抄録
1.研究の目的
国連の指導の下に、世界各国には地名を研究対象とし地名のあり方を総合的に議論し、また地名に関して紛争が生じた場合、それを調停する組織を設けているところが少なくない。ところが日本には、そのような組織がなく、地名の利用者である一般の市民が、違和感のある地名や機能上不便な地名の利用を強いられている場合が生じている。そこで、そのような課題に対処する組織を国として設けることの必要性が議論されるようになってきている。ここでは、UNCSGN(国連地名標準化会議)およびそれを支援するUNGEGN(国連地名専門家グループ)の活動と密接な関係にあるIGU(国際地理学連合)・ICA(国際地図学協会)合同地名委員会についてその成立の背景を含み動向を概観することを目的とする.
2.研究の方法
国際地図学協会(ICA)には日本地図学会が1961年の第1回総会より参加しており、その活動に関する記録が学会誌「地図」に掲載されている。また、国連の地名標準化会議および地名専門家グループ会議には、国土地理院から代表者を派遣してきているが、その報告が「地図」に投稿されることが多く、これまでに10回程度掲載されている。更に、ICAはWebサイト(icaci.org)を通じて協会の活動について情報を公開している。これらの文献資料を中心にICAにおける地名に関する動向をまとめる。
3.研究結果
IGUもICAもICSU(国際学術連合会議)の31を数える国際学術団体の正式メンバーであるが、地名に関する研究とは縁が深い。1948年に創設間もない国連において地図作成に関係する地名の問題が提起され、それをきっかけに国連事務局に地図室が設置された(なお、昨年よりこれまで20年にわたって構築されてきた地球地図のデータベースが移管されている)。1955年には国連の第1回アジア太平洋地域地図会議が開催され、そこにおいても地名表記の標準化方法が議論されている。このように、初期の段階で地図作成が切っかけとなって地名について議論が始まっていることは興味深い。そして、1967年に第1回目のUNCSGNが開かれ、その後概ね5年に1度開催して今日に至っている。また、地名標準化を理論面で支えるUNGEGNには、IGUおよびICAから有力なメンバーを輩出してきている。
例えば、オランダのオルメリンク( Ferjan Ormeling , 1942-)は、現在UNGEGN の事務局次長であり、1970年代より地名のトレーニングコースを組織化してきた。そして、それをサポートしてきたイスラエルのカドモン(Naftali Kadomon , 1925-)は、2000年に地名についての教科書とも言える「地名学」を出版している(和訳は2004年に日本地図センターより刊行)。
2011年から2015年には、ICAとIGUの「地名に関する合同ワーキング」が設定され、ICAからブラジルのメネゼス(Paulo Menezes)、 IGUからイタリアのパラジアノ(Cosimo Palagiano)を座長として活動してきた。ICAにおいては、2015年からコミッションとして独立し、委員長は同じくメネゼスが務めており、副委員長はオーストリアのジョルダン(Peter Jordan)である。扱うテーマは、UNCSGNやUNGEGNで行われる議論と多くの点で同期しているが研究者を拡げる目的もあるので多様な話題を許容している。その活動目的は、地名に関する科学的知識の普及、人類学や言語学などにおける地名概念の検討、地名集作成支援、ウェブサイトを通じた一般市民との交流、UNGEGNとの連携、書籍やジャーナルを通じた広報、となっている。
4.考察
地名の標準化が地図づくりと関連して扱われてきたことは,地図作成においては地名の階層化、表記の整理が必要という課題を常に抱えていることと、地名を議論するに当たっては、記録性に優れている、安定した記録媒体を提供する、均質な情報記述を行う、空間コンテクストが記述できるという「地図」の特徴が有効活用されてきたからであろう。地図は地名の共通言語なのかもしれない。