日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 816
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発表要旨
中国南京市江寧区におけるハイテク産業集積地域の形成とイノベーション活動の存立基盤
*王 震霆
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抄録

1.はじめに

 中国は1978年の改革開放政策以降、外国資本の導入や国有企業の民営化など、所有制の多様化の進展とともに顕著な経済成長を遂げた。その過程で、東部沿海各地では都市縁辺部に大規模な産業団地が建設され、新興産業地域が形成された。この地域の形成初期は労働集約的業種の立地に特徴づけられていたが、近年では知識経済化の進行に伴い、プロダクト・イノベーションを積極的に行うハイテク企業の集積が進行している。

 本研究は中国大都市郊外におけるハイテク産業集積地域の形成と、ハイテク企業のイノベーション活動を支える地域的な基盤を明らかにする。第1に、経路依存性の視点から域内ハイテク企業の発展過程を長期的に捉え、その産業空間の形成過程を分析する。第2に、イノベーションのためのニーズ、自社で保有する基盤的な技術の学習過程、社外からの知識・技術の導入過程を、集団的学習の観点から解明し、イノベーション活動を支える地域的な基盤を明らかにする。

 調査対象は行政によって認定された南京市江寧区におけるハイテク企業(高新技術企業)のうち、協力の得られた機械・金属系の34社を選定し、聞取調査を実施した。加えて産業誘致・振興を担う公的機関への聞取調査、郷土誌、新聞記事、各統計データなどによる資料の収集も行った。

2.調査対象地域および事例企業の概況
 江寧区はかつて南京市郊外農村の江寧県であり、1990年代初頭までに地元行政が主導する形で企業が形成される「蘇南モデル」として地域経済が発展した。1992年から本格的に改革開放政策が実施され、域内多数の産業団地が造成され、顕著な発展を果たした。2000年に南京市江寧区に編入され、現在ではハイテク企業と外資系大手企業、およびそのサプライヤーが多数立地している。ハイテク企業の業種は、製造装置生産業、電力設備製造業、自動車産業など主要6業種である。ハイテク企業は区内の主要6産業団地(経済開発区など)に集積している。域内ハイテク企業は「垂直分裂」(丸川、2007)的な状況で、企業規模を問わず広範囲で多数の取引先を確保している。

3.ハイテク産業集積地域の形成過程
 江寧区におけるハイテク産業集積地域の形成過程について、まず南京都心6区の国有主体(国有企業・大学・研究所)に勤務していた職員や技術者が1990年代の創業ブームにより旧南京市内や江寧区などで独立創業を行った。2000年に江寧県が南京市江寧区に編入されると同時に、市行政は工業企業の郊外分散政策を打ち出した。そのため、2000年代初頭から、旧南京市内に立地する既存の公企業や独立創業企業の中で、江寧区への移転ブームが生じた。2000年代半ばに入ると、江寧区行政は複数の外資系自動車メーカーを誘致し、自動車部品サプライヤーの立地の増加に伴い、ハイテク企業に成長するものも現れた。またこの時期、江寧区では急速な都市化が進展し、都市的機能を享受するため江寧区に立地した企業も出現した。しかし都市化の進展により、江寧区でも2010年から区内の都心地域に立地する工業の郊外分散政策を開始し、江寧区都心地域とその近隣に立地する企業は近年さらに郊外移転を図っている。このようにして、江寧区においてハイテク産業集積地域が形成されてきた。

4.イノベーション活動を支える地域的な基盤
 事例企業のイノベーション活動を分析した結果、以下の点が判明した。第1に、業種ごとにイノベーションの発展志向が異なっており、技術進化的なイノベーションを指向する業種と、応用的なイノベーションを指向する業種に分かれていた。第2に、基盤的な技術を獲得する過程は企業の創業時期によって異なっていた。1980年代までの創業企業は主に外資系企業から、1990年代に創業した企業は主に南京市内各主体から、2000年前半の企業は主に南京市内各主体を中心に、加えて国内他地域各主体から、2000年半ば以降の場合は主に国内他地域各主体を中心に、加えて南京市内各主体から、2010年以降の場合は再び外資系企業から獲得した。第3に、イノベーションのニーズの獲得のために様々な方法が採用されていた。第4に、産学連携(公的な大学・高専)を主体とする社外連携によって社内不足な知識を補完した。これらが事例企業のイノベーションを支える基盤となっている。

 全体的にみると、江寧区の地域経済は依然として外資系大手企業に大きく依存し、「世界の工場」の1部分に位置づけられるが、ハイテク産業集積地域の形成に着目すると、あらゆる局面において国家の産業発展戦略や各種の国家資源が関わっていることが明らかになった。本研究で見いだした知見は、中国における知識経済化に対する理解に再考を促すものと考えられる。

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