日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S207
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地下水管理の比較研究
日本とタイの事例から
*遠藤 崇浩
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抄録

 近年、世界各地で水問題が取り上げられている。地表面の水問題に比べると取り上げられることが少ないものの、地下における水問題もまたそれに劣らず重要である。本報告では中でも地盤沈下という地下水問題の一典型事例に焦点を合わせ、日本とタイの事例を引き合いに、その問題への対処策を比較検討してみたい。報告の主要論点は以下の通りである。

1、反復する地盤沈下問題:
 地下水の大量汲み上げは地盤沈下の主要な要因となる場合がある。我が国でも戦前から戦後の高度経済成長期において、特に大都市圏での地盤沈下が大きな社会問題になったことはよく知られている。規模こそ小さいものの、渇水時における地下水の代替汲み上げのために、未だに地盤沈下が起きている場所もあり、その意味で地盤沈下は決して過去の問題ではない。
 この点は経済成長が著しい東南アジア諸国の大都市についてもあてはまる。本報告で取り上げるタイのバンコクでは、少なくとも1970年代には地盤沈下が観察されており、それは今なお続いている。バンコクにおいても地盤沈下の主要原因は地下水の揚水にあるとされており、まさに日本の事例を追うような形で地盤沈下という問題が繰り返されている。

2、地盤沈下対策における政府活動の必要性:
 日本あるいはタイにおいても地盤沈下対策として政府による取水規制が採られている。これは当然のことと捉えられがちだが、そもそもなぜ政府が介入する必要があるのか。一つの説明だが、それはフリーライダー問題という視点から説明できる。地盤沈下を抑制することは、不動産への直接的な害悪をなくす他、洪水の危険性を和らげるなど多くの人が潜在的に共有する利益(共通の利益)といえる。一般に共通の利益で結ばれた人々はその実現に向けて進んで協力し合うと考えられがちだが、必ずしもそうではない。それは利益を共有するがゆえに、仮に自分がその実現に貢献しなくとも、他人が貢献さえしてくれれば自分もその恩恵に与ることができるためである。いわば地盤沈下の防止が共通の利益であることがかえって仇となり、各人が自主的に揚水規制することが期待できなく場合がある。これがいわゆるフリーライダー問題だが、政府の介入はこれを解決する有効な方策である。というのも、政府は社会的装置と定義されるものであり、その強制力ゆえに各人に地盤沈下防止への行動を強いることができるためである。

3、地盤沈下対策の比較検討:
 地盤沈下防止におけるフリーライダー問題は、地盤沈下が起きている地域の住民の数の他、地下水法の不備によっても助長される。例えば、日本では地下水は基本的に「私水」であり、揚水にあたって政府の許可を必要としない。これは「公水」と位置づけられることの多い河川の水とは大きく異なる。この利用に対する障壁の低さが地下水利用を助長する点は否めない。日本では1956年に「工業用水法」、1962年に「建築物用地下水の採取に関する法律(ビル用水法)」が制定された。他方、タイでは1977年にGroundwater Actが制定され、1985年には地下水課徴金制度が導入された。この報告では日本とタイについて、地下水の法的位置づけに関する不備の有無、不備に対する政府の対処策について検討する。
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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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