1.はじめに-本発表に至る経緯と目的
発表者は2013年以降、青森大学が所在する青森市南郊の幸畑団地において、住民との交流をベースとしつつ、教育・研究・地域貢献活動を一体化させた「幸畑プロジェクト」に従事してきた。櫛引(2016a)においては、青森市におけるコンパクトシティ政策の現状と郊外の空き家問題に関する論点整理を試み、コンパクトシティの概念が内包してきた多様性や曖昧さを克服できず推移したこと、市中心部の商業施設アウガの再生問題が混迷を極めて、政策としての説得力が失われつつあることを指摘した。他方、幸畑団地においては、総体として人口減少と高齢化が進みながらも、住民のコミュニティ活動が活発化しており、住宅を新築して転入する人々も存在することを検証して、櫛引(2016a)、櫛引(2016b)などで報告してきた。
本発表においては、次の3点を中心に、幸畑団地の現状と住民活動を報告するとともに、今後の方向性について検証および考察を試みる。
①住民による空き家問題の調査・検討状況
②学生と住民組織の協働による転入者の調査試行
③住民が主体となり、大学の地域貢献活動と連携した、地域課題の把握および解決への体制づくり
2.住民の取り組み
幸畑団地地区は2014年7月、町会連合会など住民組織と青森大学を母体として「まちづくり協議会」を発足させ、「空き家対策」を最重点課題の一つと位置付けてきた。発表者が2013年末に実施した悉皆調査を起点に、空き家活用法を検討する「空き家で空き家シンポジウム」開催(2014年~)、およそ半年にわたる空き家借り上げと活用試行(2015年)を展開した。
2016年度は、青森県おいらせ町や岩手県遠野市の住民組織が視察に訪れ、学生を交えて意見交換を行った。また、コミュニティ強化の契機づくりと、空き家活用の実態把握を目的に、青森大学と協働で、後述する転入者のアンケートを実施した。
注目すべきは、町会単位で「空き家マップ」の作成が始まり、実践が拡大したことである。団地内に存在する9町会のうち、まちづくり協議会の拠点となっている店舗(美容室)が所在する阿部野町会(約400世帯)は、会計担当者が2016年に交代した。この際、新任者は独自の判断で、住宅地図を活用した「空き家マップ」を作成した。限られた時間と体力で、町会費を効率的に集めることが目的だったという。マップは月ごとにバージョンアップされ、まちづくり協議会にも共有された。さらに、公営住宅地区を除く各町会にもノウハウが共有され、作成が始まっている。
上記の経緯は、空き家問題を「不動産問題」、あるいは「危険建築物問題」としてではなく、あくまで「コミュニティ問題の一環」として捉えることの重要性を示唆しているように見える。
3.大学と住民組織の協働による調査試行
発表者は、担当する「社会調査実習」のフィールドに幸畑団地を指定し、学生とともにフィールドワーク、まちづくり協議会の上記活動の参与観察などを行ってきた。さらに、まちづくり協議会の協力を得て、阿部野町会有志と学生が協働で、転入者に対するアンケートを実施した。対象は、近隣の人々が「過去5年程度の間に転入してきた」と認識している一戸建て住宅の世帯とし、調査票は市民協働推進課の助言も得て学生と住民が作成した。原則として、住民と学生が肩を並べて、調査票を直接、対象者に手渡しした。
配布対象は36世帯、うち回答が24世帯と小規模な試行にとどまり、回収率も7割弱だったが、回答者のうち10世帯が新築で転入、4世帯が中古住宅をリフォームして転入、同じく4世帯が中古住宅をリフォーム抜きで購入するなど、興味深い実態が明らかになった。幸畑団地を選んだ理由は「土地が安い」「自然災害がなさそう」「中古の売り家が安く良質」といった項目が上位を占めた。「可能な限り住み続けたい」と答えたのは17世帯、転出希望を抱いているのは2世帯、「今は何も考えていない」が5世帯だった。
4.展望
一連の調査は試行段階で、今後、悉皆調査を視野に、団地の一戸建て全域で調査を継続予定である。現時点では、住民組織と大学の協働、教育・研究・地域貢献の融合の点で、非常に有益かつ効果が高い取り組みとみている。他方、「空き家」の定義、指標については住民側も模索段階にある。 なお、青森市は2016年11月に新市長が誕生し、都市政策の行方と地域への影響が注目される。
◇参考文献
櫛引素夫(2016)「コンパクトシティ政策と郊外の空き家問題-青森市の事例からの論点整理」、青森大学付属総合研究所紀要、17(2)、pp.26-42
※本研究はJSPS科研費15H03276(由井義通研究代表)の成果の一部である。