日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1402
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海外の氷河と氷河地形
*奈良間 千之
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抄録
1 はじめに
日本の研究者による海外での氷河・氷河地形研究は,1970年代よりヒマラヤ,チベット,パタゴニア,南極などでおこなわれ,国際的な成果を上げてきた.これら研究の多くは氷河編年研究が中心であったが,最近では衛星データを利用した氷河目録や氷河湖決壊洪水などの研究成果もみられる.本発表では,日本人の海外研究者のこれまでの活動と成果を紹介し,現在の氷河地形研究の動向を説明し,今後氷河地形学がかかわっていくべき,貢献できる研究分野について述べる.

2 これまでの日本人の氷河地形研究
ヒマラヤでは,1960年代に樋口敬二(名古屋大学)を中心にはじまった雪氷学研究グループに五百沢,岩田,小野らが加わり,ヒマラヤの氷河地形研究の先駆的な役割を果たした.岩田(1976)は,クーンブ地域のモレーン分布を調査し,相対年代で分類した氷河前進期を提示した.この結果は,青木・今村(1999)の宇宙線照射年代(10Be)により支持されている.カンチェンジュンガ地域では,Tsukamoto et al.(2002)が光ルミネッセンス(OSL)年代測定により最終氷期以降の3つ氷河前進年代を明らかにした.ランタン地域では,Shiraiwa and Watanabe(1991)が相対年代法を用いて完新世の氷河前進期を示した.1987年にドイツの地形学者M.Kuhleがチベット氷床説を提唱したが,先に述べた日本人研究者をはじめ,小野・劉(1995),小野(1996)は雪線高度分布からその説を否定した.ブータン・ヒマラヤでは,Iwata et al. (2002)がブータン北西部に分布するモレーンのステージ分類をおこなっている.チベット南東部では,岩田が14C年代から完新世の氷河前進期を論じている. 中央アジアの天山山脈やギッサール・アライ地域では,Narama and Okuno (2006)やNarama et al.(2007,2009)が14C年代とOSL年代を用いて最終氷期以降の氷河編年を明らかにした.中央アジアのパミールのカラクル湖では,Komatsu et al.(2010)が湖成段丘の発達史から氷河変動を論じている.カムチャッカでは,山縣ほか(2002)がモレーン分布と指標テフラを用いて完新世の氷河前進期を明らかにした. 南米のパタゴニアでは,1980年代より筑波大学の安仁屋を中心とするグループが14C年代値を基にしておもに完新世の氷河前進期,氷河変動パターンを明らかにした.また,空中写真を利用して近年の氷河変動を明らかにしている. 南極では,1980年代より氷床変動史の研究がおこなわれており,吉田・森脇・三浦らはティルの分布や表面の風化度から氷床変動を論じ,澤柿・平川(1998)や平川・澤柿(2000)は,氷床の氷河底のドラムリンや湖底堆積物の堆積構造から氷床変動研究にアプローチした. ここではすべての研究成果を網羅できないが,多くの日本人研究者が海外の氷河地形研究に貢献している.

3 最近の海外の氷河地形学について
海外の研究者による氷河地形研究では,ヒマラヤ~チベット~中央アジア~アルタイとOSLや宇宙線照射年代などを用いた研究が増えつつある.ニュージーランドでは,宇宙線照射年代を用いて,小氷期~完新世後期,YDに形成されたモレーンの年代が明らかになっている(Schaefer et al., 2009; Kaplan et al., 2010).Owen et al.(2005)はチベット・ヒマラヤの氷河編年を比較して,その変動の同調性を論じており,地域間比較による局地的な気候環境の復元がおこなわれている.また,従来は個々の地形学者が過去の気候変動を論じていたが,ワシントン大学の研究グループのように年代測定学や気候モデルの専門家とともに活動し,学際的アプローチによる環境変動研究に展開しつつある.

4 現在の氷河地形学者の取り組み
近年では,衛星データやGPSを使用した地形解析や環境変動の研究が盛んで,世界中の氷河台帳をASTERデータを使って作成するGLIMSプロジェクトや氷河湖台帳を作成するJICA/JSTのブータン氷河湖プロジェクトなどがある.また,近年,山岳地域では雪氷変化に起因する地滑り,氷河湖決壊洪水,融雪洪水,永久凍土の融解による地表面崩壊などの自然災害が生じている.これら研究分野では氷河地形学者の貢献が求められている.
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© 2011 公益社団法人 日本地理学会
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