日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 619
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山地農業における気温と作物栽培の関係
標高帯モデルを考慮した基礎的分析
*山口 哲由竹田 晋也
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抄録

【研究の背景と目的】

 山地では標高に応じて多様な自然環境が形成されるため,標高帯ごとに多様な生産活動が発展し,それらが相互に結びつくことで地域の生業形態が成立してきたとされる。一方で,山地は極地と並んで気候変動の影響を受けやすいため,高温障害による生産量の減少や気温の上昇に応じた作物の転換といった農業への影響も報告されている。山地では,現在でも多くの人びとが農業を主な収入源として生活しているため,気候変動と山地農業の関係を分析し,その持続性を検討することは地域発展に関わる重要課題である。

 筆者らは,山地における気候変動と農業との関係を分析する基礎データとして,インド北西部ラダックのドムカル村の複数の地点に自動カメラ(Garden Wathc Cam)と自動温度計(RTR-53A)を設置して,圃場撮影と気温計測を継続的におこなってきた。本研究は,この圃場撮影と気温計測から得られたデータに基づいて,山地における作物栽培・気温・標高の関係を示すことを目的とする。

【調査地と機器の設置】

 ラダックの大部分は標高3,000m以上に位置しており,年間を通して気温は低く,年間降水量も300mm以下と少ない。ラダックの中央部分にはインダス川が流れており,村々ではインダス川の本流や支流の水を用いた灌漑によって農業が営まれてきた。ドムカル村はラダック西部に位置している。集落はインダス川支流のドムカル渓谷沿いに10kmにわたって分布しており,高い集落(上村)と低い集落(下村)との標高差は1000mに及ぶ (図 1)。 自動カメラと自動温度計は2012年から3つの集落それぞれに設置し,2018年までデータ収集をおこなってきた。自動カメラは,ラダックの主要な穀物であるオオムギの圃場に向けて4時間に1回撮影するように設定した。

【オオムギ栽培の作業暦と生育ステージの把握】

 自動カメラは撮影間隔を4時間に設定しており,細やかな農作業の実施状況は確認できなかったが,オオムギ栽培の主要な作業である厩肥の搬入・播種準備のための灌漑・播種・収穫をおこなった期日は確認できた。また,圃場画像はJPGフォーマットのRGB画像であり,植物の活性を示す一般的な指標であるNDVI(Normalized Difference Vegetation Index)は算出できない。そこでRGB画像からも算出可能な植物の活性を示す指標GLI(Green Leaf Index)を算出したところ(図2),GLI値の推移に基づいて,止葉期・穂孕み期・出穂期といったオオムギの生育ステージを把握することができた。

【オオムギの作業暦と積算気温の関係】

 積算気温は一定期間の気温を合計した値であり,作物の生育と気温との関係を分析する際に用いられる。表1には,標高帯ごとのオオムギの播種から収穫までの栽培期間と積算気温を示しているが,標高が低い集落ほど栽培期間は短く,標高が高くになると栽培期間は長くなる傾向がみられた。同じ集落での栽培期間は年によっては10日以上増減していたが,積算気温は経年的に一定になる傾向がみられた。しかしながら,標高帯ごとに積算気温は異なっており,標高が高くなるにつれて減少する傾向がみられた。

【まとめ】

 本研究では,ラダックでおこなってきた圃場撮影と気温計測に基づいて,作物栽培・気温・標高との関係を分析してきた。自動カメラを用いることで農事暦やオオムギの生育ステージを継続的に把握することが可能であり,作物栽培と積算気温の基本的な関係を把握できた。標高帯ごとの積算気温の違いは,収量や品種の違いが影響している可能性があり,今後の検討が必要であろう。筆者らは,ドムカル村で作物栽培地図を作成しており,これらも組み合わせることで,気候変動と山地農業との関わりの検証を進めていきたい。

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