日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 335
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トランスナショナルな移住とモビリティの文化的再生産
アメリカ・ニュージャージー州の韓人移住者家庭における子弟教育を事例に
*申 知燕
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抄録

1.研究の背景および目的  少子高齢化が進む近年の先進国においては,労働力としての,また財とサービスの消費者としての人口の確保が喫緊の問題となっている.労働市場ではグローバルスケールでの人材誘致が重要性を増し,教育分野では少子化対策として海外出身の優秀な学生を誘致する必要性が高まった.  他方,グローバル化の進展によって,国際移住はかつてに比べて手軽に行える行為となり,多くの人々がより良い教育を受けるためにトランスナショナルに海外を行き来するようになった.しかし,今後の少子高齢化社会を見据えた長期的な観点から留学生の人口移動を縦断的に捉えるためには,短期的なプッシュ要因・プル要因や留学生の動向に加え,留学生を送り出すそれぞれの国や地域において教育や留学がどのような意味を持ち,人々の行動に影響してきたのかについても詳細に把握する必要がある. そこで,本報告はアメリカ・ニュージャージー州における韓国系移住者(以下,韓人)を事例に,近年の移住者がどのような観点から自身と子どもの教育に取り組み,ライフコースを形成していくのかを把握する.これらから,トランスナショナルな移住者の価値観が世代を超えて,世界各地への移住を促進させていることを確認し,移住を文化的に再生産する要因としての教育の役割について考察する. 2.事例地域の概要  アメリカ・ニューヨーク大都市圏に含まれる,ニュージャージー州バーゲン郡の郊外住宅街では,1990年代から韓人移住者が急増し,現在は郊外型のコリアタウンが形成されている.同地域における韓人集住の理由としては,韓国系企業の支社が近隣地区に立地していたことに加え,子弟教育に関連する教育環境が良好であったことが挙げられる. 3.トランスナショナルな移住者の教育戦略と子どもの未来  現地調査からは,トランスナショナルな移住者は子どもにグローバルな教育環境を与えるために居住地や生活面で戦略的な行動をとっており,それは以後の家族全体の移住に大きく影響することが確認できた.事例地域に居住している韓人のなかには,幼少期に家族全体が移民した者や現地生まれの移民第二世代もいる一方で,駐在員や現地採用者として中長期滞在中の者もいる.かれらは,自身の移住に同伴する子どもにグローバルな環境で教育を受けさせることを非常に重視しており,子どもの教育施設と学区を考慮して居住地を選択するほか,日頃の生活においても子どもの学校教育や放課後学習に力を注いでいる.また,かれらは帰国後の子どもの進学をも念頭において,戦略的に教育サービスを利用し,情報交換も積極的に行う.  このような環境下で海外生活を経験した子どもたちは,帰国後,留学生として再び海外移住を図ることが多い.そのため,移住者父兄は子どもの留学も視野に入れて,不確かな未来に対応できるように家族全体の計画を立てており,それがまた子どもの再移住を容易にする.すなわち,親世代のトランスナショナルな価値観と移住行動が子世代に受け継がれ,世代を超える移住として表れるのである. 付記:本報告はJSPS科研費JP20K13265(若手研究)およびJP20H01398(基盤研究(B):代表 中澤高志)の助成を受けて実施した.

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