抄録
1. はじめに立山カルデラ砂防博物館では、平成24年春の特別展「立山に行こう-より楽しむコツ博物館が教えます-」で来館者に立山の自然の独自性、多様性について説明するために、「上昇する山」「氷の山」「火の山」「水の山」という4つのキーワードを使用した。さらに、立山の自然をめぐって平成24年に2つの大きな出来事があった。第1は、立山連峰の御前沢雪渓、三ノ窓雪渓、小窓雪渓で、厚い氷体やその流動が実測され、氷河が現存することが確認されたことである(福井・飯田,2012)。第2は、弥陀ヶ原台地の湿原が、ラムサール条約登録湿地となったことである。これらの新しい事象も含めて、4つのキーワードから「大地の遺産」としての立山を概観する。2. 上昇する山立山連峰を含む飛騨山脈は、新生代第四紀の隆起量が日本で最大である。ヒマラヤ山脈と同じく2つの大陸プレートの衝突が原因となり形成され現在でも隆起を続けている。ヒマラヤ山脈はガンジス河やインダス河を生み出したが、飛騨山脈も同様に黒部川や常願寺川等の日本を代表する急流河川を生み出した。これらの結果、立山連峰の主稜線付近には花崗岩類が露出し、また河況係数が大きい急流河川の下流には、砕石された花崗岩類が堆積した白い川原が分布している。3. 氷の山 立山連峰には、氷河により形成された圏谷、U字谷等の独特の地形が存在する。薬師岳の圏谷群は国指定の特別天然記念物に、山崎圏谷は天然記念物に指定されている。この地域の最大の特色は、これらの氷河地形内に残存する雪氷量が圧倒的に多いことである。主稜線の風下側では一冬の積雪量が20 mに達し、秋の終わりになっても残存して多年性雪渓が多く形成されている。これら中でも規模の大きな内蔵助雪渓には、30 mに達する厚い氷体(氷河氷)が存在し、ムーラン底部の氷の年代は1700年前の日本最古のものとされる。さらに規模の大きな多年性雪渓の中には、現存する氷河が確認された。このうち最大の規模を持つ三ノ窓雪渓(氷河)では、25 mに達する積雪の下に50 m以上の氷体が存在し、1ケ月間で30 cmの流動が実測された。4. 火の山 立山の大きな地形的特色は、立山カルデラの巨大な窪地と隣接して広大に張り出す弥陀ヶ原台地である。この独特の地形は、立山カルデラ付近にあった火山の活発な活動により流れ出た火砕流、溶岩流により形成された。現在でも地獄谷や立山カルデラでは活発な火山活動がみられ、弥陀ヶ原(立山)火山は活火山として分類されている。5. 水の山 標高2500 mの室堂平の平均積雪深は7mに達し、雪の大谷「雪の壁」の様な吹きだまりの積雪深は15~20 mに達する。これを冬期降水量に換算すると約3000 mmとなる。しかし、この雪のほとんどが一夏で融解してしまうのも大きな特徴だ。夏期の雨量とあわせると年降水量は6000 mmに達し、日本でも有数の量である。これらの豊富な水が作る地形の代表に、称名滝周辺のV字峡谷があげられる。称名滝は、約7万年間で現在の位置まで約7 km後退したといわれる。日本一の落差や深さを誇り、豊富な水が大地を侵食しつつ下流に一気に流れ下る。6. 資産の有機的なつながり 立山には日本で唯一の氷河が現存し、そのような環境下に氷河時代の遺存種である雷鳥や高山植物が多く分布する。また、立山火山が生み出した地獄谷、玉殿岩屋、材木石、餓鬼ノ田圃等の独特の景観は、古くから立山信仰の舞台となった。さらに、立山の自然は下流に脅威をもたらす。立山カルデラには、火山活動により形成された脆く風化されやすい火山岩が分布する。この不安定土砂に、日本有数の降水量を持つ融雪水や豪雨が流れ下る。さらに、付近には跡津川断層が走り数千年に一度の割合で大地震が発生する。安政の飛越地震(1858年)で発生した鳶崩れの崩壊土砂は、立山カルデラ内外に堆積し天然ダムを形成した。その後2度にわたり決壊して大土石流となって富山平野を襲い大被害をもたらした。立山カルデラ内には今でも膨大な量の不安定土砂が堆積している。これらが相まって、常願寺川は豪雨のたびに土砂災害が発生する暴れ川となった。