日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 548
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観光地域における住民の場所イメージの再編
-東京都神津島村における星空の観光資源化と星空保護区への認定を事例に-
*柿沼 由樹久保 倫子松井 圭介
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抄録

観光客の目に映ることを想定して生産される場所イメージが,地域住民の場所イメージをいかにつくり変えるかを明らかにすることは,近年指摘される地域住民の多様な認識や観光実践に対する視点として重要である.本稿では,東京都神津島村を事例に,観光地域における場所イメージの生産過程の中で,地域住民が抱く場所イメージが受ける影響と再編の過程を明らかにした.方法論としては,内田(1987)による場所概念の社会的/個人的側面の整理に基づき,主体や外部メディアの表象により生みだされる社会的な場所イメージ(Ⅲ)と,地域住民が抱く個人的な場所イメージ(Ⅳ)の双方を分析し,社会的場所イメージの生産が地域住民の個人的な場所イメージの再編にいかに関係しているのかを検討した(Ⅴ). 神津島は,1960年代以降の伊豆諸島における離島ブームの中で急速に観光地として発展した.しかし,その後の観光客の減少や震災に伴い,2000年代以降は他の各島とともに,地域独自の魅力の創出や他地域との差別化,観光の通年化を目指す必要に迫られた.神津島における星空の観光活用や星空保護区への認定は,このような流れの中で取り組まれた一策であったといえる.この中で,観光協会や村役場による観光パンフレットやポスターといった表象,ベンチや看板,モニュメントといった実体的景観の創出や,雑誌を中心とする外部メディアによる表象が展開し,星空と結びついた神津島の社会的場所イメージが生産されてきた. 地域住民の個人的場所イメージにおいては,主体による場所イメージの生産以前と比較して星空のイメージが強まったパターン,それ以前から星空のイメージが強かったパターン,星空のイメージが強くならなかったパターンの3通りに分類された.地域住民の神津島イメージを星空と結びつけた外的な要因として,観光協会による2016年以降の星空の観光資源化,村役場による2020年の星空保護区への認定,星空を目的に来島する観光客,コミュニティや人間関係が存在したと結論付けられた.また,地域住民に内在する要因として,星空に対する個人的な興味・関心,地域外部からの星空に対するまなざし,生活景観としての星空に対するまなざし,星空の非固有性に対する意識が挙げられた. 結論としては,主体による場所イメージの生産過程は,地域住民の場所イメージの再編を促すきっかけとなることが示された.外部から一方的に投影され生産される場所イメージよりも,地域の観光産業の中核を担う主体により自律的に生み出される場所イメージの方が,地域住民にとっては受け入れることが容易であると考えられる.また,生産されたイメージによる観光客の来訪を認識することで,地域住民の場所イメージの再編は一層進行する.一方で,必ずしもすべての地域住民において場所イメージの再編が生じるわけではないことも,本稿の成果により明らかとなった.地域住民個人の興味・関心や外部からのまなざしは,主体による生産過程とは分離して地域住民の場所イメージを形成する.また,地域住民の根底にある生活景観としてのまなざしや,観光資源の地域固有性に対する疑念,また場所イメージの生産に伴う生活空間の影響は,むしろ生産される場所イメージに対する否定的な態度を促す要因となる.

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