日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0706
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発表要旨
「参加型開発」批判とGIS-
自然保護区の問題を中心に
*池口 明子
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抄録
1.はじめにいわゆる途上国を中心とした農山漁村の開発論では,1980年代にトップダウン型開発の限界に対する指摘がなされ,開発実践への地域住民の「参加」が提唱されてきた.多くの参加型事業がすすめられた現在では,その成果とともに多くの問題点も指摘されるようになっている.本報告では1990年代から現在までの自然資源管理にかかわる「参加型」アプローチとその批判を整理し,参加型GISの課題を検討する.さらにカリブ海・サンアンドレス諸島の海洋保護区における実践例をとりあげて,その問題を具体的に明らかにしたい.当地での野外調査は2011年3月,2012年6月に計約1か月滞在しておこなった.2.「参加型」政策への批判と参加型GIS参加型開発事業に関するこれまでの批判的論考では,次のような問題点が指摘されている.第一に,参加型政策が「参加」の名目をもつことによって,実際にはトップダウンの意思決定プロセスを正当化してしまう問題である.特に自然資源管理を目的とした参加型事業では,行政側があらかじめ設定した自然の状態を達成することが優占され,それに合致する「地域のニーズ」を選択的に利用する事例がある.村人の側でも,自らの知識のうち行政側の意図に合致するものを「正当」な知識とすることがあり,結果として行政と住民が共同で,ある特定のニーズを権威化する.第二に,こうした問題の根本にあるのは,「地域住民」あるいは「地域住民の利用や知識」のとらえ方に関する問題である.参加型開発では,政策担当者が参加すべき「地域住民」を均質な集団とみなす傾向があるが,実際には地域には異なるアイデンティティを持つ人が生活し,生物資源を異なる方法で利用している.これらの関わりを単一の利用や知識に代表させることで,集団内にコンフリクトが生じたり,マイノリティがより不利な立場になったりする.第三に,自然資源に関する「ローカルな知識」の記述の問題である.たとえば,参加型事業における自然資源利用の知識の収集は「公的」な行事としておこなわれるため,「私的な」活動を通して蓄積された知識が排除されがちである.「私的な」活動には,自給的な採集活動のほか,慣習的な利用の「なわばり」なども含まれるだろう. 参加型事業に,参加型マッピングあるいはPGISが使われる場合,上記の問題を踏まえると,GISの技術的課題に加えて,地域の多様な知識を前提として参加を促す制度設計が重要な課題となる.特に,地図作製のプロセスにおける「参加」の位置づけは,これを先験的に定めるのではなく,社会的弱者のエンパワーメントの視点から考える必要がある.すなわち,決められた枠に「参加」させるのではなく,その枠組みに抵抗し,交渉する力を支援するためのGISの開発である.3.カリブ海の海洋保護区における参加型GISの実践コロンビア領であるサンアンドレス諸島の海域はカリブ海のサンゴ礁域の約10%を占める.2000年にユネスコの生物圏保護区に指定され,州環境局が主体となって海洋保護区を設定・管理している.海域利用者は商業漁業者・観光業者および漁業者であり,前2者はコロンビア資本である.保護区設定の前段階として,自然科学者による生態地図をベースとして各利用者の利用海域をGIS上に重ねていくつかの案が作成された.環境局が集会を開き,その地図をもとにした交渉により最終案が出されたが,ライサルによる抗議・抵抗は続いている.この交渉においてライサルに必要であったのは,島を囲む裾礁の地図だけではなく商業漁業船との競合を示す島嶼海域の地図や,アフロカリビアンの居住地の広がりを示す西カリブ海の地図であった.ライサルにとってこの不利な交渉に「参加」することが海域への権利獲得の重要な手段であり,PGISはこれを支援する可能性をもっている.附記:本研究には,平成22-24年度科研費(課題番号:22300315)の一部を使用した.
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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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