近年のIT技術の発展により,我々の生活における時空間の障壁は小さくなっている.本研究では商業分野において時空間の障壁を小さくしている電子商取引(eコマース,以下,EC)に注目し,国内における利用者特徴の把握を目指す.本研究は特に地理的な要因に着目し,EC利用者の地域ごとの特徴や小売店へのアクセシビリティの影響について明らかにする.
分析データは,2020年10月30日から同年11月30日に実施された「都市的ライフスタイルの選好に関する地理的社会調査(GULP)」のWEB調査データを利用する.国内の33,000人を対象としたアンケート調査であり,EC利用の設問に回答した欠損値のない9,666サンプルを利用する.本研究では,全サンプルを利用した全国スケールでの分析と,東京特別区の2,361サンプルを利用した東京特別区スケールに限定した分析の,二つの空間スケールでの分析を行う.まず,地域ごとのEC利用の差異についてχ二乗検定を行う.次に,個人と地域の二つの階層を考慮したマルチレベルロジスティック回帰分析により,EC利用に影響を与える個人レベルと地域レベルそれぞれの要因を明らかにする.なお,目的変数はインターネットでの食品購入に関する変数であり,調査時点までに1回でも購入経験がある人を対象とする「利用経験」と,直近1か月で2回以上購入経験がある人を対象とする「高頻度利用」の二つのダミー変数を設定した.
全国スケールの分析は,東京特別区全体,20の政令指定都市,それ以外の人口規模に応じて3分類した3地域の計24の地域区分を用いた.χ二乗検定の結果,利用経験,高頻度利用ともに有意な地域差が確認された.利用経験については首都圏で高い利用者割合を示し,広域中心都市など地方の主要都市では低い割合を示した.ただし,政令指定都市ではない地方の非大都市では高い割合を示した.都市規模順ではV字型の利用者割合の傾向を示しており,Farag et al. (2006)の空間的拡散仮説と効率性仮説,双方の存在が示唆される.一方の高頻度利用においても類似の傾向を示すが,東京特別区の卓越傾向が一層強くなる.また,東京特別区スケールでは,区単位で地域区分を行い,利用経験についての地域差は確認されなかったが,高頻度利用については有意な地域差が確認され,都心ほど割合が高くなることが示された.
マルチレベルロジスティック回帰分析の結果,全体の変動のうち地域レベルの変動はいずれの空間スケールでも非常に小さく,個人レベルの変動と比べると影響は大きくないことが示された.ただし,地域レベルの説明変数のうち有意な変数も確認された.特に地域ごとに利用可能なネットスーパーサービス数が全国スケールの分析で有意に正の影響を与えており,都市部ほど利用可能なECサービス数が多いことが空間的拡散仮説の支持要因と成り得ると考えられる.