抄録
経過を詳しく観察・計測できる地形発達実験は、断片的証拠しか残されていない実際の侵食地形発達を解明していくための大きな手掛かりとなると考えられるが、相似則の適用が難しいことや実行に手間がかかることから、近年までそれほど行われてこなかった。しかし、コンピューター技術の発達やDEMの普及などによって地形発達の数値モデルが盛んに構築されるようになってくると、その実証手段として地形実験が注目されるようになった。ただし、これらの実験の多くは実験地形を実際の地形をスケールダウンしたモデルととらえており、その解釈にどこか違和感を覚える。実際の地形発達と実験地形の発達では時間・空間のスケールが大きく異なるため、同列に考えることには注意が必要である。実際の地形発達はスケールを大きくしていくと、どんどん異なる要素との関係が現れてくる“創発現象”であり、後件肯定の論理的誤りに陥る可能性が高いからである。地形発達実験を実際の地形発達の解釈に利用するためには、いろいろな条件下での実験を重ね、どのような実験地形がどのように発達していくのか、全体像を理解することがまず必要であろう。このような観点から、ここでこれまでに行った実験の結果を整理して、実験地形がどのように発達するかを説明しておきたい。
隆起速度は実験地形の成長を規定する最大の要因である。侵食速度との兼ね合いによってその値は異なるが、地形発達にかかわる閾値となる隆起速度が2つあることが想定できた。隆起速度が下方閾値より小さな場合は流水による侵食が卓越し、崩壊を起こすような斜面は発達しない、ある程度の起伏が発達した後は隆起と流水侵食がほぼ釣り合って、地形はほとんど変化しなくなり、砂山の構成物質と降雨強度を反映した地形となる(Characteristic relief phase)。隆起速度が上方閾値より大きい場合は、隆起が卓越するために尾根部が上昇を続け、高い山脈ないしは山塊が発達する(Mountain building phase)。
地形実験で最も一般的なのが、隆起速度が下方と上方の閾値の間にある場合である(Steady state phase)。実験開始後間もなくから、隆起する平坦な始原面の縁に流水による細かい溝が形成され、次第にまとまって谷となっていく。この間、隆起域の平均高度はほぼ隆起分だけ上昇する(Stage I)が、表面流による谷(流域)の発達とともに、平均高度の上昇が隆起より小さくなっていく(Stage II)。谷が発達し斜面が成長すると斜面崩壊が起こるようになり、侵食速度が大きくなる。谷系が十分発達し、流路勾配が安定するころには、斜面崩壊によって生産された物質を水流が域外に搬出するプロセスで侵食が進むようになる。大規模な斜面崩壊は周期的に集中して起こる傾向見せ、隆起域全体の地形は斜面崩壊による低下と隆起による上昇を繰り返すようになる(Stage III)。斜面崩壊による地形変化が顕著であるが、長時間を想定すればこの状態を隆起と侵食の“平衡状態”と考えることは可能であろう。
Steady state phase内において、隆起速度が同じで降雨強度の異なるrunを比較すると、降雨量の少ない方が(Stage III)に至るまでの侵食量が少なく、結果として山体高度も流路勾配も大きくなった。流水による侵食・運搬作用が山地の高度や険しさを基本的に決定していると考えられる。また、堆積域の幅を変えたことで隆起域(侵食域)の地形発達に大きな差は見られなかった。隆起域 周りに発達する扇状地の勾配は主に運搬物質の粒度と水流の水深に規定されると考えられ、一連の実験における違いは小さい。堆積域の幅の違いは扇頂高度の差となって表れるが、扇状地の勾配が小さいため有意な差にならなかったのではないだろうか。
実験材料の締固めを強くすると透水性が低くなり、剪断強度が増す。透水性が低ければ、表面流の流出が多くなって流水侵食の力が増すし、剪断強度が高くて斜面崩壊が起こりにくく、山地の起伏・高度は上昇すると考えられる。実験でも、降雨量が同じであれば透水性の低い方が平均高度も起伏も高くなった。しかし透水性を基準にしてみると、透水係数が低い実験では降雨量の少ない方が平均高度も起伏も大きくなったが、透水性を高めた実験では、降雨量の少ない方が侵食が速く、平均高度も起伏も小さくなった。透水性が高く剪断強度が小さい場合は、浸透する水の働きによって小規模な崩壊が起こりやすく、侵食の進行が速かったのではないだろうか。透水性が高い場合に、侵食プロセスにおいて表面流による谷の発達より斜面の後退の方が重要であったことが、この実験地形発達の違いを生み出す原因となったのではないかと考えられる。