日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0103
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発表要旨
熊本地震と製造業
地域経済の復興に向けて
*鹿嶋 洋
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抄録

 平成28年熊本地震は熊本県益城町と西原村で最大震度7を観測するなど,特に熊本都市圏の東部地域に大きな被害をもたらした。この地域は熊本県内で最も製造業が集積した,いわば「稼げる地域」である。そのため,製造業への被害は地域経済全体に幅広い影響を与えることとなった。本報告では,熊本県の基幹産業の一つである製造業を取り上げ,熊本地震の被害と復旧状況を概観するとともに,地域経済の復興に向けた課題を整理することを目的とする。
 2016年5月27日に熊本県が発表した商工業の直接的な被害額の推計値(建物・内装・設備等)は8,200億円であり,うち製造業が6,030億円,商業サービス業が1,640億円,観光(宿泊)業が530億円であった。製造業の地域経済における重要性と被害の大きさを理解できよう。
 検討に先立って,製造業の地域特性をみていく。この地域は1970年代の農村地域工業等導入促進法,1980年代のテクノポリス計画などの影響も受けて,半導体,輸送用機械などの誘致大企業が次々に進出し,それらのサプライヤーである地元中小企業や進出企業が集積しており,「誘致型複合集積」(中小企業庁編2006)と性格づけられる。熊本県によれば,2014年の時点で誘致企業の工場は265件(全工場数の12.5%),県内製造業出荷額の58.7%を占め,その存在感は大きい。震災の影響を考察する上でも,誘致大企業と地元企業を区別して分析することが有効である。
 誘致大企業については,建物,設備の損傷などの直接的被害による操業停止が多発した。多くの工場は1週間から1ヶ月程度で比較的早い復旧を遂げた。東日本大震災を機に各社が策定・改訂を行った事業継続計画(BCP)が奏功したともいえる。しかし物的被害の甚大な企業の中には生産再開が長期化したもの(菊陽町のソニーなど)や,生産再開を断念したHOYA(大津町)の例もある。他地域(海外含む)での代替生産に切り替えた企業も多く,被災工場の生産再開後も県内に生産が戻らない場合もみられる。
 間接的な影響として,サプライチェーンの寸断による他地域への波及がある。例えばトヨタ各工場にドアやシート部品を供給するアイシン九州(熊本市南区)の被災に伴い,トヨタ系の完成車組立工場国内16工場中15で生産ラインの大部分が数日から数週間にわたり停止された。早期の生産再開のために県内協力工場での応援生産が行われたが,それに際してはグループを挙げた協力体制が寄与した。
 地元企業についても直接的被害の度合いによって影響は大きく異なるが,加えて経営者や従業者の高齢化,設備の老朽化の度合いなども復旧を左右するようである。大企業に重要部品を供給する地元企業に対しては,大企業が復旧を全面的に支援する傾向にある。これまで縁のなかった他地域の同業者から設備を融通されて早期の復旧を果たすなど,他地域からの支援も重要であった。他方,他社で代替可能な製品を扱う地元企業にあっては,生産停止中に取引を失う場合もある。また生産停止が長期化した地元企業は従業員の解雇を余儀なくされ,再開後の労働者の不足にも直面している。
 震災は,誘致企業依存的な産業構造と,熊本都市圏一極集中的な県土構造という,この地域が抱える脆弱性を鮮明化した。熊本県は企業誘致を軸に経済発展を図ってきたが,その受け皿となる工業団地に仮設住宅が建設されるなど,当面誘致は容易ではない。新たな事業活動の促進による地域経済の自立化と多極分散化が求められよう。

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