抄録
関東地方の冬季の強風は,「空っ風」と呼ばれ,北西風時に関東で局地的な強風をもたらす.一般的に,空っ風は吹走時に気温が下がる,いわゆるボラ型局地風と考えられてきた.一方で,空っ風は冬季晴天日の日中に発生しやすく,空っ風の吹走とともに気温が上昇する事例も多く観測されている.このように,関東平野の空っ風の発生・終了とその時の気温変動の特徴は様々な観測事例があるにもかかわらず,その実態は明らかになっていない.そこで,本研究では,空っ風吹走時の気温変化に着目し,空っ風の分類を行い,分類された空っ風それぞれのメカニズムを調査した.
2000年~2016年の前橋の気象官署1時間値を用いて,関東平野の空っ風事例を以下の4つの基準を用いて抽出した;①風速が9m s-1以上,②風向が西~北,③相対湿度が40%以下.④強風発生中に降水がない.その結果,297事例の空っ風事例が抽出された.これらの空っ風事例を気温変化と風速変化に着目すると,3つのタイプ,日変化型,気温上昇型,気温下降型の空っ風事例が存在することが分かった.1つ目は,日中に強風が吹き始め,それと同時に気温が上昇する特徴を持つタイプ(日変化型)である.2つ目は,強風が吹き始めることで,夜間にもかかわらず気温が下がらない,もしくは上昇する特徴を持つタイプ(気温上昇型)である.3つ目は,強風が吹き始めると,午前中にもかかわらず気温が上昇しない,もしくは下降するような特徴を持ったタイプ(気温下降型)である.空っ風(297事例)をこれら3つのタイプに分類すると,日変化型,気温上昇型,気温下降型は,それぞれ,125事例,73事例,99事例であった.これまで,空っ風はボラ型局地風(すなわち気温下降型)と考えられてきたが,ボラ型局地風のように発生中に気温が下がる空っ風(気温下降型)よりも発生中に吹走中に気温が上がる空っ風(日変化型,気温上昇型)のほうが,その発生頻度が多いことが明らかになった.
次に,各型の空っ風吹走時の大気の時空間構造の違いを明らかにするために,地上観測データ・高層観測データ・数値モデルWRFを用いて,各型空っ風に対する事例解析を行った.
気温上昇型の場合,風上では海面高度約5500 m(500 hPa)までおおむね一様に寒気が流入していた.この時,山岳風上の高度1000 m以下で冷たい空気がせき止められていた.さらに,山脈の風上から風下にかけて等温位線の顕著な下降が見られた.また,関東平野では空っ風の層は3000 m以上の厚さを持っていた.このような気温上昇型空っ風の空間構造は,ヨーロッパアルプスのDeep foehnの空間構造とよく似ている.
一方で,気温下降型空っ風の場合,風上の高度3000 mにおける寒気の流入が顕著であった.その結果として,風上の高度3000m以上がより安定になり,高度3000m以下の安定度が小さくなった.この下層の弱い安定層の冷たい空気が関東平野に薄くなりながら流入し,厚さ1500 m程度の薄い強風層が形成された.さらに,この薄い空っ風層内とそれよりも上空では風向が大きく異なることが分かった.このような気温下降型空っ風の空間構造は,ヨーロッパアルプスのShalow foehnの空間構造とよく似ている.
日変化型の場合,空っ風発生前と発生中の空っ風吹走域の気圧傾度が大きく変化しないことが示唆された.低気圧の移動の影響が小さいにもかかわらず他の型と同程度の風速となるのは,熱的混合層の発達により上空の運動量が地表面付近に顕著に輸送されている可能性がある.