日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 511
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イスラームの宗教知識人の移動にみる回族の社会的ネットワーク
寧夏回族自治区調査報告 その4
*高橋 健太郎
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抄録

1.はじめに
 中国の少数民族の一つである回族は,中国のほぼ全域に分散して居住しているが,都市の1地区や農村集落程度のスケールでみると集まって居住している。このような回族の地域社会は「ネットワーク型社会」(network society)と形容され,相互にさまざまなつながりが形成されている(Lipman 1998)。回族の生活様式はイスラームの影響を強く受けており,清真寺(モスク)を中心として,教坊やジャマーアティと呼ばれる地域社会を形成している。清真寺は,集団礼拝や祭日の儀礼,葬儀,宗教教育などの宗教活動の場としてのみではなく,商品流通や情報交換,家畜の屠畜などの場としても,回族の地域社会において重要な役割を果たしている(高橋 2000)。
 一般的に,各清真寺には,宗教儀礼や宗教教育を主導するアホンと,それにしたがってイスラーム知識を学習している学生(マンラー[満拉])がおり,日々の礼拝や各種の儀礼など住民の宗教活動を支えている。アホンは3年程度を任期として各清真寺の間を移動する。マンラーも時には指導のアホンとともに,時にはより学識の深いアホンを求めて個人的に,清真寺やイスラーム学校の間を移動し学習を重ねる。
 今回は,2007年8月に行なった調査にもとづいて,回族の宗教知識人の移動の特徴,特にその空間性について報告し,ここから回族の社会的・宗教的ネットワークの一側面を考察する。

2.現地調査の概要
 調査地域は寧夏回族自治区の中部に位置する同心[Tongxin]県とその周辺地域である。同心県には回族が比較的集まって居住しており,総人口33.1万人のうち,回族は27.8万人(83.9%)である(2005年)。同心県には,清真寺・約500個,アホン・約800人,マンラー・約1100人が登録されている。今回の調査では,この地域の宗教活動の特徴や宗教知識人のライフ・ヒストリーについて,12人のアホンに聞き取りを行なった。また,マンラーや一般信徒にも補足的な聞き取りを行なった。

3.清真寺の管理運営と宗教知識人の移動
 清真寺は,カオム(高目)と呼ばれる一般信徒のなかから選ばれた,3~5人によって組織される「寺管理委員会」によって運営されている。アホンの招聘と解任およびマンラーの受け入れは,カオムの意見を聞きながらこの寺管理委員会が決定する。
 宗教知識人の移動について,次のような特徴が認められた。アホンは地域社会の外部から招聘されることが多く,就任した清真寺では外部者の立場にあることが多い。移動の範囲は,主に寧夏回族自治区内部や甘粛省,青海省で,約300km圏である。宗教知識人には農村出身者が多く,中国の戸籍制度や都市・農村間の格差の影響が見受けられる。マンラーとしての学習の段階では,教派に関係なく清真寺の間を移動するが,アホンになってからは同じ教派の清真寺で任務に就く。アホンの資格認定や新規就任への認可などで,県政府が監視と指導を行なっており,これは宗教知識人の移動に影響を与えている。宗教知識人は,回族の地域社会の間で,宗教知識のみならず日常生活全般についての情報を伝達し,社会的ネットワークの一つとなっている。

参考文献
高橋健太郎 2000.回族・漢族混住農村の社会構造と居住地の形態―寧夏回族自治区納家戸村の事例―.地域学研究13:65-95.
Lipman, Jonathan 1998. Familiar Strangers: A History of Muslims in Northwest China. University of Washington Press.
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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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