐる国際動向−.科学, 88(2):166-170./ビダフ メリー・志村 喬 2019.イギリスにおける教員養成改革の教科教員養成への影響−地理教員養成の事例−. E-journal GEO, 14(2):404-412./Kim,H., Yamamoto,R.,Ito,N. and Shimura,T. 2020. Development of the GeoCapabilities project in Japan: furthering international debate on the GeoCapabilities approach. International Research in Geographical and Environmental Education, 29(3):244-259.

  • 教育を教えるための課題と機会
    Walshe Nicola
    セッションID: S202
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    One of the main purposes of education is to help (young) people to be prepared for today and tomorrow. In an editorial of a special issue of IRGEE relating to Future geographies and geography education, Béneker and van der Schee (2015) argue that “communities of geography teachers should rethink what geography young people really need to learn to be better prepared for the near future” (p.287). It could then be argued that communities of geography teacher educators should rethink what trainee geography teacher educators really need to learn to be better prepared to teach them. In response, this paper explores two areas of consideration for geography teachers of the future, reflecting on both challenges and opportunities this may bring.

  • 植村 円香
    セッションID: P026
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    Ⅰ.研究目的

     ハワイ島の西部に位置するコナでは,1840年代頃から商業用のコーヒーが生産され,欧米移民によるコーヒープランテーション経営がなされた.しかし,コーヒー価格が低迷すると,1890年代に欧米移民は農地を小作人に貸し出したことで,コーヒー生産はプランテーション経営から家族経営へ転換した.このとき,小作人としてコーヒー生産に従事したのは,日系人(本発表では,日本移民とその子孫の総称とする)であった.

     日系人はコーヒーの品質向上に努め,コナのコーヒー生産を発展させてきたが,1960年代には高校卒業後に大学進学や他産業に従事するためにコナから転出する者が多くみられた.そのため,1970年代にはコナのコーヒー農園数・面積は停滞し,コーヒーは衰退傾向にあった.

     しかし,1980年代に世界的なスペシャリティコーヒーブームが起こると,コナではコーヒー農園数・面積,生豆価格ともに増加する傾向がみられた.日系人に代わってコーヒー生産を開始したのは,コーヒー会社のほか,アメリカ本土やヨーロッパからの移住者などの新規参入者であった.本発表では,日系人から新規参入者への担い手の変化に伴うコーヒー生産の変容を明らかにするとともに,コナのコーヒー産業を維持発展させるうえで新規参入者および生産地が直面する課題を指摘することを目的とする.

    Ⅱ.コナのコーヒー生産の変容

     1970年代まで,コナのコーヒーは,8月から12月にかけてコーヒーの原料となるコーヒーチェリー(以下,チェリー)を生産者が収穫し,島内の精製組合が生豆に加工し,消費地で焙煎業者が焙煎していた.日系人は,チェリーの生産や精製組合の運営のほか,剪定技術の改良,豆を乾燥させる干し棚の開発,生豆の等級制度の導入をすることでコナのコーヒーの品質向上に貢献してきた.こうして,コナで生産される「コナコーヒー」は,プレミアムコーヒーとして消費地で認識されるようになった.

     生産地名を冠するプレミアムコーヒーである「コナコーヒー」を,農園名を冠するスペシャリティコーヒーに転換させたのが,新規参入者である.彼らは,チェリーの収穫,精製,焙煎,販売の一貫経営を行い,インターネットを利用した販売のほか,農園見学に訪れた観光客向けに対面販売を行っていた.このように,新規参入者はコナのコーヒー産業の回復だけでなく,スペシャリティコーヒーブーム下でのコーヒー需要の対応に貢献していた.

    Ⅲ.新規参入者と生産地の課題

     2019年9月の調査時点で,コナには約600のコーヒー農園が存在する.そのうち,チェリーのみを収穫する農園が約420,一貫経営を行う農園が約180である.一貫経営を行う農園の経営主の多くは,新規参入者である.新規参入者のコーヒー生産の課題を明らかにするために,コーヒー栽培面積10ac以上の3農園(組織経営)と,コーヒー栽培面積9ac以下の2農園(家族経営)で聞き取り調査を実施した.その結果,家族経営の場合,農園のコーヒーからの粗収益は200万円程度であり,これはチェリーを精製工場に出荷する農園の粗収益と同等であることが明らかになった.

     このことから,新規参入者の収益性の向上が課題となるものの,近年では害虫被害によるチェリーの生産量の低下,チェリーの収穫労働者の減少と日当の上昇により,その克服が困難となっている.また,生産地レベルでは,生豆価格の上昇による偽「コナコーヒー」の流通という問題も生じており,「コナコーヒー」の規制強化も課題となっている.

  • 于 燕楠
    セッションID: 267
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    1. 目的と方法

    需要発生地によってインバウンドの訪問パターンには特徴がみられる.典型的な例として,台湾の団体旅行は地方を含めた全国へ拡大する傾向にある一方,中国の団体旅行は東京—大阪間のゴールデンルートに偏在している.地方訪問について,台湾人の地方志向と中国人の都市志向がよく知られているものの,その要因を検討する実証研究は必ずしも十分とは限らない.地方における台中の訪問パターンを相対化する具体例によって,異なる分布傾向をもたらす要因がわかる可能性がある.

    本稿の目的は,富山県に訪問する台湾発と中国発の旅行商品の訪問地を明らかにし,その分布要因を考察することである.具体的には,2019年1年間の富山県を経由する台湾389件と中国258件の旅行商品を資料とする分析と,2020年12月に旅行業者を対象とする聞き取り調査を実施した.旅行商品の分析では,目的地をノード,目的地間の移動経路をリンクとして抽象化し,旅行商品をネットワークの視点でとらえる.両ネットワークの面的な分布傾向,線的な周遊ルート,点的な目的地の3つのスケールに着目し,聞き取り調査を踏まえて分析結果を考察した.

    2. 結果と考察

    台中両ネットワークとも,白川郷と金沢をハブとする構造を有している.富山県を訪れる旅行商品であるものの,富山県は必ずしも主要目的地とは限らない.市町村単位で集計した訪問地の分布について,台湾の旅行商品は訪問地が80箇所と多いこと対し,中国のものは44箇所と旅行範囲が比較的限定されている.特に台湾のツアーには,富山県朝日町や新潟県糸魚川市などの中小都市の多いことが顕著である.これらの地区が中国のツアーに現れていない要因は,商品化までの知名度に欠けることだと考えられ,「造成しても販売が困難」との聞き取り調査の回答と整合的な結果となった.

    また,周遊ルートの地域差も確認できた.聞き取り調査の結果を参考にし,コミュニティ抽出手法で捉えた周遊ルートを「昇龍道」「アルペンルート周遊型」「ゴールデンルート拡張型」「近畿—北陸周遊型」の4類型にまとめた.地方志向の「昇龍道」「アルペンルート周遊型」が共通しているものの,「ゴールデンルート拡張型」が中国独自のものとして存在している.この類型では,富山や金沢をはじめとする地方部が大都市の脇役とみられ,中国からの地方訪問を促す一因がゴールデンルートのリニューアルだと分かる.一方,この類型は台湾のツアーに全く登場しておらず,東京—大阪に台中間の温度差が存在している.

    以上から,地方訪問を指向する台湾と,ゴールデンルートに固執する中国の旅行商品の違いが比較的明瞭にみられる.ほかにも旅行形態・ターゲットの設定・旅行商品Webページの記述の特徴を合わせて見ると,両者が違う成長段階にあることが考えられ,市場の成熟度が訪問パターンの差を生じさせた一因だと考察できる.中国では日本の地方部が観光地として知られるようになった日が浅く,なじみの薄い地方訪問がまだ草創期にありながら,台湾は既に訪日の成熟市場であり,大都市よりも地方志向性が向上している.今後一定の期間を経ることで,台湾のような旅行商品が中国にも現れる可能性がある.しかし,市場の成熟度はあくまでも一因であり,今後は入国制限,旅行業者の経営戦略,旅行動機の差などの要素がどれだけ旅行商品に影響を与えるのかを確認する必要がある.

