日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 411
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カルパチア山村ルカルにおける中小企業の叢生と農村の持続的発展
-ルーマニアにおける農村の持続的発展の危機とその再生の可能性-
*伊藤 貴啓呉羽 正昭佐々木 リディア小林 浩二
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抄録

1.はじめに
 EUは新中期成長戦略「Europe2020」で持続的成長を掲げ,「特に中小企業の事業環境を改善し,国際市場で競争できる強い産業基盤の形成を支援する」ことを重点目標とする。これは中小企業がEU経済で大きな割合を占め(表1),農村の持続的発展においても注目されているからである。東欧諸国の新規加盟国においても,同様のことを指摘できる。
 本研究は,ルーマニアのカルパチア山地に位置するルカルを対象に,中小企業の叢生と地域の持続的発展の関わりを究明しようとするものである。具体的には,ルーマニアの中小企業の展開を概観した後,ルカルにおける中小企業の展開とその経営的特質を現地調査および企業登録情報などから解明し,地域の持続的発展との関わりを考察する。
2.ルーマニアにおける中小企業の展開
 ルーマニアの中小企業(非金融部門)は2008年現在,44万社を超えて全体の99.6%を占める。その一方で,雇用労働者,さらには付加価値のシェアーはそれぞれ63.6%,42.2%と低くなり,EU27か国平均と比べれば付加価値のシェアーで見劣りする(表1)。その空間的展開ではブカレスト,ヤシ,クルージュナポカ,ティミショアラなどの大都市の立地する地方に多くみられる。このなかで,本研究が対象としたアルジェシ郡は企業数で11番目の郡である。
3.ルカルの中小企業と地域の持続的発展
 2008年現在,ルカルの企業数は179であった。ルカルの人口は6,307人(2007年)で,人口1,000人当り企業数は28.3とルカルを含む,南ムンテニアの平均を上回る(図1)。
 ルカルの企業はすべて小規模層以下の企業群である。すなわち,従業員規模が9人以下の零細(micro)企業が105(58.7%),10人~49人の小企業が18企業(10%)であり,残りの56企業(31.3%)には従業員がみられなかった。また,これら企業は革命後の1990年代前半と2003年~2007年にかけて起業されてきた(図2)。業種別にみれば,両時期ともに第3次産業が多くみられるが,前期では製造業が,後期では林業と建設業の創業が目立つ。前期に創業した企業の多くが小規模企業層に成長しているものの,後期のそれは零細層に留まっていた。
 とはいえ,ルカルの中小企業は総人口の1割を越える従業員を雇用しており,これに経営者やその家族を加えれば,地域経済の基盤をなすといえよう。それらは林業関連やツーリズム,建設業など,地域資源との関わりを持つ業種で起業が盛んであった。ルカルで起業が盛んなのは地域資源の存在のほか,教育熱心な土地柄であり,大学進学後などにUターンする者がみられ,起業を可能にする人材が供給されていること,地域リーダー層を中心とした人的ネットワークの存在,林地の返還に伴う起業資金の獲得などをあげることができる。そのなかから,EU資金を得て,輸出を行う企業まで現れるようになった。ルカルの持続的発展はこのような中小企業の叢生が繰り返されうるダイナミズムの維持にかかっている。

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