主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2023/03/25 - 2023/03/27
山地流域における土層厚の空間的な分布やその時間変化は,斜面の安定性や流域の地形発達を検討する上で最も重要な基礎資料の一つである。このような重要性の一方で,土層厚の空間分布を現地での実測によってとらえることはさまざまな理由により困難であり,また現時点ではリモートセンシング等による推定も難しい状況にある。
そこで本研究では,1990年代頃から提唱されている,宇宙線生成核種に基づく土層生成速度関数と拡散方程式を組み合わせて土層厚分布を推定する方法(拡散モデル)を,航空機レーザ測量 (LiDAR) によって得られた1 m DEM を用いて計算し,その結果を現地での観察と比較してみた。
研究対象地域は,2014(平成26)年8月の豪雨によって多くの斜面崩壊・土石流の発生した広島市安佐南区権現山周辺である。計算に用いたLiDAR DEMは,この崩壊・土石流イベント直後に取得されたもので,国土交通省中国地方整備局太田川河川事務所から提供を受けた。
計算の概要は以下の通りである。まず土層生成速度(基盤の鉛直方向への風化速度)は,先行研究を参考に,土層深が深くなるに伴い指数関数的に遅くなるモデルを採用し,土層厚の初期値は30 cm,基盤と土層の密度の比は1.7とした。土層を動かす速さを決める拡散係数は5.0×10-3 m2/y,地形曲率はDEMの注目点の周囲8方向の標高値から求めた。計算のタイムステップは10年とし,1000回の繰り返し計算により1万年間の計算として実行した。
この方法によって推定される土層厚の空間分布のうち,この地域の崩壊の繰り返し間隔に近いと考えられる1000年経過時の結果の一部を図1に示す。2014年の豪雨イベントで生じた崩壊凹地や,土石流の発生した谷沿い等で,特に土層厚の発達(回復)が速い。また,土層厚が計算の初期土層厚よりも薄くなるところで,基盤が露出している場所が多い傾向があった。拡散係数を5.0×10-3 m2/y に設定した場合には,1000年程度で2014年豪雨の崩壊深に相当する厚さまで崩壊地の埋積が進む可能性がある。
この地域における土砂移動は,拡散モデルでよく表現されるソイルクリープによる土砂移動だけでなく,崩壊や土石流なども頻繁に発生する,複雑なプロセスである。しかし,1000年程度の時間スケールで考えるならば,土層厚の分布は大局的にはこのような拡散モデルである程度近似できる可能性がある。
謝辞:本研究は科学研究費基盤研究B (課題番号: 19H01371, 22H00750)の助成を受けて実施した。