抄録
【背景と目的】1997年の河川法改正により河川行政の目的に環境保全が加わり,治水と利水を中心とした国による一元的管理から住民意見が反映される河川行政へと転換されることとなった.これを機に,様々なステークホルダーが参加した合意形成に基づく流域の管理が指向されるようになった.これを流域ガバナンスと呼ぶ.北海道東部の網走川流域では網走湖の富栄養化や多量の泥水流入などの水質環境悪化が原因で,汽水域と沿岸域の水産業への被害が報告され,対策が急がれている.網走川流域は上流から下流まで明治初期より一次産業が根付いている北海道の代表的な産業形態を持つ流域である.それゆえ,流域内の環境問題を克服し,一次産業を持続的に発展させていくために,流域を一貫して考える流域ガバナンスの必要性が高まっている.そこで本研究では網走川流域の持続的な一次産業への貢献のため,(1)河川水質調査から一次産業起源の栄養塩及び濁度の汚濁負荷量の定量的把握を行い,(2)ヒアリング調査から網走川流域環境問題連環図とその連環に対するステークホルダー連携相関図を作成し,(1)(2)の結果から網走川流域ガバナンスの可能性を検討することを目的とした.【研究手法】本研究では(1)河川水質調査,(2)ヒアリング調査の2つの手法から流域ガバナンスの検討を試みた.(1) 網走川本流4地点において2011年に4回,2012年に6回採水を行い,栄養塩濃度(NO3-N,NO2-N,NH4-N,PO4-P)と濁度を計測した.栄養塩に関して,濃度[mg/L]からフラックス[kg/day]へ換算し,採水地点間のフラックス増加量を採水地点間の流域面積で除すことで比流出量[kg/day/km2]を算出した.濁度は無次元の指標として計測したが,本研究では栄養塩と同様の演算から比流出量を算出して泥水の負荷を便宜的に求めた.また,比流出量と農地の関係を考察するため,現地での目視観察及びGoogle Earthによる空中写真判読により,Arc GISを用いて農地の面積計算を行った.なお,本研究では畑地・牧草地・水田をまとめて農地とする.(2) 一次産業関係者を中心にステークホルダー13件を対象とし,面接形式で約60分から90分かけてヒアリングを行った.ヒアリングの際は統一した質問項目は用意せず,「流域環境に対する問題認識」,「ステークホルダー間の連携(環境保全行動)」の2点に注力してヒアリングを行った.【結果と考察】河川水質調査結果では,農地の少ない上流域と比べて農地の多い下流域は栄養塩及び濁度の比流出量が増加していた.特に,降雨と融雪の影響で流量の多いときのNO3-N,PO4-P,濁度の比流出量の増加が顕著であった.また,上流域で発生しているPO4-Pは酪農地起源であることが考えられた.網走湖流入前のNO3-N及びPO4-Pは網走湖環境基準値を上回る結果となった.ヒアリング調査から作成した網走川流域環境問題連環図(図1)とステークホルダー連携相関図(図2)において,開発局と漁協,東部森林室(道有林)と漁協とJAつべつによる流域内連携が確認され,流域環境問題に対して既にガバナンスが進みつつあることが判明した.しかし,河川水質調査で示された多量の栄養塩と泥水に関して,現在の連携と対策だけでは不足しており,JAびほろとJAめまんべつの2農協が流域内連携に加わることで農地負荷の削減につながる可能性がある.また,ヒアリング調査により,網走川流域のガバナンスが推進された背景として,所属する組織の垣根を越えて働きかける「能動的干渉者(Active Interfere)」の存在が明らかとなった.網走川流域に限らず,流域ガバナンスの発展には,能動的干渉者の存在が大きく寄与すると考えられる