近年,高齢化が急激に進行するなかで,高齢者の主体性に着目し,社会的弱者ではなくポジティブな存在として扱う研究が増えつつある。中山間地域を中心とした農山村の地域社会や,農業従事者の高齢化が進む地域を取り上げた研究では,その存続や維持において高齢者の果たす役割が注目されている。「食料・農業・農村基本法」(1999年制定)には,高齢農業者が生きがいを持って農業を維持できる環境整備の推進と福祉の向上について記されており,高齢者農業については経済活動とは別の論理での維持が目論まれている。しかし,これまでの研究では,高齢者による小規模な農業に対しても経済的な側面からの評価がなされており,「生きがい」などの非経済的な動機を指摘している研究においても,動機を「生きがい」のように一括りにして説明しがちである。 本報告では,高齢者が有する農業の維持に向けた非経済的な動機や,農業を通じた地域社会との結びつき方を分析・考察することにより,高齢者が小規模な農業を維持する要因や意義を検討する。
聞き取り調査から得られた高齢者が農業を維持する動機や,農業を通じて得られている「喜び」や「楽しみ」(以下,「喜び」)は8つに分類される。まず,農作業における「喜び」として,「作物の成長や収穫が楽しみ」,「畑仕事が趣味」というものが挙げられる。次に,生活リズムの維持や暇つぶしといった「生活の一部」,体を動かすことや考えることがある「健康維持・ボケ防止」,家庭における野菜の「自給」などが挙げられる。これらは,自立・自律した生活を送るための手段として農業を位置づけている。そして,(先祖からの/集落の)農地の維持や農作業に対する役割意識といった「義務感」が挙げられる。最後に,お裾分けや販売,畑における孫や近所の人との会話などの「交流」が挙げられる。調査対象者の70%以上がお裾分けを動機として挙げており,高齢期の農業においては,自給だけでなく贈与が前提にあるといえる。 高齢者は,これらの動機を複数個有しており,有する動機のパターンから,農作業や交流を楽しみ,農業を通じて自立・自律した生活を指向しつつ,義務感も持ち合わせている「オール型」,農作物や農作業を通じた交流を主な目的とする「交流重視型」,自立・自律した生活を送ることや農地の維持を目的とした「手段型」の3つに分類できる。
本報告では,農業を通じた結びつきがある地域社会を個人と世帯,近隣,集落,同一市内,県内他市町,県外の7つのスケールに区分して分析した。まず,「作物の成長や収穫が楽しみ」や「畑仕事が趣味」,「生活の一部」は個人内の結びつきである。高齢期における健康は本人だけでなく家族も望むため,「健康維持・ボケ防止」と「自給」は,個人と世帯内の結びつきとする。「義務感」は,先祖から受け継いだ農地や,近隣や集落内の農地の一つとして「荒らすわけにはいかない」という思いや,畑仕事は家族の中で自分の役割だという意識を有していることから,個人,世帯,近隣,集落との結びつきとする。農作物や農作業を通じた「交流」は,主な贈与先となる他出子や親戚の居住地が広範囲となるため,県外まであらゆる地域社会との結びつきといえる。また,対象地域には道の駅や歴史博物館,温泉施設などがあり,観光客との交流もみられた。以上の指標をもとにみると,「交流」を動機として挙げた人が多かったことから,県内他市町より広い結びつきを有する者が大部分を占めていた。一方で,有する動機の種類が少なかったとしても,結びつきが個人で完結する者はおらず,少なくとも世帯との結びつきを有していた。
高齢者は多種多様な動機により農業を維持しつつ,地域社会との結びつきも維持していた。各結びつきと農業の維持の関連をみていくと,まず,個人との結びつきの中では,農作業を楽しみ,目標を持って臨むことで張りのある生活を指向していた。世帯との結びつきの中では,健康でいることが家族の安心にもつながるという自覚や,家庭に野菜を供給できるという有用感から役割意識や責任感を有していた。そして,高齢化の進む農山村では農地の維持や地域農業の存続を高齢者が担っていることから,近隣や集落との結びつきの中では,役割意識とともに社会への貢献意欲も持ち合わせていた。農作物や農作業を通じた交流による幅広い地域社会との結びつきの中では,お裾分けして喜んでもらうことや,自分の作った野菜が売れることで,他人に認められ,自信や誇りにつながっていた。 これらのことから,農業を通じた様々なスケールの地域社会との結びつきが,個人的にも社会的にも農業の維持を肯定することに寄与し,それぞれの動機をより強固なものにしていると考えられる。そして,農業が生きがいそのものになると同時に,さらなる生きがいを探り,生み出す営みにもなっているといえる。