  • -2020年暦年のデータによる-
    千葉 晃
    セッションID: P002
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    本研究は、複雑なパラメータを用いずに快適な気温を20〜24.9℃と定義し、その時間数が1年間で何時間あるのかを調べることを目的とした。解析対象地点は東京都内にある島嶼部を除くアメダスの8地点で、期間2020年1月から12月までとした。その結果、練馬では1600時間(18.22%)、小河内では1694時間(19.30%)、江戸川臨海と羽田がともに1789時間(江戸川臨海20.41%、羽田20.37%)であった。2020年は閏年のため一年間は8784時間である。快適な時間は、1年間に全体の18〜20%程度であることがわかった。

  • Visualization of the Latin Quarter for the Tourism Industry
    Mohamed Soliman, Tomoyuki Usami, Satoshi Imamura, Keiji Yano, Abbas Mo ...
    セッションID: 310
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    The contemporary Latin Quarter in Alexandria contains a potential human activity of the royal Ptolemaic district (332-31 BC), which was identified based on historic maps and previous archaeological information. The scope area was investigated using the Russian system LOZA-V GPR technique, with a focus on Khartoum Square, Sultan Hussain, and Champollion.

    Visualization of the potential urban and architectural remains explored in Khartoum Square represents an outstanding value to the tourism industry in Alexandria similar to Le Domus Romane di Palazzo Valentini in Rome, taking into account Egypt's vision, NSDS 2030.

  • 中田 高, 後藤 秀昭, 熊原 康博, 田中 圭
    セッションID: 369
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    ALOS 30 DSMアナグリフ画像を用いてイラン全土の活断層の詳細マッピングを行い、新たに予察的な活断層図を作成した。

  • 郊外農村の生活と山村のオルタナティブ農業
    市川 康夫
    セッションID: 214
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    本報告では、フランスにおいて農村移住はいつ始まりどのように展開し、その特性はいかなるものなのかを提示したい。そのために、過去の文献や調査資料、公表データからフランス田園回帰の展開を整理し、実際の移住者たちについて都市郊外農村(ジュラ県)、山地農村(オート・ロワール県)での聞き取りからフランス農村移住の生活の実態とその特性をみることにしたい。

     フランスの農村移住の展開は以下の「3つの波」に整理されると考える。第1の波は、1968年の五月革命が発端であり、運動に挫折した若者たちは,都市社会や資本主義から逃避し,理想郷を求めて南フランスの山村を目指した。ヒッピー文化に影響を受けていた彼らは,南仏のセヴェンヌ地方を中心に,孤立した農村廃墟や小集落に共同体を組織した。こうした、「反体制文化(カウンター・カルチャー)」としての農村移住によって、300〜500ほどの共同体が乱立し,そこで暮らす若者の総計は冬季におよそ5千〜1万人,夏季には3万〜5万人に上った。これは、「大地へ帰れ」運動と呼ばれ、1970年代にはエコロジー思想や有機農業の拡大とともに一般的な層にも農村移住は拡大した。

     第2の波は、1980年代からの「家族による移住」の時代であり、農村移住における大衆化の時代ともいえる。都市化の影響が周辺農村において強くなったことで、郊外の田園化が進み、中流階級の子育て世代や教育水準の高い層が多く移住するようになり、都市にはない農村アメニティを「理想郷」とみなした。それ以外では、経済の停滞や失業率の増加によって、農村へと逃れる層も現れ、移住者の多様化も同時に進展した。

     第3の波は、2000年代以降であり,「新たな自給自足経済」を求める人々の出現である。彼らはリベラル運動やラディカルな思想,アルテルモンディアリストやエコロジストであり,「新たな社会運動」に属する人々である。それと同時に、富裕層やベビブーマーの退職移動なども進んでいる。

     フランスの田園回帰は全体で一様に進展しているわけではない。農村でも都市近郊農村や観光産業やリゾートに近接する地帯に偏っている。例えば、都市近郊ではパリやリヨンの大都市圏のほか、ブルターニュ地方などが該当する。海辺では、南仏地中海沿岸や大西洋岸のリゾート地域、あるいはアルプス地域の周辺農村も流入者が多い。農村移住は、社会階層によっても特徴が異なり、上級管理職・知的専門職が大都市との近接を重視するのに対し、ブルーカラー層は遠隔地への移住割合が高い。一方、退職後におけるこの傾向は全く逆になり、年収が高いほど遠くへの移住を求める特性を示す。

     都市郊外農村として、ジュラ県の村を事例に挙げる。この村では、1970年代から人口回帰が始まり、当時から人口は約2倍にまで回復した。本調査では、1990年代以降の流入者を移住者と定義し、彼らにヒアリングを行った(12組)。その結果以下が明らかになった。移住者の多くは公務員職であり、いずれも同県か近隣の県の出身者である。彼らは、就職や結婚といったライフステージのなかで都市間の転居移動を経て、子どもの誕生や庭付き戸建ての取得を契機に理想の住環境を求めて事例村へと辿り着いている。彼らは、自主リフォームを行うものが多く、古い農村家屋を購入後、週末を利用して家屋や納屋を改修し、数年かけて移住を果たしていた。移住者が評価する農村は、「勤務地との近接性」、「住環境としての静けさ」であり、カンティニ村は若年カップルや子育て世代、戸建て住宅取得を目的とした中流階級の移住という、フランスの現代農村移住の典型をよく表した事例といえる。

     山村に定着した移住者の事例として、オーベルニュ地方への就農者たちを取り上げたい。サンプルは少ないが、ライフヒストリーを含むロングインタビューを3組の移住農家に行った。フランスでも保守的なオーベルニュ地方にあって、彼らの就農は容易ではなく、農地の取得や拡大が困難であり、また政策的な援助や就農支援も不足しているなかでの移住と就農を経てきた。彼らに共通しているのは、いずれも大規模農業の正反対として、オルタナティブな農業のあり方を模索している点である。それは換言すれば農薬・化学肥料への対抗や自然栽培、独自の地方品種の採用や山村イメージの付加などを通じた「生産の質」の追求である。とりわけ、有機栽培、互助組織、マルシェ、生計へのツーリズムの導入は彼らにとって重要な意味を有している。彼らは、前述でいう第3の波に属する移住者であり、エコロジーや反グローバル化の思想を背景に有し、中央高地の山村という困難な場所であえてそれを実践することに、意義を見出しているともいえる。

  • 小関 祐之
    セッションID: S306
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

    本報告では,シンポジウムの総括として,4名による報告を受けて「大学入試における地誌学習成果の評価」について検討する.

    高等学校現場(特に大学への進学者の多い普通科等の高校)では,地理の授業でセンター試験(令和3年度入試からは大学入学共通テスト)の高得点を目標とした授業が一般に行われてきた.特に世界地誌学習においては, 地域について網羅的に教師が説明する静態的地誌的学習が行われ,知識中心の暗記的な授業として批判されてきた.

    一方,新学習指導要領で新設される「地理探究」の地誌学習単元「現代世界の諸地域」で身に付ける思考力,判断力,表現力等は,「現代世界の諸地域について,地域の結び付き,構造や変容などに着目して,主題を設定し,地域的特色や地球的課題などを多面的・多角的に考察し,表現すること」と示されており,静態地誌的学習では対応が難しいと考える.思考力等を発揮して解く問題が重視される大学入学共通テストの方向性と関連付けながら,これからの地誌学習をどのように実践するべきか検討していきたい.

    2.センター試験と共通テスト試行調査における地誌問題

     センター試験での地誌の取り扱いは,いわゆる地域地誌の大問に加えて,平成28年1月実施のセンター試験からは比較地誌の大問が出題されてきた.地域地誌では地形・気候の自然分野から人文分野まで基本的に静態地誌的に出題されている.受験生の地誌学習成果を満遍なく測るという大学入試の性格上,動態地誌的な問題になり難いのはいたし方ない面もあろう.今回のテーマである「アメリカ地誌」を取り扱った大問は,本試験では地理Bが平成24年度,地理Aが平成20年度が最後の出題であった.なお,比較地誌の大問で北アメリカが取り上げられることはなかった.

     一方,共通テストの試行調査の地誌では,平成29年はヨーロッパ,平成30年はオセアニアが出題されている.これら試行調査では大問としての比較地誌がなくなったものの,30年度ではオーストラリアとカナダ,オーストラリアとニュージーランドの移民について出題され,比較地誌の視点から共通性や差異性について分析するとともに,その要因を考察する小問が出題されている.

