抄録
1 はじめに
近年、さまざまなレベルの地域を単位として、その空間内における人間の活動を、時間的変化の中で分析する環境史的研究が試みられている(池谷編, 2009)。例えば、人間の生業活動を対象とした環境史的研究を構想した場合には、その活動の継続過程を解明することがひとつの課題となるだろう(中井, 2010)。本報告では、この課題の試みとして、タイ北部の山村で行なわれる豚飼養の継続過程を事例として示し、その継続度を考察する。なお、本報告で提示する資料は、タイ北部ナーン県のモン(Hmong)の山村での現地調査から収集した。現地調査は2005年から開始し、これまでに、のべ16ヶ月間行っている。
2 調査地の概要
調査を行った山村は、標高約700mに位置し、人口は2005年に632人(80戸)である。村人の主な生業は農耕であるが、家畜も豚や鶏を中心に飼養している。村人はこれらの家畜を主に祖先祭祀での供犠や正月祝いの機会に消費している(Nakai, 2009)。ただし、キリスト教を信仰する世帯(16戸)は、祖先祭祀を行わないとされる。
調査村における豚飼養の概要は次のとおり。豚を飼養する世帯は、77戸のうち65戸で約84%を占める(2006年10月)。この65戸の飼養する豚は、のべ313頭で、1戸あたりでは平均4.1頭、最大で21頭を飼養している。
3 結果
代表集団としてインテンシブな調査を行った17戸の、世帯レベルの豚の生産と消費の状況から、次の4つの飼養形態が分類できた。A生産・消費型(自家で生産し、消費する)、B肥育・消費型(自家で生産せず、他家から入手し肥育して消費する)、C消費特化型(自家で肥育せず、消費する直前に入手する)、D非消費型(消費しない)。
調査対象とした17戸について、6年間(2005年から2010年)の豚飼養の継続過程を、上記の飼養形態の分類に基づいて、年単位で分析した結果は次のとおり。5戸は6年間継続してAだった。6戸はAとBの2形態間を、1戸はBとCの2形態間を、3戸はAとBとCの3形態間を変化しながら継続した。そして、1戸はキリスト教を信仰していた2007年までDで、2008年に改宗し、モンの祖先祭祀を行うようになると、C、B、Aと変化した。また家主が高齢世帯(80代)の1戸は6年間継続してCであった。
4 考察
上記の結果から、Aの生産・消費型を6年間継続した世帯は約29%(17戸中の5戸)と、タイ北部の山村で行われる豚飼養の継続度について、1つの目安が示された。また、AとBとCの間の飼養形態変化や、改宗による大きな飼養形態変化を示した世帯の存在は、豚飼養の継続過程にある飼養形態のミクロな動態の程度を示唆する。
文献
池谷和信編2009.『地球環境史からの問い』岩波書店.
中井信介2010. タイ北部の山村における牛飼養の現状とその継続性に関する予備的考察. 日本地理学会発表要旨集77: 188.
Nakai, S. 2009. Analysis of pig consumption by smallholders in a hillside swidden agriculture society of northern Thailand. Human Ecology 37(4):501-511.