抄録
地理学では,企業家行動が,企業の立地調整,クラスターの形成などを検討する際にもよく提起される.しかし,企業家行動をローカルな現象として捉える一方,グローバル化と情報化の進展により,文化産業に関わっている企業家の空間視線と経営戦略は,ローカルには限定されない.そこで本研究では,新たな分析視点として,企業家行動をより広い政治経済的文脈に置き,グローバル戦略を含めた多様な空間戦略との関連性を探ってみた.具体的には,①事業の展開,外資との提携及び海外への進出における企業家行動の役割,②スピンオフによる情報・知識のパイプライン,以上の2点を,グローバルとローカルな政治経済環境の変容を踏まえて検討することである.「東方」と「国華」は,2社とも台湾最初の広告代理店で,台湾広告史の生き写しでもある.設立者が豊富な人脈関係を生かし,外部社会の変動を見抜きつつ,自社の経営戦略を展開してきた.そこでは,信頼関係にあるクライアントとの株式相互保有といった特徴ある経営方式も見い出せる.台湾経済の奇跡に伴い,「東方」や「国華」勤務経験者のスピンオフは,広告業界に止まらず,メディア社や製造業にも及んでいた近年は,中国大陸への流出も多く見られる.90年代以降,台湾の広告市場は外資系代理店に支配されつつある.海外資本のM&Aを受けた「国華」(「電通国華」に改名)は,海外本社から数多くの情報・知識資源を獲得できる一方,管理層やクリエーターの空間視線はよりローカル市場に向けられ,グローバル商品のローカルでのプロモーションに専念せざると得ない.一方,ローカル市場に依存していた家族企業「東方」は,厳しい競争環境で生き残るため,自らの企業家特性を保持しつつ,中国大陸に拠点を設けるとともに,積極的に域外企業と協力関係を組むなど,市場開拓に取り組んでいる.