抄録
1.はじめに
八幡平山系(八幡沼から秋田駒ケ岳にかけて)には泥炭層を伴う湿原が多数分布している。これらの湿原は泥炭を基盤にしており、生育している植物の組成が共通していることから、ほぼ同一のものと捉えられてきた。しかし、これらの湿原の成因や形成年代は様々であることが明らかにされてきた(大丸ほか 2000; 今野 2014; 佐々木・須貝 2014など)。ところで、一般的には湿原植生は遷移が進むにつれて草本主体から木本主体へと変化することが知られている。具体的には湿原ごとの成因や維持機構によってその速度は様々で、気候の変動への応答性も異なっていると考えられるが、その詳細は明らかではない。そこで、八幡平における湿原の成因や立地環境を整理して、気候変動への応答性を検討した。
2.調査方法
湿原の面積の変化を検出するために、新旧の空中写真を比較した。用いたのは1959年、1965年、1976年、2004年に撮影されたものである。これらをステレオマッチングによってオルソ化してArcGISに配置し、湿原のポリゴンを作成して面積を計算した。植生の変化が認められた場所は植生調査を実施するとととに、地形と立地環境の確認を行った。また、積雪期の空中写真を参照し、雪庇の状況や樹木の露出の程度などから積雪量の推定を行った。
3.結果
空中写真の解析結果について、湿原の面積と年平均変化量の関係を示したのが図1である。図1から湿原の面積が大きいものは変化量も大きいことがわかる。この変化を割合で示したものが図2であるが、面積が大きい湿原は変化率が小さく、面積の小さい湿原は変化率が大きいものが多い。これらをまとめると、面積の大きい湿原は毎年消失する面積が大きいものの、その割合は小さく比較的安定である。一方、面積の小さい湿原は毎年消失する面積は小さいもののその割合は大きく、加速度的に縮小しているのである。地形別では特に傾向は見られなかった(表1)。立地別では尾根や斜面に位置しているものは消失の速度が比較的大きかった(表1)。成因別では風衝と積雪によるものの変化速度が大きかった(表1)。4.考察
小さい湿原ほど縮小している割合が大きいという傾向は、湿原における植生変化は周辺からの植生の侵入の結果である(安田・沖津 2001)ことから説明される。むしろ、小規模な湿原でも変化率が小さいものは、涵養源があるなど森林性の植物の侵入を拒む要因があると考えられる。立地別で変化率が大きいものは風衝や積雪起因である。かつては気象環境によって木本性の植物の侵入が阻害されていたが、近年の気候の変化によってそれが緩和されている可能性が高い。近隣の角館の気象観測記録では積雪量はやや減少傾向にある。そのため湿原では雪圧の減少や積雪期の短縮が起きて、木本性の植物が生育できる環境に変化している可能性がある。
文献
今野 2014. 日本地理学会発表要旨集. 151
佐々木・須貝 2014. 日本地理学会発表要旨集. 192
大丸・梶本・小野寺 2000. 日本地理学会発表要旨集. 230-231
安田・沖津 2001. 地理学評論. 709-719
