主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2023/03/25 - 2023/03/27
1.はじめに
群馬県に存在する第四紀火山の榛名山においては,その山頂部のピークの一つである相馬山付近で後期更新世に発生した山体崩壊によって多量の岩屑が榛名山南東麓に供給された(早田 1990など)。この山体崩壊は陣場岩屑なだれと呼称され,榛名山南東麓には陣場岩屑なだれ堆積物とその後の土石流(ラハール)によって火山麓扇状地(相馬ヶ原扇状地)が形成された(早田 2000など)。陣場岩屑なだれ堆積面上には多くの流れ山が形成されている。しかし,陣場岩屑なだれにより形成された流れ山の詳細な分布や本地域の市街地化や地形改変に伴うその変遷,陣場岩屑なだれによる土砂供給量などについては明らかにされていない。
2.調査方法
本研究では,1940年代後半米軍撮影の空中写真の判読を行い,現地踏査結果も加味したうえで流れ山のGISデータ(ポリゴン)を作成し,陣場岩屑なだれによって形成されたとみられる流れ山の分布を明らかにした。その後,GIS上において,個々の流れ山の面積,長径,短径などの地形計測や,給源(崩壊発生源)から流れ山までの距離の測定を行い,吉田の一連の研究(Yoshida et al. 2010,2012など)で提示された流れ山の分布特性と山体崩壊量との関係を示す経験式を用いることで,陣場岩屑なだれによる土砂供給量を推定した。1960年代以降国土地理院撮影空中写真の判読についても行い,最新(2020年国土地理院撮影)の空中写真の判読を行いそのGISデータを作成し,人為的地形改変による流れ山の消失に関する検討も行った。
3.陣場岩屑なだれによる土砂供給量
陣場岩屑なだれによる流れ山は榛名山南東麓に広く分布し,計397 個の流れ山を認定した。給源から約13kmの範囲においてその分布が認められ,吉岡町から前橋市西部にかけての利根川右岸まで達している。流れ山の分布形態から,陣場岩屑なだれには複数のフローユニットが存在することが示唆された。既存研究と同様に,現地踏査では陣場岩屑なだれ堆積物の上部に層厚10cm程度のローム層を挟んで浅間板鼻黄色テフラ(As-YP; 1.5-1.6 ka)を挟在するローム層に被覆されていることが複数の河川流域の露頭で確認された。また,複数の流れ山の断面露頭において,As-YPを挟在するローム層が流れ山を構成する陣場岩屑なだれ堆積物を被覆することが確認された。
陣場岩屑なだれによる流れ山のサイズ(底面積)は165~19,600 m2 と大小さまざまであるが,流走距離が長くなるにしたがってサイズが減少する傾向がみられた。吉田の一連の研究で提示された流れ山の分布特性と山体崩壊量との関係を示す経験式を用いて陣場岩屑なだれによる山体崩壊量(土砂供給量)を見積もった結果,87×107 m3 と推定された。
4.近年の人為的地形改変による流れ山の消失と本地域の火山リスク情報周知に関する現状
1960年代以降における国土地理院撮影空中写真の判読により,本地域の流れ山は圃場整備や宅地,大型商業施設等の造成などによって減少し,消失したものも多数あることが判明した。最新の空中写真(国土地理院2020年撮影)の判読により本地域の流れ山は150個認定され,1940年代後半の397個から大きく減少した。流れ山の面積(合計値)も,1940年代後半の81.4haから32.0haへと大きく減少し,1940年代後半以降最近約70年間で約6割が消失していた。榛名山南東麓は前橋・高崎中心部の近郊に位置することや道路交通網の整備が進んだことなどにより,市街地化が進展した地域となっている。近年においても関越自動車道駒寄スマートインターチェンジの整備などもあり,宅地や大型商業施設の造成が急速に進行し,継続的に人口も増加傾向にある。
榛名山は近年においては顕著な火山活動は観測されておらず,気象庁の「常時観測火山」には選定されていないが,陣場岩屑なだれ発生以降も,5~6世紀には山麓地域に影響を及ぼす火砕流や多量の軽石の噴出を伴う火山活動が生じており,榛名山東麓から南麓にかけての地域はその影響を強く受けている。しかし,それらの地域の自治体が発行しているハザードマップにおいては,そのような火山災害リスクや火山活動履歴に関する記載(言及)はなされていない。