    3.大学入学共通テストの方向性に基づいた地誌問題

    大学入学共通テストは,高大接続改革の一環として実施される.令和3年度大学入学共通テストの問題作成方針では,①大学入試センター試験における問題評価・改善の蓄積を生かしつつ,共通テストで問いたい力を明確にした問題作成,②高等学校教育の成果として身に付けた,大学教育の基礎力となる知識・技能や思考力,判断力,表現力を問う問題作成,③「どのように学ぶか」を踏まえた問題の場面設定の3点が示されている.また,地理A・Bの問題作成方針には「地理にかかわる事象を多面的・多角的に考察する過程を重視する.地理的な見方や考え方を働かせて,地理にかかわる事象の意味や意義,特色や相互の関連を多面的・多角的に考察したり,地理的な諸課題の解決に向けて構想したりする力を求める.問題の作成に当たっては,思考の過程に重きを置きながら,地域を様々なスケールから捉える問題や,地理的な諸事象に対して知識を基に推論したり,資料を基に検証したりする問題,系統地理と地誌の両分野を関連付けた問題などを含めて検討する」と示されている.

    当日の発表では,これらの方針に沿った令和3年1月実施の大学入学共通テストのアメリカ地誌の大問を取り上げ,思考力等を発揮して解く問題とはどのような問題か,動態地誌や比較地誌の学習成果の測定としてどのように考えられるか,受験生に身に付けてもらいたい資質・能力や高校現場に求めたい授業の実践等について,大学入試センター試験のアメリカ地誌の過去問題と比較しながら報告したい.

  • 片桐 寛英
    セッションID: S406
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    予測困難な時代を主体的に生き抜く人間を育成するため、山形県では探究型学習を重視た施策を推進しており、平成30年(2018年)度には県立高校に探究科や探究コースを設置した。これらの高校では、課題探究を学習の核とし、各教科の学習を有機的に結合する取組みを行っている。併せて探究型学習の質的向上と普及を図るために全県で「課題研究発表会」等を実施している。

     地理は多くの学問をつなぐハブ的な要素を持ち、多角的で学際的な視点も養える科目である。また、フィールドワークやデータ分析などを通して科学的、客観的に考察する力を身に付けられることから、総合的な探究の時間における課題設定や調査方法などの基礎力を養うことにもなる。

     しかし、高校では地理の本質が十分に理解されていない。さらに、普通科高校の理系では、暗記項目が少ないという消極的理由で選択され、大学入試では配点が低く重要な科目とは見なされておらず、文系では、地図、統計があるため敬遠される上に、地理で受験できる大学が非常に少なく選択の対象にすらならないこともある。

    地理総合の必修化と学習内容の明確化によって、地理の学習内容と有用性が理解され、他教科とのつながりも深まると期待している。

     今後、地理学習を充実させるためには、地理専門教員の計画的な採用や地理担当教員の研修体制の整備、身近な地域を題材にした教材開発が早急に求められる。同時に大学の教職課程における地理分野の充実も重要になる。さらには、EdTechも含めたICT環境の整備も一層重要になる。

    高等学校において、地球規模から身近な地域まで社会の課題を探究する地理の役割はますます重要になる。生徒一人ひとりが興味・関心を持って主体的に探究するためには指導する教員の専門的な知見と経験が求められる。グローカルに思考・行動し、持続可能な社会を実現していく人間を育成するために、国や大学をはじめ関係機関が一層連携し、地理教育が大いに発展していくことを期待している。

  • 西出 覚, 中世古 奈美, 辻 保彦, 八神 寿徳, 朴 恵淑, 矢野 竹男
    セッションID: P036
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    日本の地域社会は、人口の急激な減少と高齢者の急激な増加により、経済的・社会的停滞に苦慮しており、地域社会を再建することは、日本政府にとって大きな社会問題の一つである。三重県南部地域も、同様の課題に直面しており、そのため地域に対応した社会の構造、社会の保障の在り方を検討していくことが急務となっている。

    我々は、この課題を解決するために、地域コミュニティーに新たに共有できる価値を創造していくことがこの課題の解決に繋がると仮定し、辻製油(株)と連携し、「三重柚子プロジェクト」に取り組んできた。本稿では「持続可能な大台町モデル」を次のステージに転換するための考察を行うために、先ず、三重県大台町における活動とその後の取り組みについて、調査・検証したので報告する。今回報告するコンセプトは、新たに生み出された価値が継続して共有される、持続可能な地域社会モデルとなる。

  • ケイパビリティの創出がもたらすもの
    広瀬 悠三
    セッションID: S206
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    教科教育の教員養成を考えるとき、その教科を教える教員のあり方が考察されるが、そこで捉えられる教科教育も教育に包含される一般性を帯びているため、教科を超えた教育に関わる教師そのもののあり方が問題にならざるを得ない。それゆえ教師そのもののあり方と、地理を教える教師のあり方、この両者は十分に有機的に結びつけられて検討される必要がある。本発表では、国際共同プロジェクトである、GeiCapabilitiesプロジェクトが、単なる地理の教員養成に資するのみならず、教員のあり方自体を問い直す営みであることを示すことで、地理教育における教員養成の教育哲学的意味を明らかにする。GeoCapabilitiesプロジェクトは、周知のとおり、2012年から、英米やヨーロッパの地理教育研究者によって本格的に始動したものである。このプロジェクトでは、社会的リアリズム論を受容しながら、地理教育は、固定化され決められた地理的知識を教授するのでもなければ、地理的知識を捨象して技術のみを教えるものでもなく、力強い学問的知識(powerful desciplinary knowledge: PDK)を教えることに意味と役割を有している、と捉えられている(Young 2008)。このようにして、地理教育の具体的な独自な形態としての力強い学問的知識の教授が考えられているが、しかしながらこの力強い学問的知識の教授は、ケイパビリティという理念に依拠している。センによって提唱され、さらにヌスバウムによって正義論への導入と展開がなされているケイパビリティは、人間が何かを行ったり、何かになったりする実質的な自由を平等に保証する手立てとして意義をもっている(ヌスバウム・セン 2006)。このケイパビリティを保証し拡張することこそが教育の目的であり、このようなケイパビリティを地理教育が促す手段こそが、力強い学問的知識であると、GeoCapabilitiesプロジェクトでは考えられている。しかしここで、立ちどまって考えてみる必要がある。教育の目的は、ケイパビリティを保証し拡張することなのか?またケイパビリティを保証し拡張するとは、教育においてはどのような意味をもっているのか?さらに、地理教育は、ケイパビリティを保証し拡張するためだけのものなのか?このような根幹に位置する問いは、GeoCapabilitiesプロジェクトの論考では考察されることが少なく、むしろ力強い学問的知識の実態や、カリキュラム作成に重点が置かれて議論が進められている。本発表ではここに目を向けたい。

     ヌスバウムのケイパビリティは、固定的ではなく、現実の大地に生きるのみならずこれからの世界にも生きる存在である子どもと人間のあり方を考えることによって修正を求めるダイナミックなものであり、つまり地理的である。この性質に則り、ランバートらはヌスバウムの10個のケイパビリティ・リストを踏まえて、地理的営みから、3つの地理的ケイパビリティを、導出している(Solem et al 2013)。つまり教育の目的としてはじめからケイパビリティが固定的に設定され、そのケイパビリティを地理教育に応用するのではなく、地理的営み自体が教育の目的としてのケイパビリティそのものと地理的ケイパビリティをともに生み出すのである。GeoCapabilitiesプロジェクトは、地理教育の独自性を認識して実践へと移すべく、学校で地理を担当する教師に向けたプログラムが用意され様々な成果を生み出してきた。このプロジェクトはさらに、暫定的なケイパビリティに依拠して独自な地理的営みを行う教員を養成することを通して、ケイパビリティを新たに創出することを促し、教育の目的自体を問い直しながら、地理教育を行う教員を形成することを後押しする。このプロジェクトは、それゆえ、教師のあり方、教育の目的を考察するうえで、さらに地理教育と教育学の対話のプラットフォームをももたらす。

    本研究成果の一部はJSPS科研費17H02695による。

    Solem, M., Lambert, D., Tani, S. 2013. Geocapabilities: Toward an international framework for researching the purpose and values of geography education, Review of International Geographical Education Online 3 (3): 214-229.

    Young, M. 2008. Bringing knowledge back in, Routledge, New York.

    ヌスバウム、セン編〔竹友安彦監修・水谷めぐみ訳〕2006.『クオリティー・オブ・ライフ−豊かさの本質とは』里文出版.

