抄録
地理学を専攻しなかった高校教員(田城)と,地理学を教える大学教員(島津)が,総合学科の高校生にフィールドワークを体験させる授業の開発に共同で2年間取り組んだ(島津ほか2016; 島津・田城2017)。2022年度から必修化される「地理総合」には,「生活圏の課題を,観察や調査・見学等を取り入れた授業を通じて捉え,持続可能な社会づくりのための改善,解決策を探究させる」大項目の導入が答申された(中央教育審議会2016)。地理学を専攻していない多くの高校教員が,近い将来,地理総合を担当することになるが,逆に地理学を教える大学教員は高校現場で一体何ができるのか。一方向的な《アウトリーチ》で事足りるのであろうか。本発表は,恵まれた条件下での成功例というより。諸制約の下での試行錯誤の結果としての,「高大連携」の参考例として在る。和歌山県教育委員会と和歌山大学教育学部は,1999年12月という早い時期に連携協議会を発足させ,教員養成・教員研修・地域連携の各分野で多方面にわたる取組を行ってきた。高大連携事業は地域連携の一環と位置付けられ,アウトリーチとしての「出前講義」が2001年度に始まった。島津はこれに2003年度から関わり,2012~15年度は熊野高校(西牟婁郡上富田町)において,総合学科の選択制の学校設定科目「観光と地域」(金曜に2時限連続で実施)の一環として,毎年テーマを変えて出前講義を行ってきた。一方,田城は「観光と地域」の担当教員として,和歌山県世界遺産センターの「次世代育成事業」と連携し,独自の視点からフィールドワークを導入する試みを行っていた。この出前講義(インドアワーク)とフィールドワークをリンクさせ,双方向的にできないかという構想が,前述の地域連携のもう一つの取組である「実践的地域共育推進事業」に採択され(2015~16年度),共同研究が具体化した。フィールドワークとは現場で行う地域調査の別名であり,高校生に地域の何をどのように調べさせるかが,まず問題となる。ここで我々は,《地域とは,ヒト・コト・モノが織りなす複合体であり,それ自体,巨大なコトとして在る》(島津ほか2016)という認識の下に,ヒト・モノ・コトの相互作用という観点から,現場での観察や聞き取りに基づいて地域を調べさせることをめざした。2015年度は前述の「観光と地域」(田城ほか3名担当,履修者は2・3年生47名)を舞台として,学校から自動車で25分程度の距離にある白浜町の観光(コト)について調べさせた。フィールドワークは,教員が生徒を自動車で送迎し,観光客と観光業者(ヒト)に対する聞き取り調査を6月5日と11月20日に行った。インドアワークとしての出前講義は12月18日に行い,フィールドワークでは把握し辛い,統計からみた白浜観光の動向について講義した(島津2016)。その後,インドアワークで得た知識と関連させつつ,フィールドワークの結果を口頭で発表させた。この実践の反省を踏まえ,2016年度は同じく選択制の学校設定科目「現代社会探究」(田城担当,水曜に2時限連続で実施,履修者は3年生23名)を舞台とし,上富田町が抱える課題を調べさせることにした。2度のフィールドワークは徒歩で行い,学校から最寄りのJR朝来駅までの通学路の観察からモノの課題を発見させ(6月15日),町役場の各部局(ヒト)に対する聞き取り調査を行わせた(11月16日)。インドアワークとしては,新聞記事から地域の課題を発見させ(6月1・8日),出前講義(6月22日)で地域の課題を「ヒト・モノ・コト」の視点からみることの有用性を伝え,統計から判明する上富田町の課題に触れた(島津2017)。12月21日の発表会はポスターを用い,インドアワークとフィールドワークで得られた情報の統合をめざして行わせた。今回の共同研究は,一方向的なアウトリーチというより,むしろ双方向的な《学び合い》の場であったことを確認しておきたい。