日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P009
会議情報

発表要旨
奈良盆地における孤立神社林の植生動態と保全
―村屋神社・鏡作神社の場合―
*大田 千絵
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ はじめに   
孤立林は, 大規模な森林から分離されることによる種子供給の偏向や, 林縁が伐開されることによる森林内環境の不安定化, あるいは周辺の植栽樹種の侵入など, 様々な問題にさらされている. 本研究では, 奈良盆地に位置する孤立神社林を調査することにより, それらの植生動態および保全への課題について検討した.

Ⅱ 調査対象および調査方法    
調査は, 奈良県田原本町の村屋神社と鏡作神社の神社林を対象として行った. 植生調査は, 神社境内のほぼ全域の中に生育する, DBH10cm以上の樹木を対象とした毎木調査と, コドラート内の組成調査を行った. 組成調査に関しては1979年に行われた調査結果と結果を比較し, 植生変化の傾向を読み取った.

Ⅲ 毎木調査の結果   
毎木調査の結果からSDI (Size Distribution Index) を算出し, DBHのヒストグラムとあわせて分析した.  SDIは, 小径木の多寡を表し, 値が大きいほど小径木が少ないことを示す. 現地調査に基づき, 最大DBH40cm 以上の種を林冠構成種とし, これに注目すると, 村屋神社ではイチイガシとスギのSDI値が高く, DBHのヒストグラムは, 最小クラス階を欠いた形になっていた. 鏡作神社では, スギ, クロガネモチ, ナナメノキのSDI値が特に高く, ムクノキ, エノキの値がそれに続いた. DBHのヒストグラムでみても, これらの樹種では最小クラス階の個体数が少なく, 更新が不安定な形を示していた.  一方, SDIとDBHのヒストグラムから, 更新が良い状態であると考えられたのは, 村屋神社ではムクノキ, エノキ, アラカシであり, 鏡作神社ではクスノキとアラカシであった.

Ⅳ 組成調査の結果  
両神社林に共通してみられたのは, 高木層におけるムクノキ, エノキの増加であった. また, スギは衰退傾向にあった.  神社別にみると, 村屋神社における顕著な変化は, 社殿裏における竹林化であった. 社殿裏は, 低木層および草本層の植被率が非常に低く, 後継樹はあまり見られなかった.  鏡作神社では, 全体的に草本層にアラカシやクスノキなど, 今後林冠を構成していくと考えられる樹種が出現しており, 村屋神社よりも更新が良いと考えられたが, 一方でネザサの繁茂が著しい調査区も存在した.

Ⅴ 植生構造・動態の要因  
聞き取り調査によって, 1998年の台風7号によってスギやヒノキの倒伏や枝折れが起こったことが明らかになったことから, 両神社林に共通する, 高木層における落葉樹の増加およびスギの衰退は, 風害が主な要因であると推察できる.  一方, それぞれの神社のみでみられた変化の要因を考察すると, 人為攪乱による影響が大きいと考えられた. 村屋神社の竹林化は, 台風による林分の衰退が一因ではあるが, 宮司自らタケを植栽したことも大きな要因であると考えられる. また, 鏡作神社では, 1970年代後半から移住してきた新興住宅住民による管理作業が, 植生に大きな影響を与えている. 蚊の多さや, 落葉を嫌った新住民は, 樹種の区別なく下刈りを行っているために, せっかく発芽した樹木の後継樹も生育できていない. このようにして林縁が伐開されることによって, 明るくなった林内にはネザサが繁茂するようになったと考えられる.

Ⅵ 神社林が抱える問題と保全  
2つの神社林調査より, 風害という自然攪乱以外にも, 植栽や伐採などの人為攪乱が, 神社林の植生動態に多大な影響を与えていることが浮き彫りとなった. 竹林化もネザサの繁茂も, 後継樹が生育しづらい環境を生み出しており, 今後の神社林の衰退が予想される. 加えて, 孤立林であるという特性上, 周辺から種の侵入によって植生構造が変化することにも注意する必要があると思われる. 現在の植生構造を維持するのであれば, それぞれ適切な管理を実施することが急務である. 

著者関連情報
© 2017 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top