抄録
1. はじめに
ネパール全土には36,360㎢(九州とほぼ同等)の森林が広がり、国土の25.4%を占めている。とくに「2015年ネパール地震」(4月25日㈯)の発生以降、倒壊した住宅の再建用の材木需要が急増し、近年あらためて植林と国土緑化への関心が高まっている。
本発表では、故・川喜多二郎(元京都大学教授)の設立した「ヒマラヤ技術協力会」(ATCHA)を母体とした環境保護団体「ヒマラヤ保全協会」(IHC)による、中部ネパールでの植林活動および村落開発に注目した。同団体は1993年から30年近くに渡り、同国で植林を通じた国土緑化と技術協力を展開している。とくに同協会が実施した、JICA草の根技術協力事業(JPP)(平成22年度第1回 採択案件1003654)「生活林づくりを通した山村復興支援プロジェクト」(実施期間2011年2月〜2016年1月/事業費6,376万円)の事業評価から、同国の村落開発における生活林再生の意義と国際開発の展望をフィールドワークにより明らかとした。
2. 対象と方法
同事業はネパール中部ダウラギリ県ミャグディ郡およびパルバット郡の6地点(SS1. サリジャ村/SS2. ドバ村/SS3. ベガコーラ村/SS4. ダグナム村/SS5. ジーン村/SS6. バランジャ村)で実施された。フィールド調査は2015年4月25日から開始し、主要データはおもに11月15日~12月10日の実働20日間で収集した。調査は各事業地で、スノーボール式に50名ずつ(SS4のみ25名)をランダム抽出し、総数n=275名(男性136名/女性136名:平均年齢38.9歳)にアンケート用紙を用いた構成的インタビュー(質問数20問)を実施した。
3. 結果(R1~R3)と考察
《R1. 事業区の植林面積と総本数》
生活林再生(植林事業)は6地点の68地点プロットで実施され、5ヵ年で植林樹261,976本/植林面積1,564,061㎡が達成された。各事業地の地形・気候・植林環境により多様な植林樹が選定され、植林本数に応じて3カテゴリーに分類される。
第Ⅰ類: 植林本数4,000株以上(全5種)
第Ⅱ類: 植林本数2,000~4,000株(全5種)
第Ⅲ類: 植林本数2,000株以下(全32種)
植林樹種には、生活で重用される有用樹42種類が確認された。
《R2. 林産資源の利用状況》
林産資源の主要用途として、以下の在来利用が確認された。
①たきぎ: 主要18種類/消費量491.1 kg/月
②建築材: 主要16種類/平均使用本数5.02本/家屋
③家畜飼料: 主要14種類/平均供給量約9,724.9kg/年
このため、林産資源への依存度は高く、生活林再生の必要性が強く再確認された。
《R3. IHC植林事業の貢献度に関する意識調査》
インタビュー調査では、全6事業地で81.3%の人々が生活の改善が実感され、植林の継続をほぼすべての村民がのぞむ結果が示された。ただし、唯一SS4(ダグナム村)では、植林適地の寡少さ、土砂災害や家畜食害の発生した経緯があり、肯定的成果が聞かれず、課題が残った。
4. まとめと展望
植林事業にあたり全6地点で、独自の苗畑ナーサリー施設および森林組合が設立されており、地域ごとの「適樹適地」にもとづき活動が展開された。とくに育苗本数、樹種、植林区・規模などが、すべて住民参加型の意思決定で実施された。またコスト面でも、植林1本/約244円、植林面積1㎡/約42円で実施された。
同事業では、効率的な生産・供給体制での運営がなされたと評価される。そのため、住民主体型アグロフォレストリーや、農学国際協力のアクション・リサーチおよび社会実験としての性格も兼ね備えたモデルケースともなりうる可能性がある。今後は、植林樹の生育に伴う、地域社会の林産資源の活用が期待される。