1.はじめに
隆起山地におけるテクトニクスの変化に伴う地形発達過程を時空間的かつ定量的に解明することは,現在の地形情報に基づいて過去の地形発達史と隆起速度を復元するにあたって重要である.これまで数理モデルを用いた隆起山地の地形発達シミュレーションが盛んにおこなわれているが,モデルから復元された地形発達の履歴そのものに対する定量的な検証は不足している.本研究では隆起山地から供給される土砂の堆積場において掘削された深層ボーリングコアを分析し,宇宙線生成核種10Beの核種濃度プロファイルを定量化することにより,隆起山地における地形発達過程を復元し検証する.
2.研究対象地域
近畿三角帯の西部に位置し,主に花崗岩類から構成されている六甲山地(兵庫県南東部)と比良山地(滋賀県西部)を対象地とした.いずれも第四紀後期に隆起したとされている断層山地である.山地の山腹部において急峻かつ高起伏な流域斜面が見られるのに対して,山上部では平坦かつ小起伏な地形面が残存している.駆動断層側の堆積域はそれぞれ大阪湾と琵琶湖であり大阪層群と古琵琶湖層群が厚く堆積している.
3.方法
山地流域の渓流堆砂に対する宇宙線生成核種10Be分析により現在の侵食速度を決定し,数値標高モデルの解析を組み合わせることで,ストリームパワー則とハックの法則を組み合わせた単純な侵食モデルのパラメータを設定した.このモデルを用いた河川縦断面形の逆解析によって地形発達過程を復元し,過去の流域が排出した土砂が堆積する深層ボーリングコア中の10Be分析によって検証をおこなった.
4.結果と考察
山上部の小起伏な現成流域における渓流堆砂中の10Be濃度は,六甲・比良山地ともに山腹部の高起伏な流域よりも数倍程度高かった.核種濃度から計算される流域の平均侵食速度は,流域の平均勾配の増大に従って非線形に増大する傾向となり,隆起速度の急激な増加によって発生し遡上する遷急線が,山上部には現在も未到達であると推測された.また六甲山地における流域の平均削剝速度は,河道勾配と集水面積に基づいて算出される地形急峻度指数(Normalized channel steepness index)と線形関係であった.
六甲山地南部の大阪湾沿岸において掘削された深層ボーリングコア中の10Be濃度プロファイルは,約110万年前のコア最深部から現在にかけて減少傾向であり,後背山地の隆起に伴う侵食速度の増加が推測される.ボーリングコアが有する核種濃度の幅は,現成流域の核種濃度とも対応関係がみられた.侵食モデルを用いた河川縦断面形の逆解析によって復元された地形発達過程から計算した時系列的な核種濃度の変遷は,深層ボーリングコア中の核種濃度プロファイルと整合的な結果となった.一連の解析により,現在の地形情報と宇宙線生成核種を用いることにより,隆起山地の地形発達史とテクトニクスの履歴を定量的に復元できる可能性が示された.