日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P084
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発表要旨
公共施設へのネーミングライツの導入と地理学的研究の可能性
*畠山 輝雄
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抄録

1.はじめに
 近年,脆弱財政下の地方自治体における新たな収入源の確保策として,公共施設へのネーミングライツ(命名権)(以下,NR)が注目されている。NRとは,施設等の名称を企業等に売却して資金を得る方策であり,日本の公共施設では2003年に東京スタジアムで導入されて以降,全国の多くの自治体・公共施設に導入されている。そのような中で,大阪府泉佐野市の市名や,東京五輪後の新国立競技場への導入など,国民的な議論となる案件もある。また,横浜開港資料館,徳島阿波踊り会館,渋谷区宮下公園,京都市美術館,愛媛県県民文化会館では,導入検討時や導入時,導入後に住民や施設利用者,競合企業などから反発が生じたように,各地域で物議を醸すような事例も報道されている。
 報告者は,日本の公共施設にNRが導入された時期から追跡をし,研究をしてきた。しかし,統計的にまとまったものがなく,実態把握が困難なことから,2012年に全国の都道府県,市区に対してアンケート調査を実施した(畠山2014)。同調査では,大都市を中心にNRの導入が広がっていること,NRによる施設名称から地名が消失していること,NR導入に際して議会をはじめとする合意形成が図られていないことなどが明らかとなった。
 同調査後,わが国ではさらにNR導入が進んでおり,小都市や町村部にまで広がっている。そこで,報告者は公共施設へのNR導入の最新動向を明らかにするために,2018年11月に対象を全国の都道府県,市区町村にまで広げ,アンケート調査を実施した。本報告では,2018年に実施したアンケート調査の結果により,2012年時のアンケート調査との比較も含め,公共施設へのNR導入状況の考察を行う。
 また,公共施設へのNRに関しては,既存研究では法学・行政学における法的解釈や導入手続きに関して,スポーツ経営学などにおける導入推進を前提とした事例分析が中心である。地理学では,Rose et al(2009)が,アメリカ合衆国の事例から公共の場に企業名を付与することの危険性を指摘し,地名研究の新たな方向性を示唆している。また日本における地名標準化を目的とした「地名委員会(仮称)」の設置に関する日本地理学会の公開シンポジウムでの提言でも,NRに関する懸念が指摘されている。しかし,これらは具体的な検証ではなく,地名研究からのさらなる検証が必要である。また,畠山(2017)や畠山(2018)では京都市を事例にNR導入に伴う合意形成や住民のアイデンティティの変化について分析をしている。このように,公共施設へのNRに対する地理学的研究の蓄積は少ないため,アンケート調査の結果を踏まえて今後の地理学的研究の可能性についても探りたい。
2.研究方法
 本報告で使用するアンケート調査は,2018年11月に全国の都道府県および市区町村(1,788自治体)を対象に,郵送配布により実施した。回答は,報告者のウェブサイトに回答フォームをダウンロードできるようにし,郵送もしくは回答フォームのメールによる送付という2種類から選べるようにした。回収率は67.9%である。
3.考察
 NRを導入している自治体は1割強であり,その多くは都道府県や大都市の市区に集中している。これは,導入可能な大型施設を保有していること,スポンサーとなれる企業等が立地していることなどが要因である。また,畠山(2014)よりも,導入自治体は増加しており,小規模自治体でも導入するケースが増えた。導入施設では,スポーツ施設が多いほか,近年増加している歩道橋への導入が目立った。
 施設の名称(愛称)には,企業名や商品名,キャラクター名などさまざまな形態が存在する。このような中で,施設名称から地名が喪失したケースが多くみられる。これらの施設では,施設所在地が不明確になることや利用者のアイデンティティ喪失が懸念される。
 自治体がNRを導入する際の合意形成については,特に何もしていないケースが大半である。議会承認についても,ほとんどの自治体・施設で行われておらず,住民の税金等で建設される公共施設の名称変更に対する合意形成が図られていないことは大きな課題である。
 以上のように,地域政策としての合意形成のあり方や政策形成の地域差,さらに地名問題など,地理学的研究の必要性があると考える。

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