日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 602
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カンボジア・トンレサップ湖の湖岸北西地域における完新世の地形発達
*深野 麻美春山 成子桶谷 政一郎
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抄録


背景と目的
 東南アジア最大の湖であるトンレサップ湖は、水位の季節変動が大きく、雨季と乾季で湖面積が5~6倍違うとされる(Lamberts et al. 2006)。このことから、湖底や湖岸は特異な堆積環境であることが予測される。同湖岸北西地域は、沿岸から順に湿地、湖沼堆積面および三角州堆積面、沖積堆積面、ペディメントが、湖より約40km北方のクーレン山まで続く。
 湖より約15~25km北方のアンコール地域の地質環境については、完新統・更新統の層序が大まかに区分され、表層から10~20m深までの表層部分は更新世後期以降に堆積したものと推測される。また、トンレサップ湖湖底では湖底堆積物を用いて完新世後期の環境復元が行われ、約5500年前に湖の季節的水位変化が始まったと解釈された(Okawara and Tsukawaki, 2002)。しかし、アンコールコンプレックスを含む遺跡のある地形面と湖底面の間にある湖岸の低地部分における地形や堆積物に関する研究については、湖水面変化による影響を受けていて、環境復元を考える上で重要な地域であるにも関らず、行われていない。
 そこで本研究では、トンレサップ湖の湖岸北西地域における地形面区分と各地形面の地下構造より、同地域の完新世における地形発達について明らかにする。
方法
 SRTM3-DTED、航空写真(縮尺1/20,000、パンクロマティック、1992~1993年乾季撮影)、1/100,000地形図、ハンドオーガを用いて採取した表層試料(最大3m深)より、地形分類図を作成した。また、この表層試料と機械式ボーリングを用いて採取したオールコアボーリング試料(10m)の分析(粒度、EC、pH、14C年代測定)を行い、堆積環境の推定を行った。EC、pHは10mコアにおいてのみ行った。
結果と考察
 この地域は北側より順に、扇状地I、扇状地II、湖岸段丘I、湖岸段丘II、湖岸湿地と大きく地形区分できる。扇状地IIの前縁は、湖岸線に沿った砂州が認められる。砂州より湖側には湖岸段丘I、IIが続く。湖岸段丘IIは、湖面が年間最高水位を示す時期(9月~11月上旬)にのみ冠水する。湖岸湿地は雨季と乾季初旬までの期間(6月~12月くらい)において冠水する。当該地域での主要流入河川(シェムリアップ川、ロリュオス川)沿いでは上流側から、山麓緩斜面、扇状地I、三角州が形成されていることがわかった。三角州の末端は湖岸湿地の背後または湖岸段丘IIまで延びている。また、既存の湖面測深図から湖岸湿地の前縁には幅約7kmの湖棚がほぼ南北方向に広がっていることがわかった。
 表層地下地質については以下の通りである。湖岸段丘IIに近い湖岸湿地上で河成堆積物とみられる黄褐色ないし灰褐色粘土質砂層が深度0.3~0.6mで認められた。これと14C年代測定結果と合わせて、3500 cal yr BPにおいて湖岸湿地は河川堆積物による影響を受けていたことが推測される。また、湖岸段丘I、IIでは深度1~2mに鈍赤褐色砂質粘土層が認められる。粒度組成から考えると、この層は湖沼堆積物と推測され、湖岸段丘IおよびIIはかつて湖水面であったと考えられる。
 5500 cal yr BPにメコン川の水が現在トンレサップ湖のある低地に流入した(塚脇,2004)ことから、湖水準の変動は海水準の変動に対応したと考えられる。このときの湖水面は、雨季末期において湖岸段丘Iまで達していたことが解釈でき、この時期に湖岸段丘I、IIが形成されたと推測される。
 4000 cal yr BP以降、メコンデルタの海水準の低下にあわせて湖水準も低下し、扇状地Iが形成されるとともに三角州も形成された。
 また、シェムリアップ川下流にある三角州の末端が湖岸段丘Iの前縁までしかないことから、シェムリアップ川の土砂供給がある時期を境に停止したと考えられる。
 湖棚については過去の低位湖水準の時期に形成されたと推測される。
参考文献
 D. Lamberts et al. (2006), Proceedings of the Second International Symposium on Sustainable Development in the Mekong River Basin, 187-196
 OKAWARA, M. and TSUKAWAKI, S. (2002), Journal of Geography 111(3), pp.341-359
 塚脇真二(2004),日本熱帯生態学会ニューズレター, 56, 8-10

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