  • 山本 充
    セッションID: 210
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1990 年代以降、EU においては、単一市場が形成され、加盟国が増加するにつれ、従来の自然増減に代わって社会増減が個々の地域における人口動態に大きく寄与するようになったとされる。社会増減をもたらす人口移動は、EU 域内外間で、そして EU 域内の多様なスケールで行われ、そのあり様は、今日の都市だけではなく農村の性格を形成し変化させているといえる。本報告は、現代の EU における人口移動の活発化をモビリティの増大として捉え、農村の持続性にとって重要であると考えられる農村への移住を中心に、都市・農村間の人口移動の実態を明らかにすることを目的とする。

     EU においては、ライフパスにおける居住地選択においても、日常における就業やレクリェーションにおいてもモビリティが高まっている。そして、こうしたモビリティの増大は、都市に隣接した農村のみならず周辺農山村を包含しつつ生じていると考えられる。2000 年代以降の EU 域内における東欧の新規加盟国からの国際的な人口移動は、都市や農村から農村への移動である場合も多い。こうした移動は、雇用と結びついた経済的な理由によるものが多いが、加えて、今日、非経済的な動機による農村への移動もみられる。この移動は、農村の美しい景観や穏やかな環境、そこでのスキーやヨットなどの活動に惹かれて行われるものであり、amenity migration や lifestyle migration として把握されてきた。また、こうした移住には、あくまでも自然や農業を希求するタイプも含まれる。これらの移住は、単に高齢の退職者によってのみ行われるのではなく若年層によっても、単身のみならず夫婦・カップルによってもなされる。そして、その移住先は、遠隔の山地や海岸にも及んでいる。経済的な理由による移動であれ、非経済的な理由による移動であれ、移動は常に恒久的に行われるわけではない。農村の農業や観光における労働のための移動は季節的である場合が多く、農村のアメニティを求めての移動も、短期の訪問からセカンドハウスにおける季節的な滞在、そして定住に至るまで多様である。

     こうした多様な態様を有する農村への移住は、その担い手が旧住民とは異なる価値観、ライフスタイルを有しているため、旧住民との軋轢を生むこともある。一方で、農村の維持に貢献しうると指摘される。すなわち、移住者の存在によって、商業・サービス業や教育・医療・交通サービスといった基本的な機能が保持され、これらの部門における雇用機会が提供されることで、さらには、彼らが農村の活性化に貢献することで、農村社会が存続できる可能性が生じうる。

  • 村山 良之, 小田 隆史
    セッションID: S103
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1 東日本大震災における大川小学校の被災

     2004年3月,宮城県第三次地震被害想定報告書が公表された。同報告書内の宮城県沖地震(連動)「津波浸水予測図」(https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/95893.pdf)によれば,石巻市立大川小学校(当時)や付近の集落(釜谷)までは津波浸水が及ばないと予測され,同校は地区の避難所に指定されていた。1933年昭和三陸津波もここには到達せず,1960年チリ地震津波についても不明と,この地図には記されている。しかし,想定地震よりもはるかに大規模な東北地方太平洋沖地震による津波は,大川小校舎2階の屋根に達し,釜谷を壊滅させた。全校児童108名のうち74名(津波襲来時在校の76[MOユ1] 名のうち72名),教職員13名のうち10名(同11名のうち10名)が,死亡または行方不明となった(大川小事故検証報告書,2014による)。東日本大震災では,引き渡し後の児童生徒が多く犠牲になった(115名,毎日新聞2011年8月12日)が,ここは学校管理下で児童生徒が亡くなった(ほぼ唯一の)事例であった。

    2 大川小学校津波訴訟判決の骨子

     2014年,第三者委員会による「大川小学校事故検証報告書」発表の後,一部の児童のご遺族によって国家賠償訴訟が起こされた。2016年の第1審判決では,原告側が勝訴したが,マニュアルの不備等の事前防災の過失は免責された。しかし,第2審判決では事前の備えの不備が厳しく認定され,原告側の全面勝訴となり,2019年最高裁が上告を棄却し,この判決が確定した。

     同判決における学校防災上の指摘は,以下の通りである(宮城県学校防災体制在り方検討会議報告書,2020を一部改変)。

    ① 学校が安全確保義務を遺漏なく履行するために必要とされる知識及び経験は,地域住民が有している平均的な知識及び経験よりも,遙かに高いレベルのものでなければならない(校長等は、かかる知見を収集・蓄積できる立場にあった)。

    ② 学校が津波によって被災する可能性があるかどうかを検討するに際しては, 津波浸水域予測を概略の想定結果と捉えた上で, 実際の立地条件に照らしたより詳細な検討をすべき 。

    ③ 学校は,独自の立場から津波ハザードマップ及び地域防災計画の信頼性等について批判的に検討すべき。

    ④ 学校は,危機管理マニュアルに,児童を安全に避難させるのに適した避難場所を定め,かつ避難経路及び避難方法を記載すべき。

    ⑤ 教育委員会は学校に対し, 学校の実情に応じて,危機等発生時に教職員が取るべき措置の具体的内容及び手順を定めた 危機管理マニュアルの作成を指導し,地域の実情や在校児童の実態を踏まえた内容となっているかを確認し,不備がある時にはその是正を指示・指導すべき。

     災害のメカニズムの理解と,ハザードマップの想定外を含むリスクを踏まえ,自校化された防災を,学校に求めるものである。

    3 大川小学校判決と地理学が果たすべき役割

     大川小判決確定を受けて,「在り方検討会」は,2020年12月「宮城県学校防災体制在り方検討会議報告書」を発表し,判決の指摘や従前の取組を踏まえて,以下の基本方針を提示した。

    ① 教職員の様々な状況下における災害対応力の強化

    ② 児童生徒等の自らの命を守り他者を助ける力の育成

    ③ 地域の災害特性等を踏まえた実効性のある学校防災体制の整備

    ④ 地域や関係機関等との連携による地域ぐるみの学校防災体制の構築

     ここにある③だけでなく,4つの全てにおいて,学校や学区の災害特性について学校教員が適切に把握できることが前提となり,専門家や地域住民との連携が求められる。そのためには,災害に対する土地条件として指標性が高い「地形」の理解が有効かつ不可欠である。このことは,地理学界では常識と言えるが,学校現場(および一般)には浸透していない(小田ほか, 2020)。ハザードマップの想定外をも把握できるよう,たとえば「地形を踏まえたハザードマップ3段階読図法」(村山,2019)等の教育が求められよう。

     大川小判決は,教員研修や教員養成課程において,地理学や地理教育が果たすべき役割が大きいことを示している。2019年度からの教職課程で必修化された学校安全に関する授業や免許更新講習等において,また,高校で必修化される「地理総合」において,地理学および地理教育は,最低限必要な地形理解や地図読図力の向上に貢献し,もって学校防災を支える担い手を増やしていく必要があると発表者らは考える。

  • 有江 賢志朗, 奈良間 千之, 福井 幸太郎, 飯田 肇, 山本 遼平
    セッションID: 362
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

     飛騨山脈北部では,2012年以降七つの氷河が確認されている(有江ら,2019など).氷河の形成と変化は,降雪を主とする涵養と融解を主とする消耗の上に成り立つ質量収支の結果であり,氷河の質量収支変化の要因を理解するには,冬期収支(涵養)と夏期収支(消耗)の測定が必要である.また,冬期収支と夏期収支の絶対値の総和の半分の値である質量収支振幅は,極地や大陸性気候の氷河で小さく,海洋性気候の氷河では大きくなり,氷河の地理的特徴を示す際に有効である(Braithwaite and Hughes, 2020).

     福井ら(2018)は, ステーク法で2012〜2016年に御前沢氷河の質量収支の観測をおこなったが,多雪年にステークが雪に埋まってしまい,年間の質量収支だけでなく,冬期収支と夏期収支の観測も実現できていない.そのため,飛騨山脈の質量収支の地理的特徴はいまだ明らかでない.

     そこで本研究では,セスナ空撮画像とSfM-MVS技術を用いた測地学的方法で,飛騨山脈の氷河の2015/16年,2016/17年,2017/18年,2018/19年の計4年間分の年間質量収支,冬期収支,夏期収支を求めた.さらに,飛騨山脈の氷河と世界各地の氷河の質量収支振幅を算出・比較し,飛騨山脈の氷河の地理的特徴を考察した.

