抄録
1. 背景と目的
鳥海山西麓のなだらかな斜面には、高標高地にはブナ-チシマザサ群落と中腹にはミズナラ群落がひろがり、豊かな植生が観察できる。中村ほか(1991)によれば、境界では隣接部分の差異や両者の機能関係に由来する各種の事象が指摘され、特異な生物群集が認められる場所でもあるとしている。本研究では、この同一斜面上のブナ林とミズナラ林の移行帯にて観察できる森林立地の特性を、ブナの生育に着目して考察した。調査地点は移行帯を含む標高系列で設け、植生調査及び土壌断面調査を行った。鳥海山(N 39°05'57''、E 140°02'55'')は山形県と秋田県の県境に位置し、山頂における年平均気温0.5℃、年降水量は3,285mmである。土壌の母材は中国大陸由来の風成塵および安山岩風化物から成る。鳥海山西麓斜面には、低標高地の淡色黒ボク土から高標高地のポドゾル性土まで、成帯性土壌が分布している。
2. 研究の方法
鳥海山西麓斜面で標高系列に沿って調査地点を設置し、各地点において10×10mのプロットを設置し、樹木を中心とした植生調査を行い、林分断面図と樹冠投影図を作成した。調査地点は低標高地から順に、Ch1:550m、Ch2:650m、Ch3:710m、Ch4:710m、Ch5:780m、Ch6:1,100m、Ch7:1,100mと計7地点設定した。ブナの成長率は、成長錐から得た材片より求めた。各地点でのブナのバイオマス量を胸高直径から断面積を求め、樹木の量の指標とした。土壌断面観察は上記の7地点で行い、土壌サンプルは各層位から採取した。土壌断面の各層位から採取した土壌は室温で風乾し、2mm以下に篩分けした後、分析に供した。土壌のpH(H2O、KCl)は、土壌1に対して2.5の重量割合になるようにH2O、1M KClを、またpH(NaF)は土壌1に対し50の重量割合になるように4%NaFを加え、それぞれ懸濁液を作った後、ガラス電極法によりpHを測定した。選択溶解法により、土壌中の可溶性の鉄、アルミニウム、ケイ素の定量を行った。ピロリン酸、酸性シュウ酸塩、ジチオナイトクエン酸塩に可溶性のAl(Alp,Alo,Ald)、Fe(Feo,Fed)、Si(Sio,Sid)を抽出し、ICP-AESにより測定した。交換性アルミニウム(AlEX)の含量は、1M KClを用いて抽出した後、滴定した。外生菌根菌が形成した菌核について、蒸留水に浮上させて直径0.5mm以上のものを採取した。菌核の含有量は重量密度(mg g-1)で表した。葉のサンプルの元素組成は、EDXとNCアナライザーで測定した。
3. 結果と考察
全地点の溶脱層(Ah、Ae層)において低いpH(H2O)値(3.4~4.6)と、高い交換性アルミニウム含量(0.20~1.09g kg-1)が示された。これらの値は樹木の栄養吸収や成長への影響、生育阻害へとつながる。各地点の森林立地から、移行帯はCh3-5を含む、水平距離で750mの範囲だと考えられる。ブナの胸高直径はCh3、4で45cm以上であり、ブナの胸高断面積はCh3で最大となり、次いでCh4、最小値は高標高地のCh7、6であった。全7地点において、ブナの成長率はCh3で最も高い値となった。Ch3は、土壌pH(H2O)4.0以上で交換性アルミニウム含量が低かった。Ch4では全7地点のなかで最高樹齢のブナ、また樹高が高いブナが観察された。このCh4は、交換性アルミニウム含量が高かった(1.0g kg-1)。一方で、ブナの樹齢がCh3、5、7ではほぼ同一であった。土壌中の菌核量は、矮小化したブナが広がるポドゾル性土のCh6、7よりも、移行帯のCh3、4で多かった。菌根菌の活動は、移行帯のブナの成長のために重要な役割をもつことが示唆された。
【参考文献】 中村和郎,手塚章,石井英也著(1991):地域と景観,古今書院