主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2023/03/25 - 2023/03/27
はじめに
日本全国の日本酒消費量は1973年をピークに減少へ転じている。近年,日本酒製造業は厳しい状況に置かれており,日本酒製造業の衰退傾向を緩和し,その振興を実現することは,現在日本酒製造業が直面している課題であると言える。
日本酒製造業に関する既存研究は,衰退傾向が著しい中小メーカーを中心とする研究が多いことが指摘できる。とりわけ,個別の企業行動の視点から,中小メーカーがどのように革新を起こすかに関する研究が圧倒的に多い。その一方で,システムの視点から,酒造組合に代表される関連組織が,メーカーとの相互作用によってどのような革新を起こし,日本酒製造業全体に対してどのような影響を与えるかに関する研究は少ない。
新潟県における日本酒メーカーは日本最大の企業数を有し,その全てが中小メーカーである。新潟県の日本酒出荷量及び日本酒メーカーの数量はいずれも減少しているが,他県の深刻な状況と比べると比較的緩やかである。新潟県の日本酒メーカーが行っている革新は,他地域における衰退傾向の緩和に際しても参考事例となると考えられる。また,新潟県には日本酒造りに適した自然環境があり,変革と試行錯誤を通した日本酒製造業のアイデンティティ形成の歴史を持つ。そのため,新潟県の日本酒製造業は本研究に適した事例と考えられる。
したがって本研究では,新潟県を事例とし,日本酒製造業が衰退傾向にある1970年代から現在にかけての時期に,日本酒メーカーと,関連組織である酒造組合とが起こした革新について検討し,日本酒メーカーと酒造組合との相互関係を明らかにする。その上で日本酒製造業振興の方向性を検討する。
研究方法
新潟県の日本酒メーカー7社,酒販店1社,新潟県酒造組合,そして新潟県内の日本酒製造業に関する取材に豊富な経験を有する雑誌『新潟発R』および『cushu』の編集長,および酒まつりの現場に対してヒアリング調査を行った。そして1970年代から現在にかけての時期に,日本酒メーカーや酒造組合に代表される組織が起こした個々の革新にどのような背景や結果,影響があったのかを整理した。また,新潟県の日本酒メーカーと日本酒製造業関連組織との相互関係に関する事例を整理した。
結果
新潟県における中小日本酒メーカーは,1970年代から現在にかけての時期に,日本酒の生産から販売までの全過程において,吟醸酒を中心とする高級酒戦略,時代のニーズに応じた多様化戦略と海外輸出に努めるグローバル化戦略に代表される様々な戦略をとっていた。高級酒戦略とは,中小日本酒メーカーが大手メーカーとの差別化を図り,手作りや精米歩合へのこだわりを実現し,高級酒路線による活路を模索したことを意味する。一方多様化戦略は,日本酒メーカーが日本酒を主な原料とするリキュールの開発や,酒粕などを原料とする食品の開発,日本酒に関するオリジナルグッズの開発を行い,商品の多様化に努めたものである。グローバル戦略については,日本酒メーカーが食品の海外認証の取得や海外現地法人の設立などにより海外輸出に努めた。
また,酒造組合は,酒造技術の教育,交流,継承を目的として,新潟清酒学校の設立などを行う一方,日本酒製造業と地域振興との連携のため,酒まつりの開催などを行った。
日本酒メーカーは,人材育成などの課題に対して企業の枠を超えた解決策を求めており,これは酒造組合の活動を後押しした。同時に,酒造組合の活動が日本酒メーカーの戦略方向性に影響を与えた。日本酒メーカーと酒造組合との相互作用によって,県内の日本酒業界の振興のための様々な試みが実現したのである。
以上を踏まえ,日本酒製造業の振興の方向性について考えられることを二点述べる。一つは,中小日本酒メーカーにおいて,「高級化」,「多様化」,「グローバル化」は発展の可能性が期待できる方向性であるということ,もう一つは,酒造組合などの関連組織が中心となり,日本酒製造業振興のために,酒造人材の育成と地域連携事業を重視すべきだということである。