    2.方法

     セスナ機空撮によって取得された氷河の空中連続画像とSfM-MVS技術によって,融雪末期(10月)と積雪最大期(3月)の地形表層モデル(DSM)を作成した.氷河の規模が年間で最も小さくなる融雪末期のDSMを一年間隔で比較することで,融雪末期を基準とした氷河の年間質量収支を求めた.また,積雪最大期のDSMと,融雪末期のDSMを比較することで,氷河の冬期収支および夏期収支を求めた.

     また,質量収支振幅に関して,飛騨山脈の氷河の値は,本研究の冬期収支と夏期収支の結果の平均値を用いた.世界各地の氷河の値は,WGMS(2020)に冬期収支および夏期収支が記録されている188の氷河(図1)の冬期収支と夏期収支の値の平均値を用いた.

    3.結果

     図2は,飛騨山脈の五つの氷河の年間質量収支,冬期収支,夏期収支の結果である.五つの氷河の年間の冬期収支と夏期収支の大きさは,10m(水当量)程度であった.また,冬期収支は大きな年々変動がみられ,夏期収支はほとんど年々変動がなかった.図3は,地域別の氷河の年間質量収支変動幅,冬期収支,夏期収支の平均値である.飛騨山脈に分布する氷河の年間質量収支変動幅の大きさは,世界の氷河と比較して極端に大きかった.

    4.考察

     年間質量収支の年々変動と冬期収支の年々変動が同じ傾向で変動していることから,飛騨山脈の氷河は,冬期収支が年間質量収支を決定していると考えらえる.また,飛騨山脈の氷河の冬期収支と夏期収支が極端に大きいことから,飛騨山脈の氷河は,観測された世界の氷河の中で最も降雪量が多く,温暖な環境に位置する氷河であると考えられる.

    引用文献

     有江賢志朗,奈良間千之,福井幸太郎,飯田肇,高橋一徳 2019.飛騨山脈北部,唐松沢雪渓の氷厚と流動.雪氷,81:283-295.

     Braithwaite, R. J. and Hughes, P. D. 2020. Regional Geography of Glacier Mass Balance Variability Over Seven Decades 1946-2015. Front. Earth Sci. 8.

     福井幸太郎,飯田肇,小坂共栄 2018.飛騨山脈で新たに見出された現存氷河とその特性.地理学評論,91:43-61.

  • 岩船 昌起
    セッションID: 336
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    【はじめに】災害時の新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)対策が必要な中,「猛烈な」強さに発達が予報された台風10号が2020年9月6~7日に鹿児島県に強い影響を及ぼし,県内市町村で避難所が多く開設された。本発表では,岩船(2020,2021)を踏まえ,鹿児島県「避難所管理運営マニュアルモデル〜新型コロナウイルス感染症対策指針」(以下「県避難所COVID-19対策指針」)と照合しつつ,市町村での避難所運営実態を再検証する。

    【「県避難所新型コロナ対策指針」の概要】2020年6月1日に策定され,①避難所となる施設や敷地を事前にレイアウトして事前に空間利用を計画し,定員数等を定める,②受付での水際対策を徹底する,③「感染疑い者」等を認識する目安として,検温や体調の自己申告の他に,行動歴の任意提示も参考とする,④「感染疑い者」には別室での自主的隔離を基本として,非「感染疑い者」と生活空間を別にする,⑤安全確認できれば自家用車も「自主隔離空間」として活用する, ⑥定員超過の場合でも,感染死亡・重症化リスクが高い高齢者等を除き,リスクが低い者から身体的距離2mを短縮する,⑦またその同意を事前に得ること等の特徴がある。

    【避難場運営の実態と今後の課題】鹿児島市では, 2020年10月1日現在での市人口598,481名の0.8%に相当する4,854名が避難所に入所し,205施設中13施設で定員超過した。以前から「避難所が定員超でも入所希望する全員を受け入れる」方針であったため,感染リスクを恐れて避難所以外に「分散避難」した市民が多かったが,洪水浸水想定区域や土砂災害警戒区域等に立地する住家が相対的に多く,避難所となる公的施設も人口比で少ないことから,既存の避難所運営計画では十分に対応できなかった。また,HP「避難所における新型コロナウイルス感染症対策」の「避難者の十分なスペースの確保」を定員超過の避難所で実現できず,「県避難所COVID-19対策指針」上記 ⑥と⑦の対応を行わなかった。

     暴風圏内の屋外では暴風で人が死傷する恐れがあるが,COVID-19「致死率」は80代以上12%等を踏まえると(厚生労働省2020『新型コロナウイルス感染症COVID-19診療の手引き第4.1版』),特に「ステージⅣ(感染者爆発的拡大)」等の感染拡大の警戒基準時や,居住域が広範囲で被災した場合を見越しての対策が講じられるべきである。

     一方,瀬戸内町では,台風10号避難所入所者総数は176名であり,2019年4末現在で全人口8,941名の2.0%に止まった。117名の避難者が集まった「きゅら島交流館」では,結果として定員数を上回らなかったこともあり,「県避難所COVID-19指針」を参考に町保健師が事前に計画した避難所レイアウト案に沿って,避難者の空間配置を適切に行えた。しかし,台風進路に近い喜界町では, 2020年10月1日現在での町人口6,606名の14.7%に相当する973名が避難所に避難し,17施設中3施設で定員を超過した。「県避難所COVID-19指針」を参考に喜界町では人口密集地域の避難所レイアウト案を事前に作成したものの,想定超の避難者が押し寄せた避難所では,適切な空間利用に至らなかった。

    【課題解決の動き】奄美大島では,日本の諸地域と同様に,標高5m以下の沖積平野に居住域が広がり,スーパー台風時に5m高の高潮が発生すれば,避難所も含めた居住域が広く被災する。演者は,COVID-19対策も含めてこの災害想定時の対策づくりとして,地域コミュニティの住民一人一人の避難手段・経路・場所をパーソナル・スケールで検討するワークショップを行っている。例えば,宇検村では,モデル地区での村民アンケート調査を行い,スーパー台風時の個々の避難計画づくりに着手した。来年度以降に全村に活動を広げて村民2,000人の避難台帳づくりを予定している。

    【おわりに】鹿児島県内市町村での台風10号避難所運営では,地域性に応じて多少の混乱があった。これらを踏まえて,「県避難所COVID-19対策指針」改訂や,避難所運営計画も含めたコミュティでの地区防災計画立案にかかわる研修等を市町村で行い,課題解決につなげたい。

    <参考文献>・岩船昌起2020.鹿児島県市町村での2020年台風10号避難所運営の実態−新型コロナウイルス感染症対策も含めて.季刊地理学,72(3),ページ未定.※東北地理学会2020年秋発表要旨.

    ・岩船昌起2021.新型コロナ下における自然災害への備え−大規模化する災害へ対処するために.生活協同組合研究,540,11-18.

    <謝辞>本研究は科研費基盤研究(C)(一般)「避難行動のパーソナル・スケールでの時空間情報の整理と防災教育教材の開発」(1 8 K 0 1 1 4 6)の一部である。

  • 久保 純子
    セッションID: S110
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1. はじめに

     危険な場所に住まないことは究極の災害対策であり、前近代社会では優先事項であったはずである。しかし、とくに20世紀後半の日本では比較的大規模な地震災害や水害等が少なく、急速な都市化の進行のもとで、危険な場所に人口や資産が集中した。

     地震災害でいえば、1923年の関東地震(関東大震災;死者10万人以上)のあと、1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災;死者6000人以上)と2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災;死者・不明2万人以上)が大規模な人的被害となった。

     洪水害では1959年の伊勢湾他台風(死者5000人以上)以後、1972年7月豪雨と1982年の豪雨と台風(いずれも死者400人以上)、そして2018年西日本豪雨(死者200人以上)、2019年東日本台風(死者100人以上)が突出する。

     「想定外」の災害のあと、毎回新たな法律や対策が追加されてきたが、危険な場所に住まないようになったのだろうか。

    2.災害対策基本法(1961年)

     災害対策基本法は1959年の伊勢湾台風での激甚な災害により、1961年に制定された。現状では、市町村長が防災施設の整備の状況、地形、地質その他の状況を総合的に勘案し、避難のための立退きの確保を図るため、「指定緊急避難所」や、被災住民等を一時的に滞在させるため、「指定避難所」を指定する(49条)とされるものの、居住地に関する規定はない。

    3. 建築基準法(1950年)

