抄録
Ⅰ はじめに 中国の都市の近年の変容を、グローバル化との関連で理解することを本研究の目的とする。グローバルシティとしてしばしば取り上げられる世界的な大都市や、その次によく俎上に載せられる香港、上海、北京といった中国の主要都市と比較して、長春のような地方中核都市についてはグローバル化の文脈で検討されることが少なかった。しかし、グローバリゼーションの本質として、その影響が大都市ばかりでなく地方都市へ、さらには農村地域にまで及んでいることを想定するならば、そのような検討は不可欠であろう。今回の発表では、統計データの分析や現地での聞き取り調査などの成果を用いつつ、長春の最近の変化をグローバル化の顕現ではないかとの仮説から考察する。Ⅱ 長春の概要 長春市は中国の東北地方のほぼ中央、長白山脈から東北平原へ遷移するところに位置し、吉林省の省都である。新中国の計画経済期においては自動車などの機械製造業や映画産業の集積地となり、大学や研究機関も数多く置かれた。国有企業を主体とする重工業地域であることから市場経済化の動きには立ち遅れ、「東北病」などと揶揄された東北地方であるが、2003年には国務院から東北振興政策が打ち出されている。長春市においては、国有企業の改革が行われ、日系企業を含む外資企業の投資も自動車関連を中心に進められている。すでに1990年代に設置されていた経済技術開発区やハイテク技術産業開発区の開発が近年さらに進行し、外延的な都市化が急速である。長春市の市街地の人口はおよそ329万人、面積は約394㎢に及んでいる(2010年)。Ⅲ 統計データの分析 都市のグローバル化の特徴的な現象として、グローバル経済の指令・仲介機能を体現する企業家・管理者・技術者などの新中間層あるいは上層のホワイトカラー層の増加が指摘され、他方、そうした諸機能を下支えする低賃金で不安定な雇用の増加と域外からの労働力の流入も指摘されている。長春市街地の近年の人口センサスデータ等を分析すると、製造業が比率を下げて商業・サービス業が比率を上げるという産業構造の変化が見られる中で、とりわけ高学歴者や専門技術職が増加しており、しかもそれらが特定の地区に集中する傾向を見せている。また、域外からの出稼ぎ労働者が多数と見られる流動人口も顕著に増加している。Ⅳ 社区居民委員会の状況 都市の行政機構の末端には社区居民委員会が組織され、それぞれの地区の状況に応じた行政が運営されている。例えば、旧来の市街地においては、高齢化が進む中で住宅の修理維持にも社区居民委員会が関与し、出稼ぎ労働者に対して空いた部屋を賃貸することが盛んに行われていた。自動車製造の国有企業が立地する地区では、住宅制度改革を通じてかつての単位住宅が従業員へ払い下げられた後、出稼ぎ労働者の流入もあり、社会階層や所得階層に対応した住宅小区ごとの格差が際立ちはじめている。ハイテク技術産業開発区では、高級住宅の開発や外資系企業の誘致が活発に進む中、一部にかつての農民が残っており、その集団資産を管理し経営することが引き続き行われていた。Ⅴ おわりに 長春の事例が中国においてどのように位置づけられるかは議論の余地があるが、そこには国有企業の改革、外資系企業の進出、市民の生活水準の向上、出稼ぎ農民の流入といった中国の都市に特徴的な諸現象が十分に観察される。それらのグローバル化との関連を具体的に考察していきたい。