抄録
I はじめに
ホワイトカラー職の男性雇用者の人と人とのつながり(以降,パーソナル・ネットワークと略称)は,会社内部の人々に偏り,インフォーマルな活動でも,その相手は社内の人が多くなる傾向がある(安田 2003a;2003b).よって,自宅近隣のパーソナル・ネットワークは形成されにくい.内閣府編『平成19年版国民生活白書』でもこの点が指摘され,通勤時間や労働時間の長さを原因に挙げられている.
しかし,郊外住民には郊外を就業の基盤とする者が少なくなく(川口 2001),既存の調査結果に照らせば,そうした人々は都心へ通勤する者とは異なり,自宅近隣のパーソナル・ネットワークを形成しやすいと推察される.本研究では,郊外住宅地の1つである千葉ニュータウンに居住する既婚男性を対象として,彼らを東京都区部などへ通勤する県外通勤者と,隣接市町村へ通勤する者を中心とした県内通勤者との間の,特に自宅近隣のパーソナル・ネットワークの違いについて検討を行った.
II 研究方法
分析に主に用いるデータは,2003年9月に実施されたアンケート調査結果である.この調査は東京都心から30から40km以上離れた千葉ニュータウンに居住する世帯の夫婦に対して実施された.対象世帯は,この地域の世帯の典型である夫婦と子どもからなる世帯の割合が高い地区のなかから,2000年国勢調査結果と電話帳を用いて735世帯が抽出された.その世帯に回答を依頼した後に,調査用紙を郵送配布し,訪問して調査用紙を回収した.そこから非就業者と欠答の多い回答を除いた126人の回答を有効とした.質問内容はパーソナル・ネットワークに関して,大谷(1995)などを参考に「日ごろから何かと頼りにし,親しくしている人」(以降,親しい知人と略称)の人数や対象者との関係,居住地のほか,地域活動などへの参加状況などを質問した.また,就業に関しては,職業の有無や種類,就業地,通勤時間などを質問した.
III 既婚男性のパーソナル・ネットワーク
1.対象者の特徴
対象者126人のうち,74人が県外へ平均79.8分かけて通勤しており,県内通勤者52人の平均39.9分に比べると,40分も長い(t=9.63; p<0.01).また,県外通勤者のうち56人はホワイトカラー職に従事し,週休2日以上の者が67人であるのに対して,ホワイトカラー職の県内通勤者は28人,週休2日以上の者は33人と少ない(χ2=7.91,χ2=13.7; ともにp<0.01).
2.既婚男性のパーソナル・ネットワーク
県外通勤者の親しい知人数は平均15.2人であるのに対して,県内通勤者は12.6人と3人程で統計的有意差はなく,その構成は上司や同僚などが親しい知人数の半分程度を占める点も共通している.
それを居住地別にみると,県内通勤者は県外通勤者よりも隣接市町村の親しい知人が2人程多いのに対して(t=4.04; p<0.01),県外の親しい知人は5人程少ない(t=3.61; p<0.01)というように,平日の生活空間の違いが反映されている(表1).
同じ市町村内の親しい知人は,県外通勤者のほうが県内通勤者よりも1人多い程度である.しかし,同じ市町村内に親しい知人が1人もいない県外通勤者は35人,県内通勤者では33人もおり,このうち週休2日未満の県内通勤者は15人で,県外通勤者の3人と比べて多い(χ2=11.9; p<0.01).さらに,同じ市町村内に親しい知人が1人もいない県内通勤者の平均通勤時間は46.5分で,1人以上いる者の28.4分よりも18分も長い(t=2.45; p<0.05).こうした傾向は県外通勤者には明瞭にはみられず,県内通勤者に限れば,通勤時間の長さや週休の少なさと近隣でのネットワーク形成の困難さとが深く関係している.
一方県外就業者は,親の居住地が遠いほど,同じ市区町村の親しい知人は多く(r=0.30; p<0.05),また,趣味の活動など選択縁(上野 1987)に関する活動に26人が参加しており,県内就業者13人の2倍もいる.こうした活動に参加する県外通勤者の,同じ市区町村の親しい知人数は平均4.7人で,全く参加していない者の平均1.9人よりも多い(t=2.23; p<0.05).こうした特徴は県内通勤者には明瞭にみられない.
IV おわりに
本研究では都心へ通勤する郊外居住の既婚男性ばかりでなく,都心へ通勤しない者も自宅近隣でのパーソナル・ネットワークを形成しにくいことが明らかとなった.この結果は当初の推察とは異なるものだが,そこには,東京都心方面以外への交通の不便さは必ずしも解消されていないといった,この地域の特徴も反映されていると考えられる.