日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S304
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モルディブ共和国のサンゴ礁地盤崩壊と環礁立国の災害脆弱性
 
*菅 浩伸
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抄録

1.海面上昇と環礁立国の災害 ~ 津波・高潮・海岸侵食
 モルディブ共和国はインド洋の環礁上に成立した約1,200の低平なサンゴ洲島によって国土が構成される環礁立国のひとつである。同国では温暖化による海面上昇とそれに伴う海岸侵食や高潮災害の頻度増大が懸念されている。
 2004年12月26日のインド洋大津波による被害は,低平な環礁立国ゆえの災害脆弱性を浮かび上がらせた。演者は津波後にモルディブ政府環境リサーチセンターと共同で北部から南部環礁群の43島で地形断面測量と津波遡上高の測定,津波襲来状況の聞き取りを行った(Kan et al., 印刷中)。津波の挙動は,モルディブ諸島内での環礁の分布や津波の進入方向に面する環礁縁の連続性によって異なり,環礁内での洲島の位置,洲島高度,ビーチリッジやそれに付随する地形帯の発達程度によって各洲島の被害状況が異なる。環礁の縁が連続するモルディブ諸島南部では,環礁東側の洲島にて最大3.6m(平均海面上)の遡上高が記録され,大きな被害が発生した。一方環礁の縁が不連続な北部では,礁湖内に水塊が進入するなど津波の挙動も南部と異なるとともに,洲島高度が南部より高いこと,洲島東側のビーチリッジが防波堤の役割を果たしたことによって被害が小さかった。一方,石灰質砂よりなる洲島堆積物には顕著な侵食や津波堆積物は認められなかった。被害を受けた洲島上の構造物と異なり,環礁における礁―洲島系の地形ユニットは津波に対して耐性をもつといえよう。
 首都マーレは本来の洲島面積1.1 km2を埋め立てによって2.0km2まで拡張した島である。ここでは1987年4月の高潮災害によって島の約48%が浸水し,約36万m3の埋め立て土砂が流失する被害が発生した(宇多 1988)。その後,日本政府の援助で1990年までにマーレ島を囲む護岸堤が建設された。インド洋大津波では島の約3分の2が一時的に浸水したが,他島でみられた海岸部での建造物倒壊のような壊滅的被害は免れた。護岸提が効果を発揮したとみられる(大谷ほか 2005)。
 同国では海面上昇による海岸侵食が懸念されている。洲島の地形変化については長期的なモニタリングが必要であるが,現地の研究体制・人材の不足などにより,対応が遅れているのが現状である。

2.開発・高潮対策による二次災害 ~ サンゴ礁地盤崩壊
 2002年2月、首都マーレ島北東部にて、基盤となっているサンゴ礁の一部が崩壊し、その周辺に多数の亀裂が発見された。ビル・防波堤の建設や埋め立て,港湾整備に伴うサンゴ礁の開削などの開発が盛んに行われている場所である。このような問題が生じたのは,世界的にもマーレ島がはじめてである。潜水調査と空中写真判読から,2002年以前にも近隣斜面で崩壊が起こっていたことが確認でき,都市開発にともなう地盤崩壊が水面下で進行していたことがわかった。
 マーレ島北部の礁湖側斜面は,傾斜約60~70度の斜面が約40mまでつづき,それより海側で緩斜面の礁湖底となる。急傾斜の斜面表面は非常に平滑で堅く固結している。基盤サンゴ礁の崩壊は幅60m深さ44mに達する。
 崩壊地にて観察された礁内部構造より,斜面表層の1~2mは膠結作用による堅い礁構造よりなっているが,その内側は枝サンゴ・卓状サンゴ礫と砂よりなる未固結の堆積物であることが明らかになった。この構造は約8,000~6,000年前に下から上へと形成されたものである。同深度では斜面表層部ほど年代値が若く,礁湖側に堆積したサンゴ礫・砂などが表層部で固結しながら形成されたとみられる。海面上昇期に形成された堅固な斜面表層部が,天然防護壁として礁内の未固結堆積物を保持する役割を果たしていることがわかった。
 環礁上に成立する洲島の規模は小さく,環礁立国は多くの分散した島々によって成り立っている。近年,産業構造の変化にともなって都市部への人口集中が進むとともに,政府も効率的なインフラ整備を進めるため特定の洲島に人口を集中させる政策をとっている。これらの洲島周囲では埋め立てや浚渫などの礁―洲島系の改変が盛んに行われ,礁性堆積物の再配置が進んでいる。一部では高潮対策の護岸提も建設されている。
 マーレ北東部では,海面下の堅い天然防護壁が失われた現在,崩壊地の礁堆積物はきわめて不安定な状態となっており,むき出しになった礁内の未固結堆積物が小規模な崩落を続けている。世界で初めて環礁の洲島で発生した地盤問題は,今後,環礁立国において浚渫・埋め立てなどの国土開発や国土保全のための防波堤建設,洲島上でのビル建設などの際に,唯一の地形ユニットであるサンゴ礁―洲島系の構造を明らかにし,安定度を評価する必要があることを示唆している。
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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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