日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P072
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発表要旨
近代の職業別電話帳に関する精度評価
*石川 和樹中山 大地
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抄録
1. 背景

近年,非集計データである電話帳を用いて産業集積地域や地域構造の把握を試みる研究が多くみられる.電話帳は明治期から継続的に発行されてきたことから,当時の産業や地域構造を把握する上で貴重な史料となり得る.しかし,電話帳には電話加入者のみが掲載されるため実際より過少となり,掲載内容の吟味が不可欠である.そこで本研究では,大正期の電話帳に掲載された住所情報の空間的な精度について定量的に評価し,当時の電話帳を空間データとして扱う際の注意点や問題点について明らかにすることを目的とする.

2. データと手法

本研究で使用する電話帳は,1926年に発行された『職業別電話名簿』(以降電話帳)である.この電話帳は1925年8月時点の電話加入者に関する電話番号をはじめ,住所や氏名・店名が職業ごとに掲載されている.掲載されている職業のうち,本研究では,「弁護士」と「書籍商」を対象とした.また,これらの職業について別途網羅的に掲載された史料として,1924年発行の『書籍商組合員名簿』(以降書籍商名簿)と1926年発行の『弁護士名簿』を利用した(これら2つの史料を合わせて以降名簿と呼ぶ).これらの名簿には,住所とともに電話加入者の場合には電話番号も掲載されている.

本研究では,各職業において電話帳と名簿の掲載件数を比較し精度評価を行う.具体的には,電話帳と名簿それぞれから抽出した当時の東京市内の住所データの件数を町丁目ごとに集計し,比較した.その後,1kmメッシュごとに再度集計し,電話帳と名簿の件数から残差を求めた.残差についてはMoran’s I統計量を用いて空間的自己相関の有無を検定した.



3. 結果

(1)弁護士

件数は,電話帳が1,080件,弁護士名簿が1,961件(うち電話番号掲載は1,662件)であった.町丁目ごとの件数を比較すると,相関係数は0.67とやや強い相関を示した.また,空間的自己相関の有無を検定した結果,空間的自己相関は無く,電話帳掲載の住所に系統的な偏りはみられないことを確認した.

(2)書籍商

件数は,電話帳が235件,書籍商名簿が1,954件(うち電話番号掲載は402件)であった.町丁目ごとの件数を比較すると,相関係数は0.74と強い相関を示した.また,空間的自己相関の有無を検定した結果,空間的自己相関は無く,電話帳掲載の住所に系統的な偏りはみられないことを確認した.

4. 考察
弁護士と書籍商どちらにおいても,電話帳と名簿の件数に相関がみられ,残差の空間的自己相関もみられなかったことから,電話帳のデータから各職業のおおまかな分布傾向は把握することが可能であるといえる.しかし名簿から各職業の電話普及率を求めると,弁護士が約85%,書籍商が約25%と職業によって大きな差があることがわかる.これには各職業の性格が表れているとみられるが,各職業間の分布を電話帳に掲載された件数そのもので比較するには向いていないといえる.このような評価はすべての職業において行うことは史料が存在しないため不可能であるが,職業別電話帳を利用する際にはそれぞれの職業の性格を考慮した上で使用することが必要である.
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© 2019 公益社団法人 日本地理学会
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