     災害対策基本法以前より、建築基準法では「災害危険区域」の指定がある。地方公共団体は、津波、高潮、出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定し、住居の用に供する建築の禁止等を定めることができる(39条)。

     伊勢湾台風直後の1959年10月の建設事務次官通知に、「特に低地における災害危険区域の指定を積極的に行い、区域内の建築物の構造を強化し、避難の施設を整備させること。」とある。これを受け、名古屋市では臨海部防災区域として、第1種(原則、主要構造部が木造以外)、第2種(居住室を有する建築物を建築する場合は、2階以上の階に居室を設ける)等の建築規制を設けた。

     しかし、2015年現在、出水に関して条例を制定した地方公共団体は32、津波関連は28にとどまり(春原ほか2017、GRIPS)、東京都や大阪府にはない。

    4. 防災集団移転促進特別措置法(1972年)

     1972年7月豪雨を契機として、地方公共団体による集団移転事業に対し国が財政上の助成をすることを定めた。対象となるのは、災害が発生した地域や「災害危険区域」で、1986年の小貝川水害では遊水地を造成し、地区内の集落を集団移転させ、東日本大震災では戸数10戸以上から5戸以上に緩和されたが、基本的には被災した地域を「災害危険区域」に指定し、集団移転事業の対象とする場合が多い。

    5.土砂災害防止法(2000年)

     1999年の広島土砂災害を契機に、都道府県知事が著しい土砂災害が発生するおそれがある土地の区域(土砂災害特別警戒区域;レッドゾーン)において、一定の開発行為を制限や建築物の構造を規制することができる、とした。

     しかし、土地価格の低下の懸念や建築物への構造規制への不満などから住民の反対が多く、指定が進まないところが多い。

    6.津波防災地域づくり法(2011年)

     2011年の東日本大震災後、最大クラス(L2)を想定し、都道府県知事は、一定の開発行為及び建築等を制限すべき土地の区域を「津波災害特別警戒区域」として指定することができる、とした。土地利用規制はレッドゾーン(居室等規制)に加え、オレンジゾーン(病院・要配慮者施設等)が設けられる。

    7. 地理学における課題

     建築や土地利用規制等は「私権の制限」であり、住民が制限をきらう、あるいは行政が補償を行う必要があり、大きくは進んでいない。防災集団移転の場合も「災害危険区域」の指定などが必要である。

     ハザードマップ(狭義)で規制対象区域を示しているのは、現状では土砂災害と津波であり、洪水や高潮では示されていない。要配慮者施設等は優先してハザードマップにもとづく対応を行うべきであろう。危険な場所は土地が安く、経済的に選択の余地がないということは許容されるべきではない。

     さらに、コンパクトシティ(立地適正化計画)における「居住誘導地域」と浸水想定区域や水深などの検討や、「流域治水」における居住の位置づけなども、地理学的検討が早急に必要である。

  • 大竹 あすか
    セッションID: 239
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    Ⅰ 研究の背景と目的

     本発表では,行政機関や民間企業が着目する「ソフト面」における都市計画における課題を,経済地理学者ハーヴェイ(2013)が提示した「都市コモンズ」概念を対象に、スケール論の観点から分析することの意義を明らかにする.

     高度経済成長期以降のモータリゼーションを基盤としたハード面重視の都市整備に対する批判として.住民参加の意識や地域ブランド創出など,「空間を利用する」人々を基盤としたソフトな都市計画が推進されるようになった.一方1970年代後半にイギリスで発祥した新自由主義を受けて,日本政府は2000年代以降,公共施設の民営化を推進した.また地方自治体も規制緩和を行い,都市公園の管理を民間企業に委託する事例が増加している.

     これまでの経済地理学では,民間企業による公的資本の独占が都市空間における公共性を源泉として利益を創出していることを「独占レント」にあたると批判してきた.これらの研究に対して,ハーヴェイ(2013)はコモンズの管理には地理的なスケール分析が必要だと指摘している.そのため,都市空間におけるコモンズが持つ公共性が,民間企業と一般市民の間で、「空間利用の私有化」をめぐるスケールの問題を引き起こしていることを、主に言説により明らかにする必要がある.

    Ⅱ 研究方法と背景

     上記の課題について東京都渋谷区の宮下公園の指定管理者委託過程に関する論争について分析した.宮下公園に関する裁判の記録,宮下公園を管轄する渋谷区議会の議事録,宮下公園を特集した雑誌記事を対象に分析した.あわせて,宮下公園の観察調査を行った.分析するために利用するスケール観点は,地理学の研究を整理した上で,Smith(1984),Jones et al.(2017)が提唱したスケールの複層性とスケールの統合に関する議論を用いた.

     宮下公園は,渋谷駅に隣接する都市公園である.2000年代から始まった渋谷駅周辺の再開発の一環として2度にわたり、空間利用が民営化され,現在は三井不動産株式会社が主な指定管理者として公園を管理している.しかし,1度目にナイキジャパンが指定管理者として登場したときに,公園の改修工事中にホームレスの強制排除が行われたこと,宮下公園の命名権に関する入札競争が不透明であったことが裁判や議会で論争となった.

    Ⅲ 考察

     宮下公園の論争に関する分析を通して,地理学者スミス,N.が提示したスケールの複層性に関する理論によって,ある都市空間を形成する主体間の立場の違いを理解できることが可能となった.宮下公園を含む渋谷駅周辺地区は,都市社会学で“user”と定義される公園の利用者や都市住民が,ファッション街を中心としたクリエイティブ産業の拠点として発展させてきた.これは,「若者の街」としてのイメージや,パブリックアート活動などに表れている.宮下公園を媒介として,身体やコミュニティレベルの下位スケールが,都市空間や地域レベルの上位スケールを形成したといえる.

     しかし公園の管理権限が指定管理者へ移行することで,都市空間の利用のスケールを規定する主導権が都市整備を行う主体に移行することが明らかになった.さらに,公園を管理する民間企業が若者向けの店舗を設置し,宮下公園が持っている交通利便性や渋谷駅の拠点機能,宮下公園の個々の利用者が作り上げてきた場所イメージを利益の源泉としている.この現象は,ハーヴェイ,D.が提唱した「独占レント」とみなせるこの過程で,国や地域などの上位のスケールが,身体,コミュニティ,都市空間のスケールを包括する「スケールの統合」が起きていると捉えられる.表面的にはスケールの複層性が保たれ,都市空間の多様性が利益創出の源泉となっているも関わらず,民営化によりスケールを規定する主体から“user”が疎外されることが明らかになった.

  • 河北省蔚県の食用アワを事例に
    原 裕太
    セッションID: P027
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1. アワ栽培の歴史と持続可能性

     アワは種子が小さく水消費が少なく,乾燥した地域にとって環境収奪性の低い優良な作物である.アワは20世紀半ばまで,数千年にわたり中国北部の農村住民の生活上,最も重要な穀物としての地位を保持し,地域文化を牽引してきた.今日,アワ等の雑穀栽培を基盤とした中国の乾燥地農業は,FAOの世界農業遺産にも登録されている.

     しかし,アワの播種面積は政策の影響と販売価格の低迷によって,中国各地では20世紀後半を通じて一方的に減少し,優良耕地を中心にその多くが飼料用のトウモロコシ等に置き換えられている.本発表では,中国のアワ四大産地の一つとされる河北省張家口市蔚県の2019年8月の様子について報告し,アワ生産の今後の発展について展望する.

    2. 張家口市蔚県におけるアワ栽培と販売

     当該地域に着目する理由として,「河北省農村統計年鑑」によると張家口市では,上記の一般的傾向に反し,2010年以降アワ播種面積が上昇傾向にあり,2014〜2016年の平均は,2005〜2007年の平均に比べて約1.3倍になっている.

     それを裏付けるように,蔚県城南側の平地では,トウモロコシと並んで,アワの栽培が広く視認できたのが特徴的であった(図1).県城では,中心部のスーパーマーケットで県内産アワ粒が2.5kg,5.0kg(59元)で精米や小麦粉と並んで販売されていた.屋外市場でもアワ粒の秤売りがみられ,生産地の村を明示したものもあった.

     筆者のこれまでの調査によると,山西省太谷県では,同じく四大産地である近隣の沁県産のアワ粒が5kg130.6元で販売され,陝西省呉起県では隣接する靖辺県産のアワ粒が2.5kg34.8元で販売されていた(いずれも2015年9月).単純比較はできないが,蔚県のアワ粒はそれらよりも安価であったといえる.生産・流通量や品質等による違いが考えられるが,商品の種類が少ない,流通範囲が小さい,といった精米や小麦粉と状況が大きく異なる点は同様であった.

    3. 脱貧困に向けた地域特産品としてのアワ販売例

     アワ栽培が低迷する理由の一つに,トウモロコシに比べて販売価格が低い点が挙げられる.しかし興味深いことに,蔚県では貧困脱出のための産品にアワが利用される事例がみられた.県城から北西1.5kmに位置するA村(常住71世帯197人)は,2013年時点で56世帯が貧困世帯であったが,2018年までに54世帯が貧困を脱出したとされ,党政府の支援で村の建物が建て替えられ,ツーリズムに力が入れられている.A村では,貧困対策の一つとして,村の商店で特産品の販売が行われており,雑貨等と並んでアワ粒が売られ,価格はほぼ同量のコーンスターチと同じであった(図2).

    4. 結び 

     アワ栽培のインセンティブとしては,都市部での健康需要の高まりや気候変動等が考えられ,これまで一貫して縮小してきたアワ栽培が転換期を迎えている可能性がある.主要穀物から外れて久しいアワは統計値が乏しく実態把握が難しい.今後の調査を通じて,仮説の精緻化を図りたい.

  • 小田 理人, 小寺 浩二
    セッションID: P009
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    Ⅰ はじめに 多摩川水系の浅川では、生活排水による水質悪化が問題視され、様々な研究が行われてきた。しかし、研究の多くは最大の支流である南浅川についての研究であり、浅川水系全体を包括的に研究した例はほとんどない。本研究では浅川水系全体の水質特性を明らかにするとともに、南浅川が浅川本流に与える影響について検討する。Ⅱ 研究方法 今までの研究成果を検討したうえで5月3日より現地調査を開始し、34地点において月一回の継続観測を行っている。現地における測定項目は気温、水温、電気伝導度、pH、RpH、COD、流量である。サンプリングした河川水は研究室へ持ち込み、TOC及びイオンクロマトグラフィを用いた主要溶存成分の分析を行った。Ⅲ 結果と考察 浅川本流のECは、上流部では平均74〜84μS/cm程度である。山間部を抜け、市街地に入ってきた地点からECは上昇し、松枝橋で平均132μS/cmとなる。主要な支流である南浅川上流部では本流上流と比べ値が高く、平均109〜115μS/cmの値を観測した。南浅川では最上流部のECが下流の地点よりも高いという現象が見られた。地下水の影響等により南浅川上流部のECが高く、そこに流入する木下沢のECが低いため、希釈され下流側の値が下がったと思われる。南浅川合流前の松枝橋と合流後の浅川橋とでは平均ECに約15μS/cmの差が生じている。本流下流では平均190μS/cm以上と高い値を示し、11月、12月には240μS/cm以上の値が観測された。支流ではさらに高い値が見られ、山田川の下中田橋では平均302μS/cm、最大で428μS/cm(12月)の電気伝導度が観測され、生活排水の流入が考えられる。多くの地点で11月、もしくは12月に最大値を記録し、降水量との関連性が見られる。pHは下流において高い傾向にあり、生活排水の影響が考えられる。下流で合流する山田川の下中田橋では平均6.8と全体で最も低い値が出た。ここではRpHとの差が平均で0.9あり、地下水の影響が考えられる。本流では上流に行くと値は下がる傾向にあり、最上流では7.2である。変動係数は上流で小さく、下流で大きい。特に最下流部では最大は8.7、最少は7.6と1以上の差がある。最大値が観測されたのは多くの地点で8月であり、降水量が少なかったことが原因とみられるが、同様に降水量が少なかった11月、12月は多くの地点で低い値が見られた。11月、12月のpHが低い理由は地下水の影響であると思われるが、8月の値が高い理由に関しては今後の検討が必要である。TOCは下流において高く、最下流の新井橋では3.0mg/lを記録した。流入する河川の値はそれぞれ異なり、山田川の下中田橋では3.6mg/lと全調査地点の中で最も高い値を示した一方、湯殿川の栄橋では1.0mg/l以下であった。最上流部の値は、北浅川では1.5mg/l、南浅川では2.1mg/lとECやpHと同様に違いが見られ、中流域では低い値であり微生物等の働きによる河川の自浄作用により値が下がったものと考えられる。Ⅳ おわりに 浅川流域では都市域と山間部では違った水質を示しており、ECやTOC値の分布状況にも違いが見られ、水源地の状況や、周辺環境、地質等が関係しているとみられる。季節ごとの水質変化は降水量や地下水の有無等が地点ごとの変動に影響を与えており、今後もさらなる観測により地点ごとの変動の特性を明らかにする必要がある。参考文献 河野はるみ,小倉 紀雄(1987):南浅川におけるアミノ酸の存在量と組成水質汚濁研究,10(8)495-502.

  • 千葉県内の公立高校について
    石毛 一郎, 後藤 泰彦
    セッションID: 203
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    著者らは要旨集を提出したものの大会を欠席したため,本要旨を撤回いたします.
  • ~地理で社会正義を教える場合~
    伊藤 直之
    セッションID: S205
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.問題意識

     シンポジウム「地理・社会科授業実践に必要な教師の力量とその養成−グローバルな教員養成論から考える−」に際して,社会科教育学の立場からの私の提言を要約すれば,教科観の相対化を図ることのできる教員の要請を目指すべきだという主張である。

    学校教育において地理は必要なのか。そして,その理由は何か。管見の限りでは,高等学校における新科目「地理総合」の必履修化を受けて,地理教育・地理学関係者は総じて歓迎するように見える。しかし,地理教育,いや大げさに言えば,教科の教育は危機にあるのではないか。

    グローバルな文脈では,コンテンツ・ベースからコンピテンシー・ベースへの転換が叫ばれ,日本の学習指導要領においても,資質・能力の育成を旗印にして,小中高の各教科が育成するべき目標を「思考力,判断力,表現力」というアウトカム形式で定めている。コンピテンシーの育成には,極論ではあるが,教科は必要ない。地理はコンピテンシー育成に従属する形で,教科としての存続を図るしかない。これらの動向へのアンチテーゼとして,「強力な学問的知識」やケイパビリティー論が注目されている。教師はこれらの動向を俯瞰して,自身の理想像を定位する必要がある。地理教育に対する自身の考え方(教科観)を絶対的にとらえるのではなく,相対化する必要がある。

    本発表では,学校の制度上の有無にかかわらず,学校の内外で行われている教育活動を対象に,あくまでも理念型としての地理教育を示し,地理という教科に対する考え方の多様性を示す。

    2.多様な教科観にもとづく地理教育の形

    教科観の相対化によって,地理教育のさまざまな姿が明らかになる。

    (1)地理科地理としての地理教育

     学校の教科教育として,地理の固有性や独自性を強調する。目標として地理認識や地理的技能の育成が掲げられ,他の教科との連携は模索されない。

    (2)社会科地理としての地理教育

     学校の教科教育として,社会科としての固有性や独自性を強調し,その中に地理を位置づけようとする。社会認識形成がねらいとされ,地理は必要に応じて,社会系教科目の歴史や公民との連携が模索される。

    (3)人文科地理としての地理教育

    学校の教科教育のうち,広く人間理解や人格形成に資するための教科間連携が模索され,その中に地理を位置づけようとする。地理は,学校教育におけるすべての教科との連携が模索される。

    (4)市民科地理としての地理教育

    学校の教科教育は,学校外の市民的活動や社会教育との連携が模索される。市民育成に資するための全校的アプローチまたは地域と学校の連携が模索され,その中に地理を位置づけようとする。地理は,学校教育だけでなく,社会教育や生涯学習との連携が模索される。

    3.地理教育が社会正義を教えることの多様性と意味

     国際地理教育プロジェクト「ジオ・ケイパビリティズ(GeoCapabilities)」では,その第3段階として地理が社会正義の実現に寄与しようとしていることを訴えている。

     日本の学校教育では,社会正義が道徳教育のなかでねらいとされている道徳的諸価値のひとつに位置づけられていることもあり,ミス・リードが危惧される。同プロジェクトにおける社会正義への寄与は,あくまでも地理学にもとづく学問的知識が将来の行動や態度への可能性を開くという潜在能力論を拠り所にしている。

     ただし,このような教科観には,必ずしも,同意が得られるとは限らないだろう。態度や行動に及ぶアウトカム志向の社会正義教育のほうが一般的かもしれない。本発表では,どの教科観が理想であるかには正解など無く,教育自らが意図的に選択していく必要があることを主張する。

    文献:伊藤直之 2021. 『地理科地理と市民科地理の教育課程編成論比較研究—イギリスの地理教育における市民的資質育成をめぐる相克—』風間書房.

  • 岡谷 隆基, 研川 英征
    セッションID: S106
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

     10年前に発生した東日本大震災は東北地方太平洋岸を中心に未曾有の災害をもたらし,津波が想定浸水範囲を超えて発生したことなどから「想定外」という言葉が多く用いられた。しかしながら,地震や豪雨などに伴う災害は現在の地形や地盤をもたらした土地の成り立ちを強く反映して発生するものであり,地形分類図などの地理情報は人々に起こりうる災害への想像力を「想定外」を超えて働かせることに寄与すると考える。国土地理院はそうした情報を従前より整備してきた。

     他方,国土地理院は地理空間情報当局として,前身を含めて1世紀以上,地形図を作成,刊行している。当該地形図は,小中学校の社会科や高等学校の地歴科などにおいて,地図を学習する基盤としても長くその役割を果たしてきている。他方,20世紀末からはウェブ地図やカーナビの地図など,我々が普段目にする地図には情報通信技術の急速な発展を背景としたデジタルのものが急速に増えている。国土地理院でもデジタル化の流れに対応すべく,数値地図などのデジタルプロダクトの作成・刊行,電子国土Webシステムや地理院地図などのウェブ地図の整備・公開に取り組んできた。先述した地形分類図なども地理院地図の主要なコンテンツの一つである。

     本発表は,国土地理院が重点的に改善を行ってきた地理院地図の取組の経緯等について,地理教育や防災教育への波及などを念頭に置きながら報告するものである。

    2.地理院地図の進化

     国土地理院は,国土に関する様々な地理空間情報を統合し,コンピュータ上で再現する仮想的な国土として「電子国土」の概念を提唱し,この概念を実現するためのツールとして,平成 15 年に電子国土Webシステムを公開した。以降も改良を重ねる中で,オープンソースソフトウェアの積極的な採用を進め,平成25年に「地理院地図」を公開し,ウェブブラウザのみならずスマートフォンや PC 用の地図表示ライブラリからも地図データが利用できるようになった(北村ほか,2014)。

     以降も,様々なコンテンツや機能が追加実装され続けているが,地理教育や防災教育に活用できる機能の強化も進んでおり,例えば以下のようなものが追加された(国土地理院,2021a)。

    ・空中写真の全国シームレス化,地下震源断層モデルの3D表示の実現(平成28年度)

    ・断面図作成,標高段彩機能の実装(平成29年度)

     地理院地図はhttps://maps.gsi.go.jp/から利用できる。また,教育における活用事例なども地理院地図の使い方ページ(国土地理院,2021b)に示している。地理院地図のコンテンツの拡充や機能強化の取組を通じ,今後起こりうる災害への想像力を働かせることに寄与できると考える。このような取組を通じて,今後も防災・減災に寄与していきたい。

    参考文献等

    北村京子・小島脩平・打上真一・神田洋史・藤村英範(2014):地理院地図の公開.国土地理院時報,125,53-57.

    国土地理院(2021a):過去のお知らせ.

     https://maps.gsi.go.jp/help/notice.html(最終閲覧日:2021.1.10)

    国土地理院(2021b):地理院地図の使い方.

     https://maps.gsi.go.jp/help/intro/(最終閲覧日:2021.1.10)

  • -中部山岳国立公園の事例-
    高岡 貞夫
    セッションID: 372
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     生物多様性の保全のための研究と実践の両面において、生物多様性と一体化してジオダイバーシティの保全を考えることの重要性は十分に理解されているとはいえない(渡辺,2005;Chakraborty & Gray 2020)。本論では空間的な分布が把握しやすい植生と地形を中心に生物多様性とジオダイバーシティの関係を吟味し、中部山岳国立公園を例に植生の保全のために考慮すべき地形の多様性の理解について整理する。

    2.地形およびその生態的機能の多様性

     中部山岳国立公園の南部の上高地周辺で蓄積されてきた地形や植生に関する研究(例えば上高地自然史研究会,2016)によると、植生は標高の違いに対応する群系レベルの違いが認められるほか、高山帯では氷河・周氷河地形、亜高山帯以下では地すべり・崩壊地形、沖積錐、氾濫原のそれぞれに特有の植生が成立している。これらの地形を構成する微地形が水分条件や残雪分布の違いをもたらし、また微地形ごとの斜面の安定性や構成物質の違いなどを通じて、多様な植生を形成している。

     本地域で多様な植生を維持するには個々の地形が保全されることが必要であるが、植生形成に果たす地形の役割は気候や地質によって異なることがあり、地形の生態的機能の多様性を保全する視点も必要である。例えば大規模な崩壊地形は積雪の多寡によって植生形成に与える影響の大きさが異なり、中部山岳国立公園の北部では上高地地区より多様な植生が大規模崩壊地にみられる(Takaoka, 2019)。また高山帯の線状凹地は積雪の多い北部ほど池沼や湿地の形成に果たす役割が大きい(Takaoka, 2015)。

    3.地形変化:地形の時間的多様性

     上高地周辺において氾濫原は最も変化の激しい地形である。そこにはヤナギ科植物を中心とする河畔林が形成されている。優占種の一つであるケショウヤナギが更新するには洪水による攪乱によって植生が破壊されて明るい砂礫地が形成されることが必要であるが、宿泊施設や登山道を守るために設置された堤防や護岸が攪乱の起こる範囲を限定してしまっている(Takaoka, 2009)。

     梓川の本流と支流の合流点に形成される沖積錐もまた、頻度高く地形変化が起こる場所であり、火成岩の流域ではウラジロモミ林のほかにトウヒ林やタニガワハンノキ林などが形成されている。沖積錐の現流路には堰堤や導流堤が設置され、あわせて流路内に堆積した土砂の掘削による流路の固定化が進められている。沖積錐上の流路変更に伴う森林攪乱がなくなれば、沖積錐の植生の均質化が進むと考えられる。

    4.地形間のつながりの多様性

     梓川支流の玄文沢では、流域上部で約350年前に発生した大規模崩壊地は耐陰性の低いカラマツの優占林やトウヒの優占林を形成したが、移動土塊の一部は流域下部の沖積錐上に大型のローブ状地形を形成し、沖積錐上での土石流攪乱の体制を変化させることによって沖積錐上の植生パターンに特徴を付加している(高岡・苅谷,2020)。このように、一つの地形形成が別の地形の形成に関与することがあるので、地形と結びついた植生分布構造を保全するには地形間のつながりを維持することが必要な場合があり、また、流域ごとに異なる地質や起伏の特徴に対応した地形間のつながりの多様性にも注目する必要がある。

    5.国立公園におけるジオダイバーシティの保全

     植生の保全の観点から、地形を中心にジオダイバーシティの保全を考えるときに重要な点を上述の事例をもとに整理すると、地形の多様性を維持することのみならず、個々の地形の生態学的な機能の多様性が維持されること、地形プロセスが維持されること、流域内の地形的なつながりとその多様性が維持されることにも注意が払われるべきである。

     自然公園法による地域指定をみると、中部山岳国立公園では山腹斜面下部から谷底にかけての、地形変化の激しい領域が相対的に地形改変に対する規制の緩い地域指定になる傾向がある。また上高地周辺については最も規制の強い特別保護地区であるにも関わらず、氾濫原や沖積錐において地形改変や地形プロセスの制御、地形間のつながりの分断がなされている。国立公園の利用との調整を図る際には、その影響が長期的にみてどのような結果を生むのかを理解したうえで検討がなされる必要がある。

    引用文献 

    Chakraborty & Gray 2020 J Nat Conserv, 125862. 上高地自然史研究会 2016 上高地の自然誌−地形の変化と河畔林の動態・保全 東海大出版. Takaoka 2009 Geogr Rep Tokyo Metropolitan Univ 44. Takaoka 2015 Limnology 16. Takaoka 2019 Mt Res Dev 39. 高岡・苅谷 2020 植生史研究 28. 渡辺 2005 地球環境 10

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