日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S605
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地理空間情報活用推進基本法の人文地理学への影響と期待
*村山 祐司
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抄録

1.地理空間情報基盤の構築
 2007年8 月に施行された地理空間情報活用推進基本法を受けて,全国を網羅する基盤地図の整備が国土地理院を中心に急ピッチで進められている.やがて,この基盤地図には,画像,統計,台帳をはじめ,位置をキーに多種多様な地理空間情報が載せられ,行政にビジネスに活用されていくことであろう.移動体情報,POS,観光・文化情報,タウン情報,さらには音声,景観写真,書き込みといった住民提供の情報も位置をキーにして基盤地図にリンクされ,マッシュアップ的に「集合知」となって,一般市民に広く共有されていくものと期待される.
 本発表では,地理空間情報基盤の拡充が人文地理学にどのようなインパクトを与えるのか,学術的見地に立って考えてみたい.
2.集計的思考から非集計的思考へ
 人文地理学では,地域単位別(町丁目や市区町村など)に集計されたデータをもとに分析を進めることが多かった.基本法の制定を機に,個別データの流通が進み,今後は面よりも点をベースにした見方・考え方が浸透するものと予想される.総量・平均値主義からの脱却が期待される.
 昨春成立した改正統計法もこの動きに拍車をかけそうだ.これは,「行政のための統計」から「社会の行政基盤としての統計」への脱皮を意図した法律であり,ミクロ統計データにおける二次利用の促進を謳っている.これからは地域単位の可変的な設定も可能になろう.
3.空間分析から時空間分析へ
 時間軸を一定の間隔でスライスして,時間断面毎に空間分析を施す.これが地域変化を考察する一般的な方法であった(これはまさに集計的思考!).地理的諸事象は,移動を伴いながら絶えず発生・継続・消滅を繰り返している.空間と時間をいかに切り取って分析の俎上に載せるか,非集計データの流通は地理学者に時空間概念の重要性を改めて認識させることになった.地理的諸事象を時空一体で分析する精緻な手法の開発が待たれる.
4.地誌的アプローチの進展と「場の科学」の台頭
 属性情報が一杯詰まった基盤地図,すなわち地理空間情報基盤は,いわば実世界をディスプレイに投影したバーチャルワールドである.
 絶えず情報が蓄積されていく「データリッチ」の状況下において, GISで渉猟的に地域調査を行うバーチャルフィールドワークは,地域構造や地域変容プロセスを探る有力な手段として大きな可能性を秘めている.空間データマイニング,空間スキャニング,ジオシミュレーションといった探索的アプローチは,地理的諸現象を網羅的に調べ上げて地域性を浮き出させる伝統的地誌学の手法に通じている.1950年代末に起こった計量革命は演繹的思考を醸成させたが,現在進行中のGIS革命は帰納的思考の重要性を人文地理学者に問い直すことになった.
 GISを援用した地域分析の深化に伴って,地理的諸事象の相互関連性(開放性,近接性,ポテンシャル,相対的位置,分布など)に着目し,分析対象を地域全体の中に位置づけて論じる「場の科学」の発展が予感される.
5.これからの人文地理学
 地理学の衰退が指摘されて久しいが,GISの発展や基本法の制定を機に,「地理」という用語が社会に浸透し,地理学には再浮上のチャンスが巡ってきた.当学会には,工学や農林学,社会科学などの研究者の入会が増えている.統合型GISの普及にともなって,地方自治体からは地域診断能力に長けた地理学に眼差しが向けられている.
 人文地理学の発展には,政策や計画への積極的な関与が鍵を握っているように思われる.人文地理学には社会のニーズを的確にキャッチするとともに,工学的思考を取り入れた応用科学・実用科学へのシフトが求められている.隣接諸科学を束ねて,場の科学を主導するリーダーシップも問われよう.
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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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