日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 413
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カルパチア山地集落マグラにおける農村の自立への模索
ルーマニアにおける農村の持続的発展の危機とその再生の可能性
*中台 由佳里ディロマン ガブリエラ
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抄録

1.はじめに
 ルーマニアは2007年のEU加盟以降, EU標準への到達を目標に第一次産業を中心とした整備を進めている。それに対しEUでは特に条件不利地域を対象として、「地域振興政策2007-2013」の「条件不利地域の農業援助(LFA)」の基に支援に力を入れている。
 ルーマニア、カルパチア山地集落における生業構造については、すでに中台ほか(2010)が報告した。ルーマニアの中でも、経済や行政の中心から離れたカルパチア山地では早急なインフラ整備を期待することができない。そのため、経済的自立は自助努力に依っている。機械化もままならずマンパワーへの依存も高い。本研究では,ルーマニアのカルパチア山地に位置する集落マグラを対象に,経済的自立と持続的発展との関わりを聞き取り調査や統計データから明らかにし、農村の自立への可能性を考証していく。
2.マグラの平均的な世帯像
 マグラは,人口約250人が標高900~1150m前後のところに転々と家がある。集落は19世紀後半に、複数の同族集団が寄り集まって形成されていたが、現在では集団が緩やかに散らばってきている。
 平均的な世帯は、1軒に3,4人の中高年の夫婦を中心とした家族が住み、ウシ・ブタ・ヒツジ・ニワトリを飼う牧畜業を営む。狭い畑では自家消費のために多種少量の野菜とジャガイモを作り、夏には一家総出で干し草刈を行う。気候的に野菜の栽培には不適であり、ジャガイモでさえ2009年から不作である。小さな林を持ち果樹を植え、薪に用いている。労働力は人と馬によるものであり、長い冬のためにジャムやピクルス、キノコなどの備蓄用食料も蓄える。燃料は薪であり、最近ではトラックで売りにも来る。
 集落には教会と数軒の雑貨屋、集会所はあるが、医者はいない。そのため集落外に出かけるのは、1,2週間に1回公共料金の支払いに行ったり、病院に行ったり、買い物に行ったりするためである。公共交通の手段がないため、出かけるときは若い子どもたちに車で送ってもらう。集落での一日は、女性が孫や家畜の面倒をみて、家族の世話をし、男性は薪を作り、家畜の世話をすることが中心であるが、中には町に働きに行っている人もいる。その場合、集落に残る女性に家畜の世話の労働が付加される。
3.社会主義計画経済からの自立
 聞き取りから、1989年以前は国からの指示による計画経済の中での生活だった。近隣の町の工場に働きに行き、ウシの牛乳はミルクの回収車が毎日買い取りにやってきてくれた。家が壊れれば修理してくれる、完全に受動的な生活だったため、中高年の世代では現在の社会変化に対応できず、子ども世代に決断を委ねがちである。その子ども世代は出稼ぎ世代でもあり、外からの情報を得る手段を持っている。そのため、民宿を経営するなど経営の多角化も見られるようになったが、ほとんどの世帯が生産量=自家消費となる現状では、資金の調達が最大の問題である。
4.考察とまとめ
 マグラはカルパチア山地にありピアトラ・クライルイ国立公園に隣接しているため、自然景観に恵まれている。今後の戦略としては、地の利を活かした自然資源による観光関連産業が一番経済的な負担が少ない。しかし、長期間に及ぶ社会主義体制への依存が強く、精神的な自立が一番の問題である。現在のマグラに住む中高年の世代では急激な変化に対応する体力と資金力が不足しているため、期待は次世代である子ども世代にかかっているといえよう。変化はゆっくりと起こることが予測され、今後の長期調査が必要となろう。
文献:中台由佳里・ディロマン、ガブリエラ2010. カルパチア山地集落マグラにおける生業構造の変化 -ルーマニアにおける農村の持続的発展の危機とその再生の可能性-、日本地理学会発表要旨集 77 : 182

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© 2011 公益社団法人 日本地理学会
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