日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 935
会議情報

発表要旨
大都市近郊における農村観光の発展とルーラリティの関係
上海市祟明区前衛村を事例として
*呂 帥
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.はじめに
1980年代後半以降、中国においては観光需要の拡大と農村開発が結びつくことで、農村観光が飛躍的に発達してきた。一方、農村地域においても、農村観光の発展により、都市的土地利用が拡大されている(呂、2016)。景観や生活環境は変化し、農業の衰退で生じた隙間には多様な産業が現れた。さらに離農の進展によって、社会関係も変容しつつある。これらを受け、農村観光の核になっているルーラリティが再編されている。
本研究は、Lane(1994)の指摘するルーラリティに関する指標に基づいて、農村観光地として著名な上海市祟明区前衛村を事例に、生産空間と生活空間、社会関係の3つの側面から、農村におけるルーラリティの再編とそのメカニズムについて明らかにする。分析に当たっては、2014年3月および2015年3~4月に行った現地調査から得たデータを使用した。

2.生産空間の観光化とルーラリティ再編
1993年に前衛村においては、生態農業の発展に伴い、農産物とその生産風景が観光対象と認識されたことで、都市部から観光者が流入した。これはルーラリティの観光化を意味し、前衛村における農村観光の萌芽となった。
農村観光の発展に伴って、農的な観光施設のほかに、都市的な観光施設も建設された。これによって、農的な土地利用は1990年の176.2haから2015年には152.4haまで減少し、従来なかった人工的な観光施設用地は20.5haへと増加するなど、土地利用の指標において、ルーラリティの低下がみられる。
生産空間における観光対象は、当初、従来から栽培されていた野菜のもぎとりが中心となった。その後、栽培が行われていなかったイチゴやブドウ、景観作物であるハーブが導入されたことで、ルーラリティが維持できたが、生産物の特徴が変化した。しかし、観光利用と景観保全のために残された水稲とアブラナの栽培によって、ルーラリティは一定程度維持されている。
また、施設面では都市的な観光施設と現代的な宿泊施設の建造により、ルーラリティの低下がみられる。しかし伝統的な生産・生活文化を踏まえた観光施設も建造されており、これは伝統文化の再現という観点から、ルーラリティを維持していると考えられる。ただし活用された伝統文化には前衛村に存在したものに限らず、祟明島や中国全体に関するものもみられた。

3.生活空間の観光化とルーラリティ再編
生産空間における観光活動の拡大により、宿泊需要が高まった。1999年の前衛村では、農家を利用して、宿泊と飲食を提供する農家楽の経営が開始され、2015年の営業件数は117軒である。これによって、村民の生活の場である住宅や集落景観が変化しつつある。特に独立したトイレの設置や間取りの変化、客室設備のホテル化、道路・並木修景の都市化などは、ルーラリティを低下させているが、これらは農村地域が持っていたネガティブな特徴を変化させたものでもある。この意味で、それらは農村生活と農村の魅力を向上させる効果を持つともいえる。また、経済状況の向上によって、村内には「別荘」式と呼ばれる現代的住宅が建てられた。これは集合住宅に居住する都市部の住民にとって、魅力的な観光施設となり、農村の住宅の新たな特徴となっている。
一方、増築による庭園の消失や、広告看板の商業化などもみられる。これらはルーラリティを低下させ、農村観光の阻害要因となっている。

4.社会関係にみるルーラリティ再編
前衛村における収入・就職構成は、農村観光の発展に伴い、観光業への依存が高まっている。農家楽の経営者間では、競争によって社会関係に軋轢が生じているものの、親族や友人間において、農家楽への観光客を「紹介」しあうという利益の調整行為が行われている。
農村にみられる、伝統的な道徳や習俗に従って形成された親密な人間関係は、観光者にとって、重要なアトラクションとなっている。しかし観光客の増加に伴って、特に大規模な農家楽経営者においては、観光者と交流を取る機会が減少している。
住民生活については、従来、農業スケジュールに合わせていたものが、観光に転換したことによって、自由度が低くなった。
以上のように、社会関係におけるルーラリティは低下する側面はあるものの、新しい特徴によって一定程度維持されている。

5.おわりに
前衛村では、生産空間と生活空間、社会関係における各要素が相互に影響し合いながら農村観光を発展させてきた。この間、ルーラリティに配慮しながらも多様な要素が付加されたことで、ルーラリティが再編されている。

著者関連情報
© 2018 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top