抄録
Ⅰ はじめに
2004年12月, PISA2003年調査の結果が発表され,「PISAショック」がもたらされた.これにより,PISA型『読解力』(以下,読解力)が注目を浴びるようになる.読解力を向上させるためには,テキストから情報を取り出し,解釈し,熟考・評価するという一連の過程の能力の育成を図る必要がある(横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校 2007).そのためには,シミュレーション教材を活用するのが有効な手段であると言われている(鈴木 2005).しかし,シミュレーション教材が読解力に与える効果については,十分に議論されてこなかった.そこで,本研究はシミュレーション教材が読解力に及ぼす効果について検討する.
Ⅱ 研究方法
シミュレーション教材の効果を見るために,読解力に対する意識と認知地図に関する質問紙調査を授業前と授業後に行った.読解力に関する質問は,15項目(情報の取り出し,テキストの解釈,熟考・評価,各5項目)であり,尺度は5段階リッカートスケールである.また,授業ワークシートから生徒の読解力の分析を行っていくこととする.さらに,地図資料の読み取りと世界の位置関係の認識を検討するために,認知地図を分析した。認知地図の調査は,2地点(東京,フリーマントル)を与えた部分図化法(以下,地図描画法)による外在化課題を生徒に課した.地図描画法の対象地点は,社会科地理教育における基本的な都市(岩本 2000)とゲーム上での重要な都市の9地点(東京,フリーマントル,シドニー,ウェリントン,ロサンゼルス,ペキン,ケープタウン,パリ,ホンコン)である.多次元尺度構成法を用いて,地図描画法による距離推定データから2次元解を求めた.さらに,アフィン2次元回帰分析を使用して,現実の地図に認知地図を重ね合わせた.
Ⅲ 授業概要
本授業実践は,2007年11月常滑市立鬼崎中学校第2学年4クラス(男72名,女62名)を対象に行った.用いたシミュレーション教材は,「焼津の遠洋漁業」(山口 1999 )である.授業ではまず,遠洋漁業の概要をクイズ形式でつかんだ.そのうえで,学習課題を提示した.次に「焼津の遠洋漁業」のルールを説明し,ゲームを進行した.ゲームは,2人1組のペアを組み,3ペアで競争する形式とした.また,8ターン(全22ターン)まで進行した後,立てた作戦を見直す作業をした.
Ⅳ 分析と考察
授業前と授業後で,社会科が好きかどうかを尋ねた.その結果,授業後では,授業前より有意に平均値が高くなった(第1表).興味・関心を喚起するというシミュレーション教材の教育的意義が,本研究においても確かめられた.
授業前と授業後で,PISA型読解力の3つの過程を比較すると,平均値は施行後のほうが高い(第1表).しかし,統計的に有意な差とはならず,平均値に差があるとは言い難い.一度のシミュレーション教材を用いた授業だけでは,読解力に対する意識を大きく変化させることができないことがわかった.ところが,授業のワークシートを見ると,普段の授業において板書の内容をただ単に写す生徒は,今回の授業では,資料を分析的に読み,作戦を考えることができていた.このことから,シミュレーション教材を用いた授業を数多く行うことにより,読解力を向上させることができると推察できる.
授業前は,生徒の頭の中にある認知地図は,現実の位置と大きく離れていた.しかし,現実の地図と認知地図との間の歪みの大きさを表す歪曲指数の平均値は,事後のほうが有意に低い(第1表).つまり,生徒はシミュレーション教材のボードから多様な情報を読み取るなかで,都市の位置を位置情報として取り出すことができたということである.取り出した情報をもとに,都市の位置関係を把握し,現実に近い世界の位置認識を持ちえたといえる.
Ⅴ おわりに
質問紙調査とワークシートの分析により,シミュレーション教材は読解力を高める効果があったといえる.今後の課題としては,教材がやや難解であるため,難しさをもっと軽減できるようなワークシートにする必要がある.より高い効果を得るためには,シミュレーション教材を用いた授業を多数行い,授業の技術を深化していかねばならない.
参考・引用文献
岩本廣美2000.社会科地理教育における基本的地名に関する一考察.新地理 47-3・4:64-73.
鈴木文人2005.情報の取り出し・解釈・熟考・評価を授業でどう育てるか――シミュレーション教材で,さらなる読解力のアップをねらう.社会科教育553:87-90.
山口幸男1999.『新・シミュレーション教材の開発と実践―地理学習の新しい試み―』古今書院.
横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校 2007.『「読解力」とは何か PartⅡ』三省堂.