抄録
1.はじめに
国内産サクランボの栽培面積は,現在も拡大している.これには,高級果実として輸入品との棲み分けがなされ,輸入自由化の影響が少ないことや,栽培地域や収穫期がある程度限られるという点での希少性,サクランボが消費者に与えるイメージの良さなどが影響しているといえる.とくに,缶詰などの加工需要から生食への転換が進んだ1980年代以降は,交通・通信網の発達も相俟って,農家が直接,消費者と接する観光農園や直売,宅配といった市場外流通を志向する傾向も強くなっている.
報告者はこれまでにサクランボを用いた観光農業について,行政の地域振興策と連携した青森県南部町や,大都市への近接性を生かし,個人の工夫とPRによって農園経営を進める山梨県南アルプス市における観光農業の役割を考察した(林2006,2007).これらの地域では,観光が果樹農業の振興に一定の効果をもたらし,地域農業に大きな影響を与えていた.これに対し,市場評価と大きな流通ロットに支えられ,既存の出荷システムが機能する大産地においても,観光農業をはじめとする市場外流通は浸透しており,産地の維持・発展の一翼を担っている.こうした地域では,非観光農家や農協などとの調整や協調がより必要となる.
そこで本研究では,日本有数のサクランボ産地である山形県寒河江市において,既存の出荷システムと観光や宅配などの市場外流通がどのように協調・併存するなかで,産地としての規模が維持されてきたのかを明らかにする.なお,その際,地域リーダーの輩出構造と農家組織の活動,組織間の関係に注目する.近年の組織論では,統制のとれた縦の階層組織よりも,組織成員間の柔軟性(横の水平的ネットワーク)が重要とされている.農業者同士の結びつきや活動によって,いかにして地域リーダーが輩出され,産地の維持に貢献するのかを明らかにすることは重要な研究視角である.
2.三泉地区におけるサクランボ栽培の特性
寒河江市三泉地区の農業は,水稲とサクランボを主体にしている.とくにサクランボの生産・販売には積極的で,観光農園の組織化や雨除け・加温ハウス栽培が山形県内でも最も早くから取り組まれてきた.2005年の販売農家は142戸で,15戸が観光農園・直売所を経営し,26戸が加温ハウスによる早期出荷を行う.また,新品種(紅秀峰)の生産組合や研究会,地域農業を支える水田の作業委託(ライスセンター)などの組織もあり,こうした組織の活動が地域の農業を支えている.
3.地域リーダーの輩出構造
三泉地区には多くの農家組織が存在し,各組織のリーダーはサクランボの品質・栽培技術の向上という共通の目的によって強い結びつきをもっている.三泉地区の農家は,サクランボによって高収益をあげることで農業経営を行ってきたため,伝統的に先輩農業者が若年者に農業技術や経営手法を効果的に継承させることで「三泉のサクランボ」としての高い評価を保ってきた.これは家族内での技術の継承ではなく,地区内の農業者全体の底上げを図るものである.
現在,70~80歳代の農業者は,昭和30年代半ばに果樹研究会を組織し,その活動を通じ,剪定技術などを当時の若年農業者に伝えた.当時の若年農業者は,栽培技術を高め,観光農園経営や雨除け・加温ハウス栽培を始めるなど,個々の経営観に即した農業経営を進め,さらにそれを若い世代へと伝えていった.例えば,観光さくらんぼ組合長のW氏は,昭和40年代後半に受託剪定グループを組織し,地区内や近隣の高齢農家や兼業農家の樹園地の剪定を請け負うとともに,その活動を通じ,自分よりも若年農業者の技術向上を図った.このときに栽培技術や経営方法を学んだ農業者は,現在,新品種の研究会や生産組合,農協の出荷組合,ライスセンターのリーダーとなり,地域農業を支えている.さらに,彼らは,三泉地区の若年就農者および農外就業中の後継者予備軍に対し栽培技術の習得・向上を図るための「三泉チェリークラブ」の技術顧問となり,20~40歳代の後進を育成している.
つまり,三泉地区では高品質のサクランボを栽培するといった目的の下,技術の継承とそれを可能にする活動がそれぞれの農家組織の枠を越えて存在し,それがサクランボ産地の規模と評価を保ち続ける基盤となってきた.こうして,経営方針や出荷・販売方法の異なる農業者同士であっても協力し,互いの経営方針を尊重し合うことで,産地としての発展を促してきたのである.
【参考文献】
林 琢也2006.南アルプス市白根地区西野における観光農園経営の意義.
2006年人文地理学会大会研究発表要旨:76-77.
林 琢也2007.青森県南部町名川地域における観光農業の発展要因
―地域リーダーの役割に注目して―.
地理学評論80:635-659.