日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S601
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発表要旨
シンポジウム 自然と人間の関わりの地理学:環境研究と社会連携
趣旨説明:地域社会のための統合地理学
渡辺 和之*池谷 和信
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抄録

地理学は自然と人間の統合の学である。しかし、文理融合は容易ではない。分野の違う研究者がお互いの専門をよく理解できないと、共同研究すらままならない。また、長く調査すると、調査地に対する社会的責任も生じるし、調査地が災害や環境問題に直面することもある。調査地への社会連携が求められるなかで、どう研究と両立するのか。本シンポジウムでは、長らく文理融合の分野で研究をされてきた小野有五氏に基調講演をしてもらい、それを受ける形で、地理学だからこそできることは何かを考えてゆく。

 小野氏の業績は、周知のように、本業である氷河地形学に留まらず、森や川の保全、環境教育、先住民族の権利回復など、環境問題解決のための社会貢献にまでおよぶ(小野2013:384-5)。

こうしたいわば純粋な「研究」以外の活動に小野氏が関わるようになった背景には、氷河の調査隊が村民に無用な伐採を促してしまった経験や、地元の湿原が河川改修で消えゆくのを黙って見過ごせなかった背景がある。

 似たような問題は、上高地の保全問題に関わった岩田氏らの研究でもいえる。ケショウヤナギは、自然の河川による洪水で生育する。建物をかさ上げし、洪水を維持すれば回避できるのに、役所は特定の個人にお金を出せないからと、河川改修をする。こうして洪水が起きない河川環境を作ることが、ケショウヤナギを絶滅の危険にさらす(岩田2007, 2018)。

 お2人の指摘は、「人間にとって望ましい環境とは何か」という問題を提起するものである。人間や役所の都合でおきる不必要な自然破壊を許さない点で、お2人の主張は一致する。だが、人間が生きる上では、農業や牧畜のように自然に手を加えて生きることもある(だから公共工事もやむを得ないのではない)。また、同じ地域に住む人たちが同じ価値観を持っているとも限らない。今日、異なる価値観や利害が対立し、社会の分断を招いている。沖縄県基地問題や福島の原発事故に見るように、もともと国民全体の問題なのに、年月とともに、国民の関心は低下し、県内だけの問題になりつつある。

 また、気候変動による災害も今日では多発している。政府は災害対策と言う名目で、今後、公共工事をすすめるだろう。あるいは財源不足から大規模な改修工事などおこなえず、多自然型方法と言いながら、部分的な災害対策で、しかも自然の河川とは異なる人工的な環境をあちこちに作り出すかもしれない。湧水を研究する鳥越によると、水道水と湧水を選択できる状況を後世に残すのが重要で、そのためには、地域住民の協力と役所の理解が必要である(鳥越2012)。地理学者には、今後、過去の歴史をもとにどの位の災害に備えたインフラが必要なのかを推定し、同時に、地域住民の視点から、地域の環境をどう残すかを提言できる力量が求められる。

 小野氏の取り組みから学ぶのは、エコツーリズムによって環境教育しながら、自然環境を守ってゆく点である。どんなにリモートセンシングが発達しても、人間は自分の想像を越えることを想うのは難しい。環境問題に関する問題意識を涵養するには、できるだけ若い人を現地に連れ出すのが着実な環境教育なのだろう。

つまり、求められているのは、地誌学的な視点である。地域の現状を多角的に調査し、安易な一般論は許さず、地域の多様性を把握しつつ、他地域の事例と比較する。自然と人間を統合した地理学が必要とされている。ただ、それを世の中にどう訴え、いかに社会と連携し、地域の信頼を得てゆくのかを、われわれは考える必要